外国語不安とWTC ―「話したくない」を「話してみよう」に変える教室づくり
当てられると固まる、ペアでは話せるのに全体の前では黙る。外国語の授業には特有の不安があり、成績ともはっきり関係しています。不安を下げ、英語で話そうとする気持ち(WTC)を育てる方法を、日本の教室の研究からまとめます。
エビデンスの強さ:外国語不安と成績のマイナスの関係は、3つのメタ分析で r = −.34〜−.39 とほぼ一致。ただし相関なので、不安が成績を下げるのか、成績が低いから不安になるのかは論争がある。

- 外国語不安は、話す不安・テスト不安・否定的に評価される恐れと関係するが、その単なる足し算ではない、外国語の教室に特有の不安。成績とは中程度のマイナスの関係。
- WTC(話そうとする気持ち)は、英語力だけでなく、自信・不安・動機づけ・その場の状況で変わる。
- 授業では、考える時間・ペアでのリハーサル・間違いを笑わない約束・小さな成功で、「話してみよう」の条件をつくる。
外国語不安とWTCってなに?
ひとことで言うと、外国語不安は「英語の授業だからこそ感じる緊張」、WTC は「今ここで英語で話してみよう、と思う気持ち」です。
母語ではおしゃべりな生徒が、英語の時間になると急に黙る。数学は得意で自信があるのに、英語で当てられると頭が真っ白になる。こうした現象に名前をつけたのが、外国語学習の不安を研究したエレイン・ホーウィッツ(Horwitz)氏らの外国語教室不安(foreign language classroom anxiety)です。
ホーウィッツ氏らは、外国語の不安に関わる要素として、①人前で話すことへの不安(コミュニケーション不安)、②失敗を恐れるテスト不安、③他人から否定的に評価されることへの恐れ、の3つをあげました。そのうえで、外国語の不安は、これらを単に合わせたものではなく、外国語の教室での学びに特有の、自己認識・信念・感情・行動のまとまりだと考えました 1。大学で外国語の授業を受けていた学生に「不安についてのサポートグループ」への参加を呼びかけたところ、225人のうち78人が参加を希望したといいます 1。
なぜ外国語の教室だけが特別なのでしょうか。大人は、母語ではそれなりに賢く、場をわきまえた人として振る舞えます。ところが外国語では、言いたいことの一部しか言えず、「本当の自分」より幼く見える自分をさらすことになります 1。不安が生まれやすいのは当然かもしれません。
外国語で話すのは、足の届かないプールで泳ぐようなものです。泳げる力があっても、「足がつかない」というだけで体がこわばり、いつもの泳ぎができなくなります。必要なのは「足のつく浅いところ」(ペア・準備の時間・やさしい課題)で十分に泳いでから、少しずつ深いところへ移ることです。
WTC:英語で話そうとする気持ち
英語の力があるのに話さない生徒もいれば、わずかな英語でどんどん話す生徒もいます。この差を説明するのがWTC(willingness to communicate:コミュニケーションしようとする意志)です。第二言語で話そうとする気持ちを研究したピーター・マッキンタイア(MacIntyre)氏らは、第二言語の WTC を、性格や動機づけといった安定した要因から、その場で「この人と話したい」「今なら話せる」という状況的な要因まで、何層にも積み重なったピラミッド型のモデルで示しました 2。
WTC の研究をまとめたメタ分析では、WTC は自分の伝える力への自信(自己評価したコミュニケーション能力)、不安、動機づけの3つとそれぞれ中程度に関係し、最も強く関係していたのは自信でした 3。日本の大学生の研究では、国際社会への関心(国際的志向性)から、動機づけと自信を通って WTC へ向かう道すじと、WTC への直接の道すじを置いたモデルが、データによく当てはまりました 4(→ 動機づけ理論)。
似たものとのちがい
| 外国語不安 | 人前で話す不安・テスト不安 | WTC(話そうとする気持ち) | |
|---|---|---|---|
| ひとことで | 外国語の教室ならではの不安 | 英語に限らず起こる不安 | 「今なら話せる」「この人と話したい」という気持ち |
| 関係 | 左の不安とつながりはあるが、その足し算ではない 1 | 外国語不安に関わる要素の一部 | 不安が強いと下がりやすく、自信があると上がりやすい 3 |
| 教室での姿 | 母語ではおしゃべりなのに、英語の時間だけ黙る | 英語以外の場面でも緊張する | 英語力が同じくらいでも、話す生徒と話さない生徒がいる |
ポイントは、「英語ができない」と「英語で話さない」は別のことだという点です。話さない理由が英語力ではなく、不安や自信のなさにあることがあります。
この理論が言っていることを3つで
- 外国語の教室には、そこならではの不安がある:言いたいことの一部しか言えず、本当の自分より幼く見える自分をさらすことになるからです 1。
- 不安は成績と中程度のマイナスの関係にある:メタ分析では平均の相関は r = −.36 でした(関係の強さは測り方や学校段階などで変わります)5。
- 話すかどうかは、英語力だけでは決まらない:WTC は自信・不安・動機づけと関係し、いちばん強く関係していたのは自信でした 3。その場の状況でも変わります 2。
研究ではどうなってる?
