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🧠 第二言語習得のしくみ★★☆エビデンスあり中学校高校📖 約15分

処理可能性理論と「教えられる順番」― 三単現を教えたのに、話すと落とすのはなぜ?

中1で三単現の -s を教え、テストでは書ける。なのにスピーチでは He like... が続く。処理可能性理論は、文法には「頭の中で処理できるようになる順番」があり、その順番は教える順番では飛ばせない、と考えます。「教えたのに使えない」を、理論で読み解きます。

エビデンスの強さ:発達段階の順序は英語・ドイツ語・日本語など多くの言語の研究でおおむね支持されている。一方、「段階に合わせて教えると効く」という教授可能性仮説を直接確かめた教室研究は少なく、予測どおりにならなかった研究もある。

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処理可能性理論と「教えられる順番」― 三単現を教えたのに、話すと落とすのはなぜ?のイメージ
💡3行まとめ
  • 処理可能性理論:学習者は、そのときの「頭の中の処理装置」が扱える文法しか使えない。処理の手順は積み上がるので、段階は飛ばせない。
  • 三単現の -s や What do you like? は、主語と動詞の間で情報を受け渡す高い段階の文法。中1で習っても、話す中で使えるまで時間がかかって当然です。
  • 授業では、生徒の段階を見立て、次の一段をねらう。テストの正答と自発的な発話は分けて見る。

処理可能性理論ってなに?

ひとことで言うと、「文法には、頭の中の処理の手順に合わせた『身につく順番』があり、その段階は飛ばせない」という理論です。

中1で三人称単数の -s を教えます。ドリルもしました。小テストでは、クラスの多くが He plays tennis. と正しく書けます。ところが2学期、「友だちを紹介しよう」のスピーチでは、He like soccer. He play... が次々に出てきます。中3になっても、高校生になっても、話すときには -s が落ちる生徒は少なくありません。

「ちゃんと教えたのに」「やる気がないのかな」と思いたくなる場面ですが、言語学者マンフレッド・ピーネマン(Pienemann)氏が提唱した処理可能性理論(しょりかのうせいりろん/Processability Theory)は、まったく違う説明をします。この理論の出発点はシンプルです。学習者は、発達のどの段階でも、そのときの頭の中の言語処理装置が扱える形しか、作り出したり理解したりできない 1。

文を話すとき、私たちの頭は一瞬のうちに、単語を選び、形を整え、語順を並べています。その処理の手順には順番があり、上の手順は下の手順の上に積み上がっています。だから、指導によって段階を1つ飛ばすことはできない、というのがピーネマン氏の考えです 2。この理論は英語・ドイツ語・日本語・スウェーデン語の第二言語の発達に当てはめられ、言葉をその場で処理する様子を調べる実験(オンラインの実験)でも検証されてきました 3。

🎈たとえるなら

文を話すことは、バケツリレーに似ています。He plays tennis. の -s をつけるには、「主語は3人称で1人だよ」という情報を、主語のところから動詞のところまで手渡ししなければなりません。単語を1つ言うだけならリレーはいりません。two dogs の -s なら、同じ名詞のかたまりの中での短い受け渡しで済みます。でも He plays は、主語のかたまりから動詞のかたまりへ、かたまりをまたいだ受け渡しが必要です。リレーの列が長いほど、慣れるまでに時間がかかる。しかも、話しているときは内容を考えるのに忙しいので、リレーまで手が回らないのです。

まぎらわしいもののちがい

まぎらわしい2つ ちがい
「教える順番」と「身につく順番」 教室で教えた順序が自然な順序と違っていても、学習者が語順規則を身につけた順序は、自然な環境で学ぶ人と同じだった研究があります 4。教科書の順番が、そのまま身につく順番になるわけではありません。
処理可能性理論と教授可能性仮説 処理可能性理論は「身につく順番と、その理由(処理の積み上がり)」を説明する理論です。教授可能性仮説は、そこから導かれる教え方への主張(教えて身につくのは次の一段だけ)です 2。
「テストで書ける」と「話す中で使える」 テストで書けても、話す中で使えるとは限りません。話す課題で伸びが見えなくても、ほかの課題では知識をいくらか持っていた研究もあります 5(→ 明示的知識と暗示的知識)。

