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なぜアメリカは 「メートル法」を 使わないの? 海賊、革命、国民のプライド── 世界でほぼ唯一ヤード・ポンドに固執する超大国の驚くべき理由

🏴‍☠️ MEASUREMENT MYSTERY

なぜアメリカは
メートル法」を
使わないのか?

海賊、革命、国民のプライド──
世界でほぼ唯一ヤード・ポンドに固執する超大国の驚くべき理由

世界195か国のうち、メートル法を公式に採用していないのはたった3か国
アメリカ、リベリア、ミャンマー。
しかもリベリアとミャンマーは移行を進めている。
──なぜ世界最大の経済大国が、この「孤独な道」を歩み続けるのか?

1世界地図で見る「メートル法の孤島」──アメリカの異常さ

メートル法(正式名称:国際単位系 / SI)は、現在世界のほぼすべての国で公式に採用されている測定システムです。距離はメートル、重さはキログラム、温度はセルシウス(摂氏)。日本に住む私たちにとっては「当たり前」のこの単位が、アメリカでは日常的に使われていません。

アメリカ人は距離をマイルで測り、体重をポンドで量り、気温を華氏(ファーレンハイト)で表現します。スーパーで牛乳を買えばガロン単位、身長を聞けばフィートとインチで返ってくる。

🌍
メートル法を採用している国
192か国
世界のほぼ全ての国が公式採用。
日本、EU、中国、インド、
ブラジル、韓国…ほぼ全員。
🇺🇸
メートル法を公式採用していない国
3か国
アメリカ、リベリア、ミャンマー。
しかもリベリアとミャンマーは
移行を進行中

つまり、実質的に「メートル法を真剣に採用しようとしていない唯一の国」がアメリカなのです。なぜ世界最先端のテクノロジー大国が、18世紀由来の測定システムに固執しているのか──その答えは、驚くほどドラマチックです。

💡

「ヤード・ポンド法」vs「帝国単位」:アメリカが使っているのは正確には「米国慣用単位(U.S. Customary Units)」であり、イギリスの「帝国単位(Imperial System)」とは微妙に異なります。例えば、アメリカの1ガロンは約3.79リットルですが、イギリスの1ガロンは約4.55リットル。同じ「ガロン」なのに量が違うのです。

2すべては海賊のせいだった?──1793年の運命の航海

アメリカがメートル法を採用しなかった理由を辿ると、信じられないような物語に行き着きます。その物語の主人公は、カリブの海賊です。

1790年代、独立したばかりのアメリカは測定単位の統一という課題を抱えていました。ニューヨークではオランダ式、ニューイングランドではイギリス式と、州ごとにバラバラの測定システムが使われており、州間の商取引は混乱を極めていたのです。

当時の国務長官トーマス・ジェファーソンは、フランスで開発されたばかりの「メートル法」に強い関心を持っていました。合理的な10進法に基づくこの新しいシステムこそ、若い国家にふさわしいと考えたのです。

🏴‍☠️ THE PIRATE STORY

1793年──運命の航海

📦 フランスからの贈り物:
フランス政府は、科学者ジョゼフ・ドンベイをアメリカに派遣。彼は2つの貴重な品を携えていた──正確に1キログラムの重さの銅製シリンダー(グラーヴ)正確に1メートルの長さの銅製棒。これらはメートル法の「原器」であり、ジェファーソンへの外交的・科学的贈り物だった。
🌊 嵐と海賊:
大西洋を横断中、ドンベイの船は猛烈な嵐に遭遇。はるか南のカリブ海まで流された。そこで待ち受けていたのがイギリスの私掠船(事実上の海賊)。船は拿捕され、ドンベイはモンセラート島に投獄。身代金の交渉が行われる前に、ドンベイは獄中で死亡した。
📉 失われたチャンス:
メートル法の原器はジェファーソンの手に届かなかった。キログラム原器は競売にかけられ、測量士アンドリュー・エリコットの手に渡り、1952年まで一族のもとにあった。現在はアメリカ国立標準技術研究所(NIST)に展示されている。

もちろん、海賊事件だけがメートル法不採用の原因ではありません。NISTの歴史研究者キース・マーティンも、この事件は「歴史の脚注に近い」と述べています。しかし、もしドンベイが無事にフィラデルフィアに到着していたら──議会がその銅の原器を手に取り、メートル法の合理性を「目で見て、手で触れて」理解していたら──歴史は大きく変わっていた可能性があります。

“The sight of those two copper objects, so easily copied and sent out to every state, might well have clarified the minds of senators.”