- 外国語不安と成績のメタ分析(105サンプル・19,933人・23か国)では、平均の相関は r = −.36 でした。関係の強さは、成績の測り方・学校段階・学ぶ言語・不安の種類によって変わりました 5。
- 別のメタ分析(55サンプル・1万人以上)では全体の相関は −.34 で、聞くことへの不安とリスニングの成績の関係が最も強く、習熟度の違うグループでも関係は安定していました 6。
- ホーウィッツ氏らの不安尺度(FLCAS)と成績のメタ分析でも、総合的な成績との相関は r = −.39 と、中程度のマイナスの関係でした 7。
- 世界の外国語学習者1,746人の研究では、授業の楽しさは不安より高く、楽しさのエピソードには、先生の専門的な力や感情面の配慮、支え合う仲間の存在が大きく関わっていました 8。
日本の教室の「沈黙」
日本の9大学・924人の英語の授業を、1分ごとに観察した研究では、学生が先生に促されずに自分から始めた発話(student-initiated talk)は、授業の中で始まった発話のうち1%にも満たず(先生の質問への答えなどを含む、学生の発話全体が1%未満だったという意味ではありません)、授業時間の5分の1以上は、先生も学生も誰も話していない時間でした 9。沈黙は一つの原因ではなく、さまざまな経路から生まれ、教室の中で半ば定着した状態になっていると解釈されています。
日本の大学の英語の授業で、先生が質問して学生が答え、先生が評価するというおなじみのパターン(IRF)をあえて避け、学生が自分から話し始めるディスカッションを1学期続けた研究では、自分から発言する回数の差が、性格や英語力といった個人の特徴と、クラスという集団の状況がからみ合う中で生まれていく様子が描かれています 10。
高校でも、ペア活動中に英語を使うと「かっこつけている」と見られるのを避けて、あえて英語を使わない生徒がいることが報告されています 11。日本の教室で WTC を育てるには、個人の不安だけでなく、クラスの空気に働きかける必要があります。
明日の授業でこうする
以下は、このページの内容をもとにした授業上の提案です。5つをセットにした効果を直接確かめたものではありません。
- 考える時間をとる:質問してすぐ指名しない。「30秒考えて、隣と確認してから」。
- いきなり全体の前で言わせない:①一人で考える → ②ペアで言う → ③グループで言う → ④全体へ。足のつくプールから。
- 間違いを笑わない約束を最初の授業で:「間違えた人は、クラスの英語を前に進めてくれた人」。先生自身も言い間違えたら、I make mistakes too! と明るく言い直してみせる。
- 小さな成功を毎時間:「ペアで1分話せた」「相手に通じた」という経験を、毎時間どこかで味わわせる。WTC と最も強く関係するのは自信です 3。
- テスト不安には「予行演習」:パフォーマンステストの前に、同じ形式の練習を授業で2回。何をどう評価するかを事前に示す。
- 小学校:答えをいきなり言わせず、カードを指さしたり、ジェスチャーで答えたりする段階をはさむ。言えた子を大げさにほめて目立たせるより、よかった点を先生が短く具体的に伝える。
- 中学校:毎時間のはじめに、ペアで1分間英語で話す「1分トーク」を続ける。慣れてきたら、ペアで話した内容を、別の生徒が全体に紹介する(自分の話を自分で発表しない)形式にすると、全体の前で話す負担が軽くなります。
- 高校:ディスカッションの前に、意見を英語でメモする時間を3分。メモを見ながら話してよいことにする。学期の後半にメモを短くしていきます。
- 「不安を下げる=楽な課題だけにする」:挑戦のない授業では、楽しさも有能感も生まれにくい。不安を下げるのは課題を易しくすることではなく、「挑戦の前の準備と支え」(考える時間、ペアでの練習、メモを見てよいことなど)です。