この理論が言っていることを3つで

  1. 学習者は、そのときの処理装置が扱える形しか使えない:これが理論の出発点です 1。
  2. 処理の手順は積み上がるので、段階は飛ばせない:三単現の -s や What do you like? の do は、主語と動詞の間で情報を受け渡す高い段階の文法です 26。
  3. 教えて身につくのは「次の一段」:これが教授可能性仮説です。ただし、予測どおりにならなかった教室研究もあり、まだ決着していません 25。

文法の「処理の段階」

この「情報の受け渡し(exchange of grammatical information)」の考え方は、英語やドイツ語だけでなく、イタリア語や日本語のように仕組みの違う言語の習得にも当てはめて検証されてきました 7。英語について、日本人学習者の研究で使われた段階表を、先生向けに簡単にすると次のようになります 63。

段階 処理のイメージ 英語の例(語順・疑問文) 英語の例(形)
1 単語・決まり文句をそのまま言う Hello. / What's this?(丸ごと) ―
2 基本の語順で並べる I like dogs.(SVO) 名詞の複数 -s(dogs。名詞1語の中で済む)
3 文の頭に語を足す Do he like dogs? / Yesterday I... 名詞のかたまりの中の数の一致(two dogs)
4 be動詞・助動詞を主語の前に出す Is she a student? / Can you swim? ―
5 主語と動詞の間で情報を受け渡す What do you like? / Where can I buy it? 三単現の -s
6 文の中の文で語順を元に戻す I wonder what he likes. ―

表の5段階目を見てください。三単現の -s と、What do you like? の do(2番目の位置の do・助動詞)が、同じ高い段階にあります。どちらも、文全体の情報(主語は誰か、疑問文か)を見渡して、動詞のところで処理する必要があるからです。中1の教科書で早い時期に出てくるこれらの文法が、自然な発話の中ではなかなか安定しないのは、この理論から見ればむしろ自然なことです。

ここで1つ大事な注意があります。段階1の「決まり文句」です。小学校で What do you like? が言えるのは、この文を丸ごと1つの単語のように覚えているからかもしれません。それは立派な第一歩ですが、段階5の処理ができていることとは別です。言えている文が「組み立てた文」なのか「丸ごとの文」なのかを見分けることは、研究者にとっても難しい問題です 6。

教授可能性仮説:教えられるのは「次の一段」だけ

処理可能性理論から導かれる、先生にとっていちばん刺激的な主張が教授可能性仮説(Teachability Hypothesis)です。ピーネマン氏は子どもへの指導実験から、ある構造が指導で身につくのは、学習者の中間言語がその構造の1つ手前の段階まで来ているときだけだ、という傾向を報告しました。段階を1つ飛ばして教えても、その構造は身につかないというのです 2。

これが本当なら、教える順番を工夫しても、発達の順番そのものは変えられないことになります。

研究ではどうなってる?

🔬研究ではこう
  • 子どもへの指導実験で、教えた構造が身につくのは、学習者がその1つ手前の段階に来ているときに限られる傾向があった 2。
  • 教室でドイツ語を学ぶ成人39人の研究では、教えた順序や強調のしかたが自然な習得順序と違っていたのに、学習者が語順規則を身につけた順序は、自然な環境で学ぶ人と同じだった。ただし教室の学習者の方が、短い期間でより高い段階に達していた 4。
  • 疑問文の発達では、段階の進んだ学習者の場合、やり取りだけよりも、会話の中で言い直し(リキャスト)を集中的に受けた方が、高い段階の形の産出が増えた 8。
  • 一方、カナダのフランス語話者の子ども150人に、2週間で何百もの高い段階(4・5段階)の疑問文にふれる活動をした研究では、教授可能性仮説の予測に反して、事前に段階3にいた子が段階2の子より伸びたわけではなかった。母語(フランス語)の影響も見られた 5。
  • マカオの大学の3クラスで比べた実験では、生徒の発達段階に合わせて次の段階を教えたグループが、明示的に教えたグループ・暗示的に教えたグループを上回った 9。
  • 話すだけでなく聞いて理解する文法でも、6〜9歳のイマージョン学習者72人で、理論の予測どおりの順序が見られた 10。
  • 日本人学習者でも、高専生の英作文の構文の発達が段階どおりに並び 6、281人の話す・書く物語では名詞の複数 -s の発達が理論の予測を支持した 11。

