
跳ねるおもちゃ「シリーパテ」の発明者の一人が、特許でもらったのは1ドルだけだった
シリーパテは、ゴムの代わりになれなかった失敗作。
もくじ
1951年2月13日、アメリカで特許2541851号が認められました。発明者は、GE(ゼネラル・エレクトリック)社の化学者ジェームズ・ライト(James Wright)です。特許は、この発明を「バウンシング・パテ(跳ねるパテ)」と呼んでいます。パテとは、窓ガラスを枠に留めるときなどに使う、ねった材料のことです。
特許によると、このパテは、固い所に落とすとよく弾みます。ところが、ハンマーでたたくと割れてしまいます。そして、指でゆっくり押すと、流れるように少しずつ形を変えます。このパテが、のちにおもちゃ「シリーパテ」として売られることになりました。
ただし、シリーパテはもともと、おもちゃを目指して作られた物ではありません。第二次世界大戦中、アメリカはゴムの代わりになる物を探していました。シリーパテは、その研究の中でできた「ゴムになれなかった物」だったのです。しかも、ほとんど同じ物を、別の会社の化学者アール・ウォリック(Earl Warrick)も作っていました。特許を先に申しこんだのは、ウォリックのほうでした。
この記事では、まずシリーパテが生まれた戦争中の事情を紹介します。次に、2人の化学者の特許と、「どちらが先か」の争いを見ます。最後に、おもちゃとして売れるまでと、シリーパテのふしぎな性質のしくみを説明します。
011942年、アメリカは東南アジアのゴムが手に入らなくなり、人工のゴムを探していた
科学の歴史を伝えるアメリカのサイエンス・ヒストリー・インスティテュート(科学史研究所)の記事によると、事情はこうです。1942年、日本がインドネシアなど、東南アジアのゴムの産地に攻め込みました。そのため、アメリカなどの連合国は、ゴムが手に入らなくなりました。
戦争には、たくさんのゴムが必要でした。タイヤ、ガスマスク、飛行機、船、戦車を作るのにも、動かし続けるのにも、ゴムが欠かせなかったのです。アメリカ政府はまず、国民に協力を求めました。人々は、古い雨がっぱやゴムホースを差し出しました。しかし、それを再生したゴムは、元のゴムほどうまく働きませんでした。そこで政府は、科学者たちに、人工のゴムを作るよう求めました。
022つの会社の化学者が作ったのは、弾むけれどゴムにはならない物だった
人工のゴムを探した化学者の中に、2人がいました。ダウ・コーニング社のウォリックと、GE社のライトです。2人は別々に、シリコーン油にホウ酸を混ぜる実験をしました。シリコーン油は、ケイ素という元素を含む油です。そして2人は、ほとんど同じ物を作りました。
できた物は、ふしぎな性質を持っていました。科学史研究所の記事によると、ハンマーでたたくと、何百ものかけらに割れました。壁に投げつけると、跳ね返ってきました。長い間置いておくと、液体のようにゆっくり流れました。ところが、弾むこと以外は、天然のゴムに似ていませんでした。そのため、2人ともこの物を置いて、別の研究に移りました。
結局、ウォリックもライトも、ゴムの代わりは作れませんでした。科学史研究所の記事によると、ゴムの代わりを作ったのは、石油を使ったアメリカ政府の研究所の科学者たちでした。

03先に特許を申しこんだのはウォリックだったが、受け取ったのは1ドルだった
ウォリックの特許は、化学者マグレガーとの連名で、1943年3月30日に申しこまれました。特許の権利は、ガラスの会社コーニング・グラス・ワークスのものになっています。特許の実験では、シリコーンに酸化ホウ素を混ぜて、230℃で熱しました。すると、落とすと跳ね返るのに、置いておくとゆっくり流れる、ゴムのような物ができました。別の例では、できた物を玉にして60インチ(約152cm)の高さから落とすと、53インチ(約135cm)まで跳ね返った、と書かれています。
ライトの特許が申しこまれたのは、1944年12月23日です。ウォリックより1年9か月ほどあとでした。特許が認められたのも、ウォリックは1947年12月2日、ライトは1951年2月13日で、ウォリックのほうが早かったのです。
科学史研究所の記事によると、ウォリックとライトは、どちらが先にシリコーン油とホウ酸を混ぜたかで、何年も言い争いました。記事は、特許を申しこんだ順番で決めるなら、ウォリックの勝ちだと書いています。けれども、シリーパテは2人のどちらも金持ちにしませんでした。ダウ・コーニング社の社員だったウォリックが、この特許で受け取ったのは1ドルだけでした。
04おもちゃ屋の店主と広告の専門家が、「ゴムになれなかった物」を卵に入れて売り出した
ゴムにならなかったパテは、捨てられずに残りました。科学史研究所の記事によると、2人の化学者は、このパテを友人に見せて楽しませました。パテは人から人へと渡り、やがて、おもちゃ屋の店主ルース・ファルガッターの手に届きました。ファルガッターは、これを「跳ねるパテ」と呼んで店に置いていました。
