落とし物の財布は「お金入り」のほうが、40か国中38か国で持ち主に連絡が来る割合が高かった

読む前に予想してみよう!
お金が入った落とし物の財布は、お金なしの財布より持ち主に返ってきにくい
40か国の実験では、お金入りの財布のほうが持ち主に連絡が来る割合が高かった(51%対40%)。ただし測ったのは「持ち主へのメール」で、その測り方には議論もある。
- 対象
- 40か国355都市の銀行・ホテル・郵便局・役所などの窓口の職員
- 規模
- 届けた財布1万7303個(大金入りを試したのは3か国)
- 研究の種類
- 野外での実験(財布の中身はランダムに割り当て)
- 確かさ
- ★★★★☆
40か国の窓口に、1万7千個あまりの「落とし物の財布」を届けた実験。お金入りの財布のほうが、持ち主に連絡が来る割合が高かった(51%対40%)。
ひとことで言うとお金が入った落とし物ほど、持ち主に返そうとする人が多かった!
もくじ
道に財布が落ちていたとします。中に名刺と鍵だけなら、持ち主に返すのは簡単です。では、お札が入っていたら?「ついもらってしまう人が増える」と考える人が多いはずです。経済学者に聞いても、その予想がいちばん多くなりました。
40か国355都市で、研究チームが用意した1万7千個あまりの財布を「拾いました」と窓口に届けた実験があります。結果は逆でした。お金入りの財布は51%、お金なしの財布は40% の割合で、預かった人から持ち主に連絡が来たのです。40か国のうち38か国で、お金入りのほうが高くなりました。
「得になるなら、人はズルをする」。経済学の多くの考え方は、この前提から出発します。ところが財布の中のお金が増えるほど、返そうとする人は増えていました。研究チームは、「自分を泥棒だと思いたくない」という気持ちが関わっていると考えています。
01鍵と名刺を入れた「落とし物の財布」を窓口へ
研究したのは、アメリカのミシガン大学のコーン(Cohn)さんや、スイスのチューリッヒ大学のマレシャル(Maréchal)さんたちです。2013〜2016年に、13人の研究助手が世界を回りました。
使った「財布」は、中身が外から見える透明な名刺入れです。中には、同じ名刺3枚・買い物メモ・鍵が1本。名刺には、その国によくある男性の名前と、メールアドレスが書いてあります。半分の財布には、さらにお金を入れました。アメリカなら13.45ドルで、ほかの国も、物の値段の差をならして同じくらいの価値になる額を、その国のお金で入れました。
届け先は、銀行・ホテル・郵便局・博物館や劇場・警察や役所などの窓口です。研究助手は「すぐそこの道で拾いました。急いでいるので、お願いできますか」と言って財布を置きました。連絡先は残さず、受け取りの証明ももらわずに立ち去りました。お金を入れるかどうかは、研究者が選ばず、ランダムに決めました。
あとは、名刺のアドレスにメールが届くかを100日間待ちます。メールが来たら、3時間15分後に「もう町を離れたので、中身はもらうか寄付してください」と自動で返しました。
02お金が多いほど、持ち主への連絡は増えた
40か国全体で、持ち主に連絡が来た割合は、お金なしの財布で40%、お金入りで51%でした。お金入りのほうが高かったのは38か国です。国ごとに見ると、偶然では説明しにくいほどはっきりした差が出たのは、そのうち19か国でした。お金入りのほうが低かったのはメキシコとペルーの2か国だけで、その差も偶然で説明できる程度でした。
3か国では、約94ドル相当(お金入りの7倍)の財布も試しました。連絡が来た割合は、お金なしの財布46%、約13ドル入り61%、約94ドル入り72%。3か国のどれでも、大金入りが一番高くなりました。
研究チームは、結果を伏せて予想も集めました。アメリカの一般の人299人の予想は、お金なし73%、約13ドル入り65%、約94ドル入り55%。お金が増えるほど返ってこないという読みです。経済学者279人(ほとんどが大学教授)の予想も、平均すると同じ向きでした。

03返す理由は「泥棒になりたくない」と「持ち主が困る」
なぜお金が多いほど返すのか。手がかりは「鍵」でした。3か国では、お金入りで鍵を抜いた財布も届けています。鍵は、預かった人には何の役にも立ちません。困るのは持ち主だけです。鍵がないと、連絡が来た割合は平均で9ポイントあまり下がりました(差がはっきりしたのはイギリスとポーランド)。持ち主のことを考えて返している人がいる、と研究チームは見ています。
イギリス・ポーランド・アメリカの計2,525人へのアンケートでは、財布の場面を読んでもらいました。「連絡しないのは、盗むのと同じ気がするか」という問いの点数は、中のお金が多いほど上がりました。一方で、鍵があるかないかでは、この点数はほとんど変わりませんでした。
