5000年前、エジプト王の家来は"道連れ"にされた? 頭の骨46個中18個に死の前後の傷。100年前は「土のせいの割れ目」とされていた

読む前に予想してみよう!
100年前の発掘者は、家来たちの頭の骨の割れ目に全く気づいていなかった
割れ目の周りにロウを塗って補強した跡が多く、割れ目自体は見ていたとみられる。ただ、土の中で骨が壊れただけだと考えていた可能性が高い。
- 対象
- エジプト・アビドスで、最初の王たちの墓の周りに葬られた家来の頭の骨
- 規模
- 46個(各遺構に埋葬された人の5〜15%分)
- 研究の種類
- 100年前に掘り出された骨を、現代の法医学の方法で調べ直した研究(著者が以前に行った分析をもとにした事例研究)
- 確かさ
- ★★☆☆☆
エジプト最初の王たちの墓所を囲む家来の墓。残る頭の骨46個のうち18個に死の前後の骨折などの傷。100年前の発掘者は割れ目を見たが、土のせいと考えたらしい。
ひとことで言うと王さまのお墓の周りの人たちの骨に、昔は「ない」とされた傷があった!
もくじ
約5000年前、エジプトに最初の王朝(第1王朝、紀元前3078〜2900年ごろ)が生まれました。その王たちが眠るのが、エジプト南部のアビドス。王の墓や、王のための儀式に使われたとみられる囲いの周りには、小さな墓がずらりと並んでいます。
眠るのは王に仕えた役人や職人たちとみられ、王によっては数百人。彼らは王と一緒に"あの世"へ送られたのか、それとも寿命を迎えてから葬られたのか。この問いは、100年近く決着がついていませんでした。
2026年10月、アメリカ・パデュー大学の生物考古学者ロザリン・キャンベルさんが、この謎に法医学の目で迫った論文を発表しました。
01「殉死だ。でも傷はない」100年前の謎
1920年代の初め、イギリスの考古学者フリンダーズ・ピートリーが、儀式用の囲いの周りの付属墓を発掘しました(王墓そのものの発掘は、それより前から手がけていました)。多くの墓が一度にまとめて閉じられたように見えたことから、彼は「王の死に合わせて家来が殺された」、つまり殉死だと考えます。
ところが、骨には命に関わる傷が見当たらない。そこでピートリーは「気絶させて生き埋めにしたのでは」という説まで持ち出しました。
一方で、「家来たちは自然に亡くなり、そのつど王のそばに葬られた」という反対説も出ます。根拠の一つは、ピートリー自身の「傷はない」という報告でした。賛成派も反対派も、100年前の骨の観察を土台に議論していたのです。
02100年前の発掘者は割れ目を見ていたのに、読み違えていた
手がかりはロウでした。ピートリーは壊れやすい骨を補強するため、パラフィンのロウを塗っていました。そのロウが、多くのひびの周りに狙ったように塗られていたのです。つまり彼は割れ目に気づいていたとみられます。ただ、それを土の中で骨が傷んだだけと考えたようです。
生きている人の骨や死んだ直後の骨は水分を含み、少ししなってから折れます。そのため割れ口が鋭く、斜めになるなどの特徴が出ます。乾いた古い骨の割れ方とは違うのです。この見分け方が大きく進んだのは、ピートリーの時代より後のことです。

03傷は石のこん棒ではなく、平たい物によるものらしい
古代エジプトの絵には、王が敵の頭に石のこん棒を振り下ろそうとする場面がよく描かれます。家来もそうして命を奪われたのでしょうか。
論文の答えは「たぶん違う」。重い石のこん棒なら、骨がへこむ骨折になるはずです。アビドスで多い一本線のひびは、木などでできた平たく幅の広いものが当たったときに出やすい形でした。
また法医学では、帽子のつばより上の位置の骨折は、転んだときより殴られたときに多いとされています。転倒と殴打の解剖記録80件を比べた2008年の研究も、この傾向を支持しています。立った姿勢から転んでも、似たひびができることはあります。ただ、調べた頭の骨はわずか46個です。その中でこれほど多くの人が同じように転んだとは考えにくい、と論文は述べています。
04どんでん返し:それでも「殺された」とは言い切れない
ここで大事なただし書きがあります。「死の前後」という判定では、死ぬ直前か直後かまでは見分けられないことがあります。死んで間もない骨は、まだ生きているときに近い折れ方をするからです。論文自身も、これらの傷が死因だと証明する方法はないと認めています。
では、死後についた傷なのでしょうか。論文の考えはこうです。遺体を高いところから投げ込んだのなら、頭以外の骨にも傷が出そうです。墓の屋根が崩れたのなら、骨盤や肋骨、副葬品にも跡が残るはずです。しかしピートリーの写真を見ると、骨の並びはあまり崩れていません。そのため論文は、どちらの説明も当てはまりにくいとみています。
また、「自然に亡くなって別の場所に葬られた遺体を、王の死後にここへ移した」という説も広く支持されていません。ピートリーの写真や記録では手足の小さな骨までつながったまま残っており、ここが最初の墓だったと論文は結論づけています。
一方、ピートリーの「生き埋め説」は裏付けが難しいとしています。もがいているように見える姿勢は、死後に体が腐っていく途中で動いただけでも生じうると、以前から指摘されています。
05まとめ
王の家来たちは、本当に王と一緒に"あの世"へ送られたのか。今回の再検討で、少なくとも残る頭の骨の約4割に、死の前後の骨折などの傷があることが示されました。殉死説を後押しする材料ですが、全員がそうだったとは言えず、傷が死因だとも断定はできません。
それでも、100年前に「傷はない」とされた骨から、新しい事実が出てきた。博物館の棚で眠る古い資料には、まだ読まれていない記録が残っているのかもしれません。
この研究を英語で読もう原田英語の English CornerAround 5,000 years ago, Egypt's first kings were laid to rest at Abydos, in the south of the country.