研究の全体を見ると、「文法には発達の順番がある」という部分を支持する研究は複数あります 3。教室で教えても同じ順番が見られた研究もありますが 4、指導が順番にどこまで影響するかは、言語や文法項目、指導の条件を越えて一般化するには慎重さが必要です。一方で、「段階に合わせて教えたときだけ効く」という教授可能性仮説の強い形は、教室研究の数が少なく、予測どおりにならなかった研究もあります 5。ここは「有力だが、まだ決着していない」と考えるのが正直なところです。

「教える意味がない」ではない

ここで誤解しないでほしいのは、この理論は「文法を教えても無駄」とは言っていないことです。第二言語習得研究者のロッド・エリス(Rod Ellis)氏の研究では、教室の学習者は自然な環境の学習者と同じ順番をたどりながら、より速く高い段階に達していました 4。教えることは、順番を変えるのではなく、その順番を進むスピードを上げるのかもしれません。

また、第二言語習得研究者のニーナ・スパダ(Spada)氏とパッツィ・ライトバウン(Lightbown)氏の研究では、話す課題では伸びが見えなかった子どもたちも、ほかの課題では高い段階の疑問文の知識をいくらか持っていました 5。「話すときに使えない」ことと「何も身についていない」ことは違います。時間制限がなく、文法の形に注意を向けられるテストでは、会話の中では使いにくい知識も利用できる場合があります(時間制限のない正誤判断は、説明できるタイプの知識を測るテストの一つと考えられています 12)。ただし、筆記テストで正解できたことだけから、それがどんな種類の知識なのかを決めることはできません(→ 明示的知識と暗示的知識)。

明日の授業でこうする

✏️「段階」を意識した授業の5つの工夫
  1. ゴールを2つに分ける:単元のゴールを「テストで正しく書ける」と「自然な会話で使える」に分ける。三単現なら、前者は単元末、後者は単元末だけで完成とせず、その後の単元や学期でも続けて育てるもの、と割り切ります。
  2. 生徒の段階を見立てる:スピーチや絵の描写、質問し合う情報差活動など、複数回・複数の課題の発話を録音して、疑問文と三単現がどこまで出ているかをメモする。研究でも自然な発話の観察から段階を判定する手順が作られてきましたが、評定者によるばらつきや、詳しい分析との一致の不十分さも報告されています 13。段階を確定する評価ではなく、次の指導を考えるための記録として使います。
  3. 次の一段をねらって直す:まだ単語や決まり文句でしか話せない生徒に Does he...? の正確さを求めるより、まず「主語+動詞+目的語」の基本の語順で文を作れるようにする。段階の進んだ学習者では、言い直しの効果が出やすかったという研究もあります 8。
  4. インプットは先の段階もたっぷり:聞く・読む英語では、先の段階の文に出会わせてかまいません。話す課題で見えなくても、知識は少しずつ育っています 5。
  5. くり返し使う場面を毎時間の短い活動に:三単現なら、毎時間2分の「友だち紹介」「先生クイズ(He likes...)」。1回の単元で終わらせず、学期をまたいで再登場させます。
🗣️先生の英語(そのまま使える)
TLet's talk about your partner. What does your partner like?
SHe like... likes baseball.
TOh, he likes baseball! Nice. What else does he like?
SHe likes ramen.
TGood. Now ask your partner: "What do you like?"
SWhat you like?
TWhat **do** you like?
SWhat do you like?
TPerfect. Keep talking for one minute!
🏫実例
  • 中学校:中1の三単現は「書けたら合格」ではなく、2学期・3学期の毎時間はじめの短い活動(ペアで友だち紹介・先生や有名人のクイズ)で何度も使わせます。録音して -s をつけられた割合を記録すると、ゆっくり伸びていくのが見えます。
  • 高校:間接疑問(Do you know where he lives?)は段階6。中学で習っていても、話すと Do you know where does he live? になりやすい項目です。会話の中で自然に言い直し、書く活動では確認の時間をとる、と使い分けます。
  • 小学校:What do you like? や How many...? は、段階1の「決まり文句」として丸ごと使えれば十分です。分解して説明するより、くり返しやり取りして、使える場面を増やしましょう。
⚠️よくある失敗
  • 「教えたのに使えない」を生徒のせいにする:高い段階の文法は、使えるまで時間がかかるのが自然です。
  • 「段階に合わないから教えない」と極端に考える:教室学習者の方が短期間で高い段階に達した研究もあり、指導が発達を促す可能性と整合します 4。理解やインプットでは先の段階にもふれさせましょう。
  • 正答率のテストだけで「定着」を判断する:テストで書けることと、話すときに使えることは別の力です。
  • 決まり文句で言えているのを「習得した」と思いこむ:丸ごと覚えた文は、部分を入れかえると崩れることがあります。

