原田先生の英語とっておきの話

「お疲れ様です」を英語に訳そうとした 外国人が混乱した話 ─ 翻訳不可能な日本語TOP10 「疲れてますね」って言ってるの? 褒めてるの? 挨拶なの? ─

🗾 LOST IN TRANSLATION

お疲れ様です」を英語に訳そうとした
外国人が混乱した話
翻訳不可能な日本語TOP10

「疲れてますね」って言ってるの? 褒めてるの? 挨拶なの?
─ 世界を困惑させる日本語の深すぎる世界

来日したアメリカ人の同僚が、ある日こう言いました。
「”Otsukaresama desu” って何? “You are tired” って訳すの?
でも朝会った時にも言ってたよね? 朝から疲れてるの?」
──この一言から、「翻訳不可能な日本語」の深い沼が始まります。

1なぜ日本語には「翻訳できない言葉」が多いのか?

すべての言語には、他の言語に直訳できない表現があります。しかし日本語は、その数が圧倒的に多いことで知られています。これには明確な理由があります。

まず地理的要因。日本は何千年もの間、島国として独自の文化を発展させてきました。大陸の文化と交わりつつも、独自の感性─四季への繊細な美意識、社会的調和への深い意識─を磨き上げてきたのです。

次に宗教・哲学的要因。仏教の「無常」、神道の「万物に宿る神」、儒教の「礼」。これらが融合して生まれた概念は、キリスト教文化圏の英語では一言で表現しきれません。

そして社会構造の要因。日本語には敬語という精緻なシステムがあり、同じ「ありがとう」でも相手との関係性によって言い方が変わる。この社会的文脈が言葉に「意味の層」を積み重ねているのです。

🔑

「翻訳不可能」とは「意味がない」という意味ではありません。むしろ逆で、意味が豊かすぎて一語に収まらないのです。今回紹介する10語は、すべて日本文化の深層を映す鏡です。

2👑 第1位:お疲れ様です(Otsukaresama desu)── 最強の万能フレーズ

堂々の1位は、日本のオフィスで一日に何十回も飛び交う「お疲れ様です」。直訳すると “You are tired”(あなたは疲れています)ですが、もちろんそんな意味ではありません。

この一言が英語話者を最も混乱させるのは、使われる場面があまりにも多すぎるからです。

使用場面 日本語での意味 英語で最も近い表現
朝、同僚に会った時 おはよう的な挨拶 Good morning / Hey
会議が終わった時 みんなの頑張りへの労い Good work, everyone
退社時の挨拶 今日もお疲れさま、また明日 See you tomorrow / Good night
メールの書き出し ビジネスメールの定型挨拶 Hi / Hope you’re doing well
廊下ですれ違った時 軽い会釈代わり Hey / How’s it going?
飲み会の乾杯 今日も頑張ったね! Cheers! / We made it!
友人のスポーツ後 よく頑張った! Good game! / Well done!
CONFUSION EPISODE

ある外国人社員の一日──

🕘 朝9時:
同僚「お疲れ様です!」
外国人(心の声:まだ仕事始まってないけど…もう疲れてるの?)
🕐 昼1時:
コピー機の前で別の同僚「お疲れ様です〜」
外国人(心の声:コピー取っただけなのに疲れてるって言われた…?)
🕕 夕方6時:
帰る人「お疲れ様でした!」 残る人「お疲れ様です!」
外国人(心の声:今度は過去形!? 時制も変わるの!?)
🍺 夜8時(飲み会):
全員「お疲れ様です〜!カンパーイ!」
外国人(心の声:OK、もう理解するのを諦めた。とりあえず乾杯。)

「お疲れ様です」の本質は、「疲れ」の確認ではなく、相手の存在と努力への承認です。英語にはこの「労いの文化」を一言で表す表現がないため、場面ごとにまったく異なる英語表現を使い分ける必要がある。これこそが「翻訳不可能」の典型例なのです。

“Otsukaresama is the Swiss Army knife of Japanese greetings. It’s hello, goodbye, thank you, and good job — all rolled into one.”