音声
4択クイズ9問A2・B1・B2タップして開く
原田英語の English Corner
この研究を英語で読もう
About 5,000 years ago, the first kings of Egypt were buried at a place called Abydos. Hundreds of workers lay in small graves around them. Were these people killed to serve the king after death?
A scientist checked 46 skulls from these graves. She found that 18 had injuries from around the time of death, mostly cracks. The man who dug up the graves 100 years ago probably saw the cracks too. But he thought the soil made them.
79 words ・ CEFR A2
和訳を見る
約5000年前、エジプト最初の王たちはアビドスという場所に葬られました。そのまわりの小さな墓には、何百人もの働き手が眠っていました。この人たちは、死後も王に仕えるために殺されたのでしょうか。
ある科学者が、これらの墓から出た頭の骨46個を調べました。すると18個に、死の前後にできた傷があり、その多くはひびでした。100年前に墓を掘った男性も、おそらくそのひびを見ていました。でも彼は、土がひびを作ったと考えたのです。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the passage mainly about?
第2〜5文で、王の墓のまわりに葬られた働き手の頭の骨を調べ直した話をしているので、正解は B。
Q2. How many of the 46 skulls had injuries from around the time of death?
「She found that 18 had injuries from around the time of death.」とあるので、正解は 18。
Q3. In this passage, what does "crack" mean?
骨にできた cracks を、昔の発掘者は土のせいだと考えた、という流れから「ひび・割れ目」の意味。正解は A。
Around 5,000 years ago, Egypt's first kings were laid to rest at Abydos, in the south of the country. Hundreds of officials and craft workers were buried in rows of small graves around them. In the early 1920s, the British archaeologist Flinders Petrie dug up many of these graves. He believed the servants had been killed to follow their king into the next world, but he reported no injuries on the bones.
Now Roselyn Campbell, a bioarchaeologist at Purdue University, has looked again at 46 skulls kept at Cambridge University. Eighteen of them have injuries, mostly breaks, from around the time of death. Petrie had put wax around many of the breaks to protect them, so he probably saw them and thought they came from being buried.
127 words ・ CEFR B1
和訳を見る
約5000年前、エジプト最初の王たちは、国の南部にあるアビドスに葬られました。そのまわりには何百人もの役人や職人が、並んだ小さな墓に埋葬されました。1920年代の初め、イギリスの考古学者フリンダーズ・ピートリーがこれらの墓の多くを発掘しました。彼は、家来たちは王に従ってあの世へ行くために殺されたと考えましたが、骨に傷はないと報告しました。
今回、パデュー大学の生物考古学者ロザリン・キャンベルさんが、ケンブリッジ大学に保管されている頭の骨46個をあらためて調べました。そのうち18個には死の前後にできた傷があり、その多くは骨折です。ピートリーはこうした割れ目の多くのまわりに、保護のためにロウを塗っていたので、おそらく彼は割れ目を見たうえで、埋まっていたせいでできたと考えたのでしょう。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the main point of the passage?
ピートリーは「骨に傷はない」としたが、キャンベルさんの再調査で46個中18個に骨折が見つかった、というのが中心。正解は B。
Q2. Why did Petrie put wax on the skulls?
「Petrie had put wax around many of the breaks to protect them」とあるので、割れた部分を守るため。正解は C。
Q3. What can we infer about Petrie's mistake?
最終文で、割れ目のまわりにロウを塗っていた=見てはいたが、埋葬のせいでできたと考えたとある。いつできた傷かを読み違えたので、正解は B。
In the early 1920s, Flinders Petrie cleared graves around the ritual enclosures of Egypt's first kings at Abydos and faced a puzzle. Hundreds of courtiers and craftspeople had been buried around their kings, and many graves seemed to have been closed at once. Petrie concluded that they had been sacrificed to serve the ruler after death, yet he reported no sign of violence.
Other scholars argued that the servants died of natural causes and were buried one by one. Roselyn Campbell of Purdue University has reopened the case. Of the 46 surviving skulls, 18 show injuries made around the time of death, mostly cracks across the top of the head. Petrie had painted wax around many of these cracks, which suggests he noticed them but blamed the soil.
