瞬間接着剤の蒸気を当てると、指紋が白く浮かび上がる
失敗から生まれたNo.002

瞬間接着剤の蒸気を当てると、指紋が白く浮かび上がる

瞬間接着剤は、指紋を調べる道具にもなる。

うなり度 読む時間8分 出典6件 確認した事実17件
もくじ
  1. 瞬間接着剤のもとになる物質の作り方は、有名な発明者の会社より先に、別の会社が特許にしていた
  2. シアノアクリレートは、くっつきすぎるので、銃のねらいを定める器具には使われなかった
  3. 木の板に塗っても固まらなかった実験が、接着剤の特許に残っている
  4. 瞬間接着剤は、けがの手当てや手術の傷をふさぐのにも使われた
  5. 深掘り講義
  6. まとめ
  7. 英語で読む(A2・4択5問)
  8. 出典・ウラ取り

警察で証拠を調べる部屋(鑑識の部屋)に、ガラスのコップが一つ運びこまれます。見たところ、コップには何もついていません。このコップを箱の中に入れて、瞬間接着剤の蒸気を当てます。すると、やがてコップの表面に、白い線の模様が浮かび上がります。誰かが触った指紋です。

アメリカ司法省の研究機関が、指紋の調べ方をまとめた教科書を出しています。それによると、この方法は、水を吸わないほとんどの物の表面で使えます。ガラス、金属、プラスチックなどです。この方法は、1970年代の終わりに、日本とイギリスの研究者がほぼ同時に見つけました。そして、日本にいたアメリカ陸軍の鑑識官たちが、北アメリカに紹介したといいます。

瞬間接着剤(シアノアクリレート系接着剤)のもとの物質は、一度「くっつきすぎて使えない」と退けられた、と言われます。それは第二次世界大戦中、銃の照準器(ねらいを定める器具)の材料を探す研究の中でのこと、とされます。ところが、特許の書類をたどると、その前にも後にも、あまり知られていない話が出てきます。

この記事では、まず瞬間接着剤のもとになる物質の作り方を、誰が最初に特許にしたかを紹介します。次に、その物質が照準器には使われず、接着剤として売り出されるまでを見ていきます。最後に、瞬間接着剤が一瞬で固まる仕組みと、指紋が白く浮かぶ理由を説明します。

01瞬間接着剤のもとになる物質の作り方は、有名な発明者の会社より先に、別の会社が特許にしていた

瞬間接着剤を生んだ人として、よく名前が出る人がいます。イーストマン・コダック社の化学者、ハリー・クーヴァー(Harry Coover)です。しかし、もとになる物質の作り方を特許にしたのは、別の会社のほうが先でした。その物質を、シアノアクリレートといいます。

1947年5月29日、この物質の作り方の特許が出願されています(1949年に登録)。出したのは、オハイオ州アクロンにあるB.F.グッドリッチ社のアラン・アーディス(Alan Ardis)です。

特許には、この物質は「とても重合しやすく」、種類によっては何もしなくても自然に重合する、と書かれています。重合とは、小さな分子が次々に手をつないで長い鎖になり、プラスチックになることです。

特許には、実験の例も載っています。温めると15分で、硬くて透明な、ガラスのようなプラスチックになったそうです。透明で硬いプラスチックになるので、照準器の材料の候補になったのも、うなずけます。一方で、この特許には、「接着剤」や「くっつける」という話は一言も出てきません。

02シアノアクリレートは、くっつきすぎるので、銃のねらいを定める器具には使われなかった

クーヴァーの話は、レメルソン-MITプログラムが紹介しています。マサチューセッツ工科大学(MIT)の、発明家をたたえる事業です。その紹介によると、話はこうです。

第二次世界大戦中の1942年のことです。クーヴァーのチームは、精密な照準器に使う透明なプラスチックとして、シアノアクリレートを調べました。ところが、何にでもくっつきすぎて扱いにくい物質でした。そこで、チームはこの物質を使わないことにしました。

それから時がたった1951年、クーヴァーは、テネシー州キングスポートにあるコダックの化学工場に移りました。その工場では、熱に強いプラスチックを研究していました。ジェット機の操縦席をおおう、透明なカバー(キャノピー)に使うためです。ここで、シアノアクリレートがもう一度試された、とされます。そしてクーヴァーは、熱も圧力もかけずに物どうしがくっつくことに、価値があると気づいたといいます。

