
アルファベットの「A」は、牛の頭の形からできた
「A」の元の名前は、「牛」という意味。
もくじ
エジプトとアラビア半島の間に、シナイ半島があります。その山の中に、セラビト・エル・ハディムという場所があります。4000年ほど前、エジプトの王たちはここに人を送り、青緑色の宝石トルコ石を掘らせました。
この鉱山と神殿のまわりから、ふしぎな文字が見つかっています。エジプトの象形文字に似た絵が並んでいるのに、エジプト語としては読めません。研究者はこれを、原シナイ文字と呼びます。私たちが使う ABC の、遠い祖先と考えられている文字です。
その中に、牛の頭の形をした文字があります。名前は「アレフ」。意味は「牛」。この文字が、何千年もかけて A になりました。
この記事では、まず A のもとになった文字と、alphabet という言葉の成り立ちを見ます。次に、牛の頭の絵が音を表す文字になったしくみと、それを作ったのは誰かという説を紹介します。最後に、ギリシャ人がこの文字を母音の a に変えたいきさつをたどります。
01A のもとは、「牛」という名前をもつ、牛の頭の形の古い文字だった
アメリカの辞書ディクショナリー・ドットコム(Dictionary.com)によると、A はフェニキア文字のアレフ(aleph)から来ています。フェニキア人は、今のレバノンのあたりの海で活やくした人々です。アレフは、西セム語という古い言葉で、牛を指す言葉でした。そして、アレフの形は、エジプトの「牛の頭」の象形文字が元になっています。
最初のアレフは、今の A とはだいぶ形がちがいました。辞書は、もとの形は今の K に似ていたと書いています。角のある牛の頭を、横から見たような形です。
ほかの文字にも、同じように身近なものの名前がついていました。『アメリカン・ヘリテージ英語辞典』の付録によると、フェニキア文字の2番目はベート(bēt)で、意味は「家」。4番目のダレト(dalt)は「とびら」。13番目のメム(mēm)は「水」です。
02英語の alphabet は、「牛」と「家」を表す文字の名前からできている
ここで、英語の alphabet という言葉を分けてみましょう。alphabet は、ギリシャ文字の1番目と2番目の文字の名前、alpha(アルファ)と beta(ベータ)をつなげた言葉です。
辞書をたどると、alpha は「牛」のアレフから、beta は「家」のベートから来ています。つまり alphabet は、言葉の生まれから見ると「牛・家」です。日本語の「いろは」が、最初の文字を並べた呼び名なのと似ています。
03最初のアルファベットでは、牛の絵が「牛」という言葉の最初の音を表した
では、牛の頭の絵が、どうやって音を表す文字になったのでしょう。原シナイ文字のしくみは、とても単純です。
- まず、絵を見て、何の絵かを考える(牛の頭)
- 次に、その名前を言う(自分たちの言葉で「アルプ」=牛)
- 最後に、名前の最初の音だけを取り出す
このように、名前の頭の音だけを使うやり方を、頭音法といいます。日本語でいえば、「りんご」の絵で「り」、「ねこ」の絵で「ね」を表すようなものです。
一方、エジプトの象形文字は、ずっとややこしいしくみでした。1つの絵が、単語そのものを表したり、音を表したりします。意味の種類を示すだけの記号もあります。エジプト人は、何千年もこのしくみを使い続けました。

04最初のアルファベットを作ったのは、エジプトの文字を読めない鉱山の人々だった、という説がある
原シナイ文字を誰が作ったのかについて、エジプト学者オルリー・ゴールドワッサー(Orly Goldwasser)が、大胆な説を出しています。作ったのは、エジプトの文字を読めないカナン人だった、というものです。カナン人は、今のイスラエルやパレスチナのあたりに住んでいた人々です。
ゴールドワッサーが注目したのは、文字の書き方です。原シナイ文字は、同じ文字でも、大きさや向きがばらばらです。エジプトの文字に慣れた人なら、こんな書き方はしません。だから書き手たちは、象形文字を「読む」人ではなく、「絵として見る」だけの人だった、と考えたのです。
セラビト・エル・ハディムの神殿では、女神ハトホルがまつられていました。エジプト人は、この女神を「トルコ石の女主人」と呼びました。カナン人の側では、同じ女神が「バアラト(女主人)」と呼ばれていました。原シナイ文字で書かれた文には、このバアラトという名前が出てきます。つまり、原シナイ文字を書いたのは、カナン人の言葉で女神を呼んでいた人々だったと考えられます。
神殿には、エジプトの人々が刻んだ碑文(石に刻んだ文)がたくさんありました。牛の頭の象形文字は、神に供え物を願う決まり文句の中で、特に目立つ形だったそうです。鉱山で働く人々は、牛の頭の形を毎日のように目にしていたことになります。神殿から出たスフィンクスの像には、原シナイ文字とエジプトの象形文字の両方が刻まれています。
05ギリシャ人が、のどで息を止める音の文字を「ア」の音の文字に変え、A ができた
フェニキア語のアレフは、実は「ア」の音ではありませんでした。のどを一瞬しめて息を止める、子音の文字だったのです。たとえば日本語で「あっ」と言うときの、最後に息が止まる感じに近い音です。
