Advent

アドベント(待降節)とアドベントカレンダーの由来と歴史(詳しく)

いつから?なぜ?名前の意味は? アドベント(待降節)とアドベントカレンダーの本当の話を、確かな資料でたどります。

1アドベントの意味と由来:教会の1年は「待つこと」から始まる

カトリックやプロテスタントの教会の暦では、1年は1月1日に始まりません。始まりは、クリスマスの4つ前の日曜日。その日から12月24日までの約4週間を、アドベント(待降節)と呼びます。

名前のもとはラテン語の adventus(アドウェントゥス)で、意味は「到来」。古代ローマでは、皇帝が町にやってくるときの盛大な歓迎の儀式も、同じ言葉で呼ばれました。キリスト教では、イエスがこの世に生まれたこと、そしていつかもう一度来ること(再臨)、この2つの「到来」を思いながら待つ期間です。

始まりの日は毎年変わり、いちばん早くて11月27日、遅くて12月3日。2026年は11月29日、2027年は11月28日、2028年は12月3日です。2028年は12月24日がちょうど4回目の日曜日にあたるので、期間はわずか22日しかありません。なお東方正教会には「アドベント」という名の期間はなく、11月15日から40日間の「降誕祭前の斎」で備えます。

いつ始まったのかははっきりしませんが、480年ごろにはクリスマス前の準備の期間がありました。今のフランスのトゥールでは、司教ペルペトゥウスが11月11日の聖マルティヌスの日から週に3日の断食を定めたと伝えられます。567年のトゥール教会会議は、修道士に12月のあいだ毎日断食するよう命じました。今の4週間の形を示したのは、6世紀末の教皇グレゴリウス1世とされます。

アドベント(待降節)とアドベントカレンダー(Advent)のイラスト

2アドベントクランツとカレンダーの歴史:車輪のろうそくとチョークの線

1839年の12月、ドイツのハンブルク。貧しい家の子どもたちが暮らす施設「ラウエス・ハウス」では、子どもたちがクリスマスを待ちきれずにいました。施設を開いたルター派の牧師ヨハン・ヒンリヒ・ヴィヒャーンは、待つ時間を楽しくしようと、古い荷車の木の車輪にろうそくを立てて天井からつるしました。

日曜日には太い白いろうそく、平日には小さな赤いろうそくに、1日1本ずつ火をともします。明かりが増えるほど、クリスマスが近づく。これが今のアドベントクランツ(リース)のもとと考えられています。やがて常緑樹の枝で輪を作り、日曜日の4本だけを立てる形が広まりました。ドイツのカトリック教会が取り入れたのは1920年代、アメリカに伝わったのは1930年代です。

アドベントカレンダーも、同じ19世紀のドイツのルター派の家庭から生まれました。最初はドアにチョークで24本の線を引き、子どもが毎日1本ずつ消すような素朴なもの。手作りのものでは、1851年のものが最古とされます。

印刷したカレンダーを広めたのが、ミュンヘンの出版人ゲルハルト・ラングです。子どものころ、母親が厚紙にお菓子をつけ、1日1つずつ食べさせてくれた思い出がきっかけだったと伝えられます。最初のカレンダーは20世紀の初め(1903年とも1908年とも言われます)。1920年ごろからは、小さな扉を開けると絵が出てくる形も作りました。チョコレート入りは1950年代後半に現れたと言われ、イギリスのキャドバリーが1971年に売り出しています。

🕰️ アドベント(待降節)とアドベントカレンダーの年表

  1. 480年ごろクリスマス前の準備の期間が、すでに守られていた。
  2. 567年フランスのトゥール教会会議が、修道士に12月の毎日の断食を命じる。
  3. 1839年12月ハンブルクの牧師ヴィヒャーンが、車輪にろうそくを立てたクランツを子どもたちのために作る。
  4. 1851年知られている中で最古とされる、手作りのアドベントカレンダー。
  5. 1900年代初めミュンヘンのゲルハルト・ラングが、印刷したアドベントカレンダーを売り出す(1903年とも1908年とも)。
  6. 2000年ロンドンのマーク・ファウラーが「Perl Advent Calendar」を始める。のちに日本でプログラマーの Advent Calendar が大流行。

3海外のアドベントの過ごし方:ドイツ・スウェーデン・フィリピン

アドベント第1日曜日、ドイツの家庭では食卓のクランツに最初の1本の火がともります。翌週は2本、その次は3本。4本すべてが燃える日曜日が来れば、クリスマスはもうすぐです。ろうそくは紫3本とばら色1本の組み合わせがよく見られ、それぞれ「希望・平和・喜び・愛」を表すとも言われます。ばら色は、第3日曜日「ガウデーテ(喜べ)の主日」の色です。

街ではクリスマスマーケットが開きます。ニュルンベルクの市は、2026年は11月27日から12月24日まで。12月4日の聖バルバラの日には、サクランボなどの枝を切って水にさします。イブに花が咲けば翌年は幸運が来る、という言い伝えがあります。

スウェーデンでは、窓辺に電気のろうそく立てや星のランプを飾ります。電気のろうそく立ては、1934年にフィリップス社で働いていたオスカー・アンデションが考えたもの。1937年に発売されると、3,000個がすぐに売り切れました。

イギリスでは、オレンジにろうそくを立てて赤いリボンを巻いた「クリスチングル」を子どもたちが手にする礼拝が人気です。始まりは1747年のドイツで、当時はリボンを巻いたろうそくだけでした。1968年からイギリス国教会の慈善団体が広めました。

