日本語に訳すと「英語脳」が育たないって本当? 頭の中の訳を論文で判定
「日本語に訳しているうちは英語脳にならない」「英語は英語のまま理解しなさい」。よく聞くアドバイスですが、脳の研究では、英語専用の脳の場所は見つかっていません。しかも上級者でさえ、英語を読むとき無意識に母語が動いています。問題は訳すことではなく、訳したところで練習が終わることです。
エビデンスの強さ:第一言語と第二言語が同じ脳のしくみで処理されること、熟達した二言語話者でも母語の訳語が自動的に働くことは、脳画像・脳波研究で示されている。訳の使い方と学習効果の関係は、目的や熟達度で結果が分かれる。

- 「訳すと英語脳が育たない」はほぼウソ。英語専用の脳の場所はなく、上級者でさえ英語を読むと無意識に母語の訳語が働いています。
- ただし、初期は訳を経由し、熟達とともに英語から直接意味へのつながりが育つ、と考えられています。頭の中の訳は、力がつくほど自然に減ります。
- 訳は「意味の確認」に短く使い、英語のまま大量に処理する練習につなげるのが、研究と相性のよい使い方です。
まず「英語脳」という発想そのものについて。脳画像などの研究をまとめた総説は、第一言語と第二言語は脳の別々の領域で処理されているはずだという長年の想定は確かめられず、むしろ同じ神経のしくみで処理されていると結論しています 1。日本語用の脳とは別に「英語用の脳」を育てる、というイメージは、研究の描く姿とはちがいます。
さらに、中国語と英語を使いこなす人たちが英語の単語だけを読んでいるとき、本人が気づかないうちに、脳の中では中国語の訳語が働いていたことが、脳波の研究で示されています 2。母語が頭の中で動くこと自体は、上達の失敗ではなく、二つの言語を持つ人にとってふつうのことなのです。
「ほぼ」とつけたのは、ホントの部分もあるからです。学習の初期は母語の訳語を経由して意味にたどり着き、熟達とともに第二言語から直接意味へのつながりが育つ、というモデルがあります 3。読むときの頭の中の訳も、読む力が高い学習者ほど少なくなっていました 4。訳だけで練習が終わると、この「直接のつながり」を育てる練習が足りなくなる――ここが、アドバイスの中の正しい核です(これはモデルから導いた授業上の推論です)。
なお、このページで調べた範囲では、授業で訳させることが英語から直接意味へのつながりの発達を妨げるかを、直接比べた研究は見当たりませんでした。判定は、①「英語専用の脳」という前提が研究に合わないこと、②訳を経由する段階は発達の自然な一部と考えられていること、③「訳すと育たない」と言える根拠がないこと、にもとづきます。
そもそも「訳すと英語脳が育たない」って?
ひとことで言うと、この説は「英語を日本語に訳しながら理解するクセがつくと、英語を英語のまま理解する“英語脳”が育たないから、訳してはいけない」というものです。
「英語脳」は研究用語ではなく、一般向けの言い方です。使う人によって、だいたい次の2つの意味がまじっています。
| 「英語脳」の意味 | 研究から見ると |
|---|---|
| ① 日本語とは別の、英語専用の脳の場所(回路)がある | 第一言語と第二言語は、基本的に同じ神経のしくみで処理されている 1 |
| ② 訳さずに、英語のまま意味がわかる処理のしかた | 熟達とともに育つ。ただし上級者でも母語は無意識に働いている 32 |
①は研究に合いません。②は目標として正しいのですが、「訳すと育たない」かどうかは別の問題です。このページでは、②の育て方を中心に考えます。
初めての町を、スマホの地図を見ながら歩くことを考えてみましょう。最初は、角を曲がるたびに地図を確認します。何度も歩くうちに、地図を見なくても目的地に着けるようになります。地図を見たことが、道を覚えるのをじゃましたわけではありません。でも、毎回地図の上だけで道順を確かめて、実際には一度も歩かなかったら、道はいつまでも覚えられません。訳は地図、英語で大量に読んだり聞いたりすることが「歩くこと」です。
判定の理由を3つで
- 英語専用の脳の場所はない:第一言語と第二言語は、別々の領域ではなく、同じ神経のしくみで処理されていると整理されています 1。
- 上級者でも、母語は無意識に働いている:二言語を使いこなす人が英語の単語を読むときも、本人が気づかないうちに母語の訳語が働いていました 2。母語が動くこと自体は、上達の失敗ではありません。
- 頭の中の訳は、力がつくほど自然に減る:学習の初期は訳語を経由し、熟達とともに直接意味へのつながりが育つ、と考えるモデルがあり 3、読む力が高い学習者ほど頭の中の訳を使う割合は低くなっていました 4。
「ほぼ」とつけたのは、訳だけで練習が終わると、英語から直接意味へのつながりを育てる練習が足りなくなる、という正しい核があるからです。
どこから広まった?
