Breast Cancer Awareness Month

ピンクリボン月間(乳がん啓発月間)の由来と歴史(詳しく)

いつから?なぜ?名前の意味は? ピンクリボン月間(乳がん啓発月間)の本当の話を、確かな資料でたどります。

1ピンクリボンの由来:最初のリボンは「桃色」だった

1991年ごろ、アメリカ・カリフォルニア州シミバレー。60代後半(68歳だったとされます)のシャーロット・ヘイリーは、自宅で小さなリボンを手作りしていました。色はピンクではなく、彼女の好きな桃色(ピーチ色)。祖母、姉、娘が乳がんになった家族の経験から始めた、小さな草の根の運動でした。

リボンは1本ずつカードにつけ、スーパーマーケットで手渡したり、切手をはった返信用封筒を送ってきた人に5本ずつ郵送したりしました。カードには「アメリカ国立がん研究所の年間予算は18億ドル。がんの予防に使われるのは、そのうち5%だけ」と書かれ、リボンをつけて議員とアメリカの目をさまさせよう、と呼びかけていました。

1992年、女性誌『SELF』の編集者アレクサンドラ・ペニーが、このリボンに目をとめます。エイズの「レッドリボン」に負けないほど目立つシンボルを探していたのです。雑誌はいっしょに広めようと持ちかけましたが、ヘイリーは「商業的すぎる」と断りました。それでもリボンをあきらめきれない雑誌に、弁護士は「別の色にしては」と助言します。こうして選ばれたのがピンクでした。

協力したのは、化粧品会社エスティ ローダーのエヴリン・ローダーです。全米の化粧品売り場で、その年だけで約150万本のピンクリボンが配られ、乳房のセルフチェックの方法を書いたカードが添えられました。

実はその前の年の1991年、乳がんの支援団体スーザン・G・コーメン財団が、ニューヨークのレースの参加者全員にピンクのリボンを配っています。ピンクリボンには「この人が発明した」というただ1人の作者はいないのです。

ピンクリボン月間(乳がん啓発月間)(Breast Cancer Awareness Month)のイラスト

2乳がん啓発月間の歴史:1985年、1週間のキャンペーンから

話はさらにさかのぼります。1974年、アメリカの大統領夫人ベティ・フォードが乳がんの手術を受け、そのことを隠さずに語りました。当時、乳がんは人前で話題にしにくい病気でした。

1980年、スーザン・G・コーメンという女性が、乳がんのため36歳で亡くなります。妹のナンシー・ブリンカーは1982年に姉の名前をつけた財団をつくり、翌1983年、ダラスで最初の「レース・フォー・ザ・キュア」を開きました。参加者は800人でした。

そして1985年10月。アメリカがん協会と、イギリスの化学会社ICIの製薬部門が組んで、1週間のキャンペーンを始めます。目的は、マンモグラフィ(乳房のX線検査)による早期発見を広めること。ベティ・フォードも呼びかけに加わりました。この1週間が、やがて10月まるごとの「乳がん啓発月間」に育っていきます。

1990年代にピンクリボンが加わると、10月はピンクの月になりました。2010年10月1日には、ニューヨークのエンパイア・ステート・ビルやイタリアのピサの斜塔など、世界の200か所以上の建物がいっせいにピンクに光りました。アメリカンフットボールのNFLは2009年からアメリカがん協会と組み、10月の試合で乳がんの啓発を始めました(2017年からは、ほかのがんにも広げています)。2009年には男性の乳がんを知らせる3つの団体が、10月の第3週を「男性乳がん啓発週間」に定めました。

🕰️ ピンクリボン月間(乳がん啓発月間)の年表

  1. 1974年アメリカの大統領夫人ベティ・フォードが乳がんの手術を受け、そのことを公に語る。
  2. 1982〜1983年ナンシー・ブリンカーが姉の名前のスーザン・G・コーメン財団を設立。1983年、ダラスで最初のレース(800人)。
  3. 1985年10月アメリカがん協会とICIの製薬部門が、1週間の乳がん啓発キャンペーンを始める。のちに10月の1か月に。
  4. 1991年コーメン財団がニューヨークのレースでピンクのリボンを配る。このころシャーロット・ヘイリーが桃色のリボンを手作りして配る。
  5. 1992年『SELF』誌とエヴリン・ローダーがピンクリボンを広め、化粧品売り場で約150万本を配る。
  6. 2000年10月東京タワーが初めてピンク色にライトアップされ、日本でもピンクリボンが知られるようになる。

3日本のピンクリボン:東京タワーがピンクに染まった2000年

日本でピンクリボンが広く知られるきっかけは、2000年10月の東京タワーでした。エスティ ローダー グループが、乳がん患者を支える「あけぼの会」を応援して、タワーをピンクにライトアップしたのです。点灯はその後も毎年続き、2010年には11回目を数えました。

2003年からは、日本対がん協会や朝日新聞社などが「ピンクリボンフェスティバル」を始め、ピンクのグッズを身につけて街を歩く「スマイルウオーク」も開かれてきました。2009年には、NPO法人J.POSHが「ジャパン・マンモグラフィーサンデー」を始めます。平日に病院へ行きにくい女性が、日曜日に乳がん検診を受けられるようにする取り組みで、毎年10月の第3日曜日(2026年は10月18日)です。10月1日は、日本記念日協会が2017年に認定した「ピンクリボンの日」でもあります。

