BRAIN SCIENCE × READING
スマホで読むと頭に入らないのは
「ため息をつけない」からだった
― 昭和大学が解明した「呼吸×脳×理解力」の意外すぎる三角関係 ―
📱 あなたも薄々気づいていたはず
「スマホで読んだ記事、なんか頭に残らないな……」。その直感、実は正しかった。しかもその原因は「目が疲れるから」でも「集中力がないから」でもなく、まさかの「ため息が出なくなるから」でした。昭和大学の研究チームが、呼吸と脳と読解力の驚くべき関係を明らかにしています。
電車の中でスマホでニュース記事を読む。寝る前にスマホで電子書籍を読む。いまや当たり前の日常ですが、「なんとなく紙の本のほうが頭に入る気がする」と感じたことはありませんか?
その「なんとなく」に、ついに科学的な説明がつきました。しかも、その答えがあまりにも意外だったのです。
犯人は「ため息」の不在でした。
🔬 昭和大学の研究 ― 何をどう調べたのか
2022年、昭和大学医学部の本間元康博士らの研究チームが、科学誌『Scientific Reports』(Nature系列)に衝撃的な論文を発表しました。
タイトルは「Reading on a smartphone affects sigh generation, brain activity, and comprehension」(スマートフォンでの読書はため息の発生、脳活動、読解力に影響を与える)。
📋 実験の概要
被験者:健康な大学生34名
課題:村上春樹の小説(『ノルウェイの森』と『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』)を、紙とスマホの両方で読ませる
測定:①読後の理解度テスト ②胸部センサーによる呼吸パターン(特にため息の回数) ③近赤外分光法(NIRS)による前頭前野の脳活動
デザイン:同一被験者が両条件を体験(順序は統制)
つまり、ただ「紙とスマホで理解度が違うか?」を調べたのではなく、「なぜ違うのか」を呼吸と脳活動の同時測定で突き止めようとしたのがこの研究の画期的なポイントです。
📊 3つの衝撃的な結果
結果①
読解力が有意に低下
紙で読んだほうがスマホよりも読解テストのスコアが明確に高かった。しかも、どちらの小説でも同じ結果。
結果②
ため息が出なくなった
紙で読んだときは深い呼吸(ため息)が有意に多く発生。スマホではため息が抑制されていた。通常の呼吸には差がなかった。
結果③
脳が”頑張りすぎ”ていた
スマホで読むと左前頭前野の活動がより強く観察された。脳が過剰に働いている=認知負荷が高すぎる状態。
※ため息は「通常の呼吸の2倍の深さを持つ一呼吸」と定義。呼吸数や浅い呼吸のパターンには紙とスマホで差がなく、「ため息」だけが選択的に抑制されていた点が極めて重要です。
🧠 なぜ「ため息が出ない」と理解力が落ちるのか?
ここからが、この研究の核心です。パス解析(統計的因果分析)の結果、次のようなメカニズムが浮かび上がりました。
📄 紙で読む(適度な認知負荷)
⬇️
😮💨 自然にため息が出る
⬇️
🔄 呼吸リズムがリセットされる
⬇️
✅ 前頭前野が適切に制御 → 理解力UP
📱 スマホで読む(過剰な認知負荷)
⬇️
🚫 ため息が抑制される
⬇️
⚡ 呼吸リセットが起きない
⬇️
❌ 前頭前野が過活動 → 理解力DOWN
つまり、ため息は「脳のリセットボタン」のような役割を果たしているのです。
紙で読んでいるときは、適度な認知負荷がかかり、体が自然にため息をついて呼吸パターンをリセットする。このリセットが前頭前野の活動を適切にコントロールし、結果として理解力が保たれます。
ところがスマホで読むと、認知負荷が高すぎてため息自体が抑制されてしまう。リセット機能が働かないまま脳が頑張り続けてオーバーヒート状態になり、理解力が下がる――これが研究チームの結論です。
😮💨 そもそも「ため息」とは何か? ― 知られざる生理学的機能
「ため息をつくと幸せが逃げる」。日本ではそんな言い伝えがありますが、科学的には真逆です。
ため息とは、通常の呼吸の約2倍の深さを持つ呼吸のことで、脳幹にある「プレベッツィンガー複合体(preBötC)」と呼ばれる部位が制御しています。そして近年の研究で、ため息には驚くべき機能があることが次々と明らかになっています。
| 機能 | 説明 | 関連研究 |
| 肺のリセット | 潰れかけた肺胞を再膨張させ、ガス交換効率を回復させる | Vlemincx et al., 2010 |
