
Pride Month
プライド月間の由来と歴史(詳しく)
いつから?なぜ?名前の意味は? プライド月間の本当の話を、確かな資料でたどります。
1プライド月間の由来:1969年6月28日、午前1時20分のストーンウォール・イン
1969年6月28日、土曜日の午前1時20分ごろ。ニューヨーク・マンハッタンのグリニッジ・ヴィレッジにあるバー「ストーンウォール・イン」に、警察が踏み込みました。店の中には、およそ200人の客がいました。
当時のニューヨークでは、同性愛者が集まるバーへの警察の手入れ(強制捜査)は珍しくありませんでした。身分証を持っていない客や、女装した客が逮捕されることもありました。店は酒の販売許可を持たず、マフィアが経営していました。それでも、ほかに安心して集まれる場所がない人々には大切な店でした。
ところがこの夜、いつもと違うことが起きます。店から出された客たちは帰らずに通りに残り、集まってきた人々は500〜600人にふくれあがりました。人々は警察に抗議し、もみ合いは暴動に発展します。この夜だけで13人が逮捕され、警官4人がけがをしました。翌日の夜には1,000人以上が集まり、抗議は7月3日まで断続的に続きました。
この出来事は「ストーンウォールの反乱(Stonewall riots / Stonewall Uprising)」と呼ばれます。抵抗の場には、トランスジェンダーの女性や有色人種の人々もいて、大きな役割を果たしたと伝えられています。
実は、同性愛者の権利を求める抗議は、これが初めてではありません。1965年から毎年7月4日、フィラデルフィアの独立記念館の前で「年次リマインダー(Annual Reminder)」という静かな抗議が開かれていました。男性はスーツにネクタイ、女性はスカートで、1列に並んで静かに歩く決まりでした。ストーンウォールの反乱は、この「おとなしく訴える」時代から、声を上げて街に出る時代への転換点になります。今、プライド月間が6月なのは、この夜を記念するためです。

2プライド月間の歴史:最初の行進の許可が出たのは、出発の2時間前
反乱から5か月後の1969年11月、アメリカ東部の同性愛者の団体が集まる会議で、13の団体が「毎年、全国規模のデモを開こう」と決めました。名前は「クリストファー・ストリート解放記念日」。ストーンウォール・インがある通りの名前です。
1970年6月28日、反乱からちょうど1年。行進の許可が出たのは、出発のわずか2時間前でした。人々はクリストファー・ストリートからセントラルパークまで、51ブロックを歩きます。参加者は3,000〜5,000人と推定されています。予定の半分もかからずに着いたのは、興奮していたうえに、プラカードを掲げて街を歩くことに身の危険も感じていたからでした。同じころ、シカゴやロサンゼルス、サンフランシスコでも行進が行われています。
行進を1日だけでなく「1週間の行事」にするアイデアを出し、準備に関わったとされるのが、活動家のブレンダ・ハワードです。彼女は「プライドの母」と呼ばれることがあります。6月最後の日曜日は「ゲイ・プライド・デー」として祝われるようになり、やがて大都市では1か月にわたる行事に広がっていきました。
1999年、クリントン大統領が6月を「ゲイ・レズビアン・プライド月間」とする宣言を出します。ただ、その後も宣言を出した大統領と出さなかった大統領がいて、扱いは政権によって違います。2016年には、ストーンウォール・インの周辺が、LGBTの権利運動としては初めての国定史跡(ナショナル・モニュメント)になりました。
反乱から50年の2019年、ニューヨークで開かれた「ワールドプライド」には、市の発表で約500万人が集まりました。一方、2025年にはアメリカの大企業の一部がスポンサーをやめたり減らしたりして、ニューヨークのプライドは約75万ドルの資金不足になったと報じられました。小さな抗議が巨大なイベントになった今、その形をめぐる議論が続いています。
🕰️ プライド月間の年表
- 1965年7月4日フィラデルフィアの独立記念館前で、最初の「年次リマインダー」の静かな抗議(1969年まで毎年)。
- 1969年6月28日ニューヨークのストーンウォール・インに警察が踏み込み、反乱が始まる(7月3日まで断続的に続く)。
- 1969年11月東部の13の団体が、毎年のデモ「クリストファー・ストリート解放記念日」を開くと決める。
- 1970年6月28日ニューヨークで最初のプライド行進。3,000〜5,000人がセントラルパークまで歩く。シカゴ、ロサンゼルスなどでも行進。
- 1972年7月1日ロンドンでイギリス初の公式なプライド行進(約200人)。
- 1978年6月24日シドニーで最初のマルディグラ。約1,500人が歩き、53人が逮捕される。
- 1978年6月25日サンフランシスコのパレードで、ギルバート・ベイカーの8色のレインボーフラッグが初めてひるがえる。
