気づき仮説と注意(シュミット)― 「聞いたのに残らない」英語は何が足りないのか
毎時間 He plays... と聞いているのに、生徒は He play と言い続ける。インプットが「素通り」してしまうのはなぜか。シュミットの気づき仮説と、その後の論争・実験から、注意を向けさせる授業の工夫を考えます。
エビデンスの強さ:注意が学習を助けることは多くの研究で支持。ただし「意識的な気づきが必ず必要か」は論争中で、太字などの視覚的強調の効果は、メタ分析で小〜中程度と推定され、条件しだい。

- 気づき仮説:インプットが頭に取り込まれる(インテイクになる)には、その形に学習者が気づくことが必要。
- 注意を向けた語ほど覚えている、という研究がある一方、「意識的な気づきが必ず必要か」には反論も多い。
- 太字・下線だけでは効果は限られる。意味がわかったあとに形を見る課題、言ってから比べる活動、伝わるフィードバックを組み合わせる。
気づき仮説ってなに?
ひとことで言うと、「英語をただ聞いたり読んだりするだけでは足りず、その中の形に『あ、ここに -s がある』と気づいたものが、学びの材料として頭に取り込まれる」という考えです。
教室で毎日のように He plays tennis. と聞いているのに、生徒が話すと He play tennis. になる。インプットはあるのに、なぜか残らない。この「素通り」を説明しようとしたのが、応用言語学者リチャード・シュミット(Richard Schmidt)氏の気づき仮説(Noticing Hypothesis)です。
シュミット氏は、心理学の意識研究を整理したうえで、次のように結論しました 1。
- 意識にまったくのぼらない(サブリミナルな)言語学習は起こらない。 インプットが取り込まれる(インテイクになる)には、意識のレベルでの「気づき」が必要であり、それで十分である。
- 意図しない学習(偶発的学習)は起こりうる。 ただしそれは、課題が学ぶべき対象に注意を向けさせているときに効果的。
- 注意を向けることは学習を助け、とくに大人がなくても意味が通じてしまう(冗長な)文法形式を身につけるには必要かもしれない。
三人称単数の -s はまさに「冗長な」形の代表です。He を聞いた時点で主語が1人だとわかるので、-s に注意しなくても意味は通じてしまいます。だからこそ素通りされやすい、というわけです。
のちにシュミット氏は、注意の概念は第二言語習得のほぼすべての側面――中間言語の発達、流暢さ、個人差、インタラクションや指導の効果――を理解するのに必要だと論じ、注意は1つのものではなく複数のしくみから成ると整理しました 2。
毎日通る通学路にある看板の文字を、思い出せるでしょうか。何百回も「見て」いるのに、書けと言われると書けない。目に入ること(インプット)と、注意を向けて気づくこと(インテイク)は別物です。ある日「あの看板、漢字が間違ってるよ」と言われてから見ると、もう忘れられなくなります。
似た用語・理論とのちがい
| 用語 | ひとことで言うと | 教室の例 |
|---|---|---|
| インプット | 耳や目に入ってくる英語 | 毎日 He plays tennis. を聞いている |
| 気づき(noticing) | その中の形に、意識のレベルで気づくこと | 「あ、plays には -s がついている」 |
| インテイク | 気づいたことで、頭に取り込まれたもの | -s が学びの材料として残る |
似た理論とくらべると、次のようになります。
- インプット仮説:わかる英語を受け取れば身につく、と考えました 3。気づき仮説は、そこに「形に気づくこと」が必要だと付け加えます。
- アウトプット仮説の「気づき」:自分で言おうとして言えない「穴」に気づくことです 4。気づき仮説の「気づき」は、主にインプットの中の形に気づくことです。
この理論が言っていることを3つで
- 意識にまったくのぼらない言語学習は起こらない:インプットが取り込まれる(インテイクになる)には、意識のレベルでの気づきが必要だ、という主張です 1。
- 意図しない学習は起こりうる。ただし、注意が向いているときに効果的:課題が学ぶべき対象に注意を向けさせていることが大事です 1。
- とくに「なくても意味が通じる形」には、注意が必要かもしれない:三単現の -s のような形は、気づかれずに素通りされやすいからです 1。
ただし、「意識的な気づきが必ず必要か」には反論も多く、学習に必要なのは注意であって、主観的な気づきまでは要らないのではないか、という問いも出されています 5(→ 下の「もう一歩深く」)。
研究ではどうなってる?