- ランダムな指名で緊張感を保とうとする:考える時間も準備もないまま当てると、不安の高い生徒を固まらせたり、話すのを避けさせたりするおそれがあります。
- 黙っている生徒を「やる気がない」と決めつける:沈黙には、不安、自信のなさ、クラスの空気など、さまざまな理由があります 9。
❓ よくある質問
Q. 外国語不安とは何ですか?
人前で話す不安、テスト不安、否定的に評価される恐れと関係しながらも、その単なる足し算ではない、外国語の教室に特有の不安です 1。外国語では言いたいことの一部しか言えず、本当の自分より幼く見える自分をさらすことになるため、不安が生まれやすいと考えられています。
Q. 英語への不安は成績に影響しますか?
外国語不安と成績のメタ分析(105サンプル・19,933人)では、平均の相関は r = −.36 で、中程度のマイナスの関係でした 5。ただし相関なので因果の向きは別問題で、成績の低さが不安を生み、不安がさらに学習を妨げるという双方向の循環があると考えるのが自然です。
Q. WTC(話そうとする気持ち)とは何ですか?
第二言語でコミュニケーションしようとする意志のことです。性格や動機づけのような安定した要因から、その場の「今なら話せる」という状況的な要因まで、何層にも積み重なったピラミッド型のモデルで説明されます 2。メタ分析では、WTC と最も強く関係していたのは自分の伝える力への自信でした 3。
Q. 英語の授業で生徒が発言しないのはなぜですか?
日本の9大学・924人の授業観察では、学生が自分から始めた発話は、授業内で開始された発話の1%未満でした。また、授業時間の5分の1以上は誰も話していない時間でした 9。沈黙には不安、自信のなさ、クラスの空気などさまざまな理由があり、「やる気がない」と決めつけないことが大切です。
Q. 英語で話す不安を減らすには、授業で何をすればいいですか?
質問してすぐ指名せず考える時間をとる、一人→ペア→グループ→全体の順で言わせる、間違いを笑わない約束を最初の授業でする、ペアで1分話せたなどの小さな成功を毎時間つくる、テストの前に同じ形式の練習をする、の5つが手立てです。楽な課題だけにするのではなく、挑戦の前の準備と支えを用意します。
🎓 もう一歩深く(大学院レベル)
🎓院生モード不安は「原因」か「結果」か
不安と成績の相関は一貫していますが、因果の向きは別問題です。外国語学習の成否を分ける要因を研究したスパークス(Richard L. Sparks)氏とガンショウ(Leonore Ganschow)氏は、外国語学習の成績の個人差の主な原因は言語適性の差であり、不安はその副産物にすぎない面が大きいと主張しました(言語コーディング差異仮説)。これに対してマッキンタイア氏は、不安を単なる副産物とみなすのは重大な見落としであり、不安は学習とコミュニケーションの両方に因果的な役割を果たしうると反論しました 12。スパークス氏らは再反論で、情意要因が影響する場面は認めつつも、その因果的な役割は小さいと述べ、より厳密な「強い推論」の研究方法を求めました 13。
おそらく実態は双方向で、成績の低さが不安を生み、不安がさらに学習や発話を妨げるという循環があると考えるのが自然でしょう。教室の実践としては、不安を下げる工夫と、つまずきの原因となる力(音と文字の処理、語彙)を育てる指導の両方が必要です(→ 個人差)。
🎓院生モード不安から「楽しさ」へ:ポジティブ心理学の転回
第二言語習得研究で知られるアメリカの言語学者スティーヴン・クラッシェン(Stephen D. Krashen)氏の情意フィルター仮説は、不安・自信のなさ・動機づけの低さが、インプットが習得の装置に届くのを妨げると説明しました 14。長く「不安を減らす」ことが中心だった研究は、近年、楽しさ(enjoyment)などのポジティブな感情にも目を向けるようになりました。外国語学習と感情を研究するジャン=マルク・デワール(Jean-Marc Dewaele)氏とマッキンタイア氏(2014)は、題名に「ヤヌス(前後に二つの顔を持つローマの神)」を掲げ、外国語の教室の楽しさと不安を並べて測定し、楽しさの方が不安より高いこと、そして両者がそれぞれ別の要因と結びついていることを示しました 8。
WTC 研究も、性格のような安定した特性としての WTC から、その場その場で揺れ動く状況的な WTC へと関心を移しています 10。日本の大学の授業観察が示した沈黙 9 も、個々の学生の性格だけでは説明できず、クラス全体のパターンとして生まれるものとみなされています。個人の不安を下げる工夫と、クラス全体の相互作用のパターンを変える工夫の両方が求められるということです。
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📑 出典(14件)
本文の上付き数字に対応。✔ は DOI / ISBN / 公式ページを書誌データベースと機械照合した印です。
- Horwitz, E. K., Horwitz, M. B., & Cope, J. (1986). Foreign language classroom anxiety. The Modern Language Journal, 70(2), 125-132. doi:10.1111/j.1540-4781.1986.tb05256.x ✔ DOI照合済外国語の授業に特有の不安(外国語不安)を提唱し、測定尺度 FLCAS を示した論文
- MacIntyre, P. D., Clément, R., Dörnyei, Z., & Noels, K. A. (1998). Conceptualizing willingness to communicate in a L2: A situational model of L2 confidence and affiliation. The Modern Language Journal, 82(4), 545-562. doi:10.1111/j.1540-4781.1998.tb05543.x ✔ DOI照合済第二言語の WTC(話そうとする気持ち)をピラミッド型のモデルで示した論文
