NEW別館「マジか!?ことば」英語と日本語の「えっ、マジか!?」を辞書と論文でウラ取りのぞいてみる →
💘 恋愛と人間関係の科学ビミョー

「Tシャツのにおい」で免疫の遺伝子が自分と違う相手を選ぶ説、夫婦3691組では見つからず

「Tシャツのにおい」で免疫の遺伝子が自分と違う相手を選ぶ説、夫婦3691組では見つからず

読む前に予想してみよう!

人は、免疫の遺伝子が自分と違う相手を選んで結婚している

研究カード(どんな研究?)
対象
スイスの大学の女子学生(1995年の実験)/ドイツの夫婦(2020年の調査)
規模
女性49人/3,691組
研究の種類
実験、その後の追試とメタ分析(多くの研究をまとめ直す分析)、夫婦の遺伝子の調査
確かさ
★★★☆☆
3秒でわかる

「女性は、免疫の遺伝子が自分と違う男性のにおいを好む」。1995年のTシャツ実験の結果だ。だが、似た実験をやり直すと結果はそろわず、ドイツの夫婦3691組では、遺伝子の違い方がでたらめに組んだ男女と変わらなかった。

ひとことで言うと「においで遺伝子の合う人を選ぶ」説は、本物の夫婦では確かめられなかった!

もくじ
  1. 男性が2晩着たTシャツを、女性がかいだ
  2. なぜ「違う遺伝子」がいいと考えられたのか
  3. 追試すると、結果がそろわなかった
  4. どんでん返し:ドイツの夫婦3691組では「偶然と同じ」
  5. 免疫の遺伝子の型が多すぎて、においで選ぶ必要がない?
  6. 「似た者どうし」のほうがはっきりしている
  7. まとめ

男性が2晩続けて着て寝たTシャツ。そのにおいを、女子学生がひとつずつかいで点をつける。1995年に発表された、スイスのベルン大学の実験です。

結果は「免疫の遺伝子が自分と違う男性のTシャツほど、いいにおいと感じる」。この結果は大きな注目を集めました。「人はにおいで遺伝子の合う相手を選んでいる」という話は、今も恋愛の雑学でよく聞かれます。

ところが、その後の追試(似た実験をやり直して確かめること)では、結果がそろいませんでした。そして2020年、ドイツの夫婦3691組の遺伝子を調べた研究は、夫婦の遺伝子の違い方が、でたらめに組み合わせた男女と変わらないと報告しました。有名な実験と、本物の夫婦のデータ。どちらを信じればよいのでしょうか。

01男性が2晩着たTシャツを、女性がかいだ

主役は、免疫(体を病気から守るしくみ)にかかわる遺伝子のグループです。MHC(エムエイチシー)と呼ばれ、ヒトではHLA(エイチエルエー)とも呼ばれます。この遺伝子から作られるたんぱく質は、体に入った細菌やウイルスのかけらを、免疫の細胞に見せる役目をもっています。人によって型がとても多様で、骨髄バンクにドナー登録するときに型を調べるのも、この遺伝子です。

ベルン大学のヴェーデキント(Wedekind)さんたちは、男子学生と女子学生のHLAの型を調べました。男子学生には、同じTシャツを2晩続けて着て寝てもらいました。次の日、女子学生が6枚のTシャツのにおいをかぎ、どのくらい心地よいかなどを点数にしました。6枚のうち3枚は自分と型が似た男性、3枚は型が違う男性のものです。

すると女性たちは、型が違う男性のにおいを、より心地よいと評価しました。型が違う男性のにおいのほうが「今の恋人や前の恋人を思い出す」と答えることも多かったのです。

ただし、ピル(妊娠を防ぐために飲むホルモンの薬)を飲んでいた女性では、好みが逆になりました。型が似た男性のにおいのほうを高く評価したのです。

02なぜ「違う遺伝子」がいいと考えられたのか

子どもは、両親から遺伝子を半分ずつ受け取ります。父と母のMHCの型が違えば、子どもは2種類の違う型をもつことになります。すると、見張れる細菌やウイルスのかけらの種類が広がり、病気に強くなると考えられてきました。

ネズミでは、MHCの型が違う相手を好み、その手がかりがにおいであることが、早くから実験で示されていました。ヒトでも同じしくみがあるのではないか。Tシャツ実験は、その最初の手がかりとして注目されたのです。

男性が着たTシャツを箱に入れて並べ、においを順にかいで比べる実験のイメージ(論文の図ではありません)
男性が着たTシャツを箱に入れて並べ、においを順にかいで比べる実験のイメージ(論文の図ではありません)