- 視線計測(アイトラッキング)を使った研究では、英文の中に埋め込んだ未知の擬似語(実在しない語)を長く見た学習者ほど、読んだ直後の予告なしのテストで、その語の形を正しく見分けられる確率が高くなりました 6。測ったのは語の形の認識で、意味まで覚えたか・長く残ったかではありませんが、注意の量と学習の最初の一歩の関係を示すデータです。
- スペイン語の初級学習者に考えていることを声に出してもらった研究では、気づきの深さ(レベル)が高いほど、形の認識と書く正確さが高い傾向がありました 7。
- 教室でのフィードバックと、学習者が報告した気づき、疑問文の学習との間には、複雑ながら正の関係がありました 8。
- ただし、学習者がフィードバックに気づくかは種類によって違い、語彙・発音への訂正は気づかれやすい一方、文法への訂正は気づかれにくい傾向がありました 9。
- 文字を太字や下線で強調する「視覚的インプット強化」のメタ分析(16研究)では、文法学習への効果は小さく(d = 0.22)、内容理解には小さなマイナス(d = −0.26)が見られました 10。より新しいメタ分析(29研究・1,749人)では、強調したグループと強調しないグループの差は小〜中程度(g = 0.54)で、文法と語彙に同じくらいの効果があった一方、強調の方法を重ねても効果は上がらず、効果は限られたものなので慎重に解釈すべきだとされています 11。
- 関係節の実験では、強調された英文を読んだグループは形に気づいてはいたのに、測れるほどの学習の伸びは見られず、アウトプット課題を行ったグループの方が伸びました 12。
ここから見えてくるのは、「気づかせればいい」は半分正しく、半分足りないということです。注意を向けることは大切ですが、見た・気づいただけでは十分でない場合があります。気づいたあとに、その形を意味と結びつけて処理したり、自分で使ってみたりする段階が必要だと考えられます 12(→ アウトプット仮説)。
母語が「注意のくせ」をつくる
なぜ日本の学習者は、冠詞や三単現の -s に注意を向けにくいのでしょうか。第二言語習得の研究者ニック・エリス(Nick Ellis)氏は、インプットにあるのに取り込まれない現象を、母語の経験によって形づくられた「学習された注意」で説明しました。目立たない形、ほかの手がかりで意味がわかってしまう形は、何度出会っても注意を引きにくいというのです 13。たとえば yesterday のような語で時間がわかれば、動詞の語尾に注意を向ける必要がなくなります。こうした「目立たなさ」と「ほかの手がかりによるブロック」があると、インプットをどれだけ増やしても習得につながりにくいことがあります 14(→ 母語の影響)。
明日の授業でこうする
- 意味が先、形はあと:最初の読み・聞きでは内容理解に集中させ、2回目に「今の話で、動詞の最後に -s がついているのはどこ?」と形を探させる。太字などで形を強調した英文を読ませた研究をまとめると、内容理解に小さなマイナスが出ていました 10。「意味が先、形はあと」は、この結果をふまえた授業上の工夫です(提示の順番そのものを比べた研究ではありません)。
- 言わせてから比べる:先に言ってみる・書いてみる → モデルと比べて違いを見つける。関係節の実験では、アウトプットとインプットを組み合わせた学習者の方が、理解のためだけに同じ英文を読んだ学習者より学習の伸びが大きくなりました 12。自分で言えなかった経験が、次のインプットで形や自分の表現との違いに気づくきっかけになる可能性がある、というのがその解釈の一つです。
- 文法の訂正は「直したよ」が伝わる形で:文法の訂正は気づかれにくいので 9、言い直しの部分を強く言う、指で示す、もう一度言わせる。
- 目立たない形は、目立たせる理由をつくる:三単現の -s なら、「家族の1人について話す」課題で、He/She を主語にする文、つまり -s が必要な文をくり返し使う機会をつくる。
- 中学校:三単現の導入。先生が自分の家族を紹介する英語(My sister plays the piano. She likes cats.)を聞かせ、内容のクイズ → 2回目は文字で見せて「-s 探し」→ ペアで自分の家族を紹介。
- 高校:教科書本文を読んだあと、関係代名詞の文だけを抜き出して並べ、「先行詞は何?」を色分け。そのあと、同じ形を使って本文の要約を書く。
- 気づきのノート:授業の終わりに「今日気づいた英語の形」を1つ書く。気づきを言葉にしておくと、次回、同じ形に注意を向けるきっかけになります(研究で確かめられた効果ではなく、授業上の工夫です)。
❓ よくある質問
Q. 気づき仮説とは何ですか?
インプットが頭に取り込まれる(インテイクになる)には、学習者がその形に意識のレベルで気づくことが必要だ、という応用言語学者シュミット氏の仮説です。意識にまったくのぼらない言語学習は起こらないと結論し、とくになくても意味が通じてしまう文法形式には注意が必要かもしれないと論じました 1。