「あの2つの銅製品を見ていたら、議員たちの考えも変わっていたかもしれない」

── アンドロ・リンクレイター『Measuring America』

3産業革命という「引き返せない道」

海賊事件の後も、アメリカにはメートル法を採用するチャンスは何度もありました。しかし、19世紀に訪れた産業革命が、その道を事実上閉ざしてしまいます。

産業革命によってアメリカ全土に巨大な製造工場が建設されました。機械はすべてインチやフィートの規格で設計され、鉄道のレール幅、ネジの規格、建築基準──あらゆるインフラがヤード・ポンド法を前提に構築されていったのです。

なぜ「切り替え」が不可能になったのか

メートル法への移行が議論されるたびに、立ちはだかったのは「コスト」という壁でした。

コスト①
🏭 工場の全機械を交換・改修
ネジ、ボルト、パイプ、工具──すべてインチ規格で作られた機械設備を一新する必要がある。NASAだけでも、図面やダイアグラムのメートル法変換に推定3億5000万ドルが必要と試算。
コスト②
🛣️ 全国の道路標識を書き換え
アメリカの道路標識は全てマイル表記。これをキロメートルに変換するだけでも、全50州にまたがる膨大な作業と予算が必要。
コスト③
🧠 3億人超の国民の「再教育」
教科書の改訂、料理レシピの変換、体重計の買い替え…日常生活の隅々にまで影響する変更は、国民の抵抗を招きやすい。

歴史家のスティーブン・ミムは、1916年に設立された「アメリカ度量衡協会(American Institute of Weights and Measures)」が、メートル法移行を阻止するための組織的なロビー活動を行ったことを指摘しています。業界誌への広告、商工会議所への働きかけ、議会でのロビー活動──「現状維持」のために、巨大な力が動いていたのです。

4何度も失敗した「メートル法への転換」の歴史

アメリカが完全にメートル法を無視してきたわけではありません。実は、何度も「今度こそ」という瞬間があったのです。

出来事 結果
1866年 議会がメートル法の使用を合法化 使用は合法になったが、義務化はされず
1875年 メートル条約に署名(フランス、ドイツ、ロシアと共に) 国際的な計量基準への参加。しかし国内普及は進まず
1893年 メンデンホール令──米国慣用単位をメートル法基準で再定義 技術的にはメートル法が基盤に。しかし日常使用は変わらず
1975年 フォード大統領がメートル法転換法に署名 メートル法を「推奨される」システムに。ただし自主的な移行にとどめた
1977年 ギャラップ社の世論調査 メートル法を知っているアメリカ人の60%が反対
1982年 レーガン大統領がメートル法委員会を廃止 連邦支出削減の一環。メートル法移行は事実上停止
1991年 ブッシュ大統領が行政命令──連邦機関にメートル法採用を指示 義務化ではなく推奨。道路標識は今もマイル表記のまま

注目すべきは1975年の転換点です。フォード大統領が法案に署名し、メートル法が「推奨システム」に指定されました。しかし致命的だったのは、移行を「自主的(voluntary)」としたこと。国民に「変えてもいいですよ」と言っただけでは、誰も変えなかったのです。

🌍

イギリスとの比較:イギリスも1970年代になってようやく本格的にメートル法への移行を開始しました。それでもパブのビールは今もパイント、道路標識はマイルのまま。帝国単位の「発祥の国」ですら、完全な移行には苦労しているのです。

51億2500万ドルが宇宙に消えた日──NASA火星探査機の悲劇

「単位の違い」が引き起こした最も有名な──そして最も高額な──事故は、1999年に起きました。NASAの火星気候オービター(Mars Climate Orbiter)の消失です。