このときの話も、よく語られます。同僚が、屈折計という高い測定器のレンズにこの液体を塗りました。すると、くっついて外れなくなった、というものです。ただ、この話は、今回調べたもとの資料では確かめられませんでした。

熱も圧力もいらず、数秒で物どうしをつなぐ。照準器では欠点だった性質が、接着剤では長所になった。
熱も圧力もいらず、数秒で物どうしをつなぐ。照準器では欠点だった性質が、接着剤では長所になった。

03木の板に塗っても固まらなかった実験が、接着剤の特許に残っている

1952年11月、接着剤としての特許が出願されました(1957年に登録)。出したのは、クーヴァーと同僚のニュートン・シアラー(Newton Shearer)です。特許の実験では、ガラスの板どうしが数秒で強くくっつき、手ではがせなくなったと書かれています。アルミ、ナイロン、ゴム、木など、くっつけた材料の例もたくさん並んでいます。

1954年に出願した別の特許(1956年に登録)には、もっと細かい実験が残っています。乾かしていない生のオークの木の板に塗ったところ、接着剤は液体のまま、まったく固まりませんでした。原因は、木の表面が酸性だったことです。そこで、板をメタノールというアルコールにひたしてから塗ると、すぐに強くくっつきました。

同じ特許には、こんな例もあります。ガラスでは、接着剤が固まるまで約5分かかりました。ところが、ガラスの表面をアルコールでふいておくと、約5秒で固まりました。表面にほんの少しだけついている物質によって、固まる速さが何十倍も変わったのです。

1958年、コダックはこの接着剤を「イーストマン910」という名前で売り出しました。

04瞬間接着剤は、けがの手当てや手術の傷をふさぐのにも使われた

指紋の教科書によると、この接着剤は1960年代のベトナム戦争でも使われました。戦場でのけがの、応急手当てです。ただし、この使い方が、アメリカ食品医薬品局(FDA)に認められたことはありません。

医療用として正式に認められたのは、ずっと後です。1998年8月26日、FDAは、皮膚に使う接着剤を承認しました。2-オクチルシアノアクリレートという種類の、シアノアクリレートでできた接着剤です。手術の切り口や、よく洗った簡単な切り傷で、皮膚のふちを合わせて閉じるための物です。ただし、皮膚の下の層を縫う糸の代わりにはならない、という条件がついています。

LECTURE

深掘り講義

ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。

瞬間接着剤は、表面の水分に触れると、分子の鎖が一気に伸びて固まる

シアノアクリレートの分子には、分子どうしがつながるときの「つなぎ目」になる部分があります。そのすぐそばに、電子を強く引っぱる部分が2つついています。そのため、つなぎ目は、ほかの物質にとても反応しやすい状態になっています。

PubChemの説明では、シアノアクリレートは、水分や弱い塩基性の物質に触れると、ほぼ一瞬で重合するとされます。この反応には、アニオン(マイナスの電気を帯びた粒)が関わっています。

反応は、次のように進みます。まず、鎖の先にマイナスの部分ができます。その部分が、次の分子を取りこみます。すると、また鎖の先にマイナスの部分ができます。この繰り返しで、鎖がどんどん伸びていきます。

1950年代の特許には、この仕組みが実験の結果として記録されています。アンモニアなどの塩基は、固まるのを早めます。でも、多すぎると速く固まりすぎて、かえってくっつく力が弱くなります。反対に、酸があると固まりません。

そのため、容器の中で固まらないように、二酸化硫黄のような酸性の物質を、ごく少しだけ入れておきます。この物質を安定剤と呼びます。オークの板で固まらなかったのも、表面の酸が、鎖が伸びるのを止めたためでした。

この仕組みから考えると、使い方のこつも見えてきます。塗りすぎると、表面の水分から遠い部分は、固まるのが遅れます。薄く塗って押しつけると、すぐに固まります。

瞬間接着剤の蒸気が指紋の汗や脂にくっつき、白い網の目になって指紋が見える

指紋の教科書は、鑑識での反応を3つの段階で説明しています。

  • まず、蒸気になったシアノアクリレートの分子が、指紋に残った汗や皮脂の中にある、反応のきっかけになる物質とくっつきます。
  • 次に、そこへ蒸気の分子が次々につながって、鎖が伸びていきます。
  • 最後に、反応が止まります。