「お疲れ様は日本語の挨拶におけるスイスアーミーナイフだ。こんにちは、さようなら、ありがとう、お疲れ──全部が一つに入っている」

── 在日外国人フォーラムでの投稿より

3第2位〜第5位:日常に潜む「訳せない」日本語たち

「お疲れ様」だけではありません。日本人が毎日のように使う表現の中にも、英語話者を困惑させる言葉がたくさんあります。

2位
よろしくお願いします(Yoroshiku onegaishimasu)

直訳すると “Please treat me well” だが、実際にはそんな訳では全く伝わらない。言語学者が「主語も動詞も目的語もない」と指摘するほど、構造的に翻訳不可能な表現。

場面 意味 英語訳の候補
初対面の自己紹介 仲良くしてね Nice to meet you
仕事を依頼する時 お願いします Please take care of it
メールの末尾 定型の締め言葉 Best regards / Thanks in advance
年始の挨拶 今年もよろしく Looking forward to another great year
伝言を頼む時 〇〇さんによろしく Say hi to ○○ for me
💡 ある日本語教師のコメント:「yoroshiku onegaishimasu は、未来の好意への前払い。英語には “Thanks in advance” があるが、日本語ほど深い社会的含意は持たない」
3位
木漏れ日(Komorebi)

木々の葉の隙間から差し込む陽光のこと。英語では “sunlight filtering through the trees” と長々と説明するしかない。日本語ではたった4文字

この言葉が世界で注目される理由は、自然現象に名前をつける日本語の繊細さを端的に表しているから。英語圏の人がこの言葉を知ると、「なぜ英語にはこの概念がないんだ!」と悔しがることが多いのです。

4位
いただきます(Itadakimasu)

食事前に言うこの言葉、よく “Bon appétit!”(フランス語で「召し上がれ」)と訳されますが、まったくの別物です。

🇫🇷 Bon appétit
相手への声掛け
「美味しく召し上がれ」
他者への祝福
🇯🇵 いただきます
自分からの謙譲表現
「命をいただきます」
食物・作り手への感謝

「いただく」は「受け取る」の謙譲語。つまり「あなたの命を、謹んで受け取ります」という深い意味が込められています。農家、料理人、食材そのもの──すべてへの感謝がたった5文字に凝縮されているのです。

5位
しょうがない(Shoganai)

英語では “It can’t be helped” や “It is what it is” と訳されますが、「しょうがない」にはもっと深い哲学があります。

これは単なる諦めではなく、コントロールできないことを受け入れ、前に進む知恵。仏教の「受容」の精神が日常語に染み込んだ例です。電車が遅れた時、天候で計画が変わった時、日本人は「しょうがない」と言って切り替える。英語の “It is what it is” にはこの「受容→次への前進」というポジティブなニュアンスが含まれていません。

4第6位〜第10位:美意識・哲学を映す「訳せない」日本語

ここからは、日本人の美意識や人生哲学がそのまま言葉になった、より深い表現たちです。

6位
侘び寂び(Wabi-sabi)

不完全さ・儚さの中に美を見出す日本の伝統的美学。ひび割れた茶碗、散りゆく桜、古びた木の質感──完璧でないからこそ美しい。

🌍 世界での影響:近年、英語圏のインテリアデザインやライフスタイル雑誌で “wabi-sabi” がそのまま使われるようになっている。もはや翻訳を諦めて借用語になりつつある例。
7位
生きがい(Ikigai)

「生きる」+「甲斐(価値)」=人生を生きる理由・目的。朝ベッドから起き上がる原動力となるもの。趣味でも、仕事でも、人でも、何でもいい。

📚 世界的ベストセラー:スペイン人著者の『IKIGAI:日本人だけの長く幸せな人生を送る秘訣』は世界で大ヒット。英語の “purpose” や “reason for living” では表現しきれない、日本的な「日常の中の小さな喜び」というニュアンスが世界中の読者の心を掴んだ。
8位
懐かしい(Natsukashii)

英語では “nostalgic” と訳されるが、決定的な違いがある。英語の nostalgia は「過去を思い出す悲しみ」を含むのに対し、「懐かしい」は温かく幸せな感情。子供時代のおもちゃを見つけた時、昔の友人と再会した時、ふと聞こえた懐かしい曲──すべてが「懐かしい!」の一言に集約される。

9位
もったいない(Mottainai)

英語の “wasteful” は「無駄だ」という否定的な意味だけ。一方「もったいない」は、まだ価値があるのに活かされていないことへの惜しみ。物に対する敬意と、その可能性を惜しむ気持ちが込められています。