Q. 三単現の -s を何度聞かせても、生徒が話すと落とすのはなぜですか?
He を聞いた時点で主語が1人だとわかるので、-s に注意しなくても意味が通じてしまうからです。ほかの手がかりで意味がわかる目立たない形は、母語の経験で形づくられた「学習された注意」のために、何度出会っても注意を引きにくいと説明されています 13。
Q. 教科書の文法を太字や下線で目立たせると効果がありますか?
視覚的な強調のメタ分析では、文法学習への効果は小さく(d = 0.22)、内容理解には小さなマイナスが見られました 10。新しいメタ分析では小〜中程度の差でしたが、効果は限られるので慎重に解釈すべきとされています 11。強調は「形を探す課題」とセットで使います。
Q. 気づきを授業で学びにつなげるにはどうすればいいですか?
最初は内容理解に集中させ2回目に形を探させる、先に言ってみてからモデルと比べる、文法の訂正は「直したよ」が伝わる形でする、目立たない形をくり返し使う機会のある課題をつくる、の4つを組み合わせます。気づいただけで終わらせず、意味と結びつけて使わせることが大切です。
🎓 もう一歩深く(大学院レベル)
🎓院生モード「気づき」は本当に必要か:三つの批判
① 注意と意識は分けられる。 第二言語習得の研究者 Russell S. Tomlin 氏と Victor Villa 氏(1994)は、認知神経科学の知見から、注意を「覚醒(alertness)」「定位(orientation)」「検出(detection)」という3つの相互に関係するネットワークとして捉え直し、SLAにおける注意の役割のモデルを示しました 5。この立場からは、学習に必要なのは注意(検出)であって、主観的な気づき(awareness)までは必要ないのではないか、という問いが生まれます。
② 何に気づくのかがあいまい。 第二言語習得の研究者 John Truscott 氏(1998)は、気づき仮説の心理学的な土台は弱く、言語のどのレベル(個々の形か、規則か)に気づく必要があるのかがはっきりしないため、検証可能な予測を導きにくいと批判しました。そして、気づきが必要なのはメタ言語的知識の習得についてであって、言語能力そのものではない、と仮説を作り直すことを提案しました 15。
③ 測り方の問題。 気づきは直接観察できません。思考発話(think-aloud)は気づきの深さを捉えられる一方で 7、声に出すこと自体が処理を変えてしまう(反応性)おそれがあります。視線計測は注意の量を読んでいる最中に(オンラインで)測れますが 6、長く見たことが「意識的に気づいた」ことを意味するとは限りません。
🎓院生モードテキスト強化研究が示したこと
テキスト強化(textual enhancement)は、太字・色・下線などで文字上の形を目立たせる手法で、インプットを目立たせる工夫全般を指す「インプット強化(input enhancement)」の一種です。2008年のメタ分析では効果が小さく、意味処理にはマイナスの効果も見られました。著者らは、形と意味の間の「注意の取り合い」の可能性と、報告の不十分さや出版バイアスなど方法論上の課題を指摘しています 10。その後、29研究を統合した2025年のメタ分析では群間比較で g = 0.54(小〜中程度)と、2008年よりやや大きな推定が出ました。ただし、複数の強調手法を重ねても効果は増えず(それ以上は伸びにくい上限に達している「天井効果」の可能性)、習熟度の低い学習者では効果が小さい傾向(有意差はなし)も報告されており、著者ら自身も「効果は限られ、慎重に解釈すべき」としています 11。どの研究を含めるかでメタ分析の推定値が変わる典型的な例です。2008年の総説は、テキスト強調の研究を、気づきか習得か・理解への影響・事前知識・インプット洪水との組み合わせなど7つの論点で整理し、研究ごとの方法のばらつきが一般化を妨げていると論じました 16。
上で紹介した関係節の実験の結果――強調で気づきは起きたのに学習の伸びはなかった――は、「感覚的な検出」から「学習」までの間に、処理のレベルや種類の違いがあることを示唆します 12。気づき仮説は「何に、どの深さで、どう処理すれば学習になるのか」という、より細かい問いに置き換えられつつあります。
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📑 出典(16件)
本文の上付き数字に対応。✔ は DOI / ISBN / 公式ページを書誌データベースと機械照合した印です。
- Schmidt, R. W. (1990). The role of consciousness in second language learning. Applied Linguistics, 11(2), 129-158. doi:10.1093/applin/11.2.129 ✔ DOI照合済インプットの中の形に「気づく」ことが学習に必要だとする気づき仮説の論文
- Schmidt, R. (2001). Attention. In Robinson, P. (Eds.), Cognition and Second Language Instruction (pp. 3-32). Cambridge University Press doi:10.1017/CBO9781139524780.003 ✔ DOI照合済注意の概念がSLAのほぼすべての側面の理解に必要だと論じた章
- Krashen, S. D. (1982). Principles and Practice in Second Language Acquisition. Pergamon 本の紹介ページ ✔ ISBN照合済インプット仮説・情意フィルター仮説など、クラッシェンの5つの仮説をまとめた本(著者サイトで全文公開)
- Loewen, S., & Sato, M. (2018). Interaction and instructed second language acquisition. Language Teaching, 51(3), 285-329. doi:10.1017/S0261444818000125 ✔ DOI照合済インタラクション(やり取り)研究の総説。インプット・意味交渉・アウトプットとその条件を整理
- Tomlin, R. S., & Villa, V. (1994). Attention in cognitive science and second language acquisition. Studies in Second Language Acquisition, 16(2), 183-203. doi:10.1017/S0272263100012870 ✔ DOI照合済認知科学の注意研究をもとに、注意を「覚醒・定位・検出」の3つのネットワークに分けてSLAでの役割を論じた
