ピラミッドを造ったのは奴隷じゃなかった? 発掘された「労働者の村」の食卓

読む前に予想してみよう!
ピラミッドの近くでは、建設に関わった人たちのお墓が見つかっている
ギザの大ピラミッドのそばで労働者の墓地が見つかり、奴隷ではなく敬意をもって葬られていたと考えられている。
- 対象
- ギザの労働者の町・墓地とワディ・エル・ジャルフのパピルス
- 規模
- 発掘された集落跡・墓・文書
- 研究の種類
- 考古学的発掘調査
- 確かさ
- ★★★★☆
ギザでは労働者の村や墓が見つかり、肉を食べ、ケガの治療も受けていた跡が。「ムチで打たれる奴隷」像は、今の考古学ではほぼ否定されている。
ひとことで言うとピラミッドを作ったのは、ごはんと手当てをもらえる国の作業チームだった!
ピラミッドの建設と聞いて、どんな場面を想像しますか?
灼熱の砂漠で、鎖につながれた大勢の奴隷が、ムチで打たれながら巨大な石を引っぱる――。映画やマンガで何度も見てきたイメージですよね。
ところが、ここ数十年の発掘で、この「奴隷が造った説」はほぼ否定されています。見つかったのは、ちゃんとごはんを食べ、ケガをすれば治療を受けていた「働く人たちの村」だったのです。
01「奴隷説」はどこから来た?
奴隷のイメージが広まったきっかけの1つが、古代ギリシャの歴史家ヘロドトスの記録です。彼はピラミッドが完成してから約2000年後(紀元前5世紀)にエジプトを旅し、「10万人が3か月交代で働かされた」といった話を書き残しました。
ただし、ヘロドトスは建設を見たわけではなく、ずっと後の時代の伝え聞きを書いています。さらに後の時代の映画などが、そのイメージをふくらませていきました。
02砂の下から出てきた「労働者の村」
転機になったのが、ギザの大ピラミッドの南側で進められた発掘です。アメリカの考古学者マーク・レーナーらのチーム(古代エジプト研究協会・AERA)は、1980年代末から、ピラミッド建設者たちが暮らしていた町の跡(アラビア語で「カラスの壁」を意味するヘイト・エル=グラブ遺跡)を掘り進めてきました。
そこから見つかったのは、こんなものです。
- 大量のパンを焼いたと考えられるパン工房の跡
- 牛・羊・ヤギの骨が大量に(かなりの量の肉が食べられていた)
- 寝泊まりするための長屋のような建物
- 魚の骨や、ビールづくりに関わる道具の跡
奴隷を最低限だけ生かしておく、という暮らしぶりとはかなり違います。むしろ、国が大量の食料を用意して、働き手をしっかり食べさせていたと考えられています。

03お墓に刻まれた「誇り」
1990年には、ピラミッドのそばで労働者たちのお墓も見つかりました(エジプトの考古学者ザヒ・ハワスらが調査)。王のピラミッドの近くに葬られること自体、名誉なことだったと考えられています。
お墓の中には、「ピラミッドの○○側の監督」といった仕事の肩書きが記されたものもありました。さらに、骨を調べると、骨折がきれいに治った跡や、治療を受けたと思われる跡も見つかっています。ケガをしたら手当てを受けられたのです。一方で、背骨や関節には重い物を運び続けたことによる負担の跡も多く、仕事が過酷だったことも骨は語っています。
044500年前の「仕事の日誌」
もっと直接的な証拠もあります。
日誌からは、作業員が組織だったチームとして動き、食料などの支給を受けながら、計画的に仕事を進めていた様子が読み取れます。
05じゃあ自由なボランティアだったの?