- 1994年8月28日東京で日本初のプライドパレード「第1回レズビアン・ゲイ・パレード in 東京」。
- 1999年6月クリントン大統領が6月を「ゲイ・レズビアン・プライド月間」と宣言。
- 2015年11月東京都の渋谷区と世田谷区が、日本で初めて同性カップルのパートナーシップ制度を始める。
- 2016年ストーンウォール・インの周辺が、LGBTの権利運動として初めてのアメリカの国定史跡になる。
- 2025年東京レインボープライドが「Tokyo Pride」に名前を変え、6月開催になる。
3レインボーフラッグの意味:最初は8色!ピンクとターコイズが消えた理由
1978年6月25日、サンフランシスコのゲイ・フリーダム・デー・パレード。市の中心の広場に、だれも見たことのない旗が2枚ひるがえりました。デザインしたのは、アーティストのギルバート・ベイカー。30人のボランティアが布を手で染め、縫い上げた旗でした。
ベイカーは陸軍の衛生兵としてサンフランシスコに来て、デモ行進の横断幕を縫うようになった人です。市議会議員のハーヴィー・ミルクとも友人でした。
最初の旗は8色で、1色ずつに意味がありました。ホットピンクは「性」、赤は「生命」、オレンジは「癒し」、黄は「太陽の光」、緑は「自然」、ターコイズは「魔法・芸術」、藍は「平穏」、紫は「精神」です。
ところが、この8色は長く続きませんでした。1978年11月にミルクが暗殺されると、旗を求める人が一気に増えます。しかしホットピンクの布は手に入りにくく、ピンクがまず消えて7色に。翌1979年には、パレードの道の街灯の柱の両側に旗を半分ずつ分けて飾ることになり、色の数を偶数にするためにターコイズも外されました。藍は青に変わり、今おなじみの「赤・オレンジ・黄・緑・青・紫」の6色になったのです。
ベイカーは、この旗を商標登録しませんでした。旗はみんなのもの、という考えからです。2015年にはニューヨーク近代美術館(MoMA)がデザインのコレクションに加えました。ベイカーは2017年3月31日に65歳で亡くなりましたが、旗はその後も形を変え続けています。2018年、デザイナーのダニエル・クエーサーが、黒・茶・水色・ピンク・白の矢印形を左側に加えた「プログレス・プライド旗」を発表しました。水色・ピンク・白はトランスジェンダーの人々、黒と茶は有色人種の人々や、エイズとともに生きる人・亡くなった人々を表すとされます。矢印の形には「前へ進む」という意味がこめられています。
4「プライド」と「LGBTQ+」の意味:英語で知っておきたい言葉
なぜ「プライド(誇り)」なのでしょう。反対の言葉を考えるとわかります。shame(恥)です。同性愛が病気や犯罪とされ、隠して生きるのが当たり前だった時代に、「自分を恥じなくていい」という思いをこめて選ばれたのが pride でした。
LGBTQ+ は、次の言葉の頭文字です。L はレズビアン(女性を好きになる女性)。G はゲイ(男性を好きになる男性。同性愛者全体を指すこともある)。B はバイセクシュアル(好きになる相手の性別が1つに限らない人)。T はトランスジェンダー(生まれたときに割り当てられた性別と、自分が認識する性が違う人)。Q はクィア(性のあり方が多数派と違う人を広く表す言葉)、またはクエスチョニング(自分の性のあり方を決めていない人・探している人)。最後の+は、この5文字に入りきらない、さまざまな性のあり方を表します。
queer は、もとは「奇妙な」という意味で、悪口として使われた時代がありました。その言葉を、当事者が自分たちを呼ぶ言葉として使い直したのです。
ally(アライ)も覚えておきたい言葉です。もとは「同盟国、味方」という意味で、今は「LGBTQ+の人々を理解し、支える人」を指します。
coming out(カミングアウト)は、自分の性のあり方を周りに打ち明けること。come out of the closet(クローゼットから出る)から来た言い方です。本人の同意なしに他人が明かす outing(アウティング)は、本人を深く傷つけるため、してはいけないこととされています。
日本では、性的指向(Sexual Orientation)と性自認(Gender Identity)の頭文字をとった SOGI(ソジ)という言葉も使われるようになりました。SOGI はだれもが持っているもので、一部の人だけの話ではない、という考え方にもとづく言葉です。
5海外のプライドパレード:6月とはかぎらない!国によって違う時期
6月のニューヨークでは、最後の日曜日に大きなプライド・マーチが開かれます。ロンドンのプライドは6月末か7月初め。1972年7月1日、ストーンウォールの記念日にいちばん近い土曜日に約200人で始まった行進は、今では約3万5,000人が歩き、約150万人が見物します。スペインのマドリードでは、6月28日のあとの週末に、チュエカ地区を中心に街じゅうがお祭りになります。2017年のワールドプライドには350万人が集まったとされます。