1949年、ファルガッターは、広告の仕事をしていたピーター・ホジソン(Peter Hodgson)にこのパテを見せました。ファルガッターが店で扱うのをやめると、ホジソンはお金を借りて、GEの研究所からパテを買いました。作る権利も買いました。ホジソンは名前を「シリーパテ」に変え、1オンス(約28g)ずつプラスチックの卵に入れて売り出しました。1950年の復活祭に間に合わせたのです。
最初は、少ししか売れませんでした。流れを変えたのは、雑誌『ニューヨーカー』の記者でした。記者は本を買いに行った書店でシリーパテを見つけ、1950年8月26日号に短い記事を書きました。すると、全国の人がシリーパテを欲しがるようになりました。1年のうちに何百万個も売れ、1970年代には、年間の売上が500万ドルを超えました。
シリーパテを新聞の上に広げると、インクがうつり、字が左右反対に写ります。引っぱると、見出しがぐにゃぐにゃに曲がります。実は、ライトの特許にも、このパテで物や新聞の字の型を取れると書かれていました。特許は、手のリハビリの運動具や、タイプライターの活字の掃除にも使えると考えていたのです。
その後、シリーパテは宇宙にも行きました。1968年、アポロ8号の宇宙飛行士は、銀の卵に入れたシリーパテを持って月を回りました。また地質学者は、地球の表面の板が動くようすを見せる模型に、シリーパテを使っています。
深掘り講義
ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。
シリーパテは、速く力をかけると固体、ゆっくりかけると液体のようにふるまう
科学史研究所の記事は、シリーパテを「非ニュートン流体」の仲間だと紹介しています。非ニュートン流体とは、力のかけ方によって、流れやすさが変わる物のことです。短い時間に大きな力をかけると、シリーパテはもろい固体のようになります。ゆっくり引っぱると、ゆっくり動く液体のようになります。
研究者のクロスは、2012年の物理学の論文で、この性質を測りました。シリーパテを円柱の形にして、上からおもりを落とす実験で、速い変形を調べました。また、材料を試験する機械でゆっくり押しつぶして、遅い変形を調べました。その結果、シリーパテに力をかけると、その力は約0.1秒でゆるんでいくことが分かりました。
クロスの結果から考えると、約0.1秒より短い時間でかかる力に対しては、シリーパテは力をゆるめる間がありません。そのため、ばねのように力を返して弾みます。それより長い時間をかけて押すと、力がゆるんでいくので、形が変わったままになります。床に落として弾むのも、置いておくと流れるのも、同じ物が、時間の長さによって違う顔を見せているのです。
ホウ素の「つなぎ替わる橋」が二つの顔を作る、という新しい説明がある
では、なぜこんなことが起こるのでしょうか。ライトの特許は、1951年の時点で、理由を「おそらく」と仮説で説明するだけでした。研究者のブルームフィールドは、2018年に公開した論文(専門家の審査を受ける前のもの)で、こうした物のふしぎなふるまいは、70年もの間、説明されていなかったと書いています。
ブルームフィールドによると、シリーパテは、シリコーンの長い鎖がホウ素の「橋」でつながった、巨大な網のような物です。ある一瞬だけを見ると、橋がたくさんかかっているので、弾む固体のようにふるまいます。ところが、ホウ素の橋は一時的なもので、外れてはつなぎ替わっています。そのため、時間がたつと網の形が変わり、液体のように流れるのです。
ブルームフィールドは、ずっと外れない橋が十分に加わると、シリーパテのような物は、ゴムの仲間(粘りのあるシリコーンゴム)になるとも書いています。外れない橋と、つなぎ替わる橋の両方を持つ物です。
「シリーパテの発明者」は誰なのか
科学史研究所の記事によると、ホジソンがパテを買ったのは、ライトが最初にパテを作ったGEの研究所でした。売り出されたシリーパテは、ライトのパテから始まったことになります。しかし特許の書類を見ると、ほとんど同じ物の特許を先に申しこんだのは、ウォリックたちでした。
科学史研究所の記事は「ウォリックはライトより1年前に特許を申しこんだ」と書いています。特許の書類の日付で数えると、差は約1年9か月です。紹介記事を読むときは、元の書類の日付と照らし合わせると、細かいずれが見つかることがあります。
もう一つ、特許の書類から分かることがあります。ウォリックたちの特許の権利はコーニング・グラス・ワークスに、ライトの特許の権利はGEに渡されていました。どちらも、発明した本人ではなく、会社の権利になっていたのです。シリーパテで大金持ちになったのは、発明した2人ではなく、自分では発明していない物を売り出したホジソンでした。
05まとめ
シリーパテは、第二次世界大戦中に、ゴムの代わりを目指して作られた物でした。GEのライトとダウ・コーニング社のウォリックが、別々にシリコーン油とホウ酸を混ぜて、弾むけれどゴムにはならない物を作りました。特許を先に申しこんだのはウォリックでしたが、この特許で受け取ったのは1ドルだけでした。
そのパテを、広告の専門家ホジソンが卵に入れて売り出し、大ヒットさせました。シリーパテを丸めて床に落とし、次にゆっくりと引っぱってみてください。おおよそ0.1秒より速い力には弾み、ゆっくりした力には流れる、二つの顔が見られます。
