高い周波数を聞けば英語耳になる? トマティス・メソッドとモーツァルト効果を論文で判定
「日本語は低い周波数、英語は高い周波数。だから高い音を強調した英語やモーツァルトを聞けば英語耳になる」。昔からよく聞く説ですが、言語ごとの音の高さのちがいは測ると小さく、高い音を強調した練習もふつうの音声より伸びませんでした。r と l のような特定の音の聞き分けを伸ばすには、ふつうの音声で多くの人の声を使う練習が役立ちます。
エビデンスの強さ:外国語の学習でトマティス・メソッドや高い周波数を強調した音声を直接調べた研究は少なく、小規模。ただし、その少ない研究でもふつうの音声より優れた効果は見られず、他の分野の比較試験・言語の音響の国際比較・モーツァルト効果のメタ分析も、主張を支持していない。

- 「日本語は低い周波数、英語は高い周波数」というパスバンドの図は、資料によって数値がばらばらです。12言語を同じ方法で測った研究では、話し声の周波数のちがいは小さいものでした。
- 高い周波数を強調した英語で練習しても、ふつうの音声より伸びたという結果は出ていません。モーツァルト効果も、英語とは別の、短時間の空間の課題の話です。
- r と l のような特定の音の聞き分けを伸ばすには、ふつうの音声で、多くの人の声を使って、音を聞き分ける練習が役立ちます。リスニング全体には、語彙・文法・音のつながり・意味をつかむ練習も必要です。
「高い周波数の音やモーツァルトを聞けば英語耳になる」は、ほぼウソです。日本語・英語を含む12言語の話し声を、同じ機材・同じ手順で録音して比べた国際研究では、言語による周波数のちがいは小さく、言語に共通の平均的なスペクトルを使えると提案されました 1。また、日本の英語学習者で、高い周波数を強調した英語の音声を調べた3つの実験(うち2つは聞き取りの訓練)では、どれもふつうの音声より優れた効果は見られませんでした 2。
モーツァルト効果のもとの研究は、大学生がモーツァルトを10分聞いた直後に、紙を折って切る・図形の規則を見つけるといった空間の課題の得点が一時的に上がった、という報告です。効果は10〜15分ほどで、英語の聞き取りは調べていません 3。その後、16の研究をまとめた分析では、無音と比べた効果はIQに換算して1.4点ほどと小さいものでした 4。
「ほぼ」とつけたのは、正しい部分もあるからです。英語の s のような音は高い周波数の成分が大事で、女性や子どもの声の s は、9 kHz(9,000 Hz)までの音を残したとき最もよく聞き取れました 5。また、日本語話者が英語の r と l の区別に、英語を何年学んでも苦労しやすいのも本当です 6。ただしこれは「耳が高い音を聞けない」からではなく、日本語では1つの音として聞いているものを、2つに分けて聞く練習が必要だからです。
そもそもトマティス・メソッドって?
ひとことで言うと、「言語ごとに耳がよく聞く音の高さの範囲がちがう。だから学びたい言語の高さに合わせて加工した音を聞いて、耳を作り直せば、その言語が聞き取れて話せるようになる」という考え方です。
考えたのは、フランスの耳鼻咽喉科医アルフレッド・トマティス氏(1920年生まれ)です。トマティス氏は、声楽家や騒音の中で働く人の耳を診るなかで、「声には、耳で聞けている音しか含まれない」などの法則を唱え、「電子耳」と呼ぶ装置で加工した音を、振動子のついたヘッドホンで聞かせる訓練を考えました。外国語の学習法としては、ふつう約2か月の訓練です 7。
ラジオのチューニングを思い浮かべてください。トマティス氏の説では、日本語を話す人の耳は「低い局」に合わせてあるので、「高い局」で放送されている英語が入りにくい。だから、つまみを高い方に回す訓練をしよう、という話です。わかりやすいたとえですが、問題は前提です。日本語と英語は、そもそも別々の局で放送されていない(長く話した音声を周波数帯ごとに分けて、エネルギーの平均の分布を比べると、言語のあいだでよく似ていた)ことが、測定でわかっています 1。英語が聞き取りにくい大きな理由の一つは、局のちがいではなく、同じ局の中に、日本語にはない音の区別があることです。
似たものとのちがい
| トマティス・メソッド | 高い音を強調した英語教材 | モーツァルト効果 | ふつうの聞き取り・発音の指導 | |
|---|---|---|---|---|
| 何をする? | 電子耳で加工した音(音楽や朗読)を聞き、声を出す | 高い周波数を強めた英語の音声を聞く | モーツァルトの曲を聞く | ふつうの英語の音声で、音を聞き分けたり、意味を聞き取ったりする |
| 何に効くと言う? | 外国語の聞き取りと発音 | 「英語耳」ができる | もとの研究では、直後の空間の課題 | 聞き取り・発音 |
