
International Women's Day
国際女性デーの由来と歴史(詳しく)
いつから?なぜ?名前の意味は? 国際女性デーの本当の話を、確かな資料でたどります。
1国際女性デーの由来:ひとりの女性の「毎年、同じ日に」という提案
1910年8月、デンマークの首都コペンハーゲン。17か国から集まった100人を超える女性たちの前で、ドイツのクララ・ツェトキンが手をあげました。「毎年、すべての国で、同じ日に、女性の要求をかかげる日をつくろう」。会場の答えは全会一致の賛成でした。これが国際女性デーの出発点です。
ただ、ヒントになった出来事はアメリカにありました。国際女性デー公式サイトの年表によると、1908年にニューヨークで約1万5000人の女性が、働く時間の短縮、賃金の引き上げ、そして投票する権利を求めて行進しました。翌1909年2月28日には、アメリカ社会党の呼びかけで「全米女性デー(National Woman's Day)」が開かれます。ツェトキンはこの動きを、世界に広げようと考えたのです。
当時、女性はほとんどの国で選挙に行けませんでした。工場で長い時間働いても、給料は男性より安い。だから最初の国際女性デーの合言葉は、とても具体的でした。投票させて。働かせて。職業訓練を受けさせて。差別をやめて。
つまりこの日は、お祝いの日として始まったのではありません。「おかしいことを、おかしいと言う日」として生まれました。いまでも多くの国で、花束とデモの両方が見られるのはそのためです。

2国際女性デーの歴史:パンを求めた行進が、ロシア革命の引き金に
最初の国際女性デーは、1911年3月19日の日曜日でした。オーストリア、デンマーク、ドイツ、スイスの4か国で集会が開かれ、公式サイトの年表によれば100万人を超える人が参加しました。そのわずか6日後、ニューヨークの縫製工場「トライアングル・シャツウエスト社」で火事が起き、146人が亡くなります。多くは若い移民の女性でした。非常口に鍵がかかっていたこの事件は、働く女性の安全を求める声をいっそう強めました。
日付が3月8日に近づいたのは1914年です。ドイツではこの年、3月8日に集会が開かれました。この日が日曜日だったからだと考えられています。
そして1917年。ロシアの都ペトログラード(いまのサンクトペテルブルク)は戦争で食べ物が足りず、パンの行列が続いていました。3月8日、繊維工場の女性たちが仕事を止めて街に出て、「パンと平和を」と叫びます。男性の労働者も加わり、デモは数日で数十万人規模にふくれあがりました。行進から1週間後、皇帝ニコライ2世が退位します。新しくできた臨時政府は、その年のうちに女性の選挙権を認めました。
当時のロシアの暦(ユリウス暦)では、この日は2月23日でした。だからこの革命は「二月革命」と呼ばれます。1921年、共産主義の女性たちの国際会議が、この日を記念して3月8日を正式な日付に決めました。ソ連では1965年に休日となり、1975年には国連が「国際婦人年」にあわせて初めてこの日を祝いました。1977年には国連総会が、各国に女性の権利と平和のための日を設けるよう呼びかけています。
🕰️ 国際女性デーの年表
- 1908年ニューヨークで約1万5000人の女性が、労働時間の短縮・賃上げ・選挙権を求めて行進(公式サイトの年表による)。
- 1909年2月28日アメリカ社会党の呼びかけで、最初の「全米女性デー」。
- 1910年8月コペンハーゲンの国際会議で、クララ・ツェトキンが国際女性デーを提案。17か国の100人以上が全会一致で賛成。
- 1911年3月19日オーストリア・デンマーク・ドイツ・スイスで最初の国際女性デー。100万人以上が参加。
- 1911年3月25日ニューヨークのトライアングル・シャツウエスト工場火災。146人が死亡。