A break made just after death can look the same as one made just before, and the skulls represent only 5 to 15 percent of those buried at each site. Even so, it would be odd for so many people to crack their heads in the same kind of fall, and a 2011 CT study of two skulls from the royal tombs of Ur in Iraq also found serious head injuries.
199 words ・ CEFR B2
和訳を見る
1920年代の初め、フリンダーズ・ピートリーはアビドスにあるエジプト最初の王たちの儀式用の囲いのまわりの墓を発掘し、ある難問にぶつかりました。何百人もの廷臣や職人が王のまわりに葬られ、しかも多くの墓が同時に閉じられたように見えたのです。ピートリーは、彼らは死後も王に仕えるためにいけにえにされたと結論づけましたが、暴力の跡は見られないと報告しました。
別の研究者たちは、家来たちは自然死し、一人ずつ葬られたのだと主張しました。今回、パデュー大学のロザリン・キャンベルさんがこの問題をあらためて取り上げました。残っている頭の骨46個のうち18個に、死の前後にできた傷があり、その多くは頭のてっぺんを横切るひびでした。ピートリーはこうしたひびの多くのまわりにロウを塗っており、彼はひびに気づいていたが土のせいにしたと考えられます。
死の直後にできた骨折は直前にできたものと同じに見えることがあり、また残る頭の骨は、各遺構に葬られた人の5〜15%にすぎません。それでも、これほど多くの人が同じような転び方で頭にひびが入ったとは考えにくく、イラクのウルの王墓から出た頭の骨2つを2011年にCTで調べた研究でも、頭部の重いけがが見つかっています。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the passage mainly about?
殉死説と自然死説の論争を、キャンベルさんが骨を調べ直して見直す、という内容が全体を通じて述べられている。正解は B。
Q2. According to the passage, which statement is true?
「the skulls represent only 5 to 15 percent of those buried at each site」とあるので B が正しい。18個のみ(A誤)、死の直前か直後か区別できない(C誤)、ピートリーは暴力の跡なしと報告(D誤)。
Q3. Why does the writer mention the study from Ur?
最終文で、ウルの王墓の頭の骨もCTで調べ直すと重いけがが見つかったと、似た例として挙げている。正解は C。
重要単語
- sacrificeB1名詞・動詞いけにえ、犠牲(にする)The old story tells of a king who would not sacrifice his people.
make a sacrifice(犠牲を払う)。human sacrifice で「人身供犠」。ラテン語 sacer(神聖な)+facere(作る) - skullB1名詞頭蓋骨、頭の骨The doctor checked the X-ray of her skull.
scull(ボートのオール)と同音。cranium は医学・学術寄りの言い方 - fractureB2名詞・動詞骨折、ひび(が入る)He had a small fracture in his wrist after the fall.
fract- は「壊す」。fraction(分数=割ったもの)、fragile(壊れやすい)と同じ仲間 - excavateC1動詞発掘する、掘り出すThe team excavated an old village near the river.
ex(外へ)+cave(穴)。名詞 excavation(発掘)は考古学の長文で頻出 - afterlifeB2名詞死後の世界、あの世Many ancient people believed in an afterlife.
the next world も同じ意味でよく使われる - servantB1名詞召使い、仕える人The servant carried the king's cup to the table.
serve(仕える)+-ant(人)。civil servant は「公務員」
この話題を TED で聞く
同じテーマの TED・TED-Ed を、
TED HACK で。英語の見どころ・使える表現・学習ミッションつきの日本語ガイドです。(運営:原田英語)
公式・一次情報をチェック
4コマでわかる

このネタ、誰かに教えたくなった?
約5000年前、エジプト最初の王たちの墓の周りには家来の墓が何百も並んでいた。残る頭の骨46個を調べ直すと、18個に死の前後の骨折などの傷が。100年前の発掘者は割れ目を見ていたのに、土のせいだと思っていたらしい。
押すと「マジかリスト」に保存されます
出典・参考文献(5件)タップで表示
- Campbell (2026) New data from old bones: using bioarchaeology and forensics to reassess legacy data from ancient Abydos, Egypt, Frontiers in Environmental Archaeologydoi.org
- Baadsgaard et al. (2011) Human sacrifice and intentional corpse preservation in the Royal Cemetery of Ur, Antiquitydoi.org
- Judd & Irish (2009) Dying to serve: the mass burials at Kerma, Antiquitydoi.org
- Kremer et al. (2008) Discrimination of Falls and Blows in Blunt Head Trauma: Systematic Study of the Hat Brim Line Rule in Relation to Skull Fractures, Journal of Forensic Sciencesdoi.org
- Knüsel et al. (1996) Death, decay, and ritual reconstruction: archaeological evidence of cadaveric spasm, Oxford Journal of Archaeologydoi.org
※本記事は上記の研究・公開資料をもとに、原田英語が独自の言葉で解説したものです。引用は著作権法第32条の範囲で行い、出典を明記しています。画像はすべてオリジナルのイメージです。研究結果には限界や個人差があります。誤りのご指摘は原田英語のお問い合わせフォームから。