| 研究では? | 外国語学習での研究は少なく小規模。他の分野の比較試験では上乗せ効果なし 89 | 日本の英語学習者の実験で、ふつうの音声より優れた効果なし 2 | 特有の効果はほとんど残らなかった 10 | 多くの話者の声での聞き分け訓練に、中〜大の効果 11 |
なお、「英語耳」ということばは、発音練習を中心にした本の題名などにも使われていて、周波数の主張とはかぎりません。このページで判定するのは、「高い周波数の音(やモーツァルト)を聞けば、英語が聞き取れるようになる」という主張です。
判定の理由を3つで
- 言語ごとの「周波数帯のちがい」は、測ると小さい:12言語を同じ方法で測った研究では、言語による差は小さく、男女で向きがそろわないこともありました 1。しかも、出回っているパスバンドの数値は資料によってちがいます 71213。
- 高い音を強調した練習は、ふつうの音声より伸びなかった:日本の英語学習者での3つの実験で、原音より優れた効果は見られませんでした 2。トマティス法を無作為に割り当てて比べた研究でも、上乗せの効果は見られませんでした 89。
- モーツァルト効果は、英語とは別の話で、しかも小さい:もとの研究は空間の課題の、10〜15分の一時的な上がりです 3。約40の研究をまとめたメタ分析では、モーツァルトに特有の効果を支持する証拠はほとんど残りませんでした 10。
「ほぼ」とつけたのは、英語の s や th などに高い周波数の成分が大事なこと 5、日本語話者に聞き分けにくい英語の音があること 6 は本当だからです。
どこから広まった?
トマティス氏の外国語学習法が日本に導入されたのは1993年で、京都光華女子大学の教授だった森井正史氏は、自分で訓練を受けたうえで、その理論を紹介する論文を書いています。そこでは、トマティス氏が集めた録音のデータから「言語ごとに優先して使う周波数帯(パスバンド)がある」とされ、フランス語は1,000〜2,000 Hz、英語は2,000〜12,000 Hz、日本語は125〜1,500 Hz、アメリカ英語は1,000〜3,000 Hz という数値が、トマティス氏の本にもとづいて紹介されています 7。日本語のパスバンドが低いので、英語の高い音に耳が慣れていない、という説明です。

ところが、同じ「トマティス氏の図」として紹介される数値は、資料によってちがいます。外国語教育を論じた香川大学の紀要論文で、渡邉英夫氏は、トマティス氏の本から「各国語の周波数領域」の表を紹介し、日本人の耳に聞こえる周波数帯を500〜2,000 Hzとしています 12。英語のリスニングを研究する琉球大学の東矢光代氏は、高い周波数を聞くことをうたう4つの学習法・教材を調べ、アメリカ英語の値が750〜4,000 Hz とされる図と、700〜5,000 Hz とされる図があることを紹介しています。東矢氏によると、トマティス氏の邦訳書の「各国語の周波数領域」の図には、日本語はふくまれていません。また東矢氏は、このパスバンド図の信頼性には議論の余地があるとしています 13。
3つの資料の数値を並べると、次のようになります。
| 言語 | 森井氏(2001)の紹介 | 渡邉氏(1994)の紹介 | 東矢氏(2016)が紹介する図 |
|---|---|---|---|
| 日本語 | 125〜1,500 Hz | 500〜2,000 Hz | 125〜1,500 Hz |
| イギリス英語 | 2,000〜12,000 Hz(「英語」として) | 2,000〜12,000 Hz | 2,000〜12,000 Hz 超 |
| アメリカ英語 | 1,000〜3,000 Hz | (数値の記載なし) | 750〜4,000 Hz/700〜5,000 Hz |
| フランス語 | 1,000〜2,000 Hz | 100〜300 Hz と 1,000〜2,000 Hz | (記載なし) |
この「高い音」の考え方と、モーツァルトが結びついていきます。日本の大学で行われたトマティス・メソッドの英語クラスでは、加工した朗読のテープのあいだにモーツァルトの曲のテープをはさみ、日本語の物語を読むときにもモーツァルトを小さく流していました 14。東矢氏が調べた教材でも、高い音を聞く訓練にクラシック音楽、とくにモーツァルトの曲を使うものがありました 13。そこに、1993年に報告された「モーツァルトを聞いた直後に空間の課題の得点が上がった」というモーツァルト効果の話 3 が「モーツァルトを聞くと頭がよくなる」という形で重なり、「クラシックを聞けば英語耳ができる」という形で広まったと考えられます。
研究ではどうなってる?