- 1914年3月8日ドイツで初めて3月8日に開催(日曜日だったため)。
- 1917年3月8日ペトログラードで女性労働者が「パンと平和を」と行進。ロシア二月革命の始まりに。
- 1921年共産主義女性の国際会議で、3月8日を正式な日付に決定。
- 1923年3月8日日本で初めての国際女性デーの集会(東京・神田)。警察により中断。
- 1946年イタリアで女性団体がミモザをこの日の花に選ぶ。
- 1975年国連が「国際婦人年」にあわせて初めて国際女性デーを祝う。
- 2019年ドイツ・ベルリン州が3月8日を祝日に。
3「International Women's Day」の意味:婦人デーから女性デーへ
英語の正式名は International Women's Day。略して IWD と書かれることも多いです。women's は woman(女性)の複数形 women に 's がついた形で、「女性たちの日」という意味になります。ちなみに1909年のアメリカの行事は National Woman's Day で、こちらは単数形でした。
始まったころの名前は、もっと長いものでした。ロシアでは「国際勤労婦人デー」、つまり「働く女性の国際的な日」と呼ばれていました。工場で働く女性の運動から生まれたことが、名前に残っていたのです。
日本でも長いあいだ「国際婦人デー」と呼ばれていました。「婦人」は大人の女性を指す古い言い方で、いまは「女性」と言いかえるのが一般的です。国連の日本語の資料も、いまは「国際女性デー」を使っています。
国によっては、名前がもっとシンプルです。ロシアでは多くの人が、この日を「ヴォシモエ・マルタ(3月8日)」と日付だけで呼びます。中国では「三八婦女節(サンバー・フーニュージエ)」、つまり「3・8の女性の祭日」です。イタリアでは「フェスタ・デッラ・ドンナ(女性の祭り)」と呼ばれ、黄色いミモザの花とセットで語られます。日本で3月8日を「ミモザの日」と呼ぶのは、このイタリアの習慣から来ています。
4国際女性デーの色とシンボル:なぜ紫で、なぜ黄色い花?
国際女性デーのポスターやロゴを見ると、たいてい紫色が使われています。この色のルーツは、1908年のイギリスです。女性の選挙権を求めた団体「女性社会政治同盟(WSPU)」が、紫・白・緑の3色を自分たちの色に決めました。選んだのはメンバーのエメリン・ペシック=ローレンス。団体の説明では、紫は運動家たちに流れる「高貴な血」、つまり自由と尊厳の色。白は清らかさ、緑は「希望と春のしるし」です。
この年の6月、ロンドンのハイドパークで開かれた大集会「ウィメンズ・サンデー」には、30万人が集まったと伝えられます。参加者はこの3色のリボンやたすきを身につけました。色をそろえると、遠くからでも「仲間だ」とわかります。服の色で、団結を目に見える形にしたのです。いまの国際女性デーで紫が使われるのは、この流れを受けついだものです。
もう1つのシンボルが黄色い花。イタリアのミモザが有名ですが、ロシアではミモザとチューリップが定番です。どちらも春を告げる花です。3月8日は北半球では春のはじめ。寒い冬のあとに咲く花が、「新しい時代」のイメージと重なったのかもしれません。
最後に、よく見る「♀」の記号。もとは古くから金星やローマの女神ウェヌス(ヴィーナス)をあらわしてきた記号で、生物学で「メス」を示すのに使われるようになり、いまでは女性運動のバッジやポスターの定番になりました。
5海外ではどう過ごす?花束の国と、デモの国
ロシアでは、3月8日は国の休日です。数日前から花屋に男性の行列ができ、母、妻、娘、職場の同僚へと、いくつもの花束を買います。モスクワの花市場の売り手は、この週はいつもの15倍も売れることがあるとAFP通信に話しています。人気はミモザとチューリップです。