| 呼吸変動性の回復 | 固まりかけた呼吸リズムを正常な変動範囲に戻す | Vlemincx et al., 2013 |
| ストレス緩和 | 闘争・逃走反応を鎮め、副交感神経を活性化させる | Vlemincx et al., 2016 |
| 心理的リセット | 「諦め」の後に新たな行動への動機づけを高める | Teigen, 2008; 福田・宮澤, 2016 |
| 認知機能の補助 | 前頭前野の過活動を抑制し、実行機能を改善する | Honma et al., 2022 |
この研究の本間博士自身、研究を始めたきっかけをこう語っています。「研究室で隣に座っていた女性がしょっちゅうため息をついていたので、なぜだろうと気になったのが始まりです。調べてみると、ため息は社会的にはネガティブな印象を与える一方で、認知機能にはポジティブな効果があることがわかった。今思えば、彼女は無意識のうちにため息で作業効率を高めていたのかもしれません」。
📱 スマホの画面は「視覚環境」として何が違うのか?
では、なぜスマホで読むとため息が出にくくなるのでしょうか。研究チームは「視覚環境の違い」が呼吸パターンに影響を与えていると考えています。
ここで重要なのは、ため息の抑制は「通常の呼吸」には影響がなかった点です。呼吸数や一回換気量は紙でもスマホでも大きく変わりませんでした。ため息だけが選択的に抑制されていた。これは、通常の呼吸とため息の生成が異なる神経経路で制御されており、視覚環境がため息の経路だけに影響していることを示唆しています。
💡 なぜスマホの画面がため息を抑制するのか? 考えられる仮説
① バックライトの直接光 ― 紙は反射光を読む。スマホは発光体を直接見る。この違いが自律神経系に異なる影響を与える可能性
② 持続的注意の強制 ― 小さなスマホ画面は視線の動きを制限し、読者を「固定的な注意状態」に縛りつける。この緊張状態がため息を抑制する可能性
③ 空間的手がかりの不在 ― 紙の本には厚さ・重さ・ページの位置という物理的手がかりがある。スマホにはそれがなく、脳がより多くのリソースを使って「今どこにいるか」を把握しようとする
ちなみに、17万人以上のデータを統合した大規模メタ分析(Delgado et al., 2018)でも、デジタル画面での読書は紙より理解度が低い「スクリーン劣位性(screen inferiority)」が確認されています。その差は、小学生の読解力が1年間で伸びる量の約3分の2に相当するとも推定されており、決して無視できない規模です。
🌍 他の研究も同じことを言っている
この研究の知見は、孤立したものではありません。「呼吸が認知機能に影響する」というテーマでは、続々と新しい発見が出ています。
| 研究 | 発見 | 年 |
| 兵庫医科大学 | 息を吸う瞬間に集中力・注意力が途切れ、記憶力が低下する | 2022 |
| 千葉大学 | 息を吐いているときのほうが、物体の動きの変化に速く反応できる | 2019 |
| 兵庫医科大学(マウス実験) | 呼吸の頻度・パターンを変えると記憶力の強化と悪化の両方が起きる | 2024 |
| ノルウェー・マンゲンら | Kindleで読んだ学生は、紙で読んだ学生より小説の筋を時系列順に再現する能力が低い | 2014 |
つまり、呼吸は単なる「酸素を取り入れる行為」ではなく、脳の情報処理のリズムを刻む「メトロノーム」のような役割を果たしているのです。そしてため息は、そのメトロノームの「リセットボタン」。スマホの画面がこのリセットボタンを押しにくくしてしまう――それが、理解力低下のメカニズムの一端でした。
💪 じゃあどうすればいい? ― 今日から使える5つの対策
「スマホで読むな」と言うのは現実的ではありません。研究チームの本間博士自身、こう提案しています。「電子デバイスを長時間使う方は、合間に意識的な深呼吸を取り入れることをお勧めします」。
この研究の知見を踏まえて、実践的な対策をまとめましょう。
1 「ため息タイム」を意識的に作る
スマホで長文を読むときは、段落の切れ目で意識的に深い呼吸を1回入れる。スタンフォード大学の研究者が推奨する「生理学的ため息(physiological sigh)」は、鼻から2回連続で吸い(1回目は長く、2回目は短く)、口からゆっくり吐く方法です。
2 大事な文章は紙で読む
試験勉強、契約書、重要なレポートなど、深い理解が求められるものは紙に印刷して読む。これだけで理解度が確実に上がることは、大規模メタ分析でも裏付けられています。