- Elahi Shirvan, M., Khajavy, G. H., MacIntyre, P. D., & Taherian, T. (2019). A meta-analysis of L2 willingness to communicate and its three high-evidence correlates. Journal of Psycholinguistic Research, 48(6), 1241-1267. doi:10.1007/s10936-019-09656-9 ✔ DOI照合済WTC(話そうとする気持ち)と、自信・不安・動機づけの関係をまとめたメタ分析
- Yashima, T. (2002). Willingness to communicate in a second language: The Japanese EFL context. The Modern Language Journal, 86(1), 54-66. doi:10.1111/1540-4781.00136 ✔ DOI照合済日本の大学生297人で WTC を調べ、「国際的志向性」が動機づけと WTC につながることを示した研究
- Teimouri, Y., Goetze, J., & Plonsky, L. (2019). Second language anxiety and achievement: A meta-analysis. Studies in Second Language Acquisition, 41(2), 363-387. doi:10.1017/S0272263118000311 ✔ DOI照合済外国語不安と成績の関係をまとめたメタ分析(105サンプル・約2万人)
- Zhang, X. (2019). Foreign language anxiety and foreign language performance: A meta-analysis. The Modern Language Journal, 103(4), 763-781. doi:10.1111/modl.12590 ✔ DOI照合済外国語不安と成績のメタ分析(55サンプル)。全体の相関は −.34
- Botes, E., Dewaele, J.-M., & Greiff, S. (2020). The foreign language classroom anxiety scale and academic achievement: An overview of the prevailing literature and a meta-analysis. Journal for the Psychology of Language Learning, 2(1), 26-56. doi:10.52598/jpll/2/1/3 ✔ DOI照合済FLCASと成績のメタ分析(14,128人)。総合的な成績との相関は r = −.39
- Dewaele, J.-M., & MacIntyre, P. D. (2014). The two faces of Janus? Anxiety and enjoyment in the foreign language classroom. Studies in Second Language Learning and Teaching, 4(2), 237-274. doi:10.14746/ssllt.2014.4.2.5 ✔ DOI照合済外国語学習の「楽しさ(FLE)」と不安を世界の1,746人で調べた研究
- King, J. (2013). Silence in the second language classrooms of Japanese universities. Applied Linguistics, 34(3), 325-343. doi:10.1093/applin/ams043 ✔ DOI照合済日本の9大学・924人の授業観察。学生が自分から始めた発話は1%未満だった
- Yashima, T., MacIntyre, P. D., & Ikeda, M. (2018). Situated willingness to communicate in an L2: Interplay of individual characteristics and context. Language Teaching Research, 22(1), 115-137. doi:10.1177/1362168816657851 ✔ DOI照合済日本の大学の英語授業で、個人の性格・習熟度とクラスの状況がからみ合って発言が生まれる様子を分析
- Loewen, S., & Sato, M. (2018). Interaction and instructed second language acquisition. Language Teaching, 51(3), 285-329. doi:10.1017/S0261444818000125 ✔ DOI照合済インタラクション(やり取り)研究の総説。インプット・意味交渉・アウトプットとその条件を整理
- MacIntyre, P. D. (1995). How does anxiety affect second language learning? A reply to Sparks and Ganschow. The Modern Language Journal, 79(1), 90-99. doi:10.1111/j.1540-4781.1995.tb05418.x ✔ DOI照合済不安は成績不振の「結果」にすぎないという主張に反論し、不安が原因にもなると論じた
- Sparks, R. L., & Ganschow, L. (1995). A strong inference approach to causal factors in foreign language learning: A response to MacIntyre. The Modern Language Journal, 79(2), 235-244. doi:10.1111/j.1540-4781.1995.tb05436.x ✔ DOI照合済外国語の成績の個人差の主因は適性(母語の言語処理の力)だと再反論した論文
- Krashen, S. D. (1982). Principles and Practice in Second Language Acquisition. Pergamon 本の紹介ページ ✔ ISBN照合済インプット仮説・情意フィルター仮説など、クラッシェンの5つの仮説をまとめた本(著者サイトで全文公開)
最終更新 2026-10-18 ・ 原田英語 まちがいのご指摘はこちら








