心理学の「人間」の96%は欧米などの国の人だった。世界でいちばん“WEIRD”な人たち

読む前に予想してみよう!
有名な目の錯覚(ミュラー・リヤー錯視)は、どの社会の人でも同じくらい強く起こる
1960年代の比較研究では、アメリカの大学生で特に強く、カラハリ砂漠の狩猟採集民ではほとんど起こらなかったと報告されている。
- 対象
- 主要心理学誌の論文サンプルと、錯視・公平感・空間認知などの異文化比較研究
- 規模
- 6誌の論文分析(2003〜2007年)と数十年分の比較研究
- 研究の種類
- 文献レビュー(公開査読コメント付き)
- 確かさ
- ★★★★☆
心理学の一流誌に載る研究の参加者は96%が欧米などの工業国から。しかもその人たちは、錯視や公平感の実験で人類の「端っこ」に来ることが多かった。
ひとことで言うと心理学の「ふつうの人」は、世界から見るとちょっと変わった人たちだった!
論文スペック表研究デザイン・規模・結果・その後(玄人向け)
- 研究デザイン
- 既存の比較研究をまとめた文献レビュー(各分野の研究者の批判コメントと著者の応答つき)
- 偏りの元データ
- 主要6分野のトップ誌、2003〜2007年の論文(Arnett 2008)
- 主な数字
- 参加者の68%がアメリカ、96%が欧米などの工業国から。これらの国に住むのは世界人口の12%
- 比較の枠組み
- 工業社会と小規模社会、欧米と欧米以外、アメリカ人とほかの欧米人、アメリカの大学生とほかのアメリカ人の4段階
- 代表的な例
- 16社会のミュラー・リヤー錯視で、アメリカの大学生が最も強く、カラハリ砂漠のサンではゼロと区別できない
- その後の追跡
- 2014〜2018年の同じ6誌で、アメリカのサンプルと著者の割合は平均6割強(Thalmayer et al. 2021)
心理学の教科書には「人は〜しがちである」という文がたくさん出てきます。では、その「人」とは、実際には誰のことなのでしょう。
2008年、アメリカの心理学者ジェフリー・アーネットが、心理学の主要6分野のトップ誌を調べました。その数字を使って、2010年にカナダの研究者3人がこう計算します。心理学の実験参加者の96%は、世界人口の12%しか住んでいない国から来ている。
しかも問題は「偏っている」だけではありませんでした。彼らが集めた比較研究では、その欧米の参加者こそが、人類の分布の端っこに来る「外れ値」であることが多かったのです。論文のタイトルは「世界でいちばん変わった(WEIRD)人々?」。心理学に大きな波紋を広げました。
01問い:「標準的な被験者」は人類の代表か
心理学の多くの研究は、身近に集めやすい大学生を対象にしてきました。それでも「人間一般」について語れるのは、暗黙のうちに次のどちらかを前提にしているからです。
- 心の働きは集団によってほとんど違わない
- 欧米の大学生は、少なくとも人類の真ん中あたりにいる
ヘンリック、ハイネ、ノレンザヤンの3人(2010)は、この2つの前提を、すでにある比較研究のデータで点検しようとしました。掲載誌の Behavioral and Brain Sciences は、本論文に各分野の研究者の批判コメントと著者の応答をまとめて載せる形式で、議論そのものが記録に残っています。
02方法:4段階の「比べっこ」
この論文は新しい実験ではなく、既存の比較研究をつなぎ合わせたレビューです。比べ方を4段階に分けたのが工夫でした。
- 工業社会 vs 小規模社会
- 欧米 vs 欧米以外
- 現代アメリカ人 vs ほかの欧米人
- アメリカの典型的な被験者(大学生)vs ほかのアメリカ人
扱った領域は、視覚、公平感と協力、空間認知、カテゴリー分け、道徳判断、思考スタイル、自己観、IQの遺伝率など。どの段階でも「WEIRD側」が端に寄るなら、欧米の大学生は人類の代表どころか、端の端ということになります。
03サンプル偏りの実態
まずは数字です。アーネット(2008)の分析した2003〜2007年のトップ誌では、
- 参加者の68%がアメリカから
- 96%が欧米などの工業国(北米、ヨーロッパ、オーストラリア、イスラエル)から
- 筆頭著者の73%がアメリカの大学、99%が欧米の大学に所属
社会心理学の代表誌では、アメリカのサンプルの67%が心理学の授業を受ける学部生だけで構成されていました。ヘンリックらはここから、アメリカの学部生がランダムに選ばれて研究参加者になる確率は、欧米以外の人の4,000倍を超えると見積もっています。
04錯視の強ささえ社会で違う
いちばん驚かれたのは、目の錯覚の例でした。両端に矢羽根をつけると同じ長さの線が違って見える、ミュラー・リヤー錯視です。