❓ よくある質問

Q. 処理可能性理論とは何ですか?

学習者は、発達のどの段階でも、そのときの頭の中の言語処理装置が扱える形しか作り出したり理解したりできない、という、言語学者ピーネマン氏の理論です 1。処理の手順は下の手順の上に積み上がっているので、指導によって段階を1つ飛ばすことはできないと考えます 2。

Q. 三単現の -s を教えたのに、話すと落とすのはなぜですか?

三単現の -s は、「主語は3人称で1人」という情報を主語から動詞まで受け渡す必要がある、高い段階の文法だからです。What do you like? の do も同じ段階にあります 6。中1で習っても、自然な会話で使えるまで時間がかかるのは、この理論から見ればむしろ自然なことです。

Q. 教授可能性仮説とは何ですか?

ある構造が指導で身につくのは、学習者がその構造の1つ手前の段階まで来ているときだけだ、という仮説です 2。ただし、この強い形は教室研究の数が少なく、予測どおりにならなかった研究もあり 5、「有力だが、まだ決着していない」と考えるのが正直なところです。

Q. 習得に順番があるなら、文法を教えても無駄なのですか?

無駄ではありません。教室でドイツ語を学ぶ成人の研究では、学習者は自然な環境の学習者と同じ順番をたどりながら、より速く高い段階に達していました 4。教えることは、順番を変えるのではなく、その順番を進むスピードを上げるのかもしれません。

Q. 処理可能性理論を授業にどう生かせばいいですか?

単元のゴールを「テストで正しく書ける」と「自然な会話で使える」に分け、スピーチの録音などから生徒の段階を見立てて次の一段をねらいます。聞く・読む英語では先の段階の文にもふれさせ、三単現などは毎時間の短い活動で、学期をまたいでくり返し使わせます。

🎓 もう一歩深く(大学院レベル)

🎓院生モード教授可能性仮説の検証:何がわかり、何がわかっていないか

Pienemann(1984)の教授可能性仮説は、指導効果の上限を処理の制約に求めた点で、インプット側の要因(どの形をどれだけ提示したか)で説明する立場を退けました 2。その後の検証は、大きく3つの方向に分かれます。

第一に、習得順序の頑健性です。Ellis(1989)は、教室でドイツ語を学ぶ成人の語順規則の習得順序が、指導での導入順や強調の度合いと異なっていたにもかかわらず、自然習得者の順序と一致したことを報告しました。同時に、教室学習者は短期間でより高い段階に達していました 4。「ルートは変わらず、速度は変わりうる」という整理の根拠の1つです。

