「ガラスは実はゆっくり流れる液体」説、教会の古い窓で検証したら?

読む前に予想してみよう!
ヨーロッパの古い教会の窓ガラスが下ほど厚いのは、ガラスが長い年月で流れ落ちたからだ
昔の作り方では厚さにムラが出るため。厚い側を下にしてはめることが多かっただけ。
- 対象
- 中世の教会ガラスと同じ組成のガラス
- 規模
- 粘度の推定と測定
- 研究の種類
- 理論計算+実験
- 確かさ
- ★★★★☆
「古い教会の窓ガラスは下が厚い=流れた証拠」は誤解。室温のガラスが目に見えて流れるには宇宙の年齢をはるかに超える時間が必要。
ひとことで言うとガラスは液体じゃない。ちょっと変わった「固体」だよ!
「ガラスって実は液体なんだよ。何百年もかけて、ゆっくり下に流れてるんだ」
こんな話を、理科の時間や雑学の本で聞いたことはありませんか? 証拠としてよく挙げられるのが、ヨーロッパの古い教会の窓ガラスは下のほうが厚いという話です。
いかにもありそうなこの説。でも、科学者がきちんと計算してみたら、答えは「ほぼありえない」でした。
01「下が厚い窓ガラス」は本当にある
まず、話のタネになっている現象そのものは本当です。中世ヨーロッパの教会などに残る古い窓ガラスには、たしかに上が薄く、下が厚くなっているものがあります。
これを見た人が「重力で少しずつ下に流れたんだ!」と考えたのが、この説の始まりだといわれています。説明としては、とてもわかりやすいですよね。
でも、もし本当に流れたのなら、おかしな点がいくつも出てきます。
- 厚い側が上や横になっている古い窓ガラスも見つかっている
- 中世の窓ガラスよりずっと古い、古代ローマやエジプトのガラス製品が形を保ったまま残っている
- 古い望遠鏡のレンズも、何百年たっても使えるほどの精度を保っている
02流れるのに必要な時間は「宇宙の年齢」超え
その後、アメリカの研究チーム(ガルビテンら)は2017年、ロンドンのウェストミンスター寺院のステンドグラスに近い組成のガラスで改めて計算しました。中世のガラスは今の窓ガラスより流れやすい組成なのですが、それでも室温で流れる量は10億年かけて最大およそ1ナノメートル(髪の毛の太さの10万分の1ほど)。目で見える変形には、まったく届きません。
「ねばりけ」とは、物の流れにくさのこと。水はサラサラ、はちみつはトロトロ、と表現しますね。
室温のガラスのねばりけは、はちみつどころではありません。たとえるなら、何百年待っても、目で見てわかる変形はまったく起きないくらい。中世の窓が流れて厚くなるなんて、とても間に合わないのです。
03では、なぜ下が厚かったの?
答えは昔の作り方にあります。
昔の板ガラスは、吹いて作った筒を切り開いて平らにする「円筒法」や、中世の終わりごろから広まった「クラウン法」などで作られていました。クラウン法は、溶けたガラスの玉を棒の先につけてぐるぐる回し、遠心力で平たい円盤に広げるやり方です。ピザ職人が生地を回して広げる姿をイメージしてください。
どちらの方法でも、どうしても厚さにムラができます。職人がその板を切り分けて窓にはめるとき、安定させるために厚い側を下にすることが多かった、と考えられています。

04じゃあガラスって固体?液体?
ここからが、じつは科学的にいちばん面白いところです。
ふつうの固体(氷や鉄など)は、原子がきれいに整列しています。一方、ガラスの原子は液体のようにバラバラな並びのまま、動きだけがピタッと止まった状態です。これを「アモルファス(非晶質)固体」と呼びます。
たとえるなら、ふつうの固体は「整列した運動会の入場行進」、ガラスは「人ごみが、その瞬間で一時停止した写真」のようなもの。並び方は液体っぽいけれど、動けないので性質としては固体です。
ただし、液体がどうやって「ガラス」に変わるのか(ガラス転移)という問題は、いまも物理学の大きな研究テーマです。ノーベル物理学賞を受けたフィリップ・アンダーソンも1995年に Science 誌で、ガラスとガラス転移の理論は固体物理の最も深い未解決問題かもしれないと述べています。「ガラスは液体」説は誤りでも、ガラスがふしぎな物質であることは間違いないのです。
05まとめ
- 「古い窓ガラスは流れて下が厚くなった」はウソ
- 室温のガラスが目に見えて流れるには、宇宙の年齢を超える時間が必要
- 下が厚いのは、昔の製法のムラと、はめ方のクセが原因
- ガラスは「液体みたいな並びのまま固まった固体」
身近なコップや窓ガラスも、じつは物理学者を悩ませ続けている謎の物質。次にガラスを手に取ったら、「止まった人ごみ」を思い出してみてください。
この研究を英語で読もう原田英語の English CornerA popular story says that glass is actually a liquid that flows very slowly.