「外国語は外国語のまま理解すべきで、母語を通すべきではない」という考えは、母語を使わずに教える直接法以来、外国語教育で長く常識とされてきました(くわしくは 英語の授業は100%英語でやるべき?、文法訳読は役に立たない?)。
日本では、英文を一文ずつ日本語に訳して理解する授業が中学・高校で長く続いてきました。それに対して、「訳すクセがつくと英語が速く読めない」「英語を英語のまま理解する頭を作ろう」という声もよく聞かれ、その中で「英語脳」という言葉が使われています。ただ、この言葉が脳の中の何を指しているのかは、使う人によってまちまちです。
研究ではどうなってる?
- 英語専用の脳の場所はない:脳の研究の総説は、第一言語と第二言語は同じ神経のしくみで処理されており、ちがいが出るのは、習得した年齢・熟達度・ふれた量によって処理の負担が変わる部分だと整理しています 1。
- 上級者でも、母語は無意識に働く:中国語・英語の二言語話者に、英語の単語のペアが意味的に関係するかを判断させた実験では、中国語に訳すと同じ漢字を含む組であることに本人たちは気づいていませんでした。それでも、脳波にはその影響がはっきり表れました。英語を読むと自動的に中国語の訳語が働いていたのです 2。
- 初期は訳を経由し、熟達とともに直接つながる:第二言語の単語は、学習の初期には母語の訳語を通して意味につながり、熟達とともに直接の結びつきが育つ、と考える「改訂階層モデル」があります。ただし、初級者でも直接意味にたどり着ける場合があるなど、モデルに合わない結果も報告され、修正が議論されています 3。
- 頭の中の訳は、力がつくと減る:フランス語を学ぶ中級の学習者51人に、考えていることを声に出しながら読ませた研究では、読む力が高いグループほど頭の中の訳を使う割合が低くなっていました。訳には、一度に覚えておけない長い部分を、母語の扱いやすい形にして覚えておく働きがあると論じられています 4。
- 書くときの訳は、レベルによって効き方が分かれる:日本の大学生48人の研究では、日本語で書いてから英訳する方法は、下位の書き手では内容・構成・文体の質を高めましたが、上位の書き手ではあまり得にならず、意味の伝達をさまたげる誤りが増える傾向もありました 5。
上級者の頭の中でも、母語は動いている
「英語がペラペラな人は、英語を読むとき日本語を一切使っていない」――多くの人がそう思っています。ところが、二言語話者の脳波を調べた研究は、英語の単語を読むときに、本人も気づかないうちに母語の訳語が働いていることを示しました 2。
つまり、目指すべきなのは「頭の中から日本語を消すこと」ではありません。日本語を経由しなくても、英語から十分な速さで意味にたどり着けることです。母語は、意識の外で働いていてもかまわないのです。
訳の「本当のコスト」はどこにある?
それでも、訳しすぎには実際のコストがあります。単語を覚える方法を比べた研究では、訳で覚えた方が多くの単語を覚えられましたが、英語が苦手な学習者は、訳で覚えた単語を文の中で使うことができない場合がありました 6。また、単語を含む文を訳す課題は、その文を書き写すだけの課題より、短期の単語の記憶を調べるテストで成績が低くなりました 7。
訳は、意味を確定させるのには速くて確実です。でも、英語のまま意味を処理する練習、英語の文の中で語を使う練習は、別に時間をとらないと育ちません。「訳すと英語脳が育たない」というより、「訳だけでは英語のまま処理する練習が足りない」のです(訳を活動として使う具体的な方法は 訳を活動として使う を参照)。
じゃあ授業ではどうする?
