約9,500名の受験生が、120分間の英語試験に挑みました。
フロイトの精神分析、人間の認知特性、能楽の美学、そして「強さとは何か」という哲学的問い。
──今年の東大英語は、受験生の「知の総合力」を根底から試す問題セットでした。
12026年東大英語──全体像と難易度速報
2026年度(令和8年度)の東京大学前期日程・英語は、例年通りの5大問構成で出題されました。試験時間120分、配点120点という「1分1点」のシビアな時間設計は健在です。
全体の印象:2025年度からやや難化。特に第1問(A)の素材(フロイト論)は抽象度が高く、要約に苦戦した受験生が多いと予想されます。一方、自由英作文のテーマ「強さとは何か」は一見シンプルながら、哲学的深みを持たせられるかどうかで差がつく良問でした。
2第1問:フロイトの精神分析+人間の認知特性
1(A) 英文要約──フロイトはなぜ読者を虜にするのか
Adam Phillipsの The Penguin Freud Reader 序文からの出題。フロイトという作家が読者に引き起こす独特の反応──愛憎入り混じった、やめられない読書体験──を論じた英文でした。
出題の指示は「70〜80字の日本語で要約せよ。句読点も字数に含め、『フロイトの著作』から記述を開始すること」というもの。冒頭の書き出しが指定されている点は、受験生を正しい方向にガイドする親切な設計です。
KEY POINT
英文の核心構造
本文は大きく3つの論点で構成されています:① フロイトを嫌いな人は「読むのをやめられず、意見を述べずにはいられない」という特殊な反応を示す。通常、嫌いな作家は単に読まなくなるだけなのに。
② フロイトの文章は「回心体験(conversion experience)」に近い読書体験を与える。トーマス・マンの言葉を借りれば、精神分析的啓示は「一度目覚めると二度と眠りにつけない革命的な力」である。
③ フロイトの著作が持つ力は「控えめな表現(understatement)」にある。大袈裟な言葉ではなく、むしろ抑制された言葉で語ることで、読者の反応を過剰なまでに引き出す感染力がある。
解答例(78字):
フロイトの著作は、読者を愛憎の対象として強く惹きつけ、無関心でいることを許さない。控えめな表現を通じて自己認識への欲望と無知への情熱を喚起する、感染力を持つ革命的な文章である。
受験生へのポイント:この問題の難しさは、素材の抽象度の高さにあります。”conversion experience” “understatement” “infectious energy” といった概念をいかに的確な日本語に変換するかが勝負。「段落ごとのキーワード拾い」ではなく、文章全体の論理構造を把握してから一気に圧縮する力が求められました。
1(B) 長文読解──人間はなぜ「関係性」を見出すのか
Keith J. Holyoakの The Human Edge からの出題。赤と緑のボールの運動に「因果関係」を見出し、青と黄色の三角形の追跡に「意図」を読み取る──人間の認知が最小限の情報から豊かな関係性を創り出すメカニズムを論じた知的好奇心を刺激する素材でした。
空所補充問題の正解は以下の通り:
語句整序問題(イ)の答え:noticing that two things are unrelated creates a kind of relation(2つのものが無関係であると気づくこと自体が、一種の関係性を生み出す)
この整序問題のポイントは、「無関係だと気づく行為」が主語になっていること。”noticing that two things are unrelated” が主語、”creates” が動詞、”a kind of relation” が目的語。関係がないと認識すること自体が新たな関係性を生む──という逆説的な認知の構造を、正しい語順で表現できるかが問われました。
3第2問:自由英作文「What does it mean to be strong?」超絶解説
今年の東大自由英作文は、「What does it mean to be strong?」(強いとはどういうことか?)という問い。60〜80語の英語で答えるという設定です。
なぜこの問題は「やや難」なのか
一見シンプルに見えるこの問いが難しい理由は3つあります。
“What does it mean to…?” は「〜するとはどういう意味か」を問う形式。単なる意見文ではなく、概念の再定義が求められています。「I think being strong is important because…」のような浅い答えでは高得点は望めません。
strong には身体的な強さ、精神的な強さ、立場の強さ、意志の強さなど複数の意味があります。どの「強さ」について書くかを自分で決め、その選択に説得力のある理由を添える必要があります。
東大の過去の自由英作文には「賛成/反対」型や「絵の説明」型が多く、対策しやすいものもありました。しかし今年の問いは完全にオープンエンド。TEFLの定番テーマとの類似性はあるものの、60〜80語で哲学的深みを出すのは容易ではありません。
高得点を狙う解答の「型」
東大の自由英作文で高得点を取るには、以下の3段階構造が効果的です。
STEP 1:定義(Thesis)
「強さ」を自分なりに再定義する一文。常識を超えた視点を入れると印象的。
STEP 2:展開(Development)
具体例や対比で肉付け。抽象論だけでなく、実感のある例を入れるのがコツ。
STEP 3:着地(Conclusion)
テーマを広げて終わる。「だから〜」で読者に余韻を残す。
模範解答例3パターン
解答例① 精神的強さ(vulnerability路線)
解答例② 他者との関係性(empathy路線)
解答例③ 知的強さ(intellectual courage路線)
採点で差がつくポイント:
①「常識の裏返し」が入っているか(strong ≠ physical power のような逆説)
②具体例が抽象論を支えているか
③文法・語彙のミスがないか