ここは少し注意が必要です。
つまり、現代の会社員のような自由な働き方ではないけれど、ムチで追い立てられる奴隷とも違う。国家プロジェクトに参加する、食事と手当てつきの働き手、というのが今の考古学が描く姿です。
ただし、「奴隷か、そうでないか」という区別自体が、古代エジプトの社会には当てはめにくいという指摘もあります。当時は、国に労働を差し出すことが税の一種でもあり、現代の「自由な労働」とも「奴隷労働」とも違う、その中間のような立場だったと考えられています。
06まとめ
- 「奴隷がムチで打たれて造った」イメージは、のちの時代の伝聞や映画の影響が大きい
- ギザの労働者の村からは、パン工房や大量の家畜の骨が見つかった
- 労働者の墓には肩書きが刻まれ、ケガの治療跡もあった
- 最古級のパピルス「メレルの日誌」が、組織的な石の運搬を記録していた
巨大な石の山の裏側には、パンを焼き、肉を分け合い、仲間のケガを手当てしていた人たちの暮らしがありました。ピラミッドは「誰が」造ったのか――その答えは、少しずつ人間らしい姿になってきています。
この研究を英語で読もう原田英語の English CornerThe image of slaves building the pyramids comes partly from Herodotus, a Greek historian who visited Egypt…
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原田英語の English Corner
この研究を英語で読もう
Many movies show slaves building the pyramids while being hit with whips. But scientists have found a workers' town near the pyramids at Giza. The workers had bakeries and ate a lot of meat.
Some workers had broken bones that healed well, so they got medical care. They were buried near the pyramid with their job titles. So the builders were probably not whipped slaves.
65 words ・ CEFR A2
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多くの映画では、奴隷がムチで打たれながらピラミッドを建てる様子が描かれています。しかし科学者たちは、ギザのピラミッドの近くで労働者の町を見つけました。労働者たちにはパン工房があり、肉をたくさん食べていました。
骨折がきれいに治っていた労働者もいたので、彼らは手当てを受けていたのです。彼らは仕事の肩書きとともに、ピラミッドの近くに葬られていました。だから、建設者たちはおそらくムチで打たれる奴隷ではなかったのです。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the passage mainly about?
ピラミッドを建てたのは奴隷ではなかったらしい、という話なので C。
Q2. What did scientists find in the workers' town?
The workers had bakeries and ate a lot of meat. とあるので D。
Q3. In this passage, "healed" means ...
heal は「(けがが)治る」。骨折がきれいに治っていた、という意味なので A。
The image of slaves building the pyramids comes partly from Herodotus, a Greek historian who visited Egypt about 2,000 years after they were finished. Since the late 1980s, however, archaeologists led by Mark Lehner have excavated a town south of the Great Pyramid where the builders lived. They found large bakeries, places to sleep, and huge numbers of cattle, sheep, and goat bones, which show that workers were well fed.
In 1990, workers' tombs were also discovered near the pyramids, and some skeletons showed broken bones that had been treated. Most researchers now think the builders were organized teams, including skilled workers and farmers who took turns working for the state.
111 words ・ CEFR B1
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奴隷がピラミッドを建てたというイメージは、ピラミッドの完成から約2000年後にエジプトを訪れたギリシャの歴史家ヘロドトスに一部由来しています。しかし1980年代の終わりから、マーク・レーナーが率いる考古学者たちは、大ピラミッドの南で、建設者たちが暮らしていた町を発掘してきました。彼らは、大きなパン工房や寝る場所、そして大量の牛・羊・ヤギの骨を見つけました。これらは、労働者たちが十分に食べていたことを示しています。
1990年にはピラミッドの近くで労働者の墓も見つかり、一部の骨格には治療された骨折の跡がありました。現在ほとんどの研究者は、建設者たちは熟練した職人と、交代で国のために働く農民などからなる組織されたチームだったと考えています。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the main idea of the passage?
町や墓の発掘から、十分に食べ治療も受けた労働者が建てたと考えられる、という内容なので B。
Q2. Why is Herodotus's account not fully reliable?
who visited Egypt about 2,000 years after they were finished とあり、建設を見ていないので D。
Q3. What do the treated broken bones suggest?
骨折が治療されていた(had been treated)ことから、けがをした労働者は手当てを受けられたと推論できるので C。
The popular image of whipped slaves dragging stones to build the pyramids comes partly from Herodotus, a Greek historian who visited Egypt some two thousand years after they were completed and relied on hearsay. Since the late 1980s, excavations south of the Great Pyramid have uncovered the builders' town. It had large bakeries and barrack-like housing, along with vast quantities of cattle, sheep, and goat bones.
Nearby tombs, discovered in 1990, bear job titles. Skeletons show healed fractures, which are evidence of medical care, along with spinal wear from heavy labor. In 2013, French archaeologists at Wadi al-Jarf, an ancient Red Sea port, found some of the oldest surviving papyri.