第二に、準備性(readiness)の効果です。第二言語習得研究者の Alison Mackey 氏と Jenefer Philp 氏(1998)は、疑問文の発達について、進んだ学習者では、やり取りだけより集中的なリキャストを伴うやり取りの方が高い段階の形の産出を増やしたことを示し、しかもその効果は、学習者がリキャストをその場で言い直さなくても現れていました 8。一方、Spada & Lightbown(1999)は、Pienemann, Johnston & Brindley(1988)の疑問文の段階を用いて150人を事前判定し、2週間の集中的な活動の後に、段階3の学習者が段階2の学習者より多く伸びるという予測が支持されないことを示しました。さらに、主語が代名詞のときだけ倒置を受け入れやすいという、母語フランス語と一致するパターンを見出し、発達順序と母語の影響の相互作用、そして対照的なメタ言語情報を含む明示的指導の必要性を論じています 5。

第三に、発達段階に合わせた指導(developmentally moderated instruction)の効果です。処理可能性理論にもとづく指導を研究する Evelyn Doman 氏(2015)は、明示的・暗示的・段階に合わせた指導を比べ、最後のグループが最も伸びたと報告し、これを弱いインターフェースの立場を支持する結果と位置づけました 9。ただし3クラスの比較であり、一般化には慎重であるべきです。全体として、「準備のできた学習者ほど指導やフィードバックの恩恵を受けやすい」という「弱い形」と整合する研究はあるものの、結果は一貫せず、支持の程度を確定するにはまだ研究が足りない、と読むのが妥当でしょう。

🎓院生モード理論の射程と批判

処理可能性理論の強みは、予測が具体的で反証可能なことです。その分、合わない結果もはっきり出ます。第二言語の発達を研究する Bronwen Dyson 氏(2009)は、中国語を母語とする2人の青年期の学習者を1年追い、段階に関する予測と一致する証拠を得た一方で、「段階5までは形態(語形変化)の習得が発達を引っぱる」という仮説には反する結果――1人は形態なしに段階3・4の構文を習得し、2人とも構文を関連する形態より先に習得した――を報告しました。習得のしかたが学習者の志向によって違う可能性も指摘しています 14。

方法論上の論点として、出現基準(emergence criterion)があります。処理可能性理論の研究では、ある構造が「初めて体系的に現れた」時点をもって習得とみなしますが、丸ごと覚えた決まり文句と、組み立てた産出とを区別する必要があり、データが少ないと判定が難しくなります。日本の高専生の作文データを再分析した研究でも、形態とは分けて構文だけを再分析したところ段階どおりの並びが得られました。ただし形態はデータ不足のため分析できず、疑似倒置が丸ごとのチャンクである可能性も課題として残されました 6。

射程の広がりも重要です。この理論は、ゲルマン系だけでなくイタリア語・日本語にも適用され 7、日本語の動詞の活用も予測どおりの決まった順序で習得されることが示されています 15。さらに、理解(受容)の側でも予測どおりの順序が見られたことは 10、この理論がもともと産出のモデルとして作られたことを考えると興味深い結果です。また Pienemann(1998)は、第一言語と第二言語の発達経路の違いも、同じ処理のしくみと、初期の構造仮説の違いが発達全体に波及する「生成的定着(generative entrenchment)」で説明できると論じています 16。

🎓院生モード評価への応用と、複雑系理論との論争

発達段階は、評価の道具にもなります。Pienemann, Johnston & Brindley(1988)は、自然な発話の録音から成人英語学習者の段階を判定する簡易な観察手順を試し、詳細な言語分析と有意に相関することを示しましたが、評定者による適用のばらつきも課題として残りました 13。第二言語習得の研究者 Patti Spinner 氏(2011)は、48人の短い発話サンプルに処理可能性理論の段階を当てはめ、学習者の発達をうまく説明できたが、短いサンプルでは使いどころが限られると報告しています 17。日本の教室でいえば、パフォーマンステストの録音を「何点か」だけでなく「どの段階の文が出ているか」で見る視点は、指導の次の一手を決めるのに役立ちます。