数字も見てみましょう。国立がん研究センターによると、2023年に新たに乳がんと診断されたのは103,424例(うち女性102,592例)。女性のがんの中で最も多く、日本の女性の約8人に1人(11.8%)が、一生のうちに乳がんと診断される計算です。

厚生労働省の指針では、市区町村が行う乳がん検診の対象は40歳以上の女性、間隔は2年に1回、検査は問診とマンモグラフィとされています。また、ふだんから自分の乳房の状態を知り、変化に気づいたら早めに医療機関に相談する「ブレスト・アウェアネス(乳房を意識する生活習慣)」も、自治体などが呼びかけています。

4よくある誤解とホント:男性も乳がんになる?ピンクは誰のため?

「乳がんは女性だけの病気」と思われがちですが、男性もなります。日本では2023年に832例。アメリカでは2026年に約2,670人の男性が診断されると推計されています。WHOによると、乳がん全体の0.5〜1%ほどが男性です。数が少ないぶん見過ごされやすく、男性の乳がんを知らせる活動も生まれました。

もう一つは「ピンクの商品を買えば、必ず研究や支援の役に立つ」というイメージ。実際には、売り上げのごく一部しか寄付されない商品もあります。2015年にはニューヨーク・タイムズが、ある大手スポーツ用品店のピンク商品の一部に寄付がなかったことを報じました。アメリカの団体ブレスト・キャンサー・アクションは2002年に「Think Before You Pink(ピンクにする前に考えて)」という運動を始め、乳がんとの関係が疑われる化学物質を使いながらピンクリボンを掲げる企業を「ピンクウォッシュ」と批判しています。一方で、企業の協力がリボンを全国に広め、検診や研究のためのお金を集めてきたのも事実です。この団体は、買う前に「いくらが、どこに寄付されるのか」を確かめるよう呼びかけています。

最後に、リボンの色はピンクだけではありません。エイズへの理解を求めるレッドリボンは、1991年にニューヨークの芸術家グループが始めたもの。湾岸戦争のアメリカ兵を支える黄色いリボンがヒントでした。ピンクリボンは、色で気持ちを伝えるシンボルの流れの中で生まれたのです。

🎁 シンボルと小物

🎀ピンクリボンthe pink ribbon

乳がんについて知り、早期発見と患者・家族への支援を呼びかけるシンボル。1990年代はじめのアメリカで広まった。

🍑桃色のリボンthe peach ribbon

シャーロット・ヘイリーが手作りした最初のリボン。予防研究にもっとお金を、と訴えるカードがついていた。

🗼ピンクのライトアップpink lights

10月1日前後に、世界の名所がピンクに光る。日本では2000年の東京タワーが始まり。

👟チャリティーのウォーク・ランcharity walks and runs

1983年に始まったコーメン財団のレースや、日本のスマイルウオークなど。歩きながらリボンを知らせる。

💡Fun Factsピンクリボン月間(乳がん啓発月間)の豆知識 6連発

No.1

ヘイリーのリボンについていたカードには「アメリカ国立がん研究所の年間予算は18億ドル。予防に使われるのは5%だけ」と書かれていました。

Charlotte Haley's cards said that only 5 percent of the National Cancer Institute's money went to prevention.

No.2

コーメン財団は、ピンクリボンより前の1990年、ワシントンD.C.のレースで乳がん経験者を紹介する取り組みを始め、経験者にピンクのサンバイザーをかぶってもらいました。

In 1990, at a race in Washington, D.C., one charity gave pink visors to people who had breast cancer.

No.3

2010年10月1日の夜、東京タワーと同じ日に、エンパイア・ステート・ビルやピサの斜塔など世界の200か所以上がピンクに光りました。

On October 1, 2010, more than 200 buildings around the world turned pink on the same night.

No.4

2010年、デルタ航空はボーイング767を1機、乳がん研究財団(BCRF)のピンクの特別塗装にしました。

In 2010, Delta Air Lines painted one of its big planes pink for breast cancer research.

No.5

西オーストラリア州のロイ・ヒル鉄道は、乳がんの啓発のため、機関車や設備をあざやかなピンクに塗っています。

A railway in Western Australia paints its trains bright pink.

No.6

ピンクリボンのヒントになったエイズのレッドリボンは、1991年のトニー賞で俳優ジェレミー・アイアンズが身につけ、一気に有名になりました。

The red ribbon for AIDS became famous at the 1991 Tony Awards.

▶️Videos & Linksピンクリボン月間(乳がん啓発月間)の動画とリンク集

What is Breast Cancer? Breast Cancer Awareness Month for Kids (Educational Cartoon)Fresberg Cartoon – Learning & History for Students

ALL ABOUT BREAST CANCER : What is PINK RIBBON?🎗Medical Korea Official

Understanding Breast CancerYou and Breast Cancer

▶ YouTubeで「history of the pink ribbon」をもっと見る

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