紀元前8世紀、ギリシャ人がフェニキア文字を取り入れました。ギリシャ語では、この子音をあまり使いません。そこでギリシャ人は、使わずに余ったアレフの文字を、母音の a にあてました。名前も alpha になりました。形も、横向きだったものを立てて、今の大文字 A に近づけました。
その後、イタリアのエトルリア人がギリシャの文字を取り入れ、ローマ人がそれを受けつぎました。こうして牛の頭の文字は、ローマの文字を通って、英語の A になりました。
深掘り講義
ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。
牛の絵は、「牛」という意味をなくして、音だけを表すようになった
原シナイ文字のいちばん大きな発明は、絵を意味から切りはなして、音だけを表すようにしたことです。牛の頭の絵は、もう「牛」という意味を持ちません。のどで息を止める、1つの子音だけを表します。こうして、少ない数の記号だけで、言葉の音を書き表せるようになりました。
ゴールドワッサーは、読み手がする作業を3段階で説明しています。絵を見分ける。その名前を思い出す。名前の最初の音だけを取り出す。どの文字でも、この同じ手順をくり返すだけです。たくさんの種類の記号を使い分けるエジプトの文字に比べると、ずっと単純です。
作り手がエジプトの「音を表す記号」を借りなかったのは、エジプトの文字を読めなかったから、という説
エジプトの象形文字には、1つの子音だけを表す記号も、すでにありました。それを借りれば、話は早かったはずです。なぜ原シナイ文字の作り手は、その記号を使わなかったのでしょう。
この問いは、ほかの研究者も出していました。ゴールドワッサーの答えは、作り手がエジプトの文字を読めなかったから、というものです。読めない人には、どの絵が1つの子音を表すのかが分かりません。見えるのは、牛や家の「絵」だけです。だから作り手たちは、エジプトのしくみを借りずに、絵の名前から音を取り出す新しい方法を作った、とゴールドワッサーは考えます。
アルファベットが生まれた時代と場所は、まだ決まっていない
アルファベットがシナイで生まれた、という説を最初に出したのは、エジプト学者アラン・ガーディナー(Alan Gardiner)です。1916年の論文でした。その後、研究者の意見は大きく分かれました。
- エジプトの砂漠の道ワディ・エル・ホルでは、ダーネル夫妻が初期のアルファベットの碑文を見つけた。ダーネルは、もっと早い時期の発明を考えている
- エジプトで筆を使って書いた、くずした形の文字(ヒエラティック)が元だ、と考える研究者もいる
- 発明の場所を、エジプトのナイル川河口の地域と考える研究者もいる
- 発明をもっと新しい時代(紀元前1300年ごろ)に置く考えも出ている
ディクショナリー・ドットコムは、原シナイ文字を「紀元前1850年ごろから」と書いています。一方、学術論文では、数百年の幅で意見が割れています。辞書の短い説明は、論争の中の一つの立場をまとめたものだと考えたほうが安全です。
文字の形と名前が結びついていたので、文字を覚えやすかった
原シナイ文字では、文字の形と名前がしっかり結びついていました。牛の頭の形だから「アルプ(牛)」、家の形だから「ベート(家)」です。形を見れば名前を思い出せ、名前から音が分かります。
ゴールドワッサーによると、学校も書記もない人々は、仲間から仲間へ文字を教え合いました。そのため、覚えやすい絵の形が長く残ったと考えられます。のちに、専門の書記が多い地域では、文字の形が、名前と関係のない記号に変えられた例もあります。形が絵から離れると、書くのは速くなります。でも、名前と形を結ぶ手がかりは失われます。今の A に牛の頭の形がほとんど残っていないのは、この長い変化の結果です。
鉱山の人々の文字が、何百年もかけて世界中の文字になった
ゴールドワッサーは、原シナイ文字を「貧しい人の文字」と呼びました。この文字は、生まれてから何百年も、国の正式な記録には使われませんでした。鉱山や隊商(荷物を運んで旅をする商人の一行)の人々の間で、自分の名前や神の名前を書くために伝わっていったと考えられています。
文字の形が絵から線へと変わり始めるのは、紀元前13〜12世紀ごろです。国が正式な文字として採用するのは、紀元前9世紀になってからでした。その文字がギリシャに渡り、ローマを経て、今は世界中で使われています。
06英語で使ってみよう
- alphabet(アルファベット):alpha+beta。つまり「牛・家」
- from A to Z(最初から最後まで、すっかり):I know this city from A to Z.(この町のことは何でも知っている)
- alpha は「最初のもの」の意味でも使います:alpha version(最初の試作版)
07まとめ
A の祖先は、牛の頭の形をした「アレフ」という文字です。シナイ半島の鉱山のまわりで生まれた原シナイ文字は、絵の名前の最初の音だけを使う方法で作られました。作ったのはエジプトの文字を読めない人々だった、という説もあります。ギリシャ人が、子音の文字だったアレフを母音の a に変え、今の A ができました。次に alphabet と書くときは、「牛と家」と心の中で読んでみてください。