④語数が指定範囲内か(60〜80語)
──この4点をクリアすれば、確実に高得点圏に入れます。
2(B) 和訳+内容理解──「休息は抵抗である」
Tricia Herseyの *Rest Is Resistance* からの出題。資本主義の「働き続けなければならない」という価値観を批判し、「休むこと自体が抵抗の一形態である」と論じた英文です。
注目ポイント:Tricia Herseyの “grind culture” 批判は、現代社会論のトピックとして非常にタイムリー。「休息は怠惰ではなく抵抗である」という逆説的な主張をどう英語で読み解くかが問われました。和訳問題では “accept knowing as concrete evidence” の二重構造や、資本主義が「働き続けること」を当然視する仕組みをどう読み取るかが鍵です。
4第3問:リスニング──知的教養が問われる3題
今年のリスニングは、ドイツの教育制度、イギリスの刑務所建築、地衣類の生態学という、いずれもアカデミックで専門性の高いテーマ。各パート5問×3=計15問(マークシート)の構成でした。
特にパート(C)の地衣類の話は、Simon Schwendenerの「二重仮説」(地衣類は菌類と藻類の2つの生物で構成される)が提唱された経緯と、それがダーウィンの進化論の「分岐」モデルと衝突した歴史を扱っています。そして、ここから「共生(symbiosis)」という概念が生まれた──という知的に美しいストーリーです。
リスニング攻略のカギ:東大リスニングは「予備知識」が大きな武器になります。ドイツのHauptschule/Realschule/Gymnasium、刑務所建築の歴史、進化生物学の基本概念──これらを日本語でも知っていた受験生は、聞き取りの負荷が大幅に下がったはずです。リスニング力=英語力×教養という公式を忘れないでください。
5第4問+第5問:能楽と短篇小説──日本文化と文学の深い読み
4(A) 20世紀初頭のイギリス人が見た「能」
Marie C. Stopesの Plays of Old Japan, the Nō からの出題。20世紀初頭のイギリス人女性研究者が、能の音楽・演技・舞台装置について詳細に記した文章です。各段落に文法上または文脈上の誤りが1つずつ含まれ、それを指摘する形式。
注目すべきは、東大が日本文化を「英語で書かれた外国人の視点」を通じて出題するという伝統的手法です。受験生は、自国文化を異文化の目線で見直す知的経験を試験中にすることになります。
4(B) 和訳問題──「休息は抵抗である」Tricia Hersey
Tricia Herseyの *Rest Is Resistance* からの出題。資本主義が私たちの生活をいかに「生産性の呪縛」に閉じ込めているかを論じ、休息を「抵抗の行為」として位置づけた思想書です。
和訳のポイント:(ウ)の “accept knowing as concrete evidence” の処理が最大の難所。「確かな証拠として知ることを受け入れる」という二重構造を日本語でどう自然に表現するか。また “grind culture” の文脈理解──資本主義が「働き続けること」を当然視する仕組みをどう読み取るかが鍵でした。
第5問 Amy Hempel「When It’s Human Instead of When It’s Dog」
今年の第5問は、アメリカのミニマリスト小説家Amy Hempelの短篇。家政婦Mrs. Hatanoが雇い主の家で、妻が亡くなった場所のカーペットの染みを見つけるというストーリー。
LITERARY ANALYSIS
この短篇が東大入試に適している理由
Amy Hempelはレイモンド・カーヴァーの系譜に連なる「ミニマリスト」作家。登場人物の感情を直接描写せず、行動や細部の描写だけで読者に推測させるスタイルが特徴です。これはまさに東大が問いたい力──行間を読む力、言語化されていない情報を文脈から推論する力──と完璧に合致しています。
「じゅうたんの染み」が「妻の死」を暗示するという読みは、直接的には書かれていない情報。「閉ざされていた扉が今は開いている」も、病から死への移行を扉の開閉だけで表現する、Hempelらしい抑制された描写。「何が書かれていないか」を読む力──それが東大第5問の真の試金石です。
6過去5年の傾向分析──東大英語はどこへ向かっているのか
傾向のまとめ:
過去5年を通覧すると、①要約問題の抽象度が年々上昇(言語→集団知性→記憶→脳死→フロイト)、②自由英作文が「哲学的問い」へシフト(正直さの是非→強さの定義)、③第5問の小説は一貫して「ミニマリスト系」が選ばれている傾向が明確です。東大は「英語で思考する力」を年々強く求めています。
7来年の受験生へ──東大英語攻略の7つの鉄則
鉄則①
鉄則②
鉄則③
鉄則④
鉄則⑤
鉄則⑥
鉄則⑦
8英語力だけでは解けない──東大が本当に求める「教養」とは
2026年の問題セットを通覧して、改めて痛感するのは東大英語が「英語の試験」であると同時に「知性の試験」であるという事実です。
フロイトの精神分析、人間の認知心理学、ドイツの教育社会学、イギリスの刑務所設計思想、進化生物学における共生概念、日本の能楽、アメリカ文学のミニマリズム、そして「強さとは何か」という哲学的問い──。
この公式のメッセージを、今年の問題は忠実に体現しています。「英語ができる」だけではなく、「英語で知的に思考できる」人材を東大は求めているのです。
これは英語学習者にとって、非常に重要な示唆を含んでいます。東大英語の対策は、英語の勉強だけでは完結しない。日本語でも英語でも、幅広い分野に知的好奇心を持ち、「なぜ?」と問い続ける姿勢──それこそが、東大英語を攻略する最も確実な道筋なのです。
まとめ──「考える英語」の時代へ
2026年の東大英語は、受験生に問いました。
「あなたは英語で、何を考えられるのか?」と。
東大英語は、日本の大学入試における最高峰の英語試験。
その攻略は、英語力と教養と思考力の三位一体でしか成し得ない。