人に話すなら、こう言おう
伸びて跳ねるおもちゃ「シリーパテ」って、戦争中にゴムの代わりを作ろうとして失敗した物なんだって。2つの会社の化学者が別々に作って、先に特許を申しこんだ人がもらったのは1ドルだけだったらしいよ。
英語で読む
The Rubber That Failed
英文をタップすると、その文の訳が出ます。
During World War II, the United States needed a lot of rubber.第二次世界大戦中、アメリカはたくさんのゴムを必要としていました。 In 1942, Japan took over rubber-growing areas in Southeast Asia.1942年、日本が東南アジアのゴムの産地を支配しました。 So American scientists tried to make a new kind of rubber.そこでアメリカの科学者たちは、新しい種類のゴムを作ろうとしました。
Two chemists at two different companies tried the same idea.別々の会社の2人の化学者が、同じアイデアを試しました。 Earl Warrick and James Wright mixed silicone oil with boric acid.アール・ウォリックとジェームズ・ライトは、シリコーン油にホウ酸を混ぜたのです。 The new material was very strange.できた新しい物は、とても奇妙でした。 It bounced when they dropped it.落とすと弾みました。 It broke when they hit it with a hammer.ハンマーでたたくと割れました。 If they left it alone, it slowly flowed like a liquid.置いておくと、液体のようにゆっくり流れました。 But it was not good enough to be rubber.けれども、ゴムになるには十分ではありませんでした。
Warrick sent in his patent papers first, in 1943.ウォリックが先に、1943年に特許の書類を出しました。 Wright sent in his papers at the end of 1944.ライトが書類を出したのは、1944年の終わりでした。 The two men argued for years about who was first.2人は、どちらが先かで何年も言い争いました。 Warrick got only one dollar for his patent.ウォリックがこの特許で受け取ったのは、たった1ドルでした。
Later, a toy store owner showed the putty to Peter Hodgson.のちに、あるおもちゃ屋の店主が、ピーター・ホジソンにそのパテを見せました。 He bought some from Wright's company and named it Silly Putty.彼はライトの会社からパテを買い、「シリーパテ」と名づけました。 In 1950, he sold it inside small plastic eggs.1950年、彼はそれを小さなプラスチックの卵に入れて売りました。 After a magazine wrote about it, people all over the country wanted one.雑誌が取り上げると、国じゅうの人がそれを欲しがりました。 Hodgson became very rich, but the two chemists did not.ホジソンは大金持ちになりましたが、2人の化学者はそうなりませんでした。
Scientists now say the putty acts like a solid when you hit it quickly.今では科学者たちは、このパテは素早くたたくと固体のようにふるまうと言います。 When you push it slowly, it acts like a liquid.ゆっくり押すと、液体のようにふるまいます。 It even went around the Moon with the Apollo 8 astronauts in 1968.1968年には、アポロ8号の宇宙飛行士と一緒に月を回りさえしました。
4択問題 Reading Quiz
-
Q1What is this story mainly about?
この話は主に何についてのものですか。
正解:B How a failed rubber became a famous toy
第2段落でゴムにならない物ができ、第4段落でそれがおもちゃとして売れたことを書いているので正解はB。Aの日本は第1段落にゴムの産地の話として出てくるだけ。
-
Q2When did Warrick send in his patent papers?
