──それは英語という沼にハマった証拠です。
Part.3では「脳がバグる」トリビアを集めました。読んだら、画面の前で声を出すこと間違いなし。パズル、意味の大逆転、そして英語の構造そのものが抱える矛盾に、今度こそトドメを刺します。
- 「Buffalo」×8で文法的に正しい文が成立する
- 「had」が11回連続する完璧な英文が存在する
- 「nice」は元々「バカ」という意味だった──意味が180°反転した単語たち
- 回文の魔術──「tattarrattat」からジョイスの遊びまで
- 「Serendipity」── 世界で最も翻訳不可能な英単語
- 「villain」は元々「農民」──階級差別が生んだ意味の暗転
- 英語にはアルファベット26文字すべてを使う一文がある
- 最も長い英単語は発音に3時間半かかる
- 「aibohphobia」── 回文恐怖症は、自らが回文であるという地獄
- 「Time flies like an arrow」── 一文で5通りの意味が成立する魔文
1「Buffalo」×8で文法的に正しい文が成立する
まずはPart.3の一発目にふさわしい、脳がフリーズする一文をどうぞ。
Buffalo buffalo Buffalo buffalo buffalo buffalo Buffalo buffalo.
↑ これ、文法的に完璧に正しい英文です。
なぜこれが成立するのか? キーは “buffalo” が3つの品詞を同時に持つこと。
ニューヨーク州
バッファロー市
アメリカンバイソン
(複数形も buffalo)
「威嚇する」
「困惑させる」
つまりこの文は──
1972年にバッファロー大学(!)の教授ウィリアム・J・ラパポートが発案。スティーブン・ピンカーが1994年の著書『言語を生みだす本能』で紹介し、世界的に有名になりました。言語学者は「同形異義語と省略関係節の極端な例」として愛しています。
2「had」が11回連続する完璧な英文が存在する
次はBuffalo文の「動詞版」。同じ単語が11回連続します。
James while John had had had had had had had had had had had a better effect on the teacher.
「壊れたプリンター?」と思うでしょう。しかし句読点と引用符を加えると──
James, while John had had “had“, had had “had had“; “had had” had had a better effect on the teacher.
Johnは “The man had a cold” と書いた(単純過去)
Jamesは “The man had had a cold” と書いた(過去完了)
結果:「had had(過去完了)」を使ったJamesの方が、先生の評価が高かった。
この文は1947年に哲学者ハンス・ライヘンバッハが著書『記号論理学の要素』で「対象言語とメタ言語の違い」を説明するために使用。句読点一つで意味が完全に変わることを示す究極の例題です。
英語は「同じ単語がコンテキストで完全に異なる機能を持つ」言語。Buffalo文は品詞の多重性、had文は時制と引用の多重性を極限まで利用しています。日本語でこれに近いことをやろうとしても、ほぼ不可能です。
3「nice」は元々「バカ」という意味だった──意味が180°反転した単語たち
英語で最も普通の褒め言葉 “nice”。「いい人ですね」は “He’s a nice person.”
しかし中世では、”nice” は「愚か」「無知」という侮辱の言葉でした。
特に衝撃的なのが awful と awesome の運命の分岐。どちらも元は “awe”(畏怖)から生まれた双子の言葉で、かつては同義語でした。それが今では一方は「最悪」、もう一方は「最高」と完全に真逆。17世紀には大聖堂を “awful”(荘厳な)と褒めていたのに、今それを言ったら怒られます。
4回文の魔術──「tattarrattat」からジョイスの遊びまで
前から読んでも後ろから読んでも同じ──回文(palindrome)。英語には信じられないほど精巧な回文文化があります。
OED(オックスフォード英語辞典)に収録されている最長の回文英単語は、ジェイムズ・ジョイスが小説『ユリシーズ』(1922年)で発明した──
tattarrattat
12文字 │ 意味:ドアをノックする音 │ 前からも後ろからも同じ
日常で使われる英語の回文単語はたくさんあります。
しかし真の芸術は回文文。スペースと句読点を無視すると、前から読んでも後ろから読んでも同じ文になります。
2002年、Googleのリサーチディレクター、ピーター・ノーヴィグがプログラムで生成した回文文は21,012語。これをさらに拡張した研究者は1,155,699語の回文文を作成しています。もちろん意味は滅茶苦茶ですが、文法的には成立しているのが恐ろしい。
5「Serendipity」── 世界で最も翻訳不可能な英単語
2004年、イギリスの翻訳会社が「最も翻訳が難しい英単語」を選出。トップに輝いたのが──
