大学で多読を行う意味:精読だけでは足りない理由
大学生の多くは、高校までに英文を正確に読み解く訓練を積んでいます。一方で、大量の英文を楽に読む経験は不足しがちです。
多読の考え方としては、Richard DayとJulian Bamfordが示した原則がよく知られています。その中心にあるのは次のような考え方です。
- 読む英文はやさしいこと
- たくさん読むこと
- 学習者が自分で本を選ぶこと
- 読むこと自体が目的であり、テストのために読むのではないこと
- 教師も読み手の手本になること
精読が「虫眼鏡で英文を見る練習」だとすれば、多読は「英文の中を歩き回る練習」です。どちらかではなく、両方があって初めて読む力はバランスよく育つと考えると、カリキュラムの中での位置づけが明確になります。
図書の準備:何を、どれだけそろえるか
多読プログラムの成否は、学生が読みたいと思える本が、ちょうどよいレベルで手に取れるかに大きく左右されます。
図書選びのポイント
- レベル別の本(Graded Readers)を中心にする:語彙数が段階的に制限されたシリーズを複数の出版社からそろえる
- 一番やさしいレベルを厚めにする:大学生でも、最初は拍子抜けするほどやさしい本から始めるほうが続きます
- ジャンルを広げる:小説だけでなく、伝記・科学・ノンフィクションも入れる
- 音声付きの本も用意する:聞きながら読む選択肢があると、苦手な学生も入りやすくなります
冊数は、受講者数と貸出期間から逆算します。たとえば受講者が100人で、1人が1週間に2冊借りるなら、最低でも200冊が常に貸し出し可能である必要があり、選ぶ余地を考えるとその数倍は欲しいところです。
一度にすべてそろえる必要はありません。初年度はやさしいレベルに集中して購入し、利用記録を見ながら翌年度に補充するのが現実的です。図書館と連携して、多読コーナーを作ってもらえるかも相談してみましょう。
予算を申請するときの書き方の例
「受講者○人が週2冊を借りられるよう、やさしいレベル(レベル1〜2)を中心に○冊を整備し、学期の初めと終わりに読む速さを測って効果を確認する」のように、冊数の根拠と効果の確かめ方をセットで書くと、学内での説明が通りやすくなります。
初回オリエンテーションの進め方
最初の授業で多読の考え方をしっかり伝えるかどうかが、その後の読書量を左右します。90分の初回オリエンテーションの例です。
- 体験(15分):最もやさしいレベルの本を全員に配り、10分間読む。「これなら辞書なしで読める」という感覚を味わってもらう
- 説明(15分):多読の考え方を説明する。キーワードは「辞書を引かない」「分からなければ飛ばす」「つまらなければやめる」
- レベル選び(20分):複数のレベルの本を少しずつ読み、「1ページに知らない語が1〜2個以下」のレベルを自分の出発点にする
- 貸出体験(20分):実際に本を2冊選んで借りる
- 記録の説明(10分):読書記録の付け方を説明する
- 目標設定(10分):学期の読書量の目標を自分で決めて書く
「やさしすぎる本を読むのは恥ずかしい」と感じる学生もいます。やさしい本を速く読むことにこそ意味があることを、最初に伝えておきましょう。
読書記録と評価:点数化しすぎない工夫
多読を単位のある科目に組み込むなら、何らかの評価が必要です。ただし、評価が重すぎると「テストのために読む」ことになり、多読の良さが失われます。
記録の項目例
- 日付、書名、レベル、語数(シリーズに記載があれば)
- 面白さ(★1〜3)
- ひとことコメント(日本語でも英語でも可)
評価の考え方の例
- 読書量:学期の語数や冊数の目標に対する達成度
- 継続性:毎週読んでいるか(まとめて最後に読むのではなく)
- 振り返り:学期中に2回、自分の読書を振り返る短い文章を書く
オンラインで本の内容に関する簡単なクイズに答えて読書量を記録するシステム(MReaderなど)を利用している大学もあります。こうした仕組みを使うかどうかは、学生数や運営体制に合わせて検討しましょう。
ポイント:評価の目的は「読ませること」ではなく「読む習慣を支えること」。読書量の多さだけでなく、継続できたことも認める設計にすると、苦手な学生も参加しやすくなります。
授業時間内の多読と、他の活動とのつなぎ方
多読を授業外の課題だけにすると、読む時間をとれない学生が出てきます。毎回の授業の最初の10〜15分を多読の時間にするだけで、読書量は安定しやすくなります。
授業内の多読と組み合わせる活動の例
- ブックトーク(5分):ペアで最近読んだ本を紹介する。 I read a book about a girl who... / It was easy to read because... のような型を示す
- ポップ作り(学期に1回):おすすめの本を1枚のカードで紹介し、図書のそばに掲示する
- 速読の記録(月1回):同じレベルの本を一定時間読み、1分あたりの語数を記録する
教師自身も、学生と同じ時間に本を読む姿を見せることが大切です。教室が静かに本を読む空間になると、「読むのが当たり前」という雰囲気が生まれます。
図書館・同僚・学生アシスタントとの連携体制
多読プログラムは、担当教員一人の努力だけでは長続きしません。立ち上げの段階から、誰が何を担うかを決めておくことが大切です。
役割分担の例
- 図書館:図書の購入手続き、登録、配架、貸出の管理、多読コーナーの設置
- 担当教員:図書の選定、オリエンテーション、読書記録の確認、評価
- 同僚の教員:自分の授業でも多読を紹介する、学期末の振り返りに参加する
- 学生アシスタント:おすすめ本のポップ作り、貸出の補助、新入生への体験談の紹介
年間の打ち合わせの目安
- 学期前:図書館と購入計画・配架の相談
- 学期の中盤:貸出状況の確認と、足りないレベルの把握
- 学期末:利用記録と学生の振り返りをもとに、翌年度の計画を立てる
特に図書館とは、貸出データを共有してもらえるかを早めに相談しておくと、どのレベルの本がよく読まれているかが分かり、次年度の購入に生かせます。
よくある失敗と、続けるためのコツ
1. 難しい本から始めてしまう
大学生だからと中級以上のレベルから始めると、辞書を引きながらの精読になってしまいます。迷ったらやさしいほうを選ばせましょう。
2. 学期末に駆け込み読書が起こる
締め切り前にまとめて読むと、読んだ記録はあっても習慣は残りません。毎週の最低ラインを決め、途中で進み具合を確認します。
3. 担当者が一人で抱え込む
図書の管理、記録のチェック、貸出の運営を一人で行うと続きません。図書館や同僚、学生アシスタントに役割を分けて頼む仕組みを初年度から作りましょう。
4. 効果が見えず不安になる
効果は短期間では見えにくいものです。学期の最初と最後に読む速さを測るなど、変化を記録する仕組みを用意しておくと、学生にも教員にも励みになります。
まずは次学期に向けて、手元にあるやさしい英語の本を10冊集め、授業の最初の10分で読む時間を試してみてください。