近年は、複雑系(ダイナミック・システム)理論 との論争も起きています。Dyson(2022)は、複雑系理論の研究がモデル構築・反証可能な予測・明確な実証手続きという基準を満たしにくいという、第二言語習得研究者の Gabriele Pallotti 氏の批判を受けて、処理可能性理論は還元主義的なアプローチ(現象を要素に分けて単純化してモデルにする方法)をとることで、予測可能な段階を進みつつ、揺れ(変異)にも制約のある「複雑で動的な」第二言語の体系を描けると主張しました 18。「発達には決まった順番がある」と見る理論と、「発達は個人ごとに揺れながら進む」と見る理論は、対立するというより、同じ現象の別の面を見ているのかもしれません。

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📑 出典(18件)

本文の上付き数字に対応。✔ は DOI / ISBN / 公式ページを書誌データベースと機械照合した印です。

  1. Pienemann, M. (2012). Processability theory and teachability. In Chapelle, C. A. (Eds.), The Encyclopedia of Applied Linguistics. Wiley doi:10.1002/9781405198431.wbeal0958 ✔ DOI照合済処理可能性理論と教授可能性仮説を提唱者自身が短く解説した事典の項目
  2. Pienemann, M. (1984). Psychological constraints on the teachability of languages. Studies in Second Language Acquisition, 6(2), 186-214. doi:10.1017/S0272263100005015 ✔ DOI照合済子どもへの指導実験から、学習者が1つ手前の段階に来ていないと、教えた文法は身につかないと論じた「教授可能性仮説」の論文
  3. Pienemann, M. (1998). Language Processing and Second Language Development: Processability Theory. John Benjamins doi:10.1075/sibil.15 ✔ DOI照合済文法は処理できる順にしか身につかないとする「処理可能性理論」の本
  4. Ellis, R. (1989). Are classroom and naturalistic acquisition the same? A study of the classroom acquisition of German word order rules. Studies in Second Language Acquisition, 11(3), 305-328. doi:10.1017/S0272263100008159 ✔ DOI照合済教室でドイツ語を学ぶ成人39人の語順規則の習得順序が、教えた順序ではなく自然な習得順序と同じだったと報告した研究
  5. Spada, N., & Lightbown, P. M. (1999). Instruction, first language influence, and developmental readiness in second language acquisition. The Modern Language Journal, 83(1), 1-22. doi:10.1111/0026-7902.00002 ✔ DOI照合済カナダのフランス語話者の子ども150人。疑問文の発達段階と指導の関係を調べ、教授可能性仮説の予測どおりにならなかった研究
  6. Michimoto, Y. (2016). A study of the validity for Processability Theory with writing tasks. 宇部工業高等専門学校研究報告, 62, 1-8. 公式ページ ✔ リンク確認済日本の高専生(17〜20歳)の英作文を分析し、構文の発達が処理可能性理論の段階どおりに並ぶことを示した研究
  7. Di Biase, B., & Kawaguchi, S. (2002). Exploring the typological plausibility of Processability Theory: Language development in Italian second language and Japanese second language. Second Language Research, 18(3), 274-302. doi:10.1191/0267658302sr204oa ✔ DOI照合済処理可能性理論が、ゲルマン系の言語だけでなくイタリア語・日本語の習得にも当てはまるかを、成人学習者の自然な発話で検証した研究
  8. Mackey, A., & Philp, J. (1998). Conversational interaction and second language development: Recasts, responses, and red herrings?. The Modern Language Journal, 82(3), 338-356. doi:10.1111/j.1540-4781.1998.tb01211.x ✔ DOI照合済疑問文の発達について、段階の進んだ学習者ほどリキャスト(言い直し)の効果があったことを示した研究