フィリピンでは、12月16日から24日まで、夜明け前のミサに9日間通う「シンバン・ガビ」があります。9日間すべて通えば願いがかなう、という言い伝えもあります。

🎁 シンボルと小物

🕯️アドベントクランツ(リース)Advent wreath

常緑樹の輪に4本のろうそく。日曜日ごとに1本ずつ火をふやす。1839年の車輪のろうそくがもとと考えられている。

📅アドベントカレンダーAdvent calendar

1日に1つ扉を開けていくカレンダー。多くは12月1日から24日まで。中には絵やお菓子、おもちゃが入っている。

💜紫(典礼色)purple

反省と準備を表す色。教会の祭服や布が紫になる(青を使う教会もある)。第3日曜日だけはばら色を使うことがある。

⭐アドベントの星Advent star

スウェーデンやドイツで窓辺につるす星形のランプ。暗い冬の夜に、家々の窓がやわらかく光る。

🌸バルバラの枝Barbara branch

12月4日に切ってかざるサクランボなどの枝。イブに花が咲くと幸運が来ると言われる。

4日本のアドベント:教会のろうそくから、コスメとプログラマーのカレンダーへ

日本のカトリック教会やルーテル教会では「待降節」、聖公会では「降臨節」と呼びます。この時期の教会やキリスト教系の学校にはアドベントクランツが飾られ、日曜日ごとに火のともるろうそくが1本ずつ増えていきます。

近年は、街でもアドベントカレンダーをよく見かけるようになりました。デパートや雑貨店には、チョコレートや紅茶、おもちゃ、さらには化粧品が入ったものが並びます。人気ブランドのコスメのカレンダーは、予約しないと手に入らないこともあるほどです。

もう1つ、日本でとくに盛んなのが、プログラマーの「Advent Calendar(アドカレ)」です。12月1日から25日まで、参加者が1日1本ずつ技術の記事をインターネットに書いてリレーします。もとは2000年、ロンドンのプログラマー、マーク・ファウラーが始めた「Perl Advent Calendar」。日本では2010年ごろに数十だった企画が、2017年には約1,000にふえました。技術者向けサイト Qiita では、2023年に1,208のカレンダーが作られ、19,000本以上の記事が投稿されています。扉の向こうにあるのはお菓子ではなく、だれかの知識。日本でとくに大きく育った、アドベントカレンダーの新しい形です。

5アドベントのよくある誤解とホント:カレンダーは12月1日からが正解?

誤解1:アドベントは12月1日から始まる
ホント:教会のアドベントは、クリスマスの4つ前の日曜日から。11月27日〜12月3日のどれかで、12月1日とはかぎりません。市販のカレンダーの多くは12月1日から24日分で、この形は1945年以降のドイツで定着しました。

誤解2:いつも4週間ちょうど
ホント:日曜日は必ず4回ありますが、日数は年によって22日から28日まで変わります。

誤解3:アドベントはもうクリスマスのお祝い
ホント:本来は「準備して待つ」期間です。教会の色は反省と準備を表す紫で、昔は断食の期間でした。ドイツの菓子パン「シュトーレン」も、この時期はバターが禁じられていたため、油で焼かれていました。1490年、教皇インノケンティウス8世の「バターの手紙」で、ザクセンの選帝侯の一家はバターを使えるようになり、ほかの人も教会への献金と引きかえに使えるようになりました。教会のクリスマスの季節は、12月25日から始まります。

誤解4:カレンダーの中身はもともとお菓子
ホント:初めは絵や聖書の言葉が中心でした。チョコレート入りが広く売られるようになったのは、20世紀の後半です。

💡Fun Factsアドベント(待降節)とアドベントカレンダーの豆知識 6連発

No.1

1953年12月、アメリカの雑誌『ニューズウィーク』がアイゼンハワー大統領の孫とアドベントカレンダーの写真をのせると、アメリカでカレンダーの注文が一気にふえました。

In 1953, an American magazine showed President Eisenhower's grandson with an Advent calendar. After that, many Americans wanted one.

No.2

印刷カレンダーを広めたゲルハルト・ラングの会社は、1930年代の終わりまでに30種類のカレンダーを出しましたが、第二次世界大戦が始まったあとの紙不足やほかの会社との競争などで、1940年にカレンダー作りをやめました。

Gerhard Lang made 30 kinds of calendars. But he stopped in 1940. One reason was that there was not enough paper.

No.3

ハンブルクのラウエス・ハウスでは、今もヴィヒャーンと同じ車輪型のクランツを飾っています。ろうそくの数は年によって変わり、多い年は28本です。

The children's home in Hamburg still uses a wheel with candles. Some years, it has 28 candles.

No.4

イタリアのミラノ周辺で守られるアンブロジオ典礼では、アドベントは4週間ではなく6週間あります。

In and around Milan, some churches have six weeks of Advent, not four.

No.5

アドベントの賛美歌として有名な「O Come, O Come, Emmanuel(久しく待ちにし)」は、ラテン語の歌を1851年にジョン・メイソン・ニールが英語に訳したものです。

The Advent song O Come, O Come, Emmanuel was first put into English in 1851.

No.6

1730年、ザクセン選帝侯(ポーランド王も兼ねた)アウグスト2世は、ドレスデンのパン職人に重さ1.7トンの巨大なシュトーレンを焼かせ、約2万4,000人が集まった祭りでふるまいました。

In 1730, the ruler of Saxony in Germany had bakers make a stollen that weighed about 1,700 kilograms.

▶️Videos & Linksアドベント(待降節)とアドベントカレンダーの動画とリンク集

What is Advent? Advent Explained | Newsround #christmasBBC Newsround

Advent in 2 MinutesBusted Halo®

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