- 訳は「最初に短く」:本文の意味は、全訳プリントやペアでの確認で5〜10分以内に確定させます。訳に授業の大半を使わないことが大前提です。
- 意味がわかったら、英語のまま何度も処理する:音読(意味を思い浮かべながら)、Read and Look up、スラッシュごとの理解、リテリング。訳で確かめた本文を、英語の語順のまま何度も通すことで、英語から直接意味へのつながりを太くします。
- やさしい英語を、たくさん速く読む:知らない語がほとんどない英文なら、訳に頼らずに読みやすくなります。読む力が高いほど訳の使用が少ないという研究とも合う方法です 4。読む速さを記録して、変化を見せます。
- 単語は「訳+英語の文」でセットに:訳で意味を覚えたら、必ず英語の例文の中で使う練習をします。訳だけでは文の中で使えないことがあるからです 6。
- 書くときは、レベルに応じて日本語メモを許す:英語が苦手な生徒には、日本語で考えを整理してから英語にする方法を認め、上位の生徒には、英語で直接書くことに挑戦させます 5。
- 「日本語が浮かぶのはダメ」と言わない:「頭に日本語が浮かんでもいい。でも、英語の順番のまま意味をつかむ練習をしよう」と伝えます。
- 中学校:教科書本文の意味を、①ピクチャーカードと先生の英語での説明 → ②全訳プリントで確認(3分)→ ③意味を思い浮かべながら音読 → ④キーワードだけ見てリテリング、の順で扱います。訳は②の3分だけです。
- 高校:長文読解で、①全訳を配って要所だけ解説 → ②スラッシュごとに英語の語順のまま意味をとる練習 → ③同じ文章を時間を計って黙読し、1分あたりの語数を記録。訳で「わかった」文章を、英語のまま「速く読める」文章に変えていきます。
- 家庭学習:多読用のやさしい本を毎日10分。「辞書を引かない、訳さない、わからない語はとばす」で読ませ、読んだ語数を記録します(くわしくは 多読)。
❓ よくある質問
Q. 日本語に訳していると英語脳が育ちませんか?
ほぼウソです。脳の研究の総説は、第一言語と第二言語は別々の領域ではなく、同じ神経のしくみで処理されていると結論しています 1。英語の単語を読んでいるとき、本人が気づかないうちに母語の訳語が働いていたことを示した脳波の研究もあります 2。一方、授業で訳させることが英語のまま理解する力の発達を妨げると直接示した研究は、このページで調べた範囲では見当たりませんでした。
Q. 「英語脳」とは何ですか?
研究用語ではなく一般向けの言い方で、①日本語とは別の英語専用の脳の場所、②訳さずに英語のまま意味がわかる処理のしかた、の2つの意味がまじっています。①は研究に合いません 1。②は目標として正しく、熟達とともに育ちますが、上級者でも母語は無意識に働いています 32。
Q. 頭の中で訳すのは悪いことですか?
学習の初期には自然なことと考えられています。初期は母語の訳語を経由して意味にたどり着き、熟達とともに直接のつながりが育つというモデルがあります 3。考えを声に出しながら読ませた研究でも、読む力が高い学習者ほど頭の中の訳を使う割合が低くなっていました 4。
Q. 訳だけで学ぶと何が問題ですか?
英語のまま意味を処理する練習と、英語の文の中で語を使う練習が足りなくなります。単語を覚える方法を比べた研究では、英語が苦手な学習者は、訳で覚えた単語を文の中で使えない場合がありました 6。訳で意味を確かめたら、英語の例文の中で使う練習もセットにします。
Q. 授業では訳をどう使えばいいですか?
本文の意味は全訳プリントやペアの確認で5〜10分以内に確定させ、そのあと意味を思い浮かべながらの音読、Read and Look up、スラッシュごとの理解、リテリングで、英語の語順のまま何度も処理させます。読む力が高い学習者ほど頭の中の訳が少ないという研究もあり 4、知らない語がほとんどない英文をたくさん読むことは、訳に頼らずに読む経験を増やします。
🎓 もう一歩深く(大学院レベル)
🎓院生モード改訂階層モデルと、その後の論争
バイリンガルの言語処理を研究する Judith F. Kroll 氏と Erika Stewart 氏(1994)の改訂階層モデル(Revised Hierarchical Model:RHM)は、第一言語の語と概念の結びつきは強く、第二言語の語と概念の結びつきは弱いという非対称を仮定し、学習初期は第二言語の語が母語の訳語を経由して意味に接続され、熟達とともに概念への直接の結びつきが育つと考えます。2010年の論文はこのモデルの歴史と証拠を見直し、熟達度の低い学習者だけが訳語の影響を受けるという結果がモデルを支持する一方、熟達度の低い学習者でも直接意味にアクセスできる場合があるという結果や、熟達した二言語話者でも訳語が活性化するという、脳波で二言語の処理を調べた研究者 Guillaume Thierry 氏と Yan Jing Wu 氏の結果などが、モデルへの挑戦になっていると整理しています。著者らは、RHM を捨てて単語認知のモデルに置きかえるべきだという批判に対して、RHM は主に産出のモデルであり、新しい語形がどのように意味に結びつくか、学習の履歴が処理にどう影響するかという中心的な問いは、単語認知のモデルだけでは説明できないと反論しています 3。
教室への示唆として控えめに言えるのは、「訳を経由する段階」は発達の自然な一部であり、それを禁止することよりも、英語の形と意味を直接結びつける経験の量を増やすことが、その段階を抜ける助けになるだろう、ということです。ただし、これはモデルから導いた推論で、特定の授業法の効果を RHM の研究が確かめたわけではありません。この量は、くり返しの練習による自動化の考え方とも結びつきます(スキル習得理論 を参照)。
🎓院生モード「頭の中の訳」は方略でもある