こうしてできた指紋は、白い立体の網の目になり、目で見えることが多いとされます。

教科書には、何が本当の反応のきっかけなのか、水がどんな役目をしているのかについては、研究が続いていると書かれています。毎日のように使われている技術でも、仕組みの細かいところには、まだ分からないことが残っているのです。

1942年のクーヴァーは、まだ大学で学んでいたので、「その年にコダックで研究した」という話とは合わない

照準器の話には、気になる点があります。レメルソン-MITの同じページによると、クーヴァーはコーネル大学で、1942年に修士号、1944年に博士号を取りました。そして、博士号を取った後まもなく、コダックに入社したといいます。そうだとすると、1942年にコダックのチームで照準器の研究をしていた、という話とは、時期が合いにくくなります。

たとえば、こんな可能性が考えられます。研究していたのは、戦争中の別の年だった。あるいは、入社の時期や順番が、伝わるうちに分かりやすく変えられた。今回調べた資料だけでは、どちらとも決められません。

有名な発明の話では、記念の紹介文や新聞記事が何度も引用されるうちに、最初に書かれた年が、確かめられないまま広まってしまいます。日付が書類に残る特許と、後から書かれた紹介文を分けて読むと、このようなずれが見えてきます。

また、物質の作り方を特許にしたのは、アーディスです。くっつく性質を製品に変えたのは、クーヴァーたちでした。科学の歴史では、物質を見つけることと、その物質の使い道を見つけることを分けて考えます。瞬間接着剤は、その2つが別々の会社で起きた例です。

05まとめ

瞬間接着剤のもとになったのは、シアノアクリレートという物質です。1947年に、B.F.グッドリッチ社の研究者が、その作り方を特許にしました。戦争中には、照準器の材料としては「くっつきすぎ」で使われませんでした。

その後、熱も圧力もいらない接着剤として、1958年に売り出されました。ベトナムの戦場では、けがの手当てに使われました。1998年には、皮膚を閉じる医療用の接着剤が承認されました。そして今では、鑑識の部屋で、指紋を白く浮かび上がらせています。

瞬間接着剤が固まるきっかけは、空気そのものではなく、表面のわずかな水分です。次に使うときは、たっぷりではなく、薄く一滴。そのほうが早く、しっかり固まります。

人に話すなら、こう言おう

瞬間接着剤って、もとは照準器の透明プラスチックを作る研究で「くっつきすぎ」て不採用になった物なんだって。今は警察が、その蒸気で指紋を白く浮かび上がらせてるらしいよ。
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英語で読む

Too Sticky to Fail

CEFR A2213 words4択 5問全訳つき
0:00

英文をタップすると、その文の訳が出ます。

A police expert puts a clean glass cup into a box.警察の鑑識官が、きれいに見えるガラスのコップを箱の中に入れます。 Then she fills the box with gas from super glue.それから、箱の中を瞬間接着剤から出る気体で満たします。 Soon, white lines appear on the glass.まもなく、ガラスの上に白い線が現れます。 They are fingerprints.それは指紋なのです。

This glue has a strange history.この接着剤には、変わった歴史があります。 During World War II, a team led by Harry Coover looked for a clear plastic for gun sights.第二次世界大戦中、ハリー・クーヴァーが率いるチームが、銃の照準器に使う透明なプラスチックを探していました。 They tested a chemical called cyanoacrylate.彼らは、シアノアクリレートという化学物質を試しました。 But it was too sticky, so the team did not use it.ところがそれはくっつきすぎたので、チームは使いませんでした。

In 1951, Coover worked at a factory in Tennessee.1951年、クーヴァーはテネシー州の工場で働いていました。 His team tested the same chemical again, and he finally saw its value.彼のチームが同じ化学物質をもう一度試し、彼はついにその価値に気づきました。 It could join things in a few seconds without heat or pressure.それは、熱も圧力もなしに、数秒で物どうしをくっつけることができたのです。 In 1958, his company started to sell it as a glue.1958年、彼の会社はそれを接着剤として売り始めました。

