第10章|スピーキング10-1話せない本当の理由英語が口から出ないのは単語不足より『組み立て工場』の渋滞だった

母語で話すとき、人は何万語もの頭の辞書から、ふつうの会話で1秒に2〜3語のペースで単語を取り出しています。しかも、その作業にはほとんど注意を使っていません。オランダの心理言語学者 Levelt が描いた、話すときの頭の中の設計図です。ところが英語になると、この仕組みのどこかが詰まります。単語も文法も知っているのに、口を開いたとたん頭が真っ白になる。そのとき頭の中では、何が起きているのでしょうか。
この節の目次(6項目)
01話すとき、頭の中で3つの工程が同時に動く
オランダの心理言語学者 Willem Levelt は、人が話すときの頭の中を「設計図」として描きました。大きく分けると次の3つの工程があります。
- 概念化:何を言うかを決める。「昨日の映画、思ったより良かったと伝えたい」という中身づくり。
- 形式化:中身をことばにする。単語を選び、語順や時制を決め、音の並びを組み立てる。
- 調音:組み立てた音の設計図どおりに、口や舌を動かして声にする。
さらに、自分の声を聞きながら「あ、今の違う」と気づくモニター(自己点検)の働きもあります。
母語で話すとき、2番目の形式化はほとんど自動です。Levelt は、私たちが何万語もの頭の辞書から、ふつうの会話で1秒に2〜3語のペースで単語を取り出し、その作業にはほとんど注意を使っていないと説明しています。だから母語では、注意のほとんどを「何を言うか」に向けられるのです。
英語学習者の場合は逆になります。単語を探す、語順を考える、三単現の s を思い出す、と形式化に注意を使い切ってしまう。すると「何を言うか」を考える余裕がなくなり、頭が真っ白になります。
ポイント:話せないのは「知らない」からとは限らない。知っていることを取り出して組み立てる工程が、まだ手作業のままなのです。
02「知っている」と「使える」は別の力
英文法の問題集で正解できる文でも、会話の中では言えない。これは珍しいことではありません。知識として持っていることと、それを一瞬で使えることは別の力だからです。
DeKeyser(1997)は、参加者に人工言語の文法規則を教えてから、8週間にわたってコンピューターで練習させました。ある規則は「文を聞いて絵を選ぶ」理解の練習で、別の規則は「絵を見て文を打つ」産出の練習で鍛えました。結果は、練習の効果がその練習の使い方に強く結びつくというものでした。理解の練習をした規則は理解が速く正確になり、産出の練習をした規則は産出が伸びた。そして伸び方は、ほかの技能と同じように、最初は大きく、だんだんゆるやかになる曲線を描きました。
ここから言えるのは、次の2つです。
- 読む・聞く練習だけでは、話す力は思ったほど伸びない。話す力は話す練習で育つ。
- 自動化には時間がかかる。同じ表現を何度も使うことで、少しずつ速くなる。
たとえば、次の文を知っている人は多いはずです。
- If I were you, I'd talk to her first.(私なら、まず彼女と話すかな)
でも友だちに相談されて、2秒以内にこれを口にできるかというと、話は別です。知識を「使える形」にするには、実際に何度も口から出す必要があります。
03話す練習の量を、一度だけ計算してみる
次に、これまでどれくらい英語を「話して」きたかを考えてみます。ここでは分かりやすくするために、仮の数字で計算します。
| 条件(仮) | 数字 |
|---|---|
| 1回の授業で、ペアやグループで英語を話す時間 | 10分 |
| そのうち自分が話している時間(相手と半分ずつ) | 約5分 |
| 1週間の英語の授業 | 4回 |
| 1年間の授業週 | 35週 |
5分×4回×35週で、1年に約700分、つまり約12時間です。中学と高校の6年間を合わせても70時間ほど。しかも実際には、授業で話す時間がもっと短い日も多いはずです。
ピアノを1年で12時間しか弾いていない人が、人前で即興演奏できないのは当然です。英語も同じで、話せないのは「頭が悪いから」でも「日本人だから」でもなく、話すという技能の練習時間が足りていないだけ、という見方ができます。
逆に言えば、1日10分の独り言を毎日続けるだけで、1年で約60時間。上の計算の5年分に相当します。練習量は、思っているより簡単に増やせます。
04不安はブレーキ。でも性格の問題ではない
英語を話す場面で、心臓がどきどきして言葉が出ない。これも多くの人が経験します。外国語を使う場面での不安は、数十年にわたって研究されてきたテーマです。
Teimouri・Goetze・Plonsky(2019)は、23か国・97の報告(参加者は合計約2万人)をまとめて、外国語の不安と成績の関係を調べました。相関の平均は r = −.36。不安が高い人ほど成績が低い傾向が、はっきりと見られました。ただし相関なので、「不安だから成績が下がる」のか「うまくできないから不安になる」のか、向きは一つに決められません。おそらく両方が回り合っています。