音声
4択クイズ9問A2・B1・B2タップして開く
原田英語の English Corner
この研究を英語で読もう
Some people say that glass is really a slow liquid. They point to old church windows in Europe. These windows are often thicker at the bottom.
But scientists say this is a myth. Glass at room temperature would need longer than the age of the universe to flow. The windows are thicker at the bottom because old glass was not even, and workers put the thick side down.
68 words ・ CEFR A2
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ガラスは実はゆっくり流れる液体だ、と言う人がいます。その人たちは、ヨーロッパの古い教会の窓を例に挙げます。こうした窓は、下のほうが厚いことが多いのです。
しかし科学者たちは、これは作り話だと言います。室温のガラスが流れるには、宇宙の年齢より長い時間が必要なのです。窓の下が厚いのは、昔のガラスは厚さが均一ではなく、職人が厚い側を下にしてはめたからです。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the passage mainly about?
「ガラスはゆっくり流れる液体」という説が本当かどうかがテーマなので C。
Q2. Why are some old windows thicker at the bottom?
workers put the thick side down とあるので A。ガラスが流れたからではない。
Q3. In this passage, "myth" means ...
myth は「神話」のほか「(根拠のない)俗説」の意味。科学者が否定しているので B。
A popular story says that glass is actually a liquid that flows very slowly. As proof, people point to old church windows in Europe that are thicker at the bottom. However, some old windows are thicker at the top or side, and ancient Roman and Egyptian glass objects have kept their shape.
In 1998, Brazilian scientist Edgar Zanotto calculated how long medieval glass would take to change shape visibly at room temperature, and the answer was far longer than the age of the universe. The real reason is how glass was made: old methods produced uneven sheets, and workers often placed the thicker edge at the bottom. Glass is an unusual solid whose atoms are not neatly arranged.
118 words ・ CEFR B1
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ガラスは実はとてもゆっくり流れる液体だ、というよく知られた話があります。その証拠として、人々は下のほうが厚いヨーロッパの古い教会の窓を挙げます。しかし、上や横のほうが厚い古い窓もありますし、古代ローマやエジプトのガラス製品は形を保っています。1998年、ブラジルの科学者エドガー・ザノットは、中世のガラスが室温で目に見えて形を変えるのにどれくらいかかるかを計算し、その答えは宇宙の年齢よりはるかに長いものでした。
本当の理由はガラスの作り方にあります。昔の方法では厚さにムラのある板ができ、職人は厚いほうの端を下にしてはめることが多かったのです。ガラスは、原子がきれいに並んでいない、変わった固体なのです。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the main point of the passage?
ガラスが流れるという説を、反例と計算で否定しているので A。
Q2. What did Zanotto's calculation show?
the answer was far longer than the age of the universe とあるので D。
Q3. Why does the writer mention glass objects from ancient Rome and Egypt?
教会の窓よりずっと古いのに形を保っている例として挙げ、ガラスは流れない証拠にしているので C。
Some medieval church windows are thicker at the bottom than at the top. It is the usual evidence for the idea that glass is a slowly flowing liquid. The idea soon runs into trouble. Some old panes are thicker at the top or side, and much older Roman and Egyptian glassware, along with centuries-old telescope lenses, has kept its precise shape.
In 1998, materials scientist Edgar Zanotto estimated the room-temperature viscosity of glass similar to medieval glass. He concluded that visible sagging would take far longer than the age of the universe. A 2017 study looked at a composition resembling stained glass at Westminster Abbey, which flows more easily than modern window glass.