① 言語によって、話し声の周波数は大きくちがう?
- 12言語を同じ方法で測ると、ちがいは小さかった:英語(いくつかの地域)・日本語・ドイツ語・フランス語(カナダ)・ロシア語・中国語(広東語・北京語)など12言語を、それぞれの土地で、原則として男女10人ずつ、同じ機材と手順で録音し、話し声の長時間平均スペクトル(ある程度長く話したときに、どの高さの音がどれくらい強いか)を比べた国際研究です。統計的に意味のある差はたくさんありましたが、どれも小さく、同じ言語でも男女で向きがそろわないことがありました。そのため、言語に共通の平均スペクトルを、補聴器の調整などに使えると提案しています 1。
- それでも、音によって高さはちがう:/s/ /f/ /θ/(th)を含む音節を、高い音をどこまで残すかを変えて聞かせた研究では、男性の声の s は4〜5 kHz まで残せば十分でしたが、女性と子どもの声の s は9 kHz まで残したときに最もよく聞き取れました 5。言語全体ではなく、一つひとつの音には、高い成分が大事なものがある、ということです。
つまり、「英語の s は高い音の成分が多い」はホントですが、「英語という言語全体が、日本語とは別の高い帯域を使っている」は、測定とは合いません。日本語にも「さ」の s のような音があります。
② 高い音を強調した練習で、英語は聞き取れるようになった?
- 日本の英語学習者で、ふつうの音声より優れた効果なし:東矢氏らの科研費研究(2011〜2015年度)は、①高い周波数を強調した音声の好みとリスニング力の関係、②4,000 Hz 以下をおさえて8,000 Hz を強めた TOEIC の音声での訓練、③トマティス・メソッドを一部取り入れた、高い音域を段階的に通す音声での訓練、を調べました。どの実験でも、原音(ふつうの音声)より優れた効果は見られず、高い音域まできちんと出る性能のよいイヤホンを使えば、原音で十分だと考えられるとまとめています 2。
- 小さな卒業研究でも差なし:東矢氏の論文によると、卒業論文の研究で大学生10人が1日20分・15日間、8,000 Hz を強調した英語とふつうの英語で聞き取りを練習した研究でも、2つの条件に意味のある差はありませんでした。東矢氏は、周波数の観点から英語のリスニング力の伸びを調べた実証研究は少ないと述べています 13。
- トマティス法を無作為に割り当てた研究では、上乗せ効果なし:学習障害のある子どもを、トマティス法+直接指導のグループと、直接指導だけを受ける比較(プラセボ)グループに無作為に分けた研究では、1年目の評価でトマティス法の効果は支持されず、訓練が終わって1年後の追跡でもトマティス法のグループが上回ったテストはありませんでした(音の聞き分けを測るリズムのテストだけは、比較グループの方がよかった)。どちらのグループも学力は伸びていました 8。
- 自閉症の子どもの比較試験でも、ことばの伸びは処置と無関係:トマティス法と偽の処置を、無作為・二重盲検(どちらを受けている時期かを、受ける側も評価する側も知らない)で入れかえて比べた試験では、多くの子のことばは伸びましたが、それはトマティス法を受けた時期とは関係がありませんでした 9。音を加工して聞かせる療法の無作為化比較試験を集めたコクラン・レビューも、自閉症への効果を示す証拠はないと結論しています 15。
後の2つは外国語学習の研究ではありません。それでも、「加工した音を聞かせる」という同じ方法を、偽の処置ときちんと比べた研究では、効果が確かめられていないことがわかります 8915。
③ モーツァルトを聞くと、頭がよくなる?