- Godfroid, A., Boers, F., & Housen, A. (2013). An eye for words: Gauging the role of attention in incidental L2 vocabulary acquisition by means of eye-tracking. Studies in Second Language Acquisition, 35(3), 483-517. doi:10.1017/S0272263113000119 ✔ DOI照合済視線計測で、未知語を長く見た学習者ほど後で覚えていたことを示した研究
- Leow, R. P. (1997). Attention, awareness, and foreign language behavior. Language Learning, 47(3), 467-505. doi:10.1111/0023-8333.00017 ✔ DOI照合済思考発話法で、気づきの深さが高いほど認識・産出の正確さが高いことを示した研究
- Mackey, A. (2006). Feedback, noticing and instructed second language learning. Applied Linguistics, 27(3), 405-430. doi:10.1093/applin/ami051 ✔ DOI照合済教室でのフィードバック・気づきの報告・疑問文の学習の間に正の関係があったと示した研究
- Mackey, A., Gass, S., & McDonough, K. (2000). How do learners perceive interactional feedback?. Studies in Second Language Acquisition, 22(4), 471-497. doi:10.1017/S0272263100004010 ✔ DOI照合済語彙・発音へのフィードバックは気づかれやすいが、文法へのフィードバックは気づかれにくいと示した研究
- Lee, S.-K., & Huang, H.-T. (2008). Visual input enhancement and grammar learning: A meta-analytic review. Studies in Second Language Acquisition, 30(3), 307-331. doi:10.1017/S0272263108080479 ✔ DOI照合済太字・下線などで文法形式を目立たせる「インプット強化」のメタ分析(16研究)。効果は小さい
- Rassaei, E., & Jabbarpoor, S. (2025). Effects of textual enhancement on L2 development: a meta-analysis. IRAL - International Review of Applied Linguistics in Language Teaching, 64(3), 1561-1587. doi:10.1515/iral-2025-0118 ✔ DOI照合済テキスト強調(太字・下線など)の効果のメタ分析(29研究・1,749人、群間 g = 0.54、小〜中程度)
- Izumi, S. (2002). Output, input enhancement, and the noticing hypothesis: An experimental study on ESL relativization. Studies in Second Language Acquisition, 24(4), 541-577. doi:10.1017/S0272263102004023 ✔ DOI照合済アウトプット課題と文字の強調を比べた実験。アウトプットをした群の方が関係節の学習が進んだ
- Ellis, N. C. (2006). Selective attention and transfer phenomena in L2 acquisition: Contingency, cue competition, salience, interference, overshadowing, blocking, and perceptual learning. Applied Linguistics, 27(2), 164-194. doi:10.1093/applin/aml015 ✔ DOI照合済インプットがあっても取り込まれない理由を、母語に形づくられた「学習された注意」で説明した論文
- Ellis, N. C., & Wulff, S. (2020). Usage-based approaches to L2 acquisition. In VanPatten, B., Keating, G. D., & Wulff, S. (Eds.), Theories in Second Language Acquisition: An Introduction (3rd ed.) (pp. 63-82). Routledge doi:10.4324/9780429503986-4 ✔ DOI照合済用法基盤アプローチの入門的な解説
- Truscott, J. (1998). Noticing in second language acquisition: A critical review. Second Language Research, 14(2), 103-135. doi:10.1191/026765898674803209 ✔ DOI照合済気づき仮説への批判。気づきが必要なのはメタ言語知識についてだけではないかと主張
- Han, Z., Park, E. S., & Combs, C. (2008). Textual enhancement of input: Issues and possibilities. Applied Linguistics, 29(4), 597-618. doi:10.1093/applin/amn010 ✔ DOI照合済文字の強調(テキスト強調)研究の論点を7つに整理した総説
最終更新 2026-10-18 ・ 原田英語 まちがいのご指摘はこちら