研究チームは、二つの気持ちが重なっていると考えています。持ち主を思う気持ちと、「自分を泥棒だと思いたくない」という気持ちです。どちらも、中のお金が多いほど強くなります。
「罰がこわいだけでは?」という疑問も調べました。アメリカでは、落とし物を届ける義務を法律で決めている州とそうでない州で、お金の効果はほぼ同じでした。お礼目当てという説明も弱く、アンケートでは42%が「お礼は期待しない」と答えています。
「お金だけ抜いて返したのでは?」という疑問もあります。チェコとスイスの7都市で、連絡が来た財布を受け取りに行くと、中のお金の98〜99%が残っていました。
04どんでん返し:持ち主にメールしなかった窓口は、不正直なのか
40か国の研究では、中国はメールが来る割合がとても低く、お金なしの財布で7.0%、お金入りで21.5%でした。中国では反発も出て、別のチームが2019年に、中国の10都市・496か所で同じ実験をやり直しました(2023年発表)。
メールが来た割合は、お金なしの財布で22.2%、お金入りで32.7%でした。お金入りのほうが高いという結果は、中国でも同じでした。ところが7日後、「持ち主の知り合い」として窓口を訪ねると、メールが来た財布も来なかった財布も合わせて、全体の約78%が窓口に保管されていて、受け取ることができました。中身が全部そろった状態で受け取れたのは、全体の約70%です。メールが来たのは全体の3割前後なので、メールが来ないまま窓口で預かられていた財布も多かったことになります。中国では、メールを送らずに「持ち主が取りに来るまで預かる」ことも正直なふるまいと受け止められている、というのがこのチームの主張です。
中国チームは、「集団のつながりを大切にする地域ほど、財布を預かる」とも分析していました。元の研究チームは、同じ2023年のうちに反論しました。この分析は計算の組み方に誤りがあり、直すとその関係は見えなくなる、という指摘です。中国チームも再び返信し、議論は決着していません。
2025年には、中国の人は落とし物に付ける連絡先として、メールより WeChat(中国で広く使われるメッセージアプリ)を使うと答える傾向が強い、という研究も出ました。WeChat で連絡できる形にした実験では、59.3%が持ち主に連絡しました。ただし実験の形が違うので、元の数字とそのまま比べることはできない、と著者たち自身が書いています。
まとめると、「お金入りのほうが連絡が増える」は中国でも確かめられました。一方で、「メールが来た割合」で国の正直さを並べることには、議論が続いています。
05日本だったら、どうなる?
日本は40か国に入っていません。日本は「落とし物がよく戻る国」として知られ、理由は正直さだと言われがちです。日本とアメリカを比べた2003年の論文は、別の理由として、落とし物の扱いを決めた古くからのルールと、それを守る仕組みを挙げています。
今の日本の遺失物法(落とし物についての法律)では、落とし物が戻った持ち主は、拾った人にお礼(報労金)を払わなければなりません。額は、落とし物の価値の5〜20%です。お店や駅などの施設の中で拾われて施設に渡された場合は、拾った人と施設で半分ずつ分けます。ただしコーンさんたちのアンケートでは、お礼への期待は、お金が多いほど返す理由を説明できませんでした。日本で同じ実験をしたらどうなるかは、まだ分かりません。
06まとめ
財布の中のお金が増えるほど、人は「もらってしまう」より「返そう」とした。40か国・1万7千個あまりの財布が示したのは、多くの人や経済学者の予想とは逆の結果でした。
その一方で、「メールが来たかどうか」だけで国の正直さを比べてよいかは、中国でのやり直し実験をきっかけに議論が続いています。日本で同じ財布を窓口に届けたら、メールは来るのか、それとも窓口で預かってもらえるのか。答えはまだ出ていません。
この研究を英語で読もう原田英語の English CornerHow honest are people when nobody is checking?
音声
4択クイズ9問A2・B1・B2タップして開く
原田英語の English Corner
この研究を英語で読もう
Researchers wanted to know what people do with a lost wallet. They visited 40 countries and gave more than 17,000 wallets to workers at banks, hotels and post offices. Each wallet had cards with an email address, and most also had a key.