また、話せる力があっても話そうとしない人がいることも知られています。研究者はこれを WTC(話そうとする気持ち) と呼びます。日本の大学生297人を調べた八島(Yashima, 2002)の研究では、国際的なことへの関心が動機を高め、動機が「英語で話す自信」を通して WTC につながる、というモデルがデータによく合いました。
ここから言えるのは、自信は「話せた経験」から育つということです。いきなり人前で話すのではなく、
- 1人で言える(独り言)
- 準備すれば言える(台本つき)
- 準備なしでも言える(会話)
と段階を踏めば、不安は小さくなりやすい。不安を気合いで消そうとするより、成功体験の階段を作るほうが確実です。
05あなたの「詰まり」はどこ? 5つのタイプ
話せないといっても、詰まる場所は人によって違います。症状から原因を見分けて、練習を選びましょう。
| よくある症状 | 詰まっている工程 | 合う練習(この章の節) |
|---|---|---|
| 言いたいことはあるのに、文を組み立てるのが遅い | 形式化が手作業 | 瞬間英作文、4/3/2 |
| 単語が1つ出てこないと、そこで止まる | 言い換えの技術がない | 言い換え術 |
| 何を話せばいいか浮かばない | 概念化(話す中身) | 独り言、リテリング |
| 相手の英語は分かるのに、返事が続かない | 会話のやりとりの型 | 会話をつなぐ技術 |
| 1人なら言えるのに、人前だと固まる | 不安・場数 | オンライン英会話、段階的な練習 |
多くの人は2つか3つが重なっています。全部を一度に直そうとせず、いちばん困っているものから1つ選ぶのがコツです。
たとえば「単語が1つ出てこないと止まる」タイプなら、知らない単語を説明する型を5つ覚えるだけで、会話が止まる回数はかなり減ります。「何を話せばいいか浮かばない」タイプなら、毎日の出来事を1分で話す習慣が効きます。
06練習の「種類」を変える3つの原則
ここまでの話をまとめると、話せるようになるための練習には3つの原則があります。
1. 口から出す回数を増やす
読む・聞くだけでは話す力は伸びにくい。1日の英語学習のうち、少なくとも10分は声に出して「自分の文」を作る時間にします。
2. 同じことを何度も言う
新しい話題を次々に話すより、同じ話を繰り返すほうが自動化が進みます。同じ話を3回、時間を短くしながら話す「4/3/2」は、この考え方をそのまま形にした練習です。
3. 小さく成功する
いきなり完璧な英語で長く話そうとしない。短く、簡単な単語で、でも最後まで言い切る。その成功が自信になり、次に話そうとする気持ちを支えます。
具体的には、次のような1日10分から始められます。
- 2分:昨日の出来事を英語で独り言(実況や日記)
- 3分:言えなかった表現を調べてメモ
- 5分:同じ話をもう一度、2回くり返す
ポイント:話せない原因は「知識の量」より「練習の種類」。今日から、読む時間の一部を話す時間に回すだけで変わり始めます。
話す力は「知識」ではなく「自動化された技能」。練習の種類を変える。
今日からのやり方
- 下の表の5つのタイプから、自分にいちばん近い「詰まり」を1つ選ぶ
- 1日の英語学習のうち10分を「自分の文を声に出す時間」に変える
- 昨日の出来事を英語で1分話し、スマホで録音する
- 言えなかった単語や表現をメモし、調べてから同じ話をもう一度する
- 1週間続けたら、最初と最後の録音を聞き比べる
レベル別:あなたならこうする
中学1〜2年の文型で十分です。I went to ~. It was ~. の2文から始め、1日3文を声に出すことを目標にします。完璧な文より、最後まで言い切ることを優先しましょう。
知識はあるのに組み立てが遅い段階です。同じ話題を2〜3回くり返して話し、2回目以降でどれだけ止まらずに言えるかを録音で確かめます。
詰まるのは語彙の細部や抽象的な話題です。意見を言う場面を想定し、準備なしで1分話す練習を重ね、言い換えで逃げずに済んだ表現を記録します。
よくある失敗と対策
知識を増やしても、取り出す練習をしなければ話す速さは上がりません。今ある知識で話し始め、足りないものを話しながら見つけるほうが早道です。
新しい話題ばかりだと、毎回ゼロから組み立てることになり自動化が進みません。同じ話を何度もくり返すことで、使った表現が速く出るようになります。
不安は根性では消えにくいものです。1人で言える→準備すれば言える→準備なしで言える、と段階を作り、小さな成功を重ねましょう。
1 MIN
昨日の出来事を英語3文で声に出し、スマホで録音する
友だちに出したい、この節の3問
タップで答え。「X で出題する」で、そのまま問題として出せます。
10-1ふつうの会話で、人は1秒に何語を取り出している?
