
Summer Festivals & Fireworks
花火大会と夏祭りの由来と歴史(詳しく)
いつから?なぜ?名前の意味は? 花火大会と夏祭りの本当の話を、確かな資料でたどります。
1花火大会の由来:隅田川花火大会と「両国の川開き」
日本でいちばん有名な花火大会の一つ、隅田川花火大会。そのルーツは、江戸の夏の名物だった「両国の川開き」の花火です。
隅田川花火大会の公式サイトは、始まりをこう説明しています。1732年(享保17年)に大飢饉(ききん)が起き、多くの人が飢えや疫病で亡くなった。翌1733年、8代将軍・徳川吉宗が死者の霊をなぐさめ、悪い病気を払うために「水神祭」を行い、そのとき両国橋のあたりの料理屋が花火を上げたのが「両国の川開き」の始まりと言われる、というものです。
ただし、研究者からは疑問も出ています。江戸時代の書物には「享保18年に始まった」という記録が見当たらず、この話は明治から昭和の初めにかけて少しずつ形になったのではないか、という指摘です。本当の「始まりの年」は、まだはっきりしないのです。
「川開き」とは、夏に川で舟遊びや夕涼みを楽しむシーズンの初日のこと。花火はその開幕を盛り上げるイベントでした。今の花火大会が夏に集中しているのは、こうした江戸の夏の楽しみ方が受けつがれてきたからです。

2花火の歴史:鍵屋と玉屋、「たまや〜」のかけ声の正体
日本で花火を見た古い記録の一つは、1613年に徳川家康が駿府城(今の静岡市)で、明(中国)の人が見せた花火を見物したというものです。筒から火の粉がふき出すような花火だったようです。
江戸の花火を支えたのが、鍵屋です。1659年に初代の弥兵衛がおもちゃ花火を売り出したのが始まりとされ、今も15代目まで続いています。やがて鍵屋の手代(店員)だった清吉がのれん分けして玉屋を開きました。両国橋の上流を玉屋、下流を鍵屋が受け持ち、二つの店は腕を競い合います。見物人は、きれいな花火が開くたびに「たまや〜」「かぎや〜」と声をかけました。
ところが1843年、玉屋は将軍が出かける前の夜に火事を出してしまいます。罰は重く、玉屋は一代で途絶えました。それなのに、今でも花火大会で叫ぶのは「たまや〜」。店がなくなって180年以上たっても、名前だけが空に向かって呼ばれ続けているのです。
両国の花火は、交通事情の悪化などのため1961年を最後に中断しました。復活したのは1978年7月29日。名前を「隅田川花火大会」に変え、打ち上げ場所を上流に移して、二つの会場で開かれるようになりました。2020年から2022年は新型コロナウイルスの影響で中止され、2023年には過去最多の約103万5千人が集まりました。
🕰️ 花火大会と夏祭りの年表
- 1613年徳川家康が駿府城で、明(中国)の人が見せた花火を見物したと記録される。
- 1659年鍵屋の初代・弥兵衛がおもちゃ花火を売り出したとされる。
- 1733年(享保18年)公式サイトによれば、両国の川開きの花火が始まった年(同時代の記録がないという指摘もある)。
- 1843年玉屋が火事を出して罰を受け、一代で途絶える。
- 1961年この年を最後に、交通事情の悪化などで両国の花火が中断(1962〜1977年は開かれず)。
- 1978年7月29日、「隅田川花火大会」として復活。
3花火大会と夏祭りの楽しみ方:浴衣・屋台・夜空の大輪
花火大会の日は、昼すぎから川べりにシートを広げて場所取りをする人もいます。浴衣を着て、うちわを持ち、屋台でかき氷やたこ焼き、りんご飴を買う。子どもたちは金魚すくいに夢中です。日が暮れると、ドーンという音がおなかに響き、夜空に大きな花が開きます。
日本の打ち上げ花火には、丸い玉が空で割れて丸く開く「割物」が多くあります。星(光の粒)が尾を引いて広がるものを「菊」、尾を引かないものを「牡丹」と呼びます。
大きさの競争もあります。新潟県の片貝まつりでは、直径約120cm、重さ約420kgの「四尺玉」が打ち上げられ、高さ約800mで直径約800mに開きます。
夏祭りも、もともとは病気や災いを払う意味を持つものが多くありました。京都の祇園祭(ぎおんまつり)は、869年に疫病をしずめるため66本の矛を立てて祈った御霊会が起源とされ、今も7月1日から31日まで1か月続きます。新潟県の長岡まつりは、1945年8月1日の長岡空襲の翌年に開かれた「戦災復興祭」がもとになっていて、毎年8月1日の夜には犠牲者を慰める白い花火「白菊」が上がります。
🎁 シンボルと小物
丸い玉が空で割れて丸く開く「割物」が日本の花火の得意技。
木綿の軽い着物。花火大会や夏祭りに着ていく人が多い。
夏祭りの夜道や屋台を照らす。
盆踊りや祭りばやしのリズムをきざむ。
紙を張った「ポイ」で金魚をすくう、夜店の定番。
4よくある誤解とホント:海外の花火は「夏」じゃない?
誤解1:隅田川の花火は江戸時代から一度も休まず続いている。
実際は、1961年を最後に中断し、1962年から1977年までの16年間は開かれませんでした。2020年から2022年もコロナで中止されています。2018年には台風のため1日延期されたこともあります。
誤解2:「たまや〜」は今ある花火屋さんへの声援。
玉屋は1843年の火事のあと途絶えた店です。今も続いているのは鍵屋のほう。かけ声だけが、江戸の文化として残りました。
誤解3:花火はどこの国でも夏の楽しみ。
海外では、花火は夏よりも「記念日」の印象が強いものです。アメリカでは7月4日の独立記念日、イギリスでは11月5日のガイ・フォークス・ナイト、多くの国では新年のカウントダウンで花火が上がります。浴衣を着て川べりで夏の夜に花火を見る、という楽しみ方は、日本ならではの夏の風景と言えます。
誤解4:花火大会はただのイベント。
長岡の「白菊」のように、亡くなった人を思う気持ちをこめて上げる花火もあります。花火大会がお盆の時期に多いのも、日本の夏らしさの一つです。
💡Fun Facts花火大会と夏祭りの豆知識 6連発
「たまや〜」の玉屋は、1843年の火事のあと一代で途絶えた花火屋。今も続いているのは鍵屋のほうです。
People shout "Tamaya!" at fireworks, but the Tamaya shop closed after a fire in 1843.
2025年の隅田川花火大会の打ち上げ数は、第一会場9,507発、第二会場10,650発。2会場で約2万発です。
About 20,000 fireworks go up at the Sumida River Fireworks Festival.
隅田川花火大会の観客は、2023年に過去最多の約103万5千人。一晩で100万人をこえる人が集まりました。
In 2023, about 1,035,000 people came to watch the Sumida fireworks.
片貝まつりの四尺玉は、重さ約420kg。開くと直径約800mにもなります。
One giant firework in Niigata weighs about 420 kilograms.
京都の祇園祭は、7月1日から31日まで1か月続きます。始まりは869年、疫病をしずめるための祈りでした。
The Gion Festival in Kyoto lasts for the whole month of July.
長岡まつりでは毎年8月1日の夜、1945年の長岡空襲の犠牲者を慰める白い花火「白菊」が上がります。
In Nagaoka, white fireworks remember the people who died in a 1945 air raid.
▶️Videos & Links花火大会と夏祭りの動画とリンク集
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