🚀 DISASTER CASE STUDY

Mars Climate Orbiter──1億2500万ドルの単位変換ミス

📋 ミッション概要:
1998年12月打ち上げ。火星の気候と大気を研究するための探査機。総額1億2500万ドルのプロジェクト。
💥 何が起きたか:
1999年9月23日、火星の軌道に入ろうとした探査機は、予定より遥かに低い高度57kmで火星の大気に突入。大気の摩擦で破壊された(安全な軌道投入には高度226kmが必要だった)。
🔍 原因:
製造を担当したロッキード・マーティン社のソフトウェアは推力をポンド力秒(lbf·s)で計算。一方、NASAジェット推進研究所(JPL)のナビゲーションソフトウェアはそのデータをニュートン秒(N·s)だと想定して読み込んだ。1ポンド力 ≈ 4.45ニュートン──この変換が行われなかったため、軌道修正の計算が全てずれていた。

NASAの事故調査委員会委員長アーサー・スティーブンソンは、根本原因がソフトウェアにおける英国単位からメートル法への変換失敗にあったと報告しました。しかし同時に、このエラーを発見できなかった検証プロセスの欠陥も指摘しています。

“The problem here was not the error; it was the failure of NASA’s systems engineering, and the checks and balances in our processes, to detect the error.”

「問題はエラーそのものではない。NASAのシステムエンジニアリングと検証プロセスが、そのエラーを検出できなかったことだ」

── エドワード・ワイラー(NASA宇宙科学担当准長官)

6「ギムリ・グライダー」──燃料が空になったボーイング767

NASAの事故より16年前、単位の混同がもう一つの衝撃的な事故を引き起こしていました。1983年の「ギムリ・グライダー」事件です。

1983年7月23日、モントリオールからエドモントンへ向かうエア・カナダ143便(ボーイング767)は、飛行中に両エンジンが停止。高度41,000フィート(約12,500m)で完全に動力を失いました。原因は──キログラムとポンドの取り違えによる燃料計算ミスでした。

正しい計算(メートル法) 実際の計算(ポンドで誤算)
変換係数 0.803 kg/L 1.77 lbs/L(旧来の帝国単位用)
搭載燃料量 22,300 kg 22,300 lbs(≒ 10,100 kg)
不足量 ── 必要量の約半分しか搭載されていなかった

当時、カナダは帝国単位からメートル法への移行期にあり、ボーイング767はエア・カナダ初のメートル法対応機でした。燃料計の故障と相まって、この「二重システム」の混乱が致命的なミスを生んだのです。

奇跡的に、機長のロバート・ピアソンはグライダー操縦の経験者でした。彼は動力なしで約100kmを滑空し、マニトバ州ギムリの廃飛行場に緊急着陸。その日、滑走路はゴーカートレース場として使われており、観客やレーサーが慌てて逃げる中、巨大な旅客機が着陸したのです。死者はゼロ。軽傷者10名のみ

事故調査の結論:「混合単位の艦隊は、全て帝国単位または全てメートル法の艦隊よりも危険である」──カナダ運輸安全委員会は、異なる測定単位が混在する環境そのものがリスクだと指摘しました。

7実はアメリカも「こっそり」メートル法を使っている

ここが面白いところです。「メートル法を使わない国」として知られるアメリカですが、実は日常の至る所でメートル法が使われています

🥤 飲料
缶コーラは12オンス、ペットボトルは2リットル
同じコカ・コーラなのに、缶はオンス、ペットボトルはリットル。アメリカのスーパーに行くと、この「二重表記」が当たり前のように並んでいます。
🏥 医療
病院ではほぼ完全にメートル法
薬の用量はミリグラム、注射はミリリットル、体温はセルシウス。医療現場では命に関わるため、より正確で国際標準に準拠したメートル法が使われています。
🔬 科学
科学研究は100%メートル法
NASAも、大学の研究室も、製薬会社も──科学の世界ではメートル法が大前提。国際的な論文で「フィート」を使う研究者はいません。
🍫 食品
栄養成分表示はグラム表記
ポテトチップスの袋を裏返すと、脂肪○グラム、ナトリウム○ミリグラムとメートル法で表記。食品の栄養表示は連邦法でメートル法が義務づけられています。
🏃 スポーツ
陸上競技は100メートル走、でもフットボールはヤード
オリンピック種目はメートル。しかしアメフトは今もヤード、野球はフィート。メガバイトやメガピクセルなど、新しい技術単位は自然とメートル法ベースになっています。