- もとの研究は、空間の課題の、短い効果:大学生36人が、①モーツァルトの「2台のピアノのためのソナタ」を10分聞く、②リラックスのための指示を10分聞く、③10分黙って座る、の3つの条件のあとに、空間の課題(図形のパターン・紙を折って切る問題など)を受けました。モーツァルトのあとはIQに換算して8〜9点高く、その効果は10〜15分ほどで、それより長くは続きませんでした 3。
- まとめると、効果は小さかった:16の研究をまとめた分析では、無音と比べたモーツァルトの効果は、714人分の20の比較で平均 d = 0.09(IQ換算で約1.4点)と小さいものでした。空間・時間の処理の課題にかぎっても d = 0.14(約2.1点)で、統計的に意味のある差ではありませんでした。研究者は、曲を楽しんで気分が高まる「覚醒」で説明できると論じています 4。
- 明るい曲かどうかで決まっていた:明るく元気なモーツァルトと、ゆっくりした悲しい曲で比べた実験では、空間の課題がよくなったのはモーツァルトのあとだけでしたが、気分と覚醒の差を統計的にそろえると、モーツァルト効果は消えました 16。
- 約40研究のメタ分析でも、特有の効果はほとんど残らず:未発表の研究も含め、約40の研究・3,000人以上をまとめたメタ分析では、モーツァルトに特有の効果を支持する証拠はほとんど残りませんでした。ほかの音楽でも同じくらいの効果が見られ、発表された研究にかたよりがあること、もとの研究グループの研究ほど効果が大きいことも報告されています 10。
どの研究も、英語の聞き取りは調べていません。「クラシックを聞くと英語耳ができる」は、もとの研究とまったく別の話なのです。
④ 音楽と外国語の音には、関係がある?
ここは分けて考える必要があります。大人の第二言語学習者を調べた研究では、音楽の能力が高い人ほど、第二言語の音の聞き分けと発音がよく、第二言語の環境に入った年齢、ふだんの使い方や触れる量、音を覚えておく短期記憶の力をそろえても、関係が残りました。一方、文法や語彙とは関係がありませんでした 17。ただしこれは、能力どうしの関係を調べたもので、「音楽を聞いたから発音がよくなった」ことを示すものではありません。また、子どもへの音楽の訓練プログラムが学力や認知能力を伸ばすかを調べた54研究のメタ分析では、研究デザインの質をそろえると、効果はほぼゼロでした 18。
「音楽が得意な人は外国語の音にも強い傾向がある」ことと、「BGMでクラシックを聞けば英語耳ができる」ことは、まったく別の話です。
じゃあ授業ではどうする?