1960年代、人類学者と心理学者のチームが、多くの社会の子どもと大人に錯視図を見せました(Segall et al., 1963 の Science 報告と、その後1966年にまとめられた本)。ヘンリックらが紹介した16社会のデータでは、
- アメリカの大学生が最も強く錯視にかかり、線を約5分の1長くしないと同じ長さに見えなかった
- カラハリ砂漠の狩猟採集民サンでは、錯視の強さがゼロと区別できなかった
- 5〜11歳の子どもでも、すでに社会ごとの差があった
「直角や直線だらけの建物の中で育つと、見え方のクセが変わる」という説明は、目の錯覚の記事でも紹介しました。この論文が強調したのは、その先です。「視覚のような基礎的な処理なら人類共通だろう」と思われていた領域でさえ、欧米の大学生が端にいたということでした。

05公平感、空間、そして「端の端」
錯視だけではありません。お金を分ける経済ゲームでも、アメリカの一般成人は公平な提案や不公平への罰で分布の端にいました(→15の小規模社会の最後通牒ゲーム)。
空間の言い表し方では、さまざまな社会の20言語を比べたところ、「自分から見て右・左」を唯一の優先的な基準にしていた言語は3つだけで、英語、オランダ語、そして日本語でした。多くの言語は「東西南北」や「物の前後」を好みます。日本語も、この点では「WEIRD側」に入っていたわけです。
さらに第4段階では、高学歴のアメリカ人は、そうでないアメリカ人よりもさらに端に寄る例がいくつも挙げられました。たとえば、選んだ後に自分の選択を正当化する心の動き(認知的不協和)は、大学教育を受けた人で何十回も確認されてきましたが、大学に行っていない成人では見られなかったという研究があります。
一方で著者らは、差が小さい、あるいは共通性が見られる領域も挙げています。別の種類の錯視(遠近画法の錯視)、色の知覚、基本的な表情の認識、他人が誤った思い込みを持つと理解する力(できるようになる年齢は違う)などです。「全部が文化で変わる」とは言っていません。
ここまで読めば要点はつかめています。この先は反論・方法論・未解決の問いまで踏み込みます。
06その後:変わったこと、変わらないこと
アーネットらは10年後、同じ6誌の2014〜2018年分を調べ直しました(Thalmayer et al., 2021)。アメリカのサンプルと著者の割合は、平均で6割強に下がっていました。
ただし増えたのは、主にほかの英語圏や西ヨーロッパの国々。著者らは、トップ誌が代表している世界人口は約11%で、残り89%はいまだ置き去りと表現しています。いわゆる「マジョリティ・ワールド」の著者やサンプルは4〜5%にとどまりました。
別の分析でも、心理学の有力誌 Psychological Science に載る研究のほとんどが欧米のサンプルに頼り、そのデータから人間一般について推論していると指摘されています(Rad et al., 2018, PNAS)。
07まとめ
心理学の「人間」は、長いあいだ欧米の、それも大学生とほぼ同じ意味で使われてきました。そしてその人たちは、錯視や公平感のような、基本的だと思われてきた領域でさえ、人類の中で端の方にいることがありました。
ヘンリックらの言葉を借りれば、WEIRDな人々は "among the least representative populations one could find for generalizing about humans"(人間について一般化するには、最も代表性の低い集団の一つ)。教科書の「人は〜しがち」を読んだら、「その人って、どこの誰?」と一度ツッコんでみてください。日本の大学生で行った研究も、例外ではありません。
この研究を英語で読もう原田英語の English CornerPsychology textbooks often say that "people" behave in certain ways.
音声
4択クイズ9問A2・B1・B2タップして開く
原田英語の English Corner
この研究を英語で読もう
Psychologists study how people think and feel. But who are these people? A study of top psychology journals found that 96 percent of the people in the studies came from Western countries like the United States. These countries have only 12 percent of the world's population.