Some wallets also had money in them. The workers emailed the owner 51 percent of the time when a wallet had money, and 40 percent of the time when it had none.
75 words ・ CEFR A2
和訳を見る
研究者たちは、人が落とし物の財布をどうするのかを知りたいと思った。彼らは40か国を訪れ、銀行やホテルや郵便局で働く人たちに、1万7千個を超える財布を渡した。どの財布にも、メールアドレスの書かれたカードが入っていて、ほとんどの財布には鍵も入っていた。
お金も入っている財布もあった。働く人たちが持ち主にメールした割合は、財布にお金があるときは51%、ないときは40%だった。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the passage mainly about?
落とし物の財布を渡された人が、お金の有無でどう行動したかを説明しているので、正解は B。
Q2. How often did workers email the owner when the wallet had money?
最後の文に「The workers emailed the owner 51 percent of the time when a wallet had money」とあるので、正解は C。
Q3. In the passage, "owner" is closest in meaning to ___.
owner は「持ち主」。財布の名刺に書かれたアドレスの人、つまり財布の持ち主にメールしたという話なので、正解は A。
How honest are people when nobody is checking? A team of researchers tested this in 355 cities in 40 countries. Their helpers walked up to the front desk of a bank, a hotel or a police station and handed over a wallet they said they had found on the street.
Then they walked away without giving any contact details. Each clear plastic wallet held business cards with an email address and a shopping list, and most held a key. Half of the wallets also held about 13 dollars in local money.
After that, the team waited for emails. Staff wrote to the owner 40 percent of the time for wallets without money and 51 percent of the time for wallets with money. Most people had expected the opposite result.
129 words ・ CEFR B1
和訳を見る
誰も確かめていないとき、人はどれくらい正直なのだろうか。研究チームが、40か国の355都市でこれを確かめた。協力者たちは、銀行やホテルや警察署の受付に行き、道で拾ったと言って財布を渡した。
そして、連絡先を何も残さずに立ち去った。透明なプラスチックの財布にはそれぞれ、メールアドレスの入った名刺と買い物メモが入っていて、ほとんどには鍵も入っていた。財布の半分には、さらにその国のお金で約13ドル分が入っていた。
そのあとチームは、メールが来るのを待った。職員が持ち主に連絡した割合は、お金なしの財布で40%、お金入りの財布で51%だった。多くの人は、逆の結果を予想していた。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the passage mainly about?
お金入りの財布のほうが持ち主に連絡が来る割合が高かったという実験の話なので、正解は A。
Q2. What did the helpers do after handing over a wallet?
「Then they walked away without giving any contact details.」とあるので、正解は C。
Q3. What had most people expected?
最後の文に「Most people had expected the opposite result.」とある。実際はお金入りのほうが連絡が多かったので、多くの人は「お金入りのほうが連絡が少ない」と予想していたことになる。正解は A。
In a field experiment covering 40 countries, researchers turned in more than 17,000 "lost" wallets at banks, hotels, museums and public offices, then counted how often staff emailed the owner. Wallets containing about 13 dollars were reported 51 percent of the time, compared with 40 percent for wallets with no cash.
In Britain, Poland and the United States, the team also tried wallets holding about 94 dollars. There, the rate rose from 61 percent with the smaller amount to 72 percent. When the key was taken out of a wallet with money, reports fell by about nine points.
A key is useless to anyone but its owner, so this drop points to concern for the owner. A survey added a second motive. The more money inside, the more keeping the wallet felt like stealing. On average, neither ordinary Americans nor professional economists predicted this pattern.
The measure itself has been questioned, though. A later study in China found that many staff kept the wallet safe at the desk instead of sending an email. A week later, about 78 percent of the wallets were still there for the owner to collect. The original authors have challenged parts of that analysis.