日本語話者がつまずくのは、「高い音」そのものより、日本語では1つの音として聞いているものを、英語では2つに分けて聞くことです。r と l の区別は、英語を何年学んでも難しいことが多い一方、いろいろな話者・いろいろな単語の自然な音声で聞き分けの訓練をすると伸びることが示されてきました 6。こうした「多くの話者の声で音を聞き分ける訓練(HVPT)」の79研究をまとめたメタ分析では、中〜大の効果が報告されています 11。この訓練の中心は、複数の話者の声と、答えたあとにすぐ正解がわかることです。トマティス法のように言語全体の高い音を一律に強調することは、この訓練に必要な要素ではありません(Logan 氏らの研究で使われたのは、加工しない自然な音声です)。
- 聞き分けのペアを決める:その単元で出てくる、日本語話者がまちがえやすい対を1〜2組選びます(例:light / right、sea / she、think / sink、fan / van)。
- 声を3人分以上用意する:先生の声だけでなく、ALT の声、教科書の音声、デジタル教材の音声など、男女・年齢のちがう声を使います(ミニマルペアの聞き分けゲーム の手順がそのまま使えます)。
- 1問ごとに正解を返す:「1か2か」を手で示させ、すぐに正解の音をもう一度聞かせます。5分で10〜15問が目安です。
- 口の形とセットにする:s と sh、th と s は、舌や唇の位置を見せてから聞かせます(発音指導 を参照)。区別して言えると、聞き分けの手がかりも増えます。
- 音声はふつうのまま、聞きやすく:周波数を加工した音声を探すより、音がこもらないスピーカーやイヤホンで、はっきりした音で聞かせます。文の中の音の変化は、音のつながりを聞き取る活動 で別に練習します。
- 小学校:sea と she の絵カードを両手に持たせ、先生や ALT が言った方を上げるゲーム。歌を使うなら、BGM として流すのではなく、歌詞の中の決めた語が聞こえたら手をたたく、という聞き取りの活動にします。
- 中学校:1年生の4月に、light / right、glass / grass などを使った5分の聞き分けを週2回。教科書の新出語に r と l が出たら、その場でペアにしてクイズにします。
- 高校:共通テストのリスニング対策で聞き取れなかった部分を、ディクテーションで書き出し、どの音(th・語末の子音・音のつながりなど)でつまずいたかを分類してから、その音だけを練習します。
- 家庭学習の相談:「高い音の英語教材やクラシックを聞いた方がいい?」と聞かれたら、「BGM で流すより、1日5分、ミニマルペアのクイズを、いろいろな人の声でやってみよう」と具体的に伝えます。
- 「日本人は耳が悪いから」と生徒に言う:日本語話者が r と l の区別に苦労しやすいのは、耳の性能ではなく、日本語にない区別だからです 6。「練習すれば区別できるようになる音」として伝えます。
- モーツァルトを流して「集中できる」「英語耳になる」と期待する:もとの研究でも、効果は10〜15分ほどの空間の課題の話でした 3。音楽を使うなら、英語を聞き取る活動として使います。
- 先生1人の声だけで聞き分けをくり返す:効果が確かめられてきた聞き分けの訓練は、多くの話者の声を使うのが特徴です 611。ALT や教科書の音声など、声を変えて練習します。
- 高い音を強調した音声を大音量で聞かせる:ふつうの音声より優れた効果は確かめられていません 2。音量を上げるより、はっきりした音質で聞かせます。
❓ よくある質問
Q. トマティス・メソッドとは何ですか?
フランスの耳鼻咽喉科医アルフレッド・トマティス氏が考えた方法で、「言語ごとに耳がよく聞く周波数帯(パスバンド)がちがう」として、電子耳という装置で加工した音を、振動子のついたヘッドホンで聞かせる訓練です。外国語の学習法としては、ふつう約2か月の訓練とされます 7。
Q. 日本語は低い周波数、英語は高い周波数というのは本当ですか?
測定とは合いません。日本語・英語を含む12言語の話し声を同じ方法で比べた研究では、言語による周波数のちがいは小さいものでした 1。出回っているパスバンドの数値も、資料によって日本語が125〜1,500 Hzだったり500〜2,000 Hzだったりと、ばらばらです 71213。
Q. 高い周波数を強調した英語を聞くと、聞き取れるようになりますか?
日本の英語学習者で、高い周波数を強調した音声を調べた3つの実験では、どれもふつうの音声より優れた効果は見られませんでした 2。ただし英語の s のように高い成分が大事な音はあるので、音質のよいイヤホンやスピーカーで、ふつうの音声をはっきり聞かせることは大切です 5。
Q. モーツァルトやクラシック音楽を聞くと英語耳ができますか?
もとのモーツァルト効果の研究は、大学生が10分聞いた直後に空間の課題の得点が上がり、その効果は10〜15分ほどだった、というもので、英語は調べていません 3。約40の研究をまとめたメタ分析では、モーツァルトに特有の効果を支持する証拠はほとんど残りませんでした 10。