NISTのエリザベス・ベナムは、アメリカは実質的に「ハイブリッドシステム」の国だと説明しています。メートル法は1866年から合法であり、1975年以降は「推奨される」測定システム。問題は、日常生活での普及がなかなか進まないことなのです。

8英語学習者が知るべき「単位の英語表現」完全ガイド

アメリカ人と会話すると、単位の違いに戸惑う場面が必ず出てきます。ここでは、日常会話で頻出する単位表現を整理しておきましょう。

🌡️ 温度(Temperature)

華氏(°F 摂氏(°C) アメリカ人の感覚
32°F 0°C ❄️ Freezing!(凍る寒さ)
72°F 22°C 😊 Perfect weather!(快適)
100°F 38°C 🥵 It’s boiling out there!(猛暑)
💡

簡易変換公式:°F → °C は「(°F − 32)× 5/9」。逆算が面倒なら、ざっくり「°Fから30を引いて2で割る」と大体の摂氏が出ます。72°F →(72-30)÷2 = 21°C(実際は22°C)。

📏 日常会話で頻出する単位フレーズ

“I’m five foot ten.”
身長5フィート10インチ(約178cm)です。
アメリカで身長を聞かれたら、フィート+インチで答えるのが普通。1フィート ≒ 30cm1インチ ≒ 2.5cmと覚えておくと便利。
“I weigh about 150 pounds.”
体重は約150ポンド(約68kg)です。
1ポンド ≒ 0.45kg。簡単な目安は「ポンドを2で割ると、だいたいのkg」。150 lbs ÷ 2 ≒ 75kg(実際は68kg)。
“It’s about 10 miles from here.”
ここから約10マイル(約16km)です。
1マイル ≒ 1.6km。アメリカでは道路標識も速度制限もマイル表示。「65 mph」は時速約105km。
“Can I get a gallon of milk?”
牛乳を1ガロン(約3.8L)ください。
1ガロン ≒ 3.8リットル。アメリカの冷蔵庫が大きい理由がわかりますね。ちなみにイギリスの1ガロンは約4.5リットルで、同じ単位なのに量が違います。
“Preheat the oven to 350°F.”
オーブンを350°F(約175°C)に予熱してください。
アメリカのレシピは全て華氏。350°Fはお菓子作りの定番温度。日本のレシピの「180°C」に相当します。
🎯 英語学習者へのアドバイス

アメリカ人との会話で最も役立つのは、ざっくりした換算を頭に入れておくこと。完璧に変換できなくても、”So that’s about 20 kilograms, right?”(それって大体20キロくらい?)と聞き返せれば十分。アメリカ人自身も、メートル法との変換が苦手な人がほとんどです。

まとめ──「測り方」が映し出すアメリカの国民性

アメリカがメートル法を使わない理由は、
単なる怠慢でも無知でもありません。
そこには歴史、経済、政治、そして国民のアイデンティティが複雑に絡み合っています。

1793年、海賊がメートル法の原器を奪い、ジェファーソンの夢は砕かれた
産業革命がヤード・ポンド法をインフラに刻み込み、後戻り不可能に
1975年の転換法は「自主的」だったため、国民は動かなかった
NASAの1.25億ドル火星探査機消失は、単位混在の危険を世界に示した
実はアメリカは「こっそりメートル法」──科学・医療・食品表示はSI単位
メートル法を使わない国は実質アメリカだけ。リベリアもミャンマーも移行中

「測り方」は、その国の歴史と価値観を映す鏡。
アメリカのマイルとポンドは、独立心と変化への抵抗──
つまり「アメリカらしさ」そのものなのかもしれません。

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