Even that would move at most about one nanometer over a billion years. The two studies used different models and reached different viscosity estimates, but both rule out noticeable flow. Glass is an unusual solid, to be fair.
Its atoms are frozen in a disordered, liquid-like arrangement, and scientists are still working out exactly how a liquid becomes glass. The thick bottoms of old windows have a simpler cause. Medieval manufacturing methods produced uneven sheets, and workers tended to install them with the heavier edge down.
199 words ・ CEFR B2
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中世の教会の窓の中には、上より下のほうが厚いものがあります。これが、ガラスはとてもゆっくり流れる液体だという考えの証拠としてよく挙げられるものです。しかし、この考えはすぐに行き詰まります。上や横のほうが厚い古い窓ガラスもありますし、はるかに古いローマやエジプトのガラス器も、何百年も前の望遠鏡のレンズも、正確な形を保っているのです。
1998年、材料科学者のエドガー・ザノットは、中世のものに似たガラスの室温での粘度を推定しました。そして、目に見えるほどたわむには宇宙の年齢よりはるかに長い時間がかかると結論づけました。2017年の研究は、現代の窓ガラスより流れやすい、ウェストミンスター寺院のステンドグラスに似た組成を調べました。
それでさえ、10億年かけて最大で約1ナノメートルしか動かないというのです。2つの研究は異なるモデルを使い、粘度の推定値も異なりますが、どちらも目に見える流れを否定しています。とはいえ、ガラスが変わった固体であるのは確かです。
原子は液体のようなバラバラな並びのまま固まっており、液体がどのようにしてガラスになるのかは、科学者たちが今も正確に解き明かそうとしているところです。古い窓の下が厚い理由は、もっと単純です。中世の製法では厚さにムラのある板ができ、職人は重いほうの端を下にしてはめる傾向があったのです。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the main idea of the passage?
ガラスは目に見えて流れないが、ガラス転移など謎の多い物質だ、という内容なので D。
Q2. What did the 2017 study find?
Even that would move at most about one nanometer over a billion years. とあるので B。
Q3. What does the author mean by saying that both studies "rule out noticeable flow" despite different estimates?
モデルや推定値は違っても、どちらの研究でも目に見える流れは起こらないという結論は同じ、という意味なので A。
重要単語
- viscosityC1名詞粘度(ねばりけ)Honey has a higher viscosity than water.
形容詞 viscous(ねばねばした)。high / low viscosity で程度を表す。 - amorphousC1形容詞非晶質の、結晶でないGlass is an amorphous solid.
a-(ない)+morph(形)。「形のはっきりしない」という一般的な意味でも使う。 - glass transitionC1名詞(句)ガラス転移The glass transition is still a puzzle for physicists.
transition は「移り変わり」。the transition from A to B「AからBへの移行」は頻出の形。 - urban legendB2名詞(句)都市伝説The flowing-glass story is an urban legend.
urban(都市の)+legend(伝説)。myth も「根拠のない俗説」の意味で近い。 - manufactureB2動詞製造するOld windows were manufactured by hand.
manu(手)+facture(作る)。もとは「手で作る」の意味。manual(手の)と同語源。 - deformationC1名詞変形Visible deformation of glass would take far longer than the age of the universe.
de-(離れて)+form(形)。動詞 deform(変形させる)。
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「ガラスは液体で、何百年もかけて下に流れてる」って聞いたことある? 計算したら、流れるのに宇宙の年齢よりずっと長い時間がかかるらしい。
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- Zanotto (1998) Do cathedral glasses flow?, American Journal of Physicsdoi.org
- Zanotto & Gupta (1999) Do cathedral glasses flow?—Additional remarks, American Journal of Physicsdoi.org
- Gulbiten et al. (2017) Viscous flow of medieval cathedral glass, Journal of the American Ceramic Societydoi.org
- Anderson (1995) Through the Glass Lightly, Sciencedoi.org
※本記事は上記の研究・公開資料をもとに、原田英語が独自の言葉で解説したものです。引用は著作権法第32条の範囲で行い、出典を明記しています。画像はすべてオリジナルのイメージです。研究結果には限界や個人差があります。誤りのご指摘は原田英語のお問い合わせフォームから。