199 words ・ CEFR B2
和訳を見る
40か国にわたる野外実験で、研究者たちは銀行・ホテル・博物館・役所に1万7千個を超える「落とし物の」財布を届け、職員が持ち主にメールする頻度を数えた。約13ドルが入った財布は51%の割合で連絡されたのに対し、現金なしの財布は40%だった。
イギリス・ポーランド・アメリカでは、約94ドルが入った財布も試した。そこでは、割合は少ない額のときの61%から72%まで上がった。お金入りの財布から鍵を抜くと、連絡は約9ポイント減った。
鍵は持ち主以外の誰にとっても役に立たないので、この減少は持ち主への思いやりがあることをうかがわせる。アンケートは2つ目の動機を加えた。中のお金が多いほど、財布を自分のものにすることが盗みのように感じられたのだ。平均すると、ふつうのアメリカ人も専門の経済学者も、このパターンを予想していなかった。
ただし、測り方そのものには疑問も出ている。のちに中国で行われた研究では、多くの職員がメールを送る代わりに財布を受付で保管していた。1週間後、財布の約78%は、持ち主が取りに来られるようにまだそこにあった。元の研究者たちは、その分析の一部に異議を唱えている。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the passage mainly about?
財布の実験の結果、その理由(持ち主への思いやり・盗みのように感じる気持ち)、そして測り方への疑問を述べているので、正解は B。
Q2. According to the passage, what happened when the key was taken out of a wallet with money?
「When the key was taken out of a wallet with money, reports fell by about nine points.」とあるので、正解は C。
Q3. Why does the writer mention the study in China?
中国の研究では、メールを送らずに財布を受付で保管する職員が多かったと述べ、測り方への疑問として挙げている。元の研究が誤りだと証明したわけではないので、正解は C。
重要単語
- walletA2名詞財布He left his wallet on the train.
主に札入れ・二つ折りの財布。小銭入れは coin purse、女性用の大きめの財布は purse と言うことも多い - honestA2形容詞正直なThank you for your honest answer.
h は発音しない(オネスト)。名詞は honesty、反対は dishonest。an honest ~ と an を付ける - ownerA2名詞持ち主The owner of the bag came back an hour later.
own(所有する)+-er。the owner of ~ で「~の持ち主」 - hand overB1動詞句手渡す、引き渡すPlease hand over your ticket at the gate.
hand は動詞で「手渡す」。hand A over to B で「AをBに引き渡す」 - temptationB2名詞誘惑、ついそうしたくなる気持ちThe cake on the table was a big temptation.
動詞は tempt(誘う、そそのかす)。resist the temptation to ~ で「~したい気持ちをこらえる」 - theftB2名詞盗み、窃盗Keeping a lost wallet can feel like theft.
thief(泥棒)、steal(盗む)とセットで覚える。th は舌を軽くかむ音 - replicationC1名詞(研究の)追試、再現A replication in another country gave a similar result.
動詞は replicate(再現する)。科学の記事では「同じ実験をやり直して確かめること」の意味でよく出る
この話題を TED で聞く
同じテーマの TED・TED-Ed を、
TED HACK で。英語の見どころ・使える表現・学習ミッションつきの日本語ガイドです。(運営:原田英語)
公式・一次情報をチェック
- 遺失物法 第28条(報労金)(e-Gov法令検索)laws.e-gov.go.jp
4コマでわかる

このネタ、誰かに教えたくなった?
40か国で1万7千個超の「落とし物の財布」を窓口に届けた実験。お金入りの財布のほうが、持ち主に連絡が来る割合が高かった(51%対40%)。経済学者も逆を予想する人が多かった。ただ中国でのやり直し実験で、測り方に疑問も出ている。
押すと「マジかリスト」に保存されます
出典・参考文献(6件)タップで表示
- Cohn, Maréchal, Tannenbaum & Zünd (2019) Civic honesty around the globe, Sciencedoi.org
- Yang et al. (2023) Unraveling controversies over civic honesty measurement: An extended field replication in China, Proceedings of the National Academy of Sciencesdoi.org
- Tannenbaum, Maréchal & Cohn (2023) A closer look at civic honesty in collectivist cultures, Proceedings of the National Academy of Sciencesdoi.org
- Zhang et al. (2023) Reply to Tannenbaum et al.: Constructive dialogue advancing research on civic honesty, Proceedings of the National Academy of Sciencesdoi.org
- Hung et al. (2025) Randomized studies in China show that studying and promoting civic honesty needs to consider local norms, Scientific Reportsdoi.org
- West (2003) Losers: Recovering lost property in Japan and the United States, Law & Society Reviewdoi.org
※本記事は上記の研究・公開資料をもとに、原田英語が独自の言葉で解説したものです。引用は著作権法第32条の範囲で行い、出典を明記しています。画像はすべてオリジナルのイメージです。研究結果には限界や個人差があります。誤りのご指摘は原田英語のお問い合わせフォームから。