03追試すると、結果がそろわなかった

2年後の1997年、ヴェーデキントさんたちは男女121人で、似た実験をくり返しました。ピルを飲んでいない人では、男女とも、型が似た相手のにおいほど点が低い傾向が出ました。ただし、その強さはTシャツの持ち主によって大きく違いました。点数の差のうち型の似かたで説明できる割合は、ほぼ0%から23%までばらついたのです。しかも、いちばんはっきり出たのは、ある男性のTシャツを男性がかいだ場合でした。

2008年には、イギリスのニューカッスル大学のチームが、1995年の実験をできるだけ同じ手順でやり直しました。ピルを飲んでいない女性110人で調べると、型が違う男性と似た男性のにおいの評価に、はっきりした差は出ませんでした。恋人のいる女性は型が違う男性を、恋人のいない女性は型が似た男性を「恋人として好ましい」と評価する、という別の傾向は見られました。

このチームは、同じ女性を約3か月あけて2回テストしました。その間にピルを飲み始めた37人は、型が似た男性のにおいを好む向きへ変わりました。飲み始めなかった60人では、この変化は見られませんでした。

2020年には、こうした研究をまとめ直すメタ分析(多くの研究の結果を集めて計算し直す方法)が発表されました。においの好みを調べた10本の研究、23の結果を合わせると、型の似かたと、においの好みの間に、はっきりした関係は見られませんでした。

04どんでん返し:ドイツの夫婦3691組では「偶然と同じ」

においの好みより確かめたいのは、「実際にその相手と結婚しているか」です。ドイツのドレスデン大学病院などのチームは、骨髄バンクに登録している夫婦に目をつけました。登録のときにHLAの型が調べてあるからです。

集まったのは、夫も妻も登録していた3691組の夫婦です。6か所の型を調べ、コンピューターで男女を10万回でたらめに組み合わせ直して、本物の夫婦と比べました。

結果、本物の夫婦の型の違い方は、でたらめな組み合わせと差がありませんでした。6か所のうち5か所では、わずかに「似た者どうし」の側に寄っていましたが、全体としては偶然の範囲でした。付き合い始めたころにピルを飲んでいたかどうかでも、差は出ませんでした。

日本でも、2000年に発表された研究で、東北地方6県の約150組と、全国16の都道府県の約300組の夫婦のデータが調べられています。こちらでも、型が違う相手を選ぶ傾向は見つかりませんでした。著者たちは、少なくともHLA-AとHLA-Cの2か所では、型が違う相手を強く選ぶことはないと結論しています。ただし、この日本のデータは、もともと型の分布を知るために集めたものです。お見合い結婚かどうかなど、相手選びに関わる情報は含まれていません。

05免疫の遺伝子の型が多すぎて、においで選ぶ必要がない?

ドイツのチームは、理由の1つとして、型の種類の多さを挙げています。この3691組では、いちばん多様なHLA-Bという場所で、103種類の型が見つかりました。夫婦の約9割は、少なくとも1つの型を共有していました。それでも、子どもが父と母から同じ型を受け取る場所が4か所以上になる確率は、計算すると2.8%にとどまりました。多様な人が暮らす社会では、においで選ばなくても子どもの型は多様になる、という考えです。

逆の例もあります。北アメリカで、昔から仲間うちで結婚してきた集団(フッター派)の411組では、型が違う相手との結婚が多かったと報告されています。遺伝子が似た人の多い小さな集団でだけ、型が違う相手を選ぶ意味が出てくるのかもしれません。まだ仮説の段階です。

夫婦の調べ方にも限界があります。著者たちは、結婚相手は社会的な立場や共通の趣味、家族の事情などにも左右されると指摘しています。においの好みがわずかにあっても、結婚のデータには表れにくい可能性があります。

06「似た者どうし」のほうがはっきりしている

カップルの研究でもっとはっきり出ているのは、学歴や考え方などが似た者どうしのカップルが多いことです(「正反対ほど惹かれ合う」はほぼ幻想?)。免疫の遺伝子だけが「違う相手」を選ばせる、という説明は、少なくとも大きな社会の夫婦のデータでは支えられていません。

人の鼻そのものは、思ったよりよく働きます(「人間の鼻はダメ」は誤解だった)。ただ、「においで遺伝子を当てて恋をする」とまでは言えません。においの好みに遺伝子が少し関わる可能性が残っている、というのが今の研究の段階です。

07まとめ

「Tシャツのにおいで、遺伝子の合う運命の人が分かる」。この話の出発点は、女性49人の実験でした。その後の追試とまとめ直しでは、においの好みとの関係ははっきりせず、ドイツの夫婦3691組でも、日本の夫婦でも、遺伝子が違う相手を選ぶ傾向は見つかりませんでした。