ウォリックが特許の書類を出したのはいつですか。
正解:D In 1943
第3段落1文目に Warrick sent in his patent papers first, in 1943 とあるので正解はD。1944年の終わりはライトが書類を出した時期。
-
Q3Why did American scientists try to make a new kind of rubber?
アメリカの科学者たちは、なぜ新しい種類のゴムを作ろうとしたのですか。
正解:A Japan took over rubber-growing areas in Southeast Asia.
第1段落2〜3文目で、日本が東南アジアのゴムの産地を支配したので(So)新しいゴムを作ろうとした、とあるので正解はA。
-
Q4In paragraph 2, the word "flowed" is closest in meaning to
第2段落の "flowed" に最も意味が近いのはどれですか。
正解:C moved slowly like water
flow は「流れる」。like a liquid(液体のように)と続くので正解はC。
-
Q5Which is true about the story?
この話について正しいのはどれですか。
正解:D Warrick got only one dollar for his patent.
第3段落4文目に Warrick got only one dollar for his patent とあるので正解はD。Aは第4段落で2人の化学者は金持ちにならなかったとあり、Bはゴムには十分でなかった、Cはホジソンは買って名づけた人なので誤り。
重要語 Key Words(タップで裏返る)
-
rubber名詞ゴム
These boots are made of rubber.
この長靴はゴムでできている。
💡 rubber band で「輪ゴム」。rub(こする)から、消しゴムの意味もある。
-
chemist名詞化学者
The chemist mixed two liquids in a glass.
その化学者は、グラスの中で2つの液体を混ぜた。
💡 chemistry(化学)をする人。イギリスでは「薬局」の意味もある。
-
material名詞物質、材料
Wood is a good material for chairs.
木はいすの材料に向いている。
💡 raw material で「原料」。
-
bounce動詞弾む、跳ね返る
The ball bounced off the wall.
ボールが壁に当たって跳ね返った。
💡 bounce back で「立ち直る」という意味にもなる。
-
liquid名詞液体
Water is a liquid at room temperature.
水は室温では液体だ。
💡 solid(固体)、gas(気体)と一緒に覚える。
-
patent名詞特許
She sent in the papers for a patent.
彼女は特許の書類を出した。
💡 apply for a patent で「特許を出願する」。
-
argue動詞言い争う、議論する
My brothers often argue about games.
兄弟はよくゲームのことで言い争う。
💡 argue about ~ で「~について言い争う」。名詞は argument。
-
solid名詞固体
Ice is the solid form of water.
氷は水の固体の形だ。
💡 形容詞では「固い、しっかりした」。
SOURCES出典・ウラ取り
この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 32件)。
- Roberts, J. (2015) A Successful Failure: Silly Putty's serious past, Distillations(Science History Institute)sciencehistory.org
- McGregor, R. R. & Warrick, E. L. US Patent 2,431,878 "Treating dimethyl silicone polymer with boric oxide"(1947)patentimages.storage.googleapis.com
- Wright, J. G. E. US Patent 2,541,851 "Process for making puttylike elastic plastic, siloxane derivative composition containing zinc hydroxide"(1951)patentimages.storage.googleapis.com
- Cross, R. (2012) Elastic and viscous properties of Silly Putty, American Journal of Physics 80doi.org
- Bloomfield, L. A. (2018) Borosilicones and viscoelastic silicone rubbers: network liquids and network solids, arXiv(査読前の論文)arxiv.org
文章はすべて資料をもとに独自の言葉で書いています。画像はオリジナルのイメージです。誤りにお気づきの方は訂正窓口へ。
NEXT TRIVIAこの雑学にうなった人は、これにもうなる
No.001グレーGRAY付箋は、最初の試験販売ではほとんど売れなかった
付箋は最初、あまり売れなかった。
No.002瞬間接着剤の蒸気を当てると、指紋が白く浮かび上がる
瞬間接着剤は、指紋を調べる道具にもなる。
No.003電子レンジの発明者は、ポップコーンを作る特許も取っていた
電子レンジの最初の特許は、ベルトコンベア式。
No.122ヒゲペンギンは、4秒の居眠りを1日に1万回以上している
合わせると、1日11時間以上眠っていた。
No.086ホントTRUE1901年から100年以上ともり続けている電球がある
長持ちのひみつは「暗さ」にあるらしい。
No.158宇宙飛行士が宇宙で見た「ホタル」の正体は、宇宙船についた霜らしい
手袋でたたくと、光る粒が飛び出した。