
Hogmanay
ホグマネイ(スコットランドの大みそか)の由来と歴史(詳しく)
いつから?なぜ?名前の意味は? ホグマネイ(スコットランドの大みそか)の本当の話を、確かな資料でたどります。
1ホグマネイの由来:クリスマスより大みそかが大事だった国
スコットランドでは、長いあいだクリスマスより大みそかのほうが大きな祭りでした。理由は宗教です。16世紀の宗教改革のあと、スコットランド国教会はクリスマスを「カトリックの行事」として嫌い、約400年にわたって祝うことを勧めませんでした。クリスマスの日がスコットランドで祝日になったのは、なんと1958年のことです。産業革命のころの工場で働く人たちは、クリスマスに休みをもらえなかったとも言われます。
そのぶん、人々は年越しを思いきり祝いました。今でもスコットランドでは1月1日と2日の2日間が公休日。イングランドより1日多く休めます。
祭りのもっと古い根っこは、北欧の冬至の祭り「ユール」や、ケルトの人々の行事にあると考えられています。ホグマネイには火を使う行事が多くあります。火は冬至のあとに戻ってくる太陽を表し、悪い霊を追いはらうと信じられてきました。

2「ホグマネイ」という名前の意味:だれにもわからない謎
Hogmanay という言葉がどこから来たのか、実ははっきりしていません。記録に残る最初の例は1443年、イングランド北部ヨークシャーのラテン語の文書にある hagnonayse。スコットランドの言葉では1604年、エルギンという町の記録に hagmonay として出てきます。
有力なのは、昔のフランス語で「新年の贈り物」や、その贈り物をねだる新年のかけ声を意味した aguillanneuf から来たという説です。スコットランドの一部では1960年代まで、子どもたちが新年に家を回る習慣が残っていました。ほかにも、北欧の言葉から来た説、ゲール語から来た説があります。
おもしろいのは「パン」説です。スコットランドの古い言葉で hogman は安い粗末なパンのこと。1320年ごろ、ロバート・ブルース王が修道院にこのパンを寄付した記録があります。東部のファイフ地方では、この日を「ケーキの日」と呼んでいて、パン屋さんが子どもたちにお菓子を配る町もありました。
3スコットランドのホグマネイの過ごし方:最初の客と火の玉
年越しの前には、まず大掃除(レディング)。家をきれいにしてから新年を迎えます。日本の年末とそっくりです。
年が明けた瞬間から始まるのが「ファースト・フッティング」。新年に最初に家の敷居をまたぐ人(ファースト・フッター)が、その家の1年の運を決めると言われます。いちばん縁起がいいのは、背が高くて黒髪の男性。手みやげは石炭、ショートブレッド、ウイスキー、「ブラック・バン」という干しぶどうたっぷりの濃いケーキなどです。東海岸の漁師町では、飾りをつけたニシンを持っていく習慣もありました。
北東部の港町ストーンヘイブンでは、針金と新聞紙で作った火の玉を頭の上でぐるぐる振り回しながら目抜き通りを歩きます。見物人は2003〜04年に約6000人、2007〜08年には約1万2000人にふえました。
首都エディンバラのホグマネイは世界的に有名です。1996〜97年の年越しには約40万人が集まり、ギネス世界記録に「世界最大の年越しパーティー」として認められました。今は安全のため人数を制限していますが、1万5000人がたいまつを持って歩く行列があり、真夜中にはエディンバラ城を背に花火が上がります。強風で中止になった年もあります。元日の朝には、近くの町サウス・クイーンズフェリーで、仮装した人たちが凍える海に飛びこむ「ルーニー・ドゥーク」。1986年、地元の3人が冗談で考えた「二日酔いの治し方」が始まりです。
🎁 シンボルと小物
年明け最初に家に入る人。背の高い黒髪の男性が縁起がいいとされる。
ファースト・フッターの定番の手みやげ。
ストーンヘイブンで頭上に振り回す、針金と新聞紙の火の玉。
真夜中、エディンバラ城を背に上がる。
4日本との関係:「蛍の光」はホグマネイの歌だった
ホグマネイのしめくくりに歌うのが「オールド・ラング・サイン(Auld Lang Syne)」。スコットランドの国民的詩人ロバート・バーンズが、1788年に歌集『スコッツ・ミュージカル・ミュージアム』に送った歌です。ただし歌詞の一部は、バーンズが昔から伝わる歌を集めたものだと考えられています。題名はスコットランドの言葉で「遠い昔」「昔のよしみ」といった意味です。
このメロディーは、日本では「蛍の光」として知られています。1881年(明治14年)の『小学唱歌集』に、稲垣千頴(ちかい)が日本語の歌詞をつけて「蛍」の題でのせました。卒業式の歌になり、NHK紅白歌合戦では最後に全員で歌うのが恒例です。お店の閉店まぎわに流れるのは、3拍子に編曲した「別れのワルツ」です。韓国でも、1945〜1948年の国歌はこのメロディーで歌われていました。
スコットランドでは、輪になって隣の人と手をつないで歌い、最後の節になってから腕を胸の前で交差させて手をつなぎ直します。最初から腕を交差させるのは、スコットランドの外で広まったやり方です。
🕰️ ホグマネイ(スコットランドの大みそか)の年表
- 1320年ごろロバート・ブルース王が修道院に hogman というパンを寄付した記録。名前の由来の一説。
- 1604年スコットランドのエルギンの記録に hagmonay の名が出る。
- 1788年ロバート・バーンズが「オールド・ラング・サイン」を歌集に送る。
- 1881年日本の『小学唱歌集』に、同じメロディーの「蛍」(のちの「蛍の光」)がのる。
- 1958年スコットランドでクリスマスの日が祝日になる。
- 1996〜97年エディンバラの年越しに約40万人。世界最大の年越しパーティーとしてギネス記録に。
💡Fun Factsホグマネイ(スコットランドの大みそか)の豆知識 6連発
スコットランドでクリスマスの日が祝日になったのは1958年です。
Christmas Day became a public holiday in Scotland only in 1958.
1996〜97年のエディンバラの年越しには約40万人が集まり、ギネス世界記録になりました。
About 400,000 people came to Edinburgh's New Year party in 1996.
元日に海に飛びこむ「ルーニー・ドゥーク」は、1986年に二日酔いの治し方として冗談で始まりました。
The New Year's Day jump into the sea started as a joke in 1986.
東海岸の漁師町では、ファースト・フッターが飾りをつけたニシンを持ってくることがありました。
In some fishing towns, the first visitor brought a fish.
「オールド・ラング・サイン」のメロディーは、1919〜1948年に韓国の国歌(臨時政府時代を含む)として歌われていました。
The tune of Auld Lang Syne was once used for the Korean national anthem.
ホグマネイという言葉が記録に初めて出るのは1443年、ヨークシャーのラテン語の文書です。
The word first appears in an old paper from 1443.
▶️Videos & Linksホグマネイ(スコットランドの大みそか)の動画とリンク集
Hogmanay Shortbread from 1779Tasting History with Max Miller
Scotland's Best Sings The Whole of The Moon | HogmanayBBC Scotland