イタリアでは、街がミモザの黄色に染まります。1946年、女性団体「イタリア女性連合」のメンバーがこの花を選びました。候補にはスミレもありましたが、高くて手に入りにくい。ミモザなら3月に咲き、野山で自由に摘めたからです。
中国では、国のきまりで「女性は半日休み」と決まっています。1949年12月に政府が定めた休日のきまりで、2024年の改正後も残っています。ただし3月8日が土日に重なっても、振替の休みはありません。
ドイツでは2019年にベルリン州が、2023年にメクレンブルク=フォアポンメルン州が、この日を祝日にしました。役所やお店も休みになります。
スペインでは2018年、「女性が止まれば、世界が止まる」を合言葉に、大規模なストライキが行われました。労働組合の発表では、530万人が仕事を止めました。
国連は毎年テーマを決めます。2026年は「Rights. Justice. Action. For ALL Women and Girls(権利、正義、行動。すべての女性と少女のために)」でした。
🎁 シンボルと小物
イタリアで1946年から贈られる黄色い花。3月に咲き、安く手に入ることから選ばれた。日本の「ミモザの日」もここから。
国際女性デーのテーマカラー。紫・緑・白の3色は、1908年にイギリスの女性参政権運動の団体が使い始めた色と言われる。
1917年のペトログラードで女性たちが求めたもの。「パンと平和を」の叫びが革命の始まりになった。
ロシアや旧ソ連の国で、ミモザと並んで3月8日に贈られる定番の花。
丸の下に十字がついた記号。ポスターやバッジによく使われる。もとは金星をあらわす記号。
デモで掲げる手書きの板。「同じ仕事に同じ給料を」などの言葉が書かれる。
最初の国際女性デーの大きな目標は、女性が選挙で投票できるようになることだった。
🍽️ この日の食べ物
細かく切ったスポンジを表面にまぶし、ミモザの花に見立てたイタリアのケーキ。考案者とされるリエーティの料理人が1962年の菓子コンテストで優勝して広まり、のちに女性の日の定番になった。
ロシアなどでは、花束といっしょにチョコレートの箱を贈ることが多い。
食べ物の不足に怒った1917年の行進のシンボル。「パンとバラ(Bread and Roses)」という合言葉もある。
休日になる国では、家族や職場で乾杯することも。祝う日か、考える日か、国によって雰囲気が違う。
6日本の国際女性デー:1923年、警察に止められた最初の集会
日本で初めて国際女性デーの集会が開かれたのは、1923年(大正12年)3月8日です。場所は東京・神田の青年会館。呼びかけたのは評論家の山川菊栄でした。女性の政治的・社会的な自由を訴える講演会でしたが、警察が会場を見張り、集会は途中で強制的に打ち切られました。当時の日本の女性には、選挙で投票する権利がありませんでした。
日本の女性が初めて投票したのは、それから23年後の1946年4月10日です。この衆議院選挙では、39人の女性議員が誕生しました。国際女性デーの集会は1947年に再開され、1975年3月8日には東京の日比谷野外音楽堂に約7000人が集まりました。
ここ十数年は、ミモザのブーケやイベントで、この日を知る人が増えています。一方で、数字は厳しいままです。世界経済フォーラムが2025年に発表した「ジェンダーギャップ指数」で、日本は148か国中118位でした。教育と健康の分野は差がほとんどありませんが、政治と経済の分野で大きく遅れています。主要7か国(G7)の中で100位以内に入れなかったのは日本だけです。
3月8日に黄色い花を見かけたら、それは「おめでとう」と同時に、「まだ道の途中だよ」という合図でもあります。
7よくある誤解とホント:「1857年のニューヨークのデモ」は本当にあった?