ところが、どの国も6月とはかぎりません。ブラジルのサンパウロでは、キリスト教の祝日「聖体の祝日」のあとの日曜日(5月か6月)に、パウリスタ大通りを人の波が埋めつくします。1997年に約2,000人で始まったこの行進は、「世界最大のプライドパレード」としてギネス世界記録に認められたことがあります。
南半球のオーストラリア・シドニーでは、パレードは2月から3月。「シドニー・ゲイ&レズビアン・マルディグラ」と呼ばれます。始まりは1978年6月24日の夜でした。約1,500人が通りを歩きましたが、53人が逮捕され、新聞が逮捕者の名前を載せたため、仕事を失った人もいました。1981年には夏にあたる2月に移り、今では20万人以上が見物する大イベントです。1978年に歩いた人々は「78ers(セブンティエイターズ)」と呼ばれ、1998年からパレードの先頭を歩いています。
台湾の台北では、10月の最終土曜日。2003年に始まり、2019年には20万人以上が参加して、東アジア最大のプライドイベントになりました。カナダでは6月から9月が「プライド・シーズン」です。
一方で、プライドの行進が制限される国もあります。ハンガリーでは2025年、「子どもの保護」を理由にプライドの集会を禁じる法律ができました。それでもブダペストでは市が主催する形で行進が行われ、AP通信の報道で約10万人が参加しました。
🎁 シンボルと小物
1978年にギルバート・ベイカーがデザイン。最初は8色、1979年から6色。商標登録されず、だれでも使える。
2018年にダニエル・クエーサーが発表。6色の旗に、黒・茶・水色・ピンク・白の矢印形を加えた。矢印は「前へ進む」の意味。
1969年の反乱の舞台になったニューヨークのバー。今も営業していて、周辺は国定史跡になっている。
1970年の最初の行進は抗議のデモ。今もパレードではなく「マーチ(行進)」と呼ぶ都市がある。
最初の旗で「精神(spirit)」を表した色。LGBTQ+の若者へのいじめに反対して10月に紫を身につける「スピリット・デー」の名前の由来になった。
LGBTQ+の人々を理解し、支える人。パレードには家族や友人、同僚がアライとして参加する。
🍽️ この日の食べ物
スポンジを6色に重ねたケーキ。6月にはにじ色のお菓子を売る店もある。
ほおに小さなにじや旗をかいてパレードに出かける人が多い。
パレードの沿道で配られたり、見物する人が振ったりする小さな旗。
6日本のプライド:1994年の最初のパレードから「Tokyo Pride」まで
1994年8月28日、東京。新宿中央公園を出発した列が、原宿方面へ歩き出しました。日本で初めてのプライドパレード「第1回レズビアン・ゲイ・パレード in 東京」です。代表を務めた南定四郎さんによると、出発のときは約200人。歩くうちに参加者は2倍、3倍に増え、ラフォーレ原宿の前の交差点では列の最後尾が見えないほどだったといいます。
その後は運営団体の解散や中止が何度もあり、続けること自体が大変でした。2012年4月29日、「東京レインボープライド」の第1回が代々木公園で開かれ、約4,500人が参加しました。春の恒例行事として育ち、2019年には約20万人を記録します。そして2025年、名前を「Tokyo Pride」に変え、世界のプライド月間に合わせて6月開催に移りました。2026年のパレードは6月7日、渋谷から原宿へ歩きました。
制度の面では、2015年11月、東京都の渋谷区と世田谷区が、同性カップルをパートナーとして証明する制度を始めました。この「パートナーシップ制度」は全国に広がり、渋谷区などの調査では2025年5月末に530の自治体が導入し、人口の92.5%をカバーしています。ただし、結婚と同じ法的な効果はありません。2023年6月には、罰則のない理念法として、いわゆる「LGBT理解増進法」が成立しました。
同性どうしの結婚(同性婚)は、日本ではまだ法律で認められていません。認めないのは憲法違反だとして国を訴える裁判が全国で6件起こされ、高等裁判所の判決は「違憲」5件、「合憲」1件に分かれました。2026年3月25日、最高裁判所は6件すべてを裁判官15人全員の大法廷で審理すると決めました。判決は早ければ2026年度中と報じられています(2026年夏の時点)。賛成する人は「同じ権利を認めるべきだ」と訴え、慎重な立場の人は「結婚や家族のあり方に関わるので、国会で時間をかけて議論すべきだ」などと主張しています。世界では、2001年4月1日にオランダが初めて同性婚を認め、2025年1月にはタイが東南アジアで初めて認めました。
7プライド月間のよくある誤解とホント:「最初のレンガ」の話は本当?