Q. r と l のような英語の音の聞き分けを伸ばすには、授業で何をすればいいですか?
日本語話者がつまずくのは、r と l のように日本語では1つの音を2つに分けて聞くことです 6。ふつうの音声で、ALT や教科書など多くの話者の声を使って、ミニマルペアの聞き分けを短く何度も練習します。こうした訓練の79研究のメタ分析では、音の聞き分けに中〜大の効果が報告されています 11。リスニング全体を伸ばすには、語彙・文法・意味をつかむ練習も合わせて行います。
🎓 もう一歩深く(大学院レベル)
🎓院生モードパスバンド説と、長時間平均音声スペクトル(LTASS)
トマティス氏は、ある言語集団の談話の録音を分析器にかけて周波数の平均値を出し、民族ごとに固有の曲線(包絡線)があるとして「エスノグラム」と呼んだ、と紹介されています 7。音響学で同じ問いを扱うのが LTASS(long-term average speech spectrum)です。Denis Byrne 氏らの国際共同研究(分析はシドニーの National Acoustic Laboratories)は、12言語(さらにアラビア語は LTASS だけ)・18の音声サンプルを15地点で標準化した機材と手順で録音し、すべて同じ研究所で分析しました。結果は、多くの統計的に有意な差はあるものの差は小さく、男女で一貫しないこともあり、言語をこえた「普遍的な」LTASS を補聴器の処方などに使えると提案しています 1。
パスバンド説の検証可能性にも問題があります。紹介される数値は資料ごとに異なり(例:日本語 125〜1,500 Hz と 500〜2,000 Hz、アメリカ英語 1,000〜3,000 Hz・750〜4,000 Hz・700〜5,000 Hz)、話者の数や、帯域の端を決める基準は、ここで確認した日本語の資料には書かれていません 71213。なお、言語の音の知覚で問題になるのは、帯域そのものより、同じ周波数域の中のフォルマントのちがいを、母語のカテゴリーにもとづいて聞き分けられるかどうかです。東矢氏も、日本語話者の r/l の問題をカテゴリー知覚の観点から論じています 13。
🎓院生モード効果研究をどう読むか:自己選択・ベースラインの差・偽の処置
日本の大学で、希望者16人のトマティス・メソッドの英語クラスと、通常クラスのリスニング得点(英検2級の問題、2年間で6回)を比べた Lisa Gayle Bond 氏の報告では、トマティス・クラスの平均点が6回とも高く、要旨では有効性を示唆すると述べています。しかし、比べた人数は14人と96人で、最初のテスト(訓練前)からトマティス・クラスの方が高く(20点満点で約9.3点と約7.4点)、訓練方法と時期の交互作用は有意ではありませんでした。つまり、伸び方は2つのグループで平行で、最初の差が続いただけとも読めます。著者自身も、無作為に分けていないこと、希望者で意欲が高いこと、クラスの人数(16人と35人以上)のちがいを限界として挙げています 14。
これに対して、無作為に割り当て、偽の処置を置いた研究では、トマティス法の上乗せ効果は見られていません 89。コクラン・レビューは、自閉症への効果を示す証拠はないとしつつ、研究どうしで測った成果がばらばらで統合できないため「効果がないことが証明された」わけでもない、と慎重に書いています 15。教室での新しい方法を評価するときも、「希望者のクラスの方が点が高い」だけでは判断できない、という読み方が大切です。
🎓院生モードモーツァルト効果の教訓:一時的な覚醒と遠い転移
もとの報告は、カリフォルニア大学アーバイン校の学習と記憶の神経生物学センターにいた Frances Rauscher 氏らによる1ページの短い報告で、3種類の課題(図形のパターン・マトリックス・紙の折り切り)を同じ力の測定とみなして比べ、効果は聞いたあとの10〜15分に限られるとしていました 3。16の研究をまとめた Christopher Chabris 氏の分析では、効果は抽象的な推論(d = 0.04)よりも空間・時間の処理(d = 0.14)でわずかに大きく、曲を楽しんだことによる覚醒という説明が提案されました 4。気分と覚醒を統計的にそろえると効果が消えた実験 16、ほかの音楽でも同じくらいの効果があり、出版バイアスと研究グループによる差が見られたメタ分析 10 は、この見方と一致します。
教育への教訓は、①短時間の気分の変化を「能力の向上」と取りちがえない、②ある活動が別の領域の力を伸ばすという「遠い転移」は起こりにくい、の2つです。音楽の訓練でも、研究デザインの質をそろえると認知・学力への効果はほぼゼロでした 18。音楽の能力と第二言語の音韻の力の相関 17 は興味深い結果ですが、相関であり、音楽を聞くだけの学習法の根拠にはなりません(多重知能に合わせた授業の判定 も参照)。
🎁 玉手箱で使えるツール
原田英語の「英語の先生の玉手箱」の無料ツール。登録なしで授業にそのまま使えます。
📑 出典(18件)
本文の上付き数字に対応。✔ は DOI / ISBN / 公式ページを書誌データベースと機械照合した印です。
