大学生の英語学習が抱える動機づけの課題
大学入学までの英語学習は、多くの場合「入試」という分かりやすい目標に支えられています。入学後、その目標がなくなると、英語を学ぶ理由が急に見えにくくなる学生が出てきます。
よく見られる声には、次のようなものがあります。
- 「卒業に必要だから取っているだけ」
- 「専攻の勉強で精一杯で、英語まで手が回らない」
- 「高校でやったことの繰り返しに感じる」
- 「英語を使う自分が想像できない」
これらは怠けているわけではなく、学ぶ理由と今の授業が結びついていない状態だと考えられます。動機づけ研究は、この結びつきをどう作るかについて、いくつかの見取り図を示してくれます。
「理想の自分」と動機づけ:L2動機づけ自己システム
第二言語の動機づけ研究で広く知られている枠組みに、Zoltán Dörnyeiが提唱したL2動機づけ自己システム(L2 Motivational Self System)があります。これは、次の3つの要素で学習の動機を捉える考え方です。
- 理想のL2自己:英語を使いこなしている、なりたい自分のイメージ
- 義務的なL2自己:周囲の期待に応えるため、または悪い結果を避けるために「こうあるべき」と感じる自分
- L2学習経験:教室や教師、仲間など、今まさに学んでいる環境での経験
この枠組みに照らすと、大学生の動機づけを支えるには、英語を使う未来の自分を具体的に描けるようにすることと、今の授業の経験を良いものにすることの両方が大切だと考えられます。
ポイント:「将来役に立つよ」と教師が言うだけでは、学生自身の理想の自分にはなりません。学生が自分の言葉で未来を描く機会を作ることが大切です。
自律性・有能感・関係性:自己決定理論の視点
もう一つ、教育の分野で広く使われているのが、DeciとRyanによる自己決定理論です。この理論では、人が意欲的に取り組むためには次の3つの基本的な欲求が満たされることが大切だと考えます。
- 自律性:自分で選んでいる、決めているという感覚
- 有能感:自分はできる、成長しているという感覚
- 関係性:周りの人とつながっている、受け入れられているという感覚
授業に置き換えると
- 自律性:発表のテーマ、読む本、課題の形式に選択肢を用意する
- 有能感:少し頑張ればできる課題を段階的に並べ、できたことを見える形にする
- 関係性:ペアやグループの活動で、互いの名前を呼び合い、助け合う場面を作る
たとえば、プレゼンテーションの課題で「自分の専攻に関係するテーマを3つの候補から選ぶ」ようにするだけでも、自律性の感覚は高まります。
初回授業でできる「未来の自分」を描く活動
動機づけ研究の知見を最も生かしやすいのが、学期の最初の授業です。次の活動は、30分ほどで実施できます。
活動の流れ
- 想像する(5分):「10年後、英語を使っている場面」を具体的に想像させる。どこで、誰と、何のために使っているか
- 書く(10分):その場面を英語で3〜5文書く。例を示す
- I am working at a pharmaceutical company in Osaka.
- I am explaining our research results to a team in Singapore online.
- I can answer their questions without reading my notes.
- 共有する(10分):ペアで読み合い、相手の未来について質問を1つする
- 今学期とつなぐ(5分):「その場面に近づくために、この授業で身につけたいことを1つ」書く
学期の途中と最後にこの紙を読み返す時間を作ると、授業の活動と未来の自分とのつながりを学生自身が確認できます。
学期の途中でやる気が下がったときの対応
学期の中盤は、課題の締め切りが重なり、欠席や未提出が増えやすい時期です。この時期に教師ができることを挙げます。
- 短い振り返りを入れる:「この授業で前よりできるようになったこと」を1つ書かせる。有能感を思い出すきっかけになります
- 課題の量と難しさを見直す:未提出が急に増えたら、課題の設計に問題がないか確かめる
- 個別に声をかける:欠席が続く学生には、責める口調ではなく「最近どうですか。何か困っていることはありますか」と連絡する
- 小さな成功を作る:次の授業で、ほぼ全員ができる活動を1つ入れる
1週間でできる立て直しメニュー(教師用)
- 月:出席と提出の記録を見て、気になる学生を把握する
- 水:授業の冒頭で振り返りの時間を5分とる
- 金:翌週の課題を1つ減らすか、選択式にする
やる気は学生の中だけにあるものではなく、授業や環境との関係の中で変化するものだと考えると、教師にできることが見えてきます。
グループ活動で「関係性」を育てる具体例
大学の英語授業は、学部や学科が異なる学生が集まることも多く、学期の終わりまで互いの名前を知らないまま、ということも珍しくありません。関係性の欲求を満たすためには、意図的に仕掛けを作る必要があります。
最初の3週間でできる工夫
- 第1週:名札を用意し、ペア活動の最初に必ず名前を呼ぶルールにする
- Hi, I'm Ken. Nice to meet you, Aya.
- 第2週:4人グループで「共通点探し」をする。5分間で共通点を3つ見つける
- We all like cats. / We all live in Saitama. / None of us can cook.
- 第3週:グループごとに役割(司会、記録、時間係、発表係)を決め、毎回交代する
学期の途中で
- グループの組み替えは、学期中に2〜3回にとどめる。毎回変えると関係が深まりにくく、固定しすぎると広がりがなくなります
- 欠席者が出たグループには、次の授業の最初に「前回の内容を2分で説明する」役割を他のメンバーに任せる
互いに顔と名前が分かる教室では、間違えることへの不安が小さくなり、発言が増えやすくなります。
よくある失敗:「やる気を出させる」ことに力を入れすぎる
1. 励ましの言葉だけで終わる
「頑張ろう」「英語は大事」と伝えるだけでは、行動は変わりにくいものです。具体的な行動の選択肢を示しましょう。
2. 外からのご褒美に頼りすぎる
加点やポイントは短期的には効果がありますが、それだけに頼ると、ご褒美がなくなったときに学習が止まることがあります。
3. 全員に同じ理由を求める
英語を学ぶ理由は、留学、就職、趣味、研究など人それぞれです。一つの理由を押しつけず、学生それぞれの理由を尊重しましょう。
4. 研究の概念を学生に説明しすぎる
理論は教師が授業を設計するための道具です。学生に用語を覚えさせる必要はありません。
まずは次の授業で、学生に「この授業で前よりできるようになったこと」を1つ書いてもらうところから始めてみてください。