心理言語学者の Levelt によると、私たちは何万語もある頭の辞書から、ふつうの会話で1秒に2〜3語のペースで単語を取り出し、しかもほぼ自動で行っています。学習者が追いつけないのは当然の速さです。
10-1英語を読む練習をたくさんすれば、自然に話せるようになる?
人工言語で文法の練習を8週間続けた DeKeyser(1997)の実験では、理解の練習は理解だけ、産出の練習は産出だけが伸びました。練習の効果は「練習したその使い方」に強く結びつきます。
10-1英語を話すときの不安は、成績とどれくらい関係する?
97の報告(約2万人)をまとめたメタ分析では、不安と成績の相関は平均で r = −.36。無視できない関係ですが、不安があると必ず話せない、という意味ではありません。
PRACTICE KIT
この節の実践キット
この節に関係する特集
特集AIと声で英会話 完全ガイドChatGPT・Gemini Live・Grok の音声会話を、英語の練習相手にする方法このサイトで練習する
使えるサイト・アプリ
動画で学ぶ
もっと詳しく(コラム)
この節の根拠(研究・公式情報)
話すことは、概念化・形式化(文法と音の組み立て)・調音・自己モニターが協力する複雑な技能。会話では頭の辞書から1秒に2〜3語を、ほぼ自動で取り出していると説明。
Levelt, W. J. M. (1995). The ability to speak: From intentions to spoken words. European Review, 3(1), 13–23.出典を開く ↗61人が人工言語の文法を学び8週間練習。理解と産出の練習効果はそれぞれの技能に特有で、技能は一般的な技能習得と同じ曲線でゆっくり伸びた。
DeKeyser, R. M. (1997). Beyond explicit rule learning: Automatizing second language morphosyntax. Studies in Second Language Acquisition, 19(2), 195–221.出典を開く ↗23か国・97の報告(N=19,933)を統合。外国語の不安と成績の相関は平均 r = −.36 で、不安は学習にマイナスに働くことを示した。
Teimouri, Y., Goetze, J., & Plonsky, L. (2019). Second language anxiety and achievement: A meta-analysis. Studies in Second Language Acquisition, 41(2), 363–387.出典を開く ↗日本の大学生297人のデータで、国際的な関心が動機を高め、動機が英語で話す自信を通して「話そうとする気持ち(WTC)」につながるモデルが支持された。
Yashima, T. (2002). Willingness to communicate in a second language: The Japanese EFL context. The Modern Language Journal, 86(1), 54–66.出典を開く ↗よくある質問
何年も勉強したのに話せないのは才能がないから?
才能より練習の種類の問題であることがほとんどです。読む・聞く・解く練習が中心だった人は、話す技能の練習時間がまだ少ないだけ。今日から話す時間を足せば伸び始めます。
まず単語をもっと覚えるべき?
中学で習う単語と文型だけでも、日常のかなりの内容は言えます。単語を足すのは並行して続けつつ、今ある語彙を速く使う練習を先に増やすのがおすすめです。
人前だと緊張してしまいます。どうすれば?
1人で言える段階を十分に作ってから人前に出ると、緊張はやわらぎやすくなります。話す内容を事前に1回声に出しておく、短い自己紹介を丸ごと言えるようにしておく、などの準備が効きます。