誤解1:「プライド月間はアメリカの祝日」
祝日ではありません。アメリカでも学校や会社はふつうにあり、パレードの多くは週末に開かれます。大統領が宣言を出すかどうかも、政権によって違います。
誤解2:「レインボーフラッグは最初から6色」
最初は8色でした。ピンクは布が手に入りにくくて消え、ターコイズは街灯に半分ずつ飾るために外されました。
誤解3:「プライドパレードは世界中どこでも6月」
シドニーは2〜3月、台北は10月、サンパウロは5月か6月です。東京も2024年までは4月か5月に開かれていて、6月になったのは2025年からです。
誤解4:「ストーンウォールで最初にレンガを投げたのはマーシャ・P・ジョンソン」
トランスジェンダーの活動家マーシャ・P・ジョンソンは、反乱を象徴する人物の1人です。ただ「最初の1個を投げた」という話には確かな記録がありません。本人は、自分が着いたのは午前2時ごろで、騒ぎはもう始まっていたと語っています。
誤解5:「プライドは最初からお祭りだった」
1970年の最初の行進は、身の危険も感じながら歩く抗議のデモでした。主催者の1人も「お祝いというより抗議だった」と振り返っています。今のような華やかなお祭りの形になったのは、そのあとのことです。
誤解6:「LGBTQ+の人しか参加できない」
多くのパレードやフェスティバルは、だれでも参加・見物できます。家族や友人、アライ(支える人)として歩く人もたくさんいます。
💡Fun Factsプライド月間の豆知識 10連発
初期の年次リマインダーには服装の決まりがあり、男性はスーツにネクタイ、女性はスカートで、静かに1列で歩きました。1969年、手をつないだ女性2人を主催者が引き離すと、これに反発した活動家の呼びかけで約10組のカップルが手をつないで歩きました。
At early protests in Philadelphia, men wore suits and women wore skirts. In 1969, about ten couples held hands.
1970年の最初の行進は、許可が出たのが出発のわずか2時間前。しかも予定の半分もかからずにゴールに着きました。
The first march in 1970 got its permit only two hours before it started.
最初のレインボーフラッグ2枚は、30人のボランティアが布を手で染めて作りました。
Thirty volunteers dyed and sewed the first two rainbow flags by hand.
旗からピンクが消えた理由は、デザインではなく「ピンクの布が手に入りにくかったから」でした。
The pink stripe disappeared because pink cloth was hard to find.
ギルバート・ベイカーは旗を商標登録しませんでした。だから、今もだれでも自由に作って使えます。
Gilbert Baker did not make the flag his own brand. He wanted everyone to use it.
2025年、ある小惑星が「ギルバートベイカー(429733 Gilbertbaker)」と名づけられました。にじの旗の作者の名前が宇宙にもあるのです。
In 2025, a small planet in space was named after Gilbert Baker.
サンパウロのパレードは、1997年には約2,000人でした。それがギネス世界記録で「世界最大のプライドパレード」と認められるまでに育ちました。
The Sao Paulo parade had about 2,000 people in 1997. Later, Guinness World Records called it the largest Pride parade in the world.
1978年のシドニーでは53人が逮捕され、新聞に名前が載りました。そのときに歩いた「78ers」は、1998年から毎年パレードの先頭を歩いています。
In Sydney, the marchers from 1978 now walk at the front of the parade every year.
2015年、レインボーフラッグはニューヨーク近代美術館(MoMA)のデザインのコレクションに加わりました。
In 2015, the rainbow flag joined the design collection of a famous art museum in New York.
日本初のパレードは出発時に約200人。歩くうちに2倍、3倍に増え、原宿の交差点では列の最後尾が見えなかったといいます。
Japan's first Pride parade in 1994 started with about 200 people. More and more people joined on the way.
▶️Videos & Linksプライド月間の動画とリンク集
Why is Pride a Parade?PBS Origins
Special Delivery | Pride Month | CBC KidsCBC Kids
How The Pride Rainbow Flag Came To Be | NBC Out | NBC NewsNBC News
▶ YouTubeで「history of Pride Month for kids」をもっと見る
Pride Month - Wikipedia英語版ウィキペディア。始まりと各国の時期がくわしい。
プライド月間 - Wikipedia日本語版ウィキペディア。
Stonewall riots - Wikipediaストーンウォールの反乱と1970年の最初の行進について。
Rainbow flag (LGBTQ) - Wikipedia8色の意味、色が減った理由、プログレス・プライド旗など。
About LGBTQ+ Pride Month - Library of Congressアメリカ議会図書館。6月の理由と最初の行進の計画について。
Stonewall National Monument - National Park Serviceアメリカ国立公園局。ストーンウォール国定史跡の公式ページ。
東京レインボープライド - Wikipedia1994年の最初のパレードから Tokyo Pride までの歴史。