誤解1:国際女性デーは、1857年3月8日のニューヨークの女性たちのデモを記念した日。
日本語の解説でもよく見る話ですが、これは確かめられていません。フランスの歴史家フランソワーズ・ピックは、1970年代の終わりにこの話を調べ直しました。1857年のアメリカの新聞には、そんなデモの記事が見つかりません。この日を作ったツェトキンたちも、一度もこの話をしていません。そもそも1857年3月8日は日曜日で、工場のストライキが起きる日とは考えにくい日でした。フランスの研究機関CNRSの記事によると、この話は1955年にフランスの新聞『ユマニテ』に初めて登場し、毎年くり返されるうちに「定説」になったそうです。
誤解2:3月8日は1910年のコペンハーゲン会議で決まった。
会議で決まったのは「毎年、女性の日を開くこと」だけで、日付は決まっていません。3月8日になったのは、1917年のペトログラードの行進を記念したからです。
誤解3:女性にプレゼントを贈るだけの日。
ロシアなどでは「母の日」に近い雰囲気ですが、もとは権利を求める行動の日です。だから英語圏には「Happy Women's Day はおかしい。お祝いではなく行動の日だ」と言う人もいます。
誤解4:男性の日はない。
あります。11月19日の「国際男性デー」で、1999年にカリブ海のトリニダード・トバゴで始まりました。
💡Fun Facts国際女性デーの豆知識 10連発
「1857年のニューヨークのデモ」の話が初めて出てきたのは、約100年後の1955年、フランスの新聞『ユマニテ』だったとされます。
The story of a women's march in 1857 first appeared in a French newspaper in 1955.
その1857年3月8日は日曜日。工場のストライキが起きる日としては不自然だと指摘されています。
March 8, 1857, was a Sunday. Factories were closed, so a strike that day is hard to believe.
最初の国際女性デー(1911年3月19日)も日曜日。仕事を休まずに集まれる日が選ばれていました。
The first International Women's Day, March 19, 1911, was also a Sunday.
ロシア革命は3月8日に始まったのに「二月革命」と呼ばれます。当時のロシアの暦では2月23日だったからです。
Russia's February Revolution started on March 8. The old Russian calendar said February 23.
モスクワの花の売り手は、3月8日の前の週は売り上げがふだんの15倍になることもある、と話しています。
Some flower sellers in Moscow sell 15 times more flowers in the week before March 8.
イタリアでミモザが選ばれた理由はとても現実的。候補のスミレは高くて手に入りにくく、ミモザは3月に咲いてタダで摘めたからです。
Italian women chose the mimosa in 1946 because it was cheap and bloomed in March.
中国では女性が半日休めますが、3月8日が土日だと休みは消えます。2026年は日曜日でした。
In China, women get half a day off. But if March 8 is on a weekend, there is no extra day off.
11月19日は「国際男性デー」。1999年にトリニダード・トバゴの大学講師が始めました。日付は彼の父の誕生日にちなみます。
International Men's Day is on November 19. It started in Trinidad and Tobago in 1999.
国連とは別に、民間の公式サイト(internationalwomensday.com)も毎年キャンペーンを決めます。2026年は「Give To Gain(与えることで、得る)」でした。
Every year, the International Women's Day website picks a theme. In 2026, it was Give To Gain.
1914年のドイツの国際女性デーのポスターは、当時の政府に禁止されました。女性の選挙権を求める内容だったからです。
In 1914, Germany banned a poster for Women's Day. German women could not vote until 1918.
▶️Videos & Links国際女性デーの動画とリンク集
International Women's Day | CultureLearn English by Pocket Passport
International Women's Day - Russian styleCBC News
International Women's Day: History of Women's fight for rights | NewsroundBBC Newsround
▶ YouTubeで「history of International Women's Day for kids」をもっと見る
International Women's Day - Wikipedia英語版ウィキペディア。1917年のペトログラードや各国の祝い方が詳しい。
国際女性デー - Wikipedia日本語版ウィキペディア。1923年の日本で最初の集会についても書かれている。
International Women's Day | United Nations国連の公式ページ。その年のテーマと統計がわかる。
IWD: History of International Women's Day国際女性デー公式サイトの年表。1908年から現在までの流れ。
Women's Day: the True Story of March 8th | CNRS Newsフランス国立科学研究センターの記事。「1857年のデモ」説がどこから来たかを解説。
International Women's Day in Japan | Zenroren全労連の英文記事。1923年の日本初の集会が警察に打ち切られたことにふれている。