- Byrne, D., Dillon, H., Tran, K., Arlinger, S., Wilbraham, K., Cox, R., … (1994). An international comparison of long-term average speech spectra. The Journal of the Acoustical Society of America, 96(4), 2108-2120. doi:10.1121/1.410152 ✔ DOI照合済日本語・英語を含む12言語の話し声の長時間平均スペクトルを同じ方法で測った国際比較。言語間の差は小さく、言語共通の平均スペクトルを提案
- 東矢光代 (2016). 英語リスニングが苦手な学習者への高周波音域弁別訓練:行動分析学的検証と教授法構築(科学研究費助成事業 研究成果報告 課題番号23520752). KAKEN 科学研究費助成事業データベース 公式ページ ✔ リンク確認済高い周波数を強調した英語音声でのリスニング訓練を、日本の大学生で3つの実験で調べた科研費研究(2011〜2015年度)。原音より優れた効果は見られなかった
- Rauscher, F. H., Shaw, G. L., & Ky, K. N. (1993). Music and spatial task performance. Nature, 365(6447), 611. doi:10.1038/365611a0 ✔ DOI照合済「モーツァルト効果」の元になった短い報告。大学生36人が10分間モーツァルトを聞いた直後、空間の課題の得点が一時的に高かった
- Chabris, C. F. (1999). Prelude or requiem for the 'Mozart effect'?. Nature, 400(6747), 826-827. doi:10.1038/23608 ✔ DOI照合済モーツァルト効果の16研究をまとめたメタ分析。無音との比較の平均効果は小さく(IQ換算1.4点)、楽しさによる覚醒で説明できると論じた
- Stelmachowicz, P. G., Pittman, A. L., Hoover, B. M., & Lewis, D. E. (2001). Effect of stimulus bandwidth on the perception of /s/ in normal- and hearing-impaired children and adults. The Journal of the Acoustical Society of America, 110(4), 2183-2190. doi:10.1121/1.1400757 ✔ DOI照合済/s/ /f/ /θ/ を含む音節を、高い音をどこまで残すかを変えて聞かせた研究。女性・子どもの声の /s/ は9 kHz まで残したとき最もよく聞き取れた
- Logan, J. S., Lively, S. E., & Pisoni, D. B. (1991). Training Japanese listeners to identify English /r/ and /l/: A first report. The Journal of the Acoustical Society of America, 89(2), 874-886. doi:10.1121/1.1894649 ✔ DOI照合済日本人にミニマルペアと多くの話者の声で /r/ /l/ を聞き分ける訓練をした最初の報告
- 森井正史 (2001). 外国語学習法トマティス方式について:その理論と方法. 京都光華女子大学研究紀要, 39, 127-141. 公式ページ ✔ リンク確認済トマティス方式の理論(3つの法則・パスバンド・電子耳)と訓練の流れを、トマティス氏の著書にもとづいて紹介した論文。各言語のパスバンドの数値(p.131)を載せる
- Kershner, J. R., Cummings, R. L., Clarke, K. A., Hadfield, A. J., & Kershner, B. A. (1990). Two-year evaluation of the Tomatis Listening Training Program with learning disabled children. Learning Disability Quarterly, 13(1), 43-53. doi:10.2307/1510391 ✔ DOI照合済学習障害のある子どもを、トマティス法+通常の指導と、通常の指導のみ(偽の処置つき)に無作為に分けた研究の2年目の追跡。トマティス法の上乗せ効果は見られなかった
- Corbett, B. A., Shickman, K., & Ferrer, E. (2008). Brief report: The effects of Tomatis sound therapy on language in children with autism. Journal of Autism and Developmental Disorders, 38(3), 562-566. doi:10.1007/s10803-007-0413-1 ✔ DOI照合済自閉症の子どもで、トマティス法と偽の処置を無作為・二重盲検・交差デザインで比べた試験。ことばの伸びは処置とは関係がなかった