Among them was the logbook of an inspector named Merer, whose team of about 40 men shipped limestone from Tura to Giza late in Khufu's reign. Most scholars now favor a corvée system, in which skilled craftsmen worked alongside farmers who served rotating shifts as a form of tax.
Some gaps are hard to close. Meat may not have been shared equally. Whether rotating farmers were buried there is unclear. And Merer's diary is a record of shipping stone. It says nothing about how the pyramid itself was raised.
199 words ・ CEFR B2
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ムチで打たれた奴隷が石を引きずってピラミッドを建てたというおなじみのイメージは、一部はギリシャの歴史家ヘロドトスに由来しています。彼はピラミッドの完成からおよそ2000年後にエジプトを訪れ、伝聞に頼って書きました。1980年代の終わりから、大ピラミッドの南での発掘によって、建設者たちの町が明らかになってきました。そこには大きなパン工房や長屋のような住居があり、膨大な量の牛・羊・ヤギの骨も見つかっています。
1990年に見つかった近くの墓には、仕事の肩書きが刻まれています。骨格には、医療的な手当ての証拠である治った骨折の跡や、重労働による背骨のすり減りが見られます。2013年、フランスの考古学者たちが紅海沿岸の古代の港ワディ・エル・ジャルフで、現存する最古級のパピルスを発見しました。
その中に、メレルという監督官の業務日誌がありました。彼の約40人のチームは、クフ王の治世の終わりごろ、トゥラからギザへ石灰岩を船で運んでいたのです。現在、多くの研究者は「賦役」のしくみを支持しています。
熟練した職人が、税の一種として交代制で働く農民たちと一緒に働いていたという考え方です。ただし、埋めにくい空白もあります。肉は均等に分けられていなかったかもしれません。交代で働いた農民たちがそこに葬られたのかどうかは、はっきりしません。そしてメレルの日誌は、石を運んだ記録です。ピラミッドそのものがどう建てられたかについては、何も書かれていません。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the main point of the passage?
発掘や文書は奴隷説と矛盾するが、埋めにくい空白もある、という内容なので A。
Q2. What did Merer's team do?
whose team of about 40 men shipped limestone from Tura to Giza とあるので B。
Q3. Which limitation of the evidence does the author mention?
Whether rotating farmers were buried there is unclear. とあり、交代で働いた農民の姿が墓からは見えにくいという限界なので D。
重要単語
- excavationC1名詞発掘The excavation revealed a whole town.
ex-(外へ)+cavate(掘る)。cave(洞窟)と同語源。動詞 excavate。 - laborerB2名詞労働者Thousands of laborers worked on the pyramid.
labor(労働)+-er。英つづりは labourer。manual labor「肉体労働」。 - papyrusC1名詞パピルス(古代の紙)Some of the oldest papyrus documents were found at an ancient port.
paper(紙)の語源。複数形は papyri。 - cemeteryB2名詞墓地Workers were buried in a cemetery near the pyramid.
つづりは -tery(-tary ではない)に注意。tomb は「(一つの)墓」。 - corvéeC1名詞賦役(国に課される労働)Farmers may have served in a corvée system.
フランス語由来。発音は /kɔːrˈveɪ/。税の代わりに労働を納めるしくみ。 - hearsayC1名詞伝聞、うわさHis account was based on hearsay.
hear+say で「人が言うのを聞いたこと」。法律では「伝聞証拠」の意味。
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- Tallet & Marouard (2014) The Harbor of Khufu on the Red Sea Coast at Wadi al-Jarf, Egypt, Near Eastern Archaeologydoi.org
- Tavares (2011) Village, town and barracks: a fourth-dynasty settlement at Heit el-Ghurab, Giza, Old Kingdom, New Perspectives(Oxbow Books)doi.org
- Mahmoud, Eissa & Taylor (2015) Bread and Bakeries at the Heit el-Ghurab Site, Settlement and Cemetery at Giza(Oxbow Books)doi.org
※本記事は上記の研究・公開資料をもとに、原田英語が独自の言葉で解説したものです。引用は著作権法第32条の範囲で行い、出典を明記しています。画像はすべてオリジナルのイメージです。研究結果には限界や個人差があります。誤りのご指摘は原田英語のお問い合わせフォームから。