Many of the people were college students. In a test with a famous eye trick, American students were fooled the most. Hunters in the Kalahari Desert were hardly fooled at all.
77 words ・ CEFR A2
和訳を見る
心理学者は、人がどのように考え、感じるかを研究します。でも、その「人」とは誰なのでしょう。一流の心理学誌を調べた研究で、研究に参加した人の96%が、アメリカのような欧米の国から来ていることがわかりました。これらの国には、世界人口の12%しか住んでいません。
参加者の多くは大学生でした。有名な目の錯覚を使ったテストでは、アメリカの学生がいちばんだまされました。カラハリ砂漠の狩猟民は、ほとんどだまされませんでした。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the passage mainly about?
心理学研究の参加者が誰なのか(ほとんどが欧米の人)という話なので B。
Q2. What percent of the world's population lives in those Western countries?
These countries have only 12 percent of the world's population とあるので D。96% は参加者の割合。
Q3. In this passage, "hardly" means ...
hardly は「ほとんど〜ない」。hard(かたい・熱心に)とは意味が違うので注意。正解は B。
Psychology textbooks often say that "people" behave in certain ways. In 2010, three researchers in Canada asked who those people really are. Using an earlier study of top journals, they pointed out that 96 percent of research participants came from Western industrialized countries, which hold only 12 percent of the world's population. In one major journal, two-thirds of the American samples were made up only of psychology students.
The researchers then reviewed studies that compared different societies. Again and again, Western participants were at the far end of the range. In a classic illusion with two lines of equal length, American students needed one line to be about a fifth longer before the two looked the same. San hunters in the Kalahari Desert showed almost no illusion.
127 words ・ CEFR B1
和訳を見る
心理学の教科書は、「人は」ある決まった振る舞いをするとよく書く。2010年、カナダの3人の研究者は、その「人」とは本当は誰なのかを問うた。一流誌を調べた先行研究を使い、研究参加者の96%が、世界人口の12%しか住んでいない欧米の工業国から来ていると指摘した。ある主要誌では、アメリカのサンプルの3分の2が心理学の学生だけで構成されていた。
研究者たちは次に、異なる社会を比べた研究を見直した。何度も、欧米の参加者が分布の端にいた。同じ長さの2本の線を使う有名な錯視では、アメリカの学生は、2本が同じに見えるまでに一方を約5分の1長くする必要があった。カラハリ砂漠のサンの狩猟民には、錯視がほとんど見られなかった。
4択リーディングクイズ
Q1. What did the three researchers want to know?
asked who those people really are とあるので B。
Q2. How much longer did one line need to be for American students?
about a fifth longer とあるので B。
Q3. What does the passage suggest about Western participants?
Western participants were at the far end of the range(分布の端にいた)とあるので、他集団と比べて変わっていることが多いと言える。正解は B。
The paper's title was a pun. WEIRD stands for Western, educated, industrialized, rich and democratic, and the authors argued that such people are odd choices for learning about humans in general. Their evidence came from a review, with no new experiment. They lined up four comparisons, from industrial versus small-scale societies down to American students versus other Americans, and checked where WEIRD groups landed in areas such as visual perception, fairness and spatial reasoning.
Often they landed at an extreme. Highly educated Americans were sometimes more extreme than Americans without a degree. The authors also listed areas with little variation, such as color perception and the recognition of basic facial expressions. Critics pushed back. Two commentators argued that tasks designed and polished on Western students will naturally work best on those students, so the extremes may partly come from where the methods were born.
For the line illusion, a separate idea from the 1960s linked weaker effects to darker pigment at the back of the eye. Ten years after the first count, the share of American samples in the same six journals had dropped to a little over 60 percent, mostly replaced by other Western countries.
196 words ・ CEFR B2
和訳を見る
論文のタイトルはしゃれだった。WEIRD は欧米の・高学歴の・工業化した・豊かな・民主的な、の頭文字で、著者らは、そうした人々は人間一般を知るための対象としては風変わりな選択だと主張した。根拠は新しい実験ではなく、レビューだった。工業社会と小規模社会の比較から、アメリカの学生とほかのアメリカ人の比較まで、4つの比較を並べ、視覚、公平感、空間的推論などの領域でWEIRDな集団がどこに来るかを調べた。
多くの場合、極端な位置に来た。高学歴のアメリカ人が、学位のないアメリカ人よりさらに極端なこともあった。著者らは、色の知覚や基本的な表情の認識など、ばらつきの小さい領域も挙げた。批判も出た。2人のコメンテーターは、欧米の学生で設計され磨かれた課題は当然その学生で最もよく効くので、極端さの一部は方法の生まれた場所に由来するかもしれないと論じた。
線の錯視については、1960年代に、効果が弱いことを目の奥の色素の濃さと結びつける別の説も出ていた。最初の集計から10年後、同じ6誌でのアメリカのサンプルの割合は6割強まで下がったが、その分の多くはほかの欧米の国々に置き換わっただけだった。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the passage mainly about?