- Pietschnig, J., Voracek, M., & Formann, A. K. (2010). Mozart effect–Shmozart effect: A meta-analysis. Intelligence, 38(3), 314-323. doi:10.1016/j.intell.2010.03.001 ✔ DOI照合済未発表の研究も含め約40研究・3,000人以上をまとめたメタ分析。モーツァルトに特有の効果を支持する証拠はほとんど残らなかった
- Uchihara, T., Karas, M., & Thomson, R. I. (2025). High variability phonetic training (HVPT): A meta-analysis of L2 perceptual training studies. Studies in Second Language Acquisition, 47(3), 794-827. doi:10.1017/S0272263125100879 ✔ DOI照合済多くの話者の声で音を聞き分ける訓練(HVPT)の79研究のメタ分析。中〜大の効果
- 渡邉英夫 (1994). 外国語教育の起点:言調聴覚論からトマティスへ. 香川大学一般教育研究, 46, 11-22. 公式ページ ✔ リンク確認済言調聴覚論とトマティス氏の言語教育論を紹介した論文。トマティス氏の本から「各国語の周波数領域」の表(p.19)を載せる
- 東矢, 光代 (2016). 英語リスニングにおける高周波音声と教材の特徴. 琉球大学欧米文化論集, 60, 45-67. doi:10.24564/0002008384 ✔ DOI照合済「高い周波数の音を聞くと英語が聞き取れる」とうたう4つの学習法・教材(トマティス・メソッドを含む)の主張と、その根拠とされるパスバンド図を調べた論文
- Bond, L. G. (2001). Two-year evaluation of Kyoto Bunkyo University's Tomatis Method English Program. 人間・文化・心:京都文教大学人間学部研究報告, 3, 103-116. 公式ページ ✔ リンク確認済日本の大学でトマティス・メソッドの英語クラス(希望者16人)と通常クラスのリスニング得点を2年間比べた報告。クラスは無作為に分けておらず、最初から得点に差があった
- Sinha, Y., Silove, N., Hayen, A., & Williams, K. (2011). Auditory integration training and other sound therapies for autism spectrum disorders (ASD). Cochrane Database of Systematic Reviews(12), CD003681. doi:10.1002/14651858.CD003681.pub3 ✔ DOI照合済音を加工して聞かせる療法(トマティス法を含む)の無作為化比較試験を集めたコクラン・レビュー。効果を示す証拠はないと結論
- Thompson, W. F., Schellenberg, E. G., & Husain, G. (2001). Arousal, mood, and the Mozart effect. Psychological Science, 12(3), 248-251. doi:10.1111/1467-9280.00345 ✔ DOI照合済明るいモーツァルトと悲しい曲で比べた実験。気分と覚醒の差をそろえると、モーツァルト効果は消えた
- Slevc, L. R., & Miyake, A. (2006). Individual differences in second-language proficiency: Does musical ability matter?. Psychological Science, 17(8), 675-681. doi:10.1111/j.1467-9280.2006.01765.x ✔ DOI照合済大人の第二言語学習者で、音楽の能力が高い人ほど第二言語の音の聞き分けと発音がよかった(他の要因をそろえても)。文法・語彙とは関係なし
- Sala, G., & Gobet, F. (2020). Cognitive and academic benefits of music training with children: A multilevel meta-analysis. Memory & Cognition, 48(8), 1429-1441. doi:10.3758/s13421-020-01060-2 ✔ DOI照合済子どもの音楽の訓練が認知・学力を伸ばすかを調べた54研究のメタ分析。研究デザインの質をそろえると効果はほぼゼロ
最終更新 2026-10-18 ・ 原田英語 まちがいのご指摘はこちら