人に話すなら、こう言おう
アルファベットの A って、もとは牛の頭の絵なんだって。しかも alphabet って言葉を分けると「牛」と「家」になるらしい。最初に作ったのは、エジプトの字を読めない鉱山の人たちだったって説もあるよ。
英語で読む
The Letter A Was an Ox
英文をタップすると、その文の訳が出ます。
Look at the letter A for a moment.ちょっとの間、A という文字を見てください。 Long ago, it was a picture of an ox's head.ずっと昔、それは牛の頭の絵でした。 Its old name was "aleph," and that word meant "ox."その古い名前は「アレフ」で、その言葉は「牛」という意味でした。
The story starts in the desert of Sinai, near Egypt.話は、エジプトの近くのシナイの砂漠から始まります。 Workers there dug for a blue-green stone called turquoise.そこでは、働く人々がトルコ石と呼ばれる青緑色の石を掘っていました。 Near the mines and an old temple, people later found strange writing.鉱山と古い神殿の近くで、のちに人々はふしぎな文字を見つけました。 It used pictures like Egyptian hieroglyphs, but it was not Egyptian.それはエジプトの象形文字のような絵を使っていましたが、エジプト語ではありませんでした。
The idea was simple.考え方は単純でした。 You look at a picture, say its name, and use only the first sound.絵を見て、その名前を言い、最初の音だけを使うのです。 So the ox head stood for the first sound of the word for "ox."だから牛の頭の絵は、「牛」を表す言葉の最初の音を表しました。 A picture of a house stood for the sound "b."家の絵は「b」の音を表しました。 That is why the word "alphabet" comes from "ox" and "house."だから「alphabet」という言葉は、「牛」と「家」から来ているのです。
Who made this writing?誰がこの文字を作ったのでしょう。 One scholar, Orly Goldwasser, thinks the inventors could not read Egyptian.オルリー・ゴールドワッサーという研究者は、発明した人々はエジプトの文字を読めなかったと考えています。 In her view, they only saw the hieroglyphs as pictures.彼女の考えでは、彼らは象形文字を、ただの絵として見ていただけでした。 Their letters are often different sizes and face different ways.彼らの文字は、大きさがばらばらだったり、向きがちがったりすることがよくあります。 Other scholars disagree, so the question is still open.ほかの研究者は反対しているので、この問題はまだ決着していません。
Much later, in the 8th century BC, the Greeks borrowed these letters.ずっとあと、紀元前8世紀に、ギリシャ人がこれらの文字を借りました。 Aleph was not a vowel at first.アレフは、最初は母音ではありませんでした。 It was a quick stop in the throat.それは、のどで一瞬息を止める音でした。 The Greeks did not need that sound, so they used the letter for "a" and turned it upright.ギリシャ人はその音を必要としなかったので、その文字を「a」に使い、まっすぐに立てました。 So every time you write A, you are drawing a very old ox.だから A を書くたびに、あなたはとても古い牛を描いているのです。
4択問題 Reading Quiz
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Q1What is this story mainly about?