🏆 国際的認知:ケニア出身のノーベル平和賞受賞者ワンガリ・マータイ氏が2005年に国連で「MOTTAINAI」を環境保護のキーワードとして紹介。「Reduce, Reuse, Recycle」を一語で表す日本語として世界に広まった。
10位
積ん読(Tsundoku)

「積む」+「読(む)」=本を買って積み上げるだけで読まないこと。世界中の本好きが「これは自分のことだ!」と共感する、愛すべき日本語。

📖 SNSでの人気:英語圏のSNSで “#tsundoku” は本好きの自虐ネタとして大人気。「My tsundoku is getting out of control(積ん読が制御不能になってきた)」というポストが共感を集めている。

5外国人が本当に混乱した「誤訳エピソード」集

翻訳不可能な言葉は、時に笑える(そして少し切ない)誤解を生みます。実際に起きた、あるいは頻繁に報告される混乱エピソードを紹介します。

EPISODE 1

🎌 Google翻訳に頼った悲劇

日本の会社に入ったばかりのアメリカ人が、上司からのメール冒頭の「お疲れ様です」をGoogle翻訳にかけた。

結果:“You look tired”(疲れて見えますよ)

彼は心配になって上司に “Thank you for your concern about my health, but I’m feeling fine!”(健康を心配してくれてありがとう、でも元気です!)と返信。

上司は「???」となった。

EPISODE 2

🍽️ 「いただきます」をそのまま訳した食事会

日本語を勉強中のイギリス人が、日本人の友人家族との食事で「いただきます」を英語で説明しようとした。

彼の説明:“I will now receive this”(これを今から受け取ります)

友人の子供:「……プレゼントじゃないよ? ご飯だよ?」

結局「It’s like saying grace, but to the food itself」(食べ物自体に向けて祈りを捧げるようなもの)という説明に落ち着いた。

EPISODE 3

🤝 「よろしく」のカオス

オーストラリア人の学生が、日本人の友人に「”Yoroshiku” って結局何なの?」と聞いた。

友人:「えーと……Nice to meet you?」
学生:「でも昨日もメールの最後に書いてたよ? もう会ってるのに?」
友人:「あー、その時は Thank you in advance かな」
学生:「じゃあ年賀状に書いてあったのは?」
友人:「それは……Let’s have a good year together? みたいな?」
学生:「……一つの言葉にいくつ意味があるの?」
友人:「しょうがない(笑)」

6言語学から見る「翻訳不可能」の正体

なぜ一部の言葉は翻訳できないのか? 言語学では、いくつかの理論的枠組みでこの現象を説明しています。

サピア=ウォーフ仮説 ── 言語が思考を形作る

言語学者のエドワード・サピアとベンジャミン・リー・ウォーフは、「使う言語が、その話者の思考・世界認識を形作る」という仮説を提唱しました。「木漏れ日」という言葉を持つ日本人は、森を歩いた時に葉の隙間から差す光を「独立した美的体験」として認識する。一方、この概念を持たない英語話者は、同じ光景を見ても「ただの木漏れ…いや、sunlight through trees」としか捉えられない──そんな違いが生まれ得るのです。

高コンテクスト文化 vs 低コンテクスト文化

文化人類学者エドワード・ホールの理論によれば、日本は世界で最も「高コンテクスト」な文化の一つ。つまり、言葉にしない部分に多くの意味が含まれる社会です。「お疲れ様です」が万能フレーズとして機能するのも、話者と聞き手が共有する「文脈」が極めて豊かだから。低コンテクスト文化(アメリカなど)では、すべてを言葉で明示する必要があるため、この「文脈依存型」の表現は翻訳しにくいのです。

オノマトペ大国・日本

日本語のオノマトペ(擬音語・擬態語)は、英語の数倍と言われています。英語で “eating” を表すオノマトペは “nom nom” くらいですが、日本語には「ぱくぱく」(普通に食べる)「ばくばく」(がっつり食べる)「がつがつ」(速く食べる)「もぐもぐ」(よく噛む)と、食べ方だけで何種類もある。この豊かさそのものが「翻訳不可能」を生み出す一因です。

📊

豆知識:オックスフォード英語辞典(OED)に収録されている日本語由来の借用語は年々増加しています。”tsunami”、”karaoke”、”emoji” に加え、近年では “ikigai” や “wabi-sabi” も英語の辞書に載り始めています。翻訳できないなら、そのまま借りてしまえ──という英語の柔軟さも見えますね。