第二言語の読解を研究する Richard G. Kern 氏は、第二言語での読みは、母語では熟達した読み手にも非効率な処理を生みうると述べ、頭の中の訳が、作業記憶の限界をこえる部分を、母語のなじんだ記憶効率のよい形で保持し、意味の生成と保持を助けうると論じました。思考発話法の分析では、訳への依存は学期の初めと終わりで比べても、読む力が高いほど少なく、訳が使われる具体的な文脈と、その機能的な利点や方略的な使い方が整理されています 4。
Thierry 氏と Wu 氏の結果は、熟達した二言語話者の母語の活性化が、意識的な訳とは別の、自動的で無意識のものであることを示しています。行動の成績には影響しなかったのに脳波には表れたという点が重要です 2。つまり、意識的な訳(学習初期の方略)と、無意識の母語の活性化(熟達者にも残る処理)は、区別して考える必要があります。神経科学の研究者 Daniela Perani 氏と Jubin Abutalebi 氏が指摘するように、第一言語と第二言語の神経的なちがいは、習得年齢・熟達度・接触量に応じた処理の負担の差として現れ、第二言語の習得は特定の状況で追加の神経資源を必要とする動的な過程だと考えられています 1。「英語脳」という言葉が想定する固定的な「別の脳」とは、かなりちがう姿です。
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📑 出典(7件)
本文の上付き数字に対応。✔ は DOI / ISBN / 公式ページを書誌データベースと機械照合した印です。
- Perani, D., & Abutalebi, J. (2005). The neural basis of first and second language processing. Current Opinion in Neurobiology, 15(2), 202-206. doi:10.1016/j.conb.2005.03.007 ✔ DOI照合済第一言語と第二言語は脳の別々の場所で処理されるという想定は確かめられず、同じ神経のしくみで処理されていると整理した総説
- Thierry, G., & Wu, Y. J. (2007). Brain potentials reveal unconscious translation during foreign-language comprehension. Proceedings of the National Academy of Sciences, 104(30), 12530-12535. doi:10.1073/pnas.0609927104 ✔ DOI照合済中国語・英語のバイリンガルが英語だけを読んでいるときも、本人が気づかないうちに中国語の訳語が脳内で働いていることを脳波で示した研究
- Kroll, J. F., van Hell, J. G., Tokowicz, N., & Green, D. W. (2010). The Revised Hierarchical Model: A critical review and assessment. Bilingualism: Language and Cognition, 13(3), 373-381. doi:10.1017/S136672891000009X ✔ DOI照合済学習初期は母語の訳語を経由して意味にたどり着き、熟達とともに直接の結びつきが育つとする「改訂階層モデル」の歴史と証拠を見直した論文
- Kern, R. G. (1994). The role of mental translation in second language reading. Studies in Second Language Acquisition, 16(4), 441-461. doi:10.1017/S0272263100013450 ✔ DOI照合済読むときの「頭の中の訳」は読む力が高いほど少なく、記憶の負担を軽くする働きをもちうると論じた研究
- Kobayashi, H., & Rinnert, C. (1992). Effects of first language on second language writing: Translation versus direct composition. Language Learning, 42(2), 183-209. doi:10.1111/j.1467-1770.1992.tb00707.x ✔ DOI照合済日本の大学生48人。下位の書き手は日本語で書いて訳す方が内容・構成で得をした
- Prince, P. (1996). Second language vocabulary learning: The role of context versus translations as a function of proficiency. The Modern Language Journal, 80(4), 478-493. doi:10.1111/j.1540-4781.1996.tb05468.x ✔ DOI照合済訳で覚えると多くの単語を覚えられるが、下位の学習者は文脈の中で使えないことがあると示した研究
- Hummel, K. M. (2010). Translation and short-term L2 vocabulary retention: Hindrance or help?. Language Teaching Research, 14(1), 61-74. doi:10.1177/1362168809346497 ✔ DOI照合済単語を含む文を訳す課題は、書き写す課題より短期の単語の記憶で劣ったと報告した研究(191人)
最終更新 2026-10-18 ・ 原田英語 まちがいのご指摘はこちら