WEIRDな参加者が人類の端にいるというレビューと、その批判・その後を述べているので B。
Q2. According to the passage, which area showed little variation across groups?
areas with little variation, such as color perception and the recognition of basic facial expressions とあるので C。
Q3. What is the main point of the two commentators' criticism?
欧米の学生で設計・調整された課題なので、その学生で最もよく効き、極端に見えるのは方法の出どころのせいかもしれない、という主張なので B。
重要単語
- participantB1名詞参加者Each participant looked at two lines on a card.
participate in ~(~に参加する)の名詞形。研究論文では subject より participant が好まれる。 - sampleB1名詞標本、サンプル(調査対象として選ばれた人々)The sample was made up of first-year students.
a representative sample で「代表的な標本」。動詞で「試食する」の意味も。 - representativeB2形容詞代表的な、全体をよく表すA group of students is not representative of all adults.
be representative of ~ の形でよく使う。名詞で「代表者」の意味もある。 - generalizeB2動詞一般化するIt is risky to generalize from one country to the whole world.
generalize from A to B で「AからBへ一般化する」。名詞 generalization。 - outlierC1名詞外れ値、集団から大きく離れたものIn the illusion test, the American students were outliers.
out(外に)+lie(横たわる)+-er。統計でも日常でも使う。 - illusionB2名詞錯覚、錯視The illusion makes one line look longer than the other.
optical illusion で「目の錯覚」。be under the illusion that ~ で「~と思い込んでいる」。 - industrializedB2形容詞工業化したMost of the participants lived in industrialized countries.
industry(産業)→ industrialize(工業化する)→ industrialized。WEIRD の I。
この話題を TED で聞く
同じテーマの TED・TED-Ed を、
TED HACK で。英語の見どころ・使える表現・学習ミッションつきの日本語ガイドです。(運営:原田英語)
4コマでわかる

このネタ、誰かに教えたくなった?
心理学の一流誌を調べたら、実験参加者の96%が世界人口の12%しか住まない欧米などの国の人だった。しかもその人たちは、錯視や公平感のテストで人類の端っこに来がちらしい。「人間」って誰のこと?
押すと「マジかリスト」に保存されます
出典・参考文献(5件)タップで表示
原典ガイド:入門から読むと入りやすく、必読は議論の土台、発展はその先の論点です。
- 必読Henrich, Heine & Norenzayan (2010) The weirdest people in the world?, Behavioral and Brain Sciencesdoi.org本論文。サンプルの偏りの数字と、4段階の比較で欧米の参加者が端に来る例。同じ号の批判コメントと著者の応答もあわせて読める
- 入門Arnett (2008) The neglected 95%: Why American psychology needs to become less American, American Psychologistdoi.orgアメリカの心理学の偏りを、6誌の参加者と著者の内訳から示した論文
- 発展Thalmayer, Toscanelli & Arnett (2021) The neglected 95% revisited: Is American psychology becoming less American?, American Psychologistdoi.org10年後の同じ6誌を調べ直し、偏りがどれだけ変わったかを確かめた追跡調査
- 発展Segall, Campbell & Herskovits (1963) Cultural Differences in the Perception of Geometric Illusions, Sciencedoi.org錯視の見え方の文化差を報告した1960年代の比較研究
- 発展Bennis & Medin (2010) Weirdness is in the eye of the beholder, Behavioral and Brain Sciencesdoi.org「WEIRDは人類の外れ値」という主張に疑問を示した同誌の批判コメント
※本記事は上記の研究・公開資料をもとに、原田英語が独自の言葉で解説したものです。引用は著作権法第32条の範囲で行い、出典を明記しています。画像はすべてオリジナルのイメージです。研究結果には限界や個人差があります。誤りのご指摘は原田英語のお問い合わせフォームから。