Why does it work so fast?なぜ、そんなに速く固まるのでしょうか。 Many people think air makes it hard.空気で固まると思っている人がたくさんいます。 But the real trigger is a tiny amount of water on the surface.でも、本当の引き金は、表面にあるほんのわずかな水分です。 The water starts a chain reaction, and small molecules join into long chains.水分が連鎖反応を始め、小さな分子がつながって長いくさりになります。 Acid stops this reaction, so fresh oak wood did not stick in one early test.酸はこの反応を止めるので、初期のある実験では、生のオーク材にはくっつきませんでした。

Later, doctors used the glue too.その後、医師たちもこの接着剤を使うようになりました。 In 1998, the United States approved a skin glue for closing some cuts.1998年、アメリカは一部の傷をとじるための皮膚用の接着剤を承認しました。 And today, police experts use it to find fingerprints.そして今では、警察の鑑識官が指紋を見つけるのに使っています。 The glue that was too sticky for gun sights found many new jobs.照準器にはくっつきすぎた接着剤は、たくさんの新しい仕事を見つけたのです。

4択問題 Reading Quiz

  1. Q1What is this story mainly about?

    この話は主に何についてのものですか。

  2. Q2When did Coover's company start to sell the glue?

    クーヴァーの会社が接着剤を売り始めたのはいつですか。

  3. Q3Why did the team not use the chemical for gun sights?

    チームはなぜその化学物質を照準器に使わなかったのですか。

  4. Q4In paragraph 4, the word "trigger" is closest in meaning to

    第4段落の "trigger" に最も意味が近いのはどれですか。

  5. Q5Which is true about the glue?

    接着剤について正しいものはどれですか。

重要語 Key Words(タップで裏返る)

  • fingerprint名詞
    指紋

    The police found his fingerprint on the door.

    警察はドアに彼の指紋を見つけた。

    💡 finger(指)+ print(あと、印刷)。leave a fingerprint で「指紋を残す」。

  • chemical名詞
    化学物質

    Wear gloves when you use this chemical.

    この化学物質を使うときは手袋をしなさい。

    💡 形容詞では「化学の」。chemistry(化学)、chemist(化学者)も一緒に。

  • sight名詞
    (銃の)照準器、視力、光景

    The hunter looked through the sight of his gun.

    猟師は銃の照準器をのぞいた。

    💡 ふつうは「視力・光景」の意味。gun sight で「照準器」。sightseeing は「観光」。

  • pressure名詞
    圧力、プレッシャー

    Put some pressure on the cut to stop the blood.

    血を止めるために傷を少し押さえなさい。

    💡 press(押す)の名詞形。under pressure で「プレッシャーを受けて」。

  • trigger名詞
    引き金、きっかけ

    Stress can be a trigger for headaches.

    ストレスは頭痛のきっかけになることがある。

    💡 もとは銃の引き金。動詞では「引き起こす」。

  • molecule名詞
    分子

    A water molecule is very small.

    水の分子はとても小さい。

    💡 atom(原子)が集まって molecule(分子)になる。

  • reaction名詞
    反応

    Fire is a chemical reaction.

    火は化学反応である。

    💡 react(反応する)の名詞形。chain reaction で「連鎖反応」。

  • approve動詞
    承認する、認める

    The school approved our plan for the festival.

    学校は私たちの文化祭の計画を承認した。

    💡 名詞は approval。approve of ~ で「~に賛成する」。

SOURCES出典・ウラ取り

この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 17件)。

  1. Harry Coover(Lemelson-MIT Program, MIT)lemelson.mit.edu
  2. Ardis, A. E. US Patent 2,467,927 "Preparation of monomeric alkyl alpha-cyano-acrylates"(1949)patents.google.com
  3. Coover, H. W. & Shearer, N. H. US Patent 2,794,788 "Adhesive compositions containing alkyl esters of cyanoacrylic acid"(1957)patents.google.com
  4. Coover, H. W. US Patent 2,768,109 "Alcohol-catalyzed alpha-cyanoacrylate adhesive compositions"(1956)patents.google.com
  5. Yamashita, B. & French, M. (2011) Latent Print Development, The Fingerprint Sourcebook 第7章(米司法省 NIJ)ojp.gov
  6. Ethyl cyanoacrylate(PubChem, 米国立衛生研究所)pubchem.ncbi.nlm.nih.gov

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文章はすべて資料をもとに独自の言葉で書いています。画像はオリジナルのイメージです。誤りにお気づきの方は訂正窓口へ。

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