Serendipity
「思いがけない幸運な発見をする能力・状態」
この単語は1754年にイギリスの作家ホレス・ウォルポールが発明。友人への手紙の中で、ペルシャの童話『セレンディップ(スリランカの古名)の三人の王子』にちなんで名づけました。物語の王子たちが「探していないものを偶然の知恵で次々と発見する」様子から生まれた言葉です。
🇯🇵 日本語 → 「偶然の幸運」──やはり「察知する知恵」が抜ける
🇩🇪 ドイツ語 → 直接対応する単語なし
予期していなかったことを発見する→それに価値を見出す知性→その結果として幸運になる
この3段階がすべて一語に凝縮されている点が翻訳を不可能にしている。
6「villain」は元々「農民」──階級差別が生んだ意味の暗転
映画やゲームでおなじみの “villain”(悪役)。この単語の語源をたどると、驚くべき差別の歴史が浮かび上がります。
つまり “villain = 悪者” は、貴族が「農民=下品=悪」と決めつけた階級差別の産物。同じような運命をたどった単語には、”boor”(農民 → 無作法な人)、”churl”(農夫 → 無礼者)、”hussy”(主婦 → ふしだらな女性)などがあります。言葉は時代の偏見を記録しています。
7英語にはアルファベット26文字すべてを使う一文がある
A〜Zの全26文字を最低1回ずつ使う文を “pangram”(パングラム)と呼びます。最も有名なのは、19世紀からタイプライターやフォントのテストに使われてきたこの一文:
“The quick brown fox jumps over the lazy dog.”
「素早い茶色のキツネが怠惰な犬を飛び越える」──35文字、全26種を網羅
パソコンでフォントをプレビューする時にこの文を見たことがある人は多いはず。実はこの一文は1885年から使われており、英語史上最も多く表示された文の一つです。
しかしパングラム愛好家たちは、もっと短い「完全パングラム」を求めます。
26文字ぴったりのパングラムは「完全パングラム(perfect pangram)」と呼ばれますが、自然な文として成立させるのは至難の業。上の例も「テレビクイズ博士のジョック氏がオオヤマネコを数匹ゲット」という、かなり無理のある内容です。
8最も長い英単語は発音に3時間半かかる
「英語で最も長い単語は?」と聞かれて “supercalifragilisticexpialidocious”(34文字)と答える人は多いでしょう。しかし真の最長単語は──
ヒトのタンパク質「チチン」の正式化学名
189,819文字
発音するのに約3時間30分かかる
もちろんこれは技術用語(化学式をそのまま読み下したもの)であり、「実用的な英単語」とは言えません。では辞書に載っている最長単語は?
ちなみに45文字の pneumonoultramicroscopicsilicovolcanoconiosis は、1935年に全米パズル愛好家連盟の会長が「辞書に載る最長の単語を意図的に作ろう」として発明したもの。つまり長さ自体がジョークなのです。
9「aibohphobia」── 回文恐怖症は、自らが回文であるという地獄
回文が苦手な人がいたとして、その恐怖症の名前は──
aibohphobia
↑ 後ろから読んでみてください。
aibohphobia。後ろから読むと…… aibohphobia。そう、回文恐怖症を表す単語自体が回文なのです。
これはもちろん正式な医学用語ではなく、言語学者たちがわざと意地悪で作ったジョーク単語。回文を怖がる人が自分の恐怖症の名前を見たら、さらに恐怖が増す仕組みです。
英語にはこの手の「自己矛盾ジョーク」がたくさんあります。
10「Time flies like an arrow」── 一文で5通りの意味が成立する魔文
Part.3の最後を飾るのは、言語学の授業で必ず登場する究極の多義文です。
“Time flies like an arrow;
fruit flies like a banana.”
── グルーチョ・マルクス(に帰属される格言)
前半「Time flies like an arrow」は「光陰矢の如し」。後半「fruit flies like a banana」は「ミバエはバナナが好き」。同じ文構造なのに、”flies” が前半は動詞(飛ぶ)、後半は名詞(ハエ)に切り替わるトリック。
しかし真の恐怖は「Time flies like an arrow」だけでも5通りの解釈が可能なこと:
この多義性こそが英語の本質です。同じ綴りの単語が名詞にも動詞にもなり、構文の切り方次第で意味が完全に変わる。機械翻訳が英語を100%正しく訳せない最大の理由がここにあります。
Part.3のおまけミニトリビア
英語は「遊び場」である
Part.1では英語の隠れたルールを、
Part.2では歴史の地層を、
Part.3では脳をバグらせるパズルを掘りました。
全30個のトリビアが描き出す結論はひとつ。
英語は世界で最もカオスで、最も矛盾に満ちた言語。
でもだからこそ、世界で最も多くの人に愛される遊び場なのです。