この話は主に何についてのものですか。
正解:B How the letter A came from a picture of an ox
第1段落で A はもとは牛の頭の絵だったと述べ、第2〜5段落でその文字がどう生まれ、どう A になったかを説明しているので正解はB。Aのトルコ石は第2段落の場面説明にすぎない。
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Q2When did the Greeks borrow these letters?
ギリシャ人がこれらの文字を借りたのはいつですか。
正解:C In the 8th century BC
第5段落1文目に「in the 8th century BC, the Greeks borrowed these letters」とあるので正解はC。ほかの年代は本文に出てこない。
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Q3Why did the Greeks use aleph for the sound "a"?
ギリシャ人はなぜアレフを「a」の音に使ったのですか。
正解:A Because they did not need its old sound
第5段落4文目に、ギリシャ人はその音(のどで息を止める音)を必要としなかったので a に使った、とあるので正解はA。Bの家の絵は b の音の文字の話。
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Q4In paragraph 4, the word "inventors" is closest in meaning to
第4段落の「inventors」という語にいちばん意味が近いのはどれですか。
正解:D people who make something new for the first time
第4段落1文目「Who made this writing?」を受けて、その文字を作った人々を inventors と呼んでいるので正解はD。Bは鉱山で働く人々のことで、語の意味ではない。
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Q5Which is true about the story?
この話の内容と合っているのはどれですか。
正解:C The word "alphabet" comes from words for "ox" and "house."
第3段落5文目に alphabet は ox と house から来ているとあるので正解はC。Aは第5段落2文目と逆、Bは第4段落最後に反対する研究者もいるとあり、Dはシナイで見つかったので違う。
重要語 Key Words(タップで裏返る)
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ox名詞(去勢した)雄牛、牛
The farmer used an ox to pull the cart.
農家の人は荷車を引かせるのに牛を使った。
💡 複数形は oxen(不規則)。
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desert名詞砂漠
It rarely rains in the desert.
砂漠ではめったに雨が降らない。
💡 dessert(デザート)とつづりと発音のちがいに注意。desert は前を強く読む。
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temple名詞神殿、寺
There is an old temple on the hill.
丘の上に古い寺がある。
💡 日本の寺にも、古代の神殿にも使う。
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hieroglyph名詞(古代エジプトの)象形文字
We tried to read the hieroglyphs on the wall.
私たちは壁の象形文字を読もうとした。
💡 ギリシャ語で「神聖な彫りもの」の意味。発音は「ハイアログリフ」。
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sound名詞音
The word "cat" starts with a "k" sound.
cat という語は「k」の音で始まる。
💡 形容詞では「健全な」(a sound mind)の意味もある。
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scholar名詞学者、研究者
The scholar studied old letters for many years.
その学者は何年も古い手紙を研究した。
💡 scholarship は「奨学金」。
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inventor名詞発明者
The inventor of the telephone became famous.
電話の発明者は有名になった。
💡 動詞 invent(発明する)、名詞 invention(発明)。
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vowel名詞母音
English has five vowel letters: a, e, i, o, and u.
英語には a, e, i, o, u の5つの母音字がある。
💡 反対は consonant(子音)。
SOURCES出典・ウラ取り
この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 16件)。
- The Letter A(Dictionary.com)dictionary.com
- Semitic Roots Appendix(The American Heritage Dictionary of the English Language)ahdictionary.com
- aleph(The American Heritage Dictionary of the English Language)ahdictionary.com
- Goldwasser, O. (2007) Canaanites Reading Hieroglyphs. Horus is Hathor? – The Invention of the Alphabet in Sinai, Ägypten und Levante 16 (2006)doi.org
- Gardiner, A. H. (1916) The Egyptian Origin of the Semitic Alphabet, The Journal of Egyptian Archaeology 3(1)doi.org
文章はすべて資料をもとに独自の言葉で書いています。画像はオリジナルのイメージです。誤りにお気づきの方は訂正窓口へ。
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