ただ、仲間うちで結婚してきた集団では違う結果も出ています。どのくらい多様な社会なら、型の違う相手を選ぶ意味がなくなるのか。ドイツのチームは、その計算と、遺伝子の多様さが小さい集団の夫婦を調べることを、次の課題に挙げています。

この研究を英語で読もう原田英語の English CornerIn a 1995 study at the University of Bern in Switzerland, men wore T-shirts to bed for two nights. 音声 4択クイズ9問A2・B1・B2タップして開く

原田英語の English Corner

この研究を英語で読もう

In a 1995 study at the University of Bern in Switzerland, men wore T-shirts to bed for two nights. The next day, 49 women smelled six of the shirts and rated how pleasant each one was. Women who were not taking birth control pills gave higher scores to men whose immune genes, called MHC, were different from their own. The idea spread quickly, because children with two different types of these genes may fight off more kinds of germs.

But later research was not so clear. When the results of ten smell studies were combined, no clear link appeared. A German team also checked the genes of 3,691 married couples. The husbands and wives were no more different than men and women paired at random.

125 words ・ CEFR B1

和訳を見る

スイスのベルン大学で1995年に行われた研究で、男性たちはTシャツを着て2晩寝た。次の日、49人の女性がそのうち6枚のにおいをかぎ、それぞれどのくらい心地よいかを評価した。ピルを飲んでいない女性は、MHCと呼ばれる免疫の遺伝子が自分と違う男性に、高い点をつけた。この考えはすぐに広まった。この遺伝子で2つの違う型をもつ子どもは、より多くの種類の病原体に対抗できるかもしれないからだ。

しかし、その後の研究はそれほどはっきりしなかった。においの研究10本の結果を合わせると、はっきりした関係は現れなかった。ドイツのチームは3,691組の夫婦の遺伝子も調べた。夫と妻の違い方は、でたらめに組み合わせた男女と変わらなかった。

4択リーディングクイズ

Q1. What is the passage mainly about?

Q2. Which women gave higher scores to men with different MHC genes?

Q3. What can we infer from the study of 3,691 couples?

重要単語

  • immuneB2
    形容詞免疫の、(病気に)かからないYour immune system protects you from many germs. immune system(免疫系)で覚える。be immune to ~ は「~にかからない、~が効かない」
  • geneB1
    名詞遺伝子Children get half of their genes from each parent. 形容詞は genetic(遺伝の)。genetic test(遺伝子検査)
  • odorB2
    名詞におい(とくに体や物のにおい)The odor of the shirt was very weak. イギリス式のつづりは odour。smell より少しかたい語で、論文によく出る
  • pleasantA2
    形容詞心地よい、感じのよいThe flowers had a pleasant smell. please(喜ばせる)と同じ語源。反対は unpleasant
  • replicateC1
    動詞(実験を)やり直して同じ結果を出すOther teams could not replicate the result. 名詞は replication(追試)。科学の「再現性」の話で入試にも出る
  • spouseB2
    名詞配偶者(夫または妻)Each spouse filled out the same form. husband と wife の両方を指せる。書類でよく見る語
  • randomB1
    形容詞でたらめな、無作為のThe computer made random pairs of men and women. at random(でたらめに、無作為に)の形でもよく使う
1995年、男性が2晩着たTシャツを女性がかぐ実験で「免疫の遺伝子が自分と違う男性のほうが、いいにおい」という結果が出た。ところがドイツの夫婦3691組を調べると、夫婦の遺伝子の違い方は、でたらめに組んだ男女と変わらなかった。

押すと「マジかリスト」に保存されます

出典・参考文献(5件)タップで表示
  1. Wedekind, Seebeck, Bettens & Paepke (1995) MHC-dependent mate preferences in humans, Proceedings of the Royal Society Bdoi.org
  2. Roberts, Gosling, Carter & Petrie (2008) MHC-correlated odour preferences in humans and the use of oral contraceptives, Proceedings of the Royal Society Bdoi.org
  3. Havlíček, Winternitz & Roberts (2020) Major histocompatibility complex-associated odour preferences and human mate choice: near and far horizons, Philosophical Transactions of the Royal Society Bdoi.org
  4. Croy et al. (2020) Marriage does not relate to major histocompatibility complex: a genetic analysis based on 3691 couples, Proceedings of the Royal Society Bdoi.org
  5. Ihara, Aoki, Tokunaga, Takahashi & Juji (2000) HLA and Human Mate Choice: Tests on Japanese Couples, Anthropological Sciencedoi.org