3 電子ペーパー端末を使う
KindleなどのE-Ink端末はバックライトではなくフロントライト方式で、紙に近い視覚環境を提供します。スマホの液晶とは光の性質が根本的に違います。
4 20分ルールを守る
スマホで読み始めて20分経ったら、必ず一度目を離し、深呼吸を3回する。脳に「リセットの機会」を与えることが重要です。
5 読後にアウトプットする
スマホで読んだ内容を、誰かに話す・メモに書き出す。アウトプットの過程で理解が深まり、デジタル読書のデメリットを補えます。
📝 この研究の限界と今後の展望
公正を期すために、この研究の限界も押さえておきましょう。
まず、被験者は34名と少数であり、全員が日本の大学生です。年齢層や文化的背景が異なる集団で同じ結果が出るかは未検証です。また、主観的な認知負荷の測定が行われていないため、被験者が「どれくらい大変だと感じていたか」は不明です。
さらに、スマホで読むときと紙で読むときでは、姿勢や目と対象物の距離も異なる可能性があり、これらの要因が呼吸に影響した可能性も排除しきれていません。
とはいえ、「読書媒体 → 呼吸パターン → 脳活動 → 理解力」という因果の連鎖を示したのは世界初の知見であり、今後のデジタル教育やUI設計に大きな示唆を与える研究であることは間違いありません。
✨ まとめ ― あなたの「ため息」を取り戻そう
整理しましょう。
✔ スマホで読むと、紙より読解力が有意に低下する(昭和大学・2022年)
✔ その原因は「ため息が出なくなる」こと。通常の呼吸は変わらないのにため息だけが抑制される
✔ ため息は脳のリセットボタン。出ないと前頭前野がオーバーヒートして理解力が落ちる
✔ 17万人超の大規模分析でも「スクリーン劣位性」は確認済み
✔ 対策:大事な文書は紙で読む/スマホ読書の合間に意識的に深呼吸する
日本語には「ため息をつくと幸せが逃げる」ということわざがありますが、科学が教えてくれたのは正反対の事実でした。ため息をつけないほうが、理解力も、おそらく幸福感も逃げていく。
次にスマホで長い記事を読むとき、意識的に「ふぅ」と一息ついてみてください。その一呼吸が、あなたの脳にリセットの魔法をかけてくれるはずです。
🎓 英語で学ぼう ― Key Vocabulary
sigh(サイ)=ため息
comprehension(コンプリヘンション)= 理解力、読解力
prefrontal cortex(プリフロンタル・コーテックス)= 前頭前野
cognitive load(コグニティブ・ロード)= 認知負荷
respiration(レスピレイション)= 呼吸
overactivity(オーバーアクティビティ)= 過活動
screen inferiority(スクリーン・インフェリオリティ)= スクリーン劣位性
path analysis(パス・アナリシス)= パス解析(因果分析)
📖 今日の英語フレーズ
“Take a deep breath.”(深呼吸して。)
緊張しているときや冷静になりたいときに使う定番フレーズ。今回の研究が教えてくれたのは、この何気ないアドバイスに本当に科学的根拠があったということです。スマホ読書の合間にもぜひ。
📚 参考文献
Honma, M. et al. (2022). Reading on a smartphone affects sigh generation, brain activity, and comprehension. Scientific Reports, 12, 1589. doi:10.1038/s41598-022-05605-0
Delgado, P. et al. (2018). Don’t throw away your printed books: A meta-analysis on the effects of reading media on reading comprehension. Educational Research Review, 25, 23–38.
Vlemincx, E. et al. (2010). Sigh rate and respiratory variability during mental load and sustained attention. Psychophysiology, 48(1), 117–120.
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