Canada Day

カナダ・デーの由来と歴史(詳しく)

いつから?なぜ?名前の意味は? カナダ・デーの本当の話を、確かな資料でたどります。

1カナダ・デーの由来:1867年7月1日、4つの州で国がスタート

1867年7月1日、イギリスの法律「英領北アメリカ法」(今の名前は「1867年憲法法」)が効力をもち、新しい国が生まれました。集まったのは、イギリスの3つの植民地。カナダ(今のオンタリオとケベックに分かれて2つの州になる)、ノバスコシア、ニューブランズウィックです。こうして4つの州からなる「カナダ自治領(ドミニオン・オブ・カナダ)」ができました。このまとまりを「連邦結成(コンフェデレーション)」と呼びます。

その日、トロントでは鐘が鳴り響き、各地でたき火や花火、軍隊のパレードが行われました。今のカナダは10の州と3つの準州からなる大きな国ですが、スタートはたった4つの州だったのです。

翌1868年、カナダ総督のモンク子爵が、この記念日を祝うよう国民に呼びかけました。そして1879年5月15日、7月1日は「ドミニオン・デー」という名前の法律上の祝日になりました。

カナダ・デー(Canada Day)のイラスト

2カナダ・デーの歴史:12人の議員が5分で決めた名前

「ドミニオン・デー」を「カナダ・デー」に変えようという動きは、1946年に始まりました。ケベック州の議員が法案を出しましたが、上院で止まってしまいます。

お祝いが国の行事として盛り上がり始めたのは1958年から。ディーフェンベーカー首相が1万4000ドルの予算をつけ、政府がお祝いを主催するようになりました。1967年の100周年は、カナダ人が「自分たちの国」を強く意識した節目とされ、7月1日には新しい勲章「カナダ勲章」もできました。

そして1982年7月9日。名前を「カナダ・デー」に変える法案が下院を通りました。そのとき議場にいた議員は、たった12人。会議を開くのに必要な人数より8人も少なかったのですが、討論もなく、わずか5分で可決されました。法律として成立したのは10月27日で、「カナダ・デー」として最初に祝われたのは1983年7月1日です。

2017年の150周年には、記念の10ドル紙幣も発行されました。いっぽうで、先住民の歴史が無視されているという批判の声も高まりました。2021年には、寄宿学校の跡地で見つかった名前のない墓の問題を受けて、各地で行事が中止や変更になっています。

🕰️ カナダ・デーの年表

  1. 1867年7月1日、3つの植民地がまとまり、4つの州からなる「カナダ自治領」ができる(連邦結成)。
  2. 1879年7月1日が「ドミニオン・デー」として法律上の祝日になる。
  3. 1965年2月15日、赤いメープルリーフの国旗が初めて掲げられる。
  4. 1967年連邦結成100周年。7月1日にカナダ勲章ができる。
  5. 1980年7月1日、「オー・カナダ」が正式な国歌になる。
  6. 1982年祝日の名前が「カナダ・デー」に。憲法を変える権限もイギリスから移る。

3カナダ・デーの過ごし方:赤と白の1日

カナダ・デーの街は、赤と白でいっぱいになります。国旗の色です。顔にメープルリーフをペイントした子ども、赤いTシャツの家族が通りを歩きます。

メインの会場は首都オタワ。伝統的には国会議事堂の前の芝生で開かれ、議事堂の改修工事のため2022年は近くのルブレトン・フラッツに移りました。正午からのショーと夜のプログラムがあり、国歌「オー・カナダ」の演奏のあと、空軍のアクロバット飛行チーム「スノーバーズ」が上空を飛びます。2010年にエリザベス女王が出席したときは、10万人以上が集まりました。