  9. Doman, E. (2015). Chapter 11. Implications of the developmental stages of language acquisition for classroom teaching. In Baten, K., Buyl, A., Lochtman, K., & Van Herreweghe, M. (Eds.), Theoretical and Methodological Developments in Processability Theory (pp. 239-262). John Benjamins doi:10.1075/palart.4.11dom ✔ DOI照合済マカオの大学の3クラスで、明示的・暗示的・発達段階に合わせた指導を比べ、段階に合わせた指導のグループが最も伸びた実験
  10. Buyl, A., & Housen, A. (2015). Developmental stages in receptive grammar acquisition: A Processability Theory account. Second Language Research, 31(4), 523-550. doi:10.1177/0267658315585905 ✔ DOI照合済イマージョンで英語を学ぶ6〜9歳72人。聞いて理解する文法でも、処理可能性理論の予測どおりの順序が見られた
  11. Yamaguchi, Y., & Usami, H. (2023). Testing the validity of Processability Theory through a corpus-based analysis. In Kawaguchi, S., Di Biase, B., & Yamaguchi, Y. (Eds.), Processability and Language Acquisition in the Asia-Pacific Region (pp. 280-300). John Benjamins doi:10.1075/palart.9.11yam ✔ DOI照合済日本人英語学習者281人の話す・書く物語から、名詞の複数形 -s の発達が処理可能性理論の予測を支持したコーパス研究
  12. Ellis, R. (2005). Measuring implicit and explicit knowledge of a second language: A psychometric study. Studies in Second Language Acquisition, 27(2), 141-172. doi:10.1017/S0272263105050096 ✔ DOI照合済暗示的知識と明示的知識を別々に測るテストを作り、2つの因子に分かれることを示した研究
  13. Pienemann, M., Johnston, M., & Brindley, G. (1988). Constructing an acquisition-based procedure for second language assessment. Studies in Second Language Acquisition, 10(2), 217-243. doi:10.1017/S0272263100007324 ✔ DOI照合済自然な発話から英語学習者の発達段階を判定する観察手順をつくり、試した研究
  14. Dyson, B. (2009). Processability Theory and the role of morphology in English as a second language development: A longitudinal study. Second Language Research, 25(3), 355-376. doi:10.1177/0267658309104578 ✔ DOI照合済中国語話者の中学生年代2人を1年追い、処理可能性理論の予測に合う結果と合わない結果の両方を報告した縦断研究
  15. Kawaguchi, S. (2000). Acquisition of Japanese verbal morphology: Applying processability theory to Japanese. Studia Linguistica, 54(2), 238-248. doi:10.1111/1467-9582.00063 ✔ DOI照合済日本語を学ぶ学習者の動詞の活用が、処理可能性理論の予測どおりの決まった順序で身につくことを示した研究
  16. Pienemann, M. (1998). Developmental dynamics in L1 and L2 acquisition: Processability Theory and generative entrenchment. Bilingualism: Language and Cognition, 1(1), 1-20. doi:10.1017/S1366728998000017 ✔ DOI照合済処理可能性理論の要約と、第一言語・第二言語の発達の違いを同じ処理のしくみで説明しようとした論文
  17. Spinner, P. (2011). Second language assessment and morphosyntactic development. Studies in Second Language Acquisition, 33(4), 529-561. doi:10.1017/S0272263111000301 ✔ DOI照合済処理可能性理論などの発達段階を、成人学習者48人の短い発話サンプルの評価に使えるか試した研究
  18. Dyson, B. (2022). SLA as complex, dynamical and predictable: A Processability Theory perspective. Second Language Research, 39(4), 1279-1292. doi:10.1177/02676583221132726 ✔ DOI照合済複雑系理論への批判をふまえ、処理可能性理論なら発達の予測と揺れの両方を扱えると論じた論文

最終更新 2026-10-18 ・ 原田英語 まちがいのご指摘はこちら