7逆もまた真なり──日本語に訳せない英語表現5選

公平を期すために、英語から日本語への「翻訳不可能」も見てみましょう。日本語話者が困る英語表現もたくさんあります。

1. Serendipity
偶然の幸運な発見
「偶然」+「幸運」+「発見」が一語に凝縮された英語。日本語では「偶然の幸福な発見」と説明的に訳すしかない。ペニシリンの発見やポストイットの誕生がこの例。
他人の行為を見て感じる居心地の悪さ
日本語では「いたたまれない」「見てられない」が近いが、SNS時代の “cringe” には「恥ずかしさ+軽蔑+同情」の独特のミックスがある。最近は「クリンジ」とそのままカタカナ化する傾向も。
3. You
二人称の代名詞(単数・複数・敬語・タメ口すべて同じ)
英語の “you” は一語で万能。日本語では「あなた」「君」「お前」「あんた」「貴殿」「そちら」……場面と関係性で使い分ける。逆に言えば、日本語話者は英語の “you” の距離感のなさに困惑する
4. Accountability
説明責任+結果に対する個人の責任
「責任」だけでは不十分。Accountability には「自分の行動の結果を引き受け、説明する義務」という能動的なニュアンスがある。日本語の「責任」はもっと広い概念で、この一語の鋭さが出せない。
5. Procrastinate
やるべきことを先延ばしにする
日本語の「先延ばしにする」「後回しにする」は行為の説明。英語の “procrastinate” には「やらなきゃいけないとわかっているのに、ついつい避けてしまう罪悪感込みの行為」が一語に込められている。
💡

翻訳不可能な言葉は「言語の欠陥」ではなく、「その文化が何を大切にしてきたか」の証拠です。日本語にオノマトペが多いのは、感覚体験を大切にする文化だから。英語に抽象概念の単語が多いのは、論理的議論を重視する文化だから。どちらが優れているのではなく、互いに補完し合う関係です。

8「翻訳不可能」を武器にする──日本文化の説明に使える英語フレーズ

これらの「訳せない日本語」を外国人に説明する時、使えるフレーズを紹介します。

🟢 概念を紹介する時の前置きフレーズ

There’s no direct English equivalent, but the closest would be…
直接の英語訳はないのですが、最も近いのは…
最も汎用性の高い前置き。「訳せないけど、ニュアンスはこんな感じ」と伝えるのに最適。
It’s a concept that doesn’t really exist in English.
英語にはない概念なんです。
相手に「これは面白い話が来るぞ」と期待させる効果がある。英語話者はこういう文化的発見を楽しむ人が多い。
It literally means “___,” but it’s used to express…
直訳すると「___」ですが、実際には…を表します。
直訳→実際の意味、というギャップを示すことで理解を深める。特に「お疲れ様」の説明に効果的。

🔵 各単語の実用的な説明テンプレート

お疲れ様です
“It literally means ‘you must be tired,’ but it’s actually a universal greeting in Japanese workplaces. Think of it as ‘hello,’ ‘goodbye,’ ‘good job,’ and ‘cheers’ — all packed into one phrase.”
よろしくお願いします
“It roughly means ‘please take care of things,’ but we use it for everything — meeting someone new, ending emails, asking favors. It’s like a social contract of goodwill for the future.”
木漏れ日
“You know when you walk through a forest and the sunlight filters through the leaves, creating dancing spots of light on the ground? We have a single word for that in Japanese: komorebi.”
侘び寂び
“It’s the beauty of imperfection. A cracked tea bowl, a fading flower, the texture of aged wood — in Japanese aesthetics, these are more beautiful because they’re not perfect.”

まとめ ──「訳せない」は、文化の宝物

翻訳不可能な言葉は「言語の壁」ではありません。
むしろ、その文化が何千年もかけて磨いてきた知恵の結晶です。

「お疲れ様です」── 一語に7つの意味を持つ、世界最強の万能挨拶
「よろしくお願いします」── 未来への善意を前払いする、日本独自の社会契約
「木漏れ日」「懐かしい」── 自然と感情を繊細に切り取る日本語の精度
「侘び寂び」「もったいない」── 世界が借用語として採用し始めた日本の哲学
英語にも「日本語に訳せない言葉」がある──お互い様の関係
「訳せない」を武器にすれば、文化を語る最高の会話ネタになる

言葉が訳せないからこそ、文化を深く知ろうとする。
「翻訳不可能」は、最高の異文化コミュニケーションの入口である。

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