各地では、新しくカナダ国籍をとった人のための「市民権授与式」もよく開かれます。国の誕生日に、新しいカナダ人が生まれるのです。

赤いメープルリーフの国旗は、意外と新しく、1965年2月15日に初めて掲げられました。葉のとがった先は11か所。一般から寄せられた約2000の案なども検討して選ばれたデザインです。国歌「オー・カナダ」は1880年にケベック市で初めて歌われましたが、正式な国歌になったのは1980年7月1日、カナダ・デーの日でした。

🎁 シンボルと小物

🍁メープルリーフ(カエデの葉)maple leaf

国旗の真ん中の赤い葉。とがった先は11か所です。

CA国旗national flag

1965年に生まれた比較的新しい旗。カナダ・デーには街じゅうにあふれます。

🎶国歌「オー・カナダ」O Canada

1880年にケベック市で初めて歌われ、1980年のカナダ・デーに正式な国歌になりました。

✈️スノーバーズSnowbirds

カナダ空軍のアクロバット飛行チーム。オタワの会場の上空を飛びます。

4よくある誤解とホント:カナダ・デーは「独立記念日」?

誤解:7月1日は、カナダがイギリスから独立した日
ホント:1867年にできたのは、イギリスの中の「自治領」でした。カナダは少しずつ自分の国の力を広げ、1931年のウェストミンスター憲章で法律を作る完全な独立性を得ました。それでも憲法を変えるにはイギリス議会が必要で、これが終わったのは1982年。独立は「1日」ではなく、115年かけた長い道のりだったのです。

誤解:7月1日は、カナダ中どこでも同じお祝いの日
ホント:ニューファンドランド・ラブラドール州では、7月1日は第一次世界大戦のソンムの戦い(1916年)の初日を悼む「メモリアル・デー」でもあります。ケベック州では、7月1日は賃貸住宅の契約が切れる人が多い「引っ越しの日」。1973年の法律で、子どもが学年の途中で転校しないよう5月1日から7月1日に移されました。

5日本とカナダ:アジアで最初の公使館と『赤毛のアン』

日本とカナダのつながりは古く、1889年には日本の領事館がバンクーバーにできました。1929年、カナダは東京に公使館を開きます。これは、カナダがアジアに置いた最初の在外公館でした。

日本人にとって身近なカナダといえば、『赤毛のアン』です。1908年にカナダの作家L・M・モンゴメリが書いた物語で、舞台はプリンス・エドワード島。日本では1952年に村岡花子の訳で出版され、「赤毛のアン」という題名も村岡がつけました。1979年にはテレビアニメにもなっています。北海道芦別市には、アンの家「グリーン・ゲイブルズ」を実物大で再現した建物まであります。

💡Fun Factsカナダ・デーの豆知識 6連発

No.1

「カナダ・デー」への名前の変更は、議場にたった12人しかいない中、討論なしの5分で可決されました。

Only 12 lawmakers were there when they changed the name to Canada Day.

No.2

国旗のメープルリーフのとがった先は11か所。1964年の委員会は、一般からの約2000の案などを検討しました。

The maple leaf on the flag has 11 points.

No.3

国歌「オー・カナダ」が正式な国歌になったのは1980年7月1日。最初に歌われてから100年後でした。

O Canada became the official anthem 100 years after people first sang it.

No.4

ケベック州では7月1日は「引っ越しの日」。賃貸住宅の契約がこの日に切れる人が多く、引っ越しが集中します。

In Quebec, many people move to a new home on July 1.

No.5

北海道芦別市には、『赤毛のアン』の家グリーン・ゲイブルズを実物大で再現した建物があります。

In Hokkaido, there is a full-size copy of Anne's green-roofed house.

No.6

2010年のカナダ・デーにエリザベス女王がオタワを訪れたときは、10万人以上が集まりました。

In 2010, more than 100,000 people came to see the Queen on Canada Day.

▶️Videos & Linksカナダ・デーの動画とリンク集

The Entire History of CanadaThis Is History

Canada History - Timeline and Animation in 5 MinutesHistory on Maps

150 Things: Happy Canada Day | CBC KidsCBC Kids

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