
英語で「検疫」を表す quarantine は、「40日」という意味の言葉
世界で最初の検疫は、40日ではなく30日だった。
もくじ
2020年、新型コロナウイルスの流行で、世界中でよく聞かれるようになった英単語があります。quarantine(クワランティーン)。日本語では「検疫」や「隔離」と訳されます。
この言葉の中には数字が隠れています。イタリア語の quaranta(クワランタ)=「40」です。ペストが流行した中世のヨーロッパでは、港に着いた船を40日間、沖に待たせました。そこから来た言葉だ、と説明されます。
ところが、記録をさかのぼると、世界で最初に制度として決められた隔離は40日ではありませんでした。1377年、アドリア海に面した港町ラグーザが定めたのは30日。ラグーザは、今のクロアチアのドゥブロヴニクです。その30日の隔離の名前は、「trentino(トレンティーノ)」でした。40日は、そのあとに延ばされた日数だったのです。
この記事では、まずラグーザの30日の隔離を紹介します。次に、隔離が40日に延びた時期と理由について、資料に何が書かれているかを見ます。最後に、ヴェネツィアの隔離の施設と、言葉が世界に広まったようすを説明します。
01ペストを防ぐために港町ラグーザが1377年に決めた隔離は、40日ではなく30日だった
14世紀の半ば、1347年から1352年にかけて、ペスト(黒死病)がヨーロッパで大流行しました。エウジェニア・トニョッティ(Eugenia Tognotti)の論文を見てみます。米国の医学誌『Emerging Infectious Diseases』に載った論文です。それによると、町が決まりを作って病気を防ぐ対策は、このころに始まりました。病人と健康な人を分け、外から入ってくる人を制限するという対策です。
その中で、初めて法律として隔離を決めたのがラグーザです。1377年、町の評議会(町のことを決める会議)が決めました。ペストの流行地から来た人を30日間、町に入れずに待たせることにしたのです。
待たせた場所は、町の沖に浮かぶ無人の島でした。イタリアの研究者たちの2023年の論文は、3つの小島の名を挙げています。ムルカン(Mrkan)、ボバラ(Bobara)、スペタル(Supetar)です。
この30日の隔離が、trentino と呼ばれました。quarantine より先に使われていた、隔離の呼び名です。
02隔離が30日から40日に延びた時期は、資料によって書き方が違う
米国疾病対策センター(CDC、病気の予防を受け持つアメリカの国の役所)の学術誌に、語源コラム「Etymologia: Quarantine」が載りました。コラムの説明はこうです。1377年に、30日の trentino が始まった。その後の数十年のうちに、隔離のやり方がほかの町へ広がる中で、40日の quarantino に延ばされた。
一方、CDC の一般向けのページは、こう書いています。14世紀には、病気がはやっている土地の港からヴェネツィアに来た船は、40日間沖で待ってから港に入る決まりだった、と。
ここで注意したいのは、論文によって細部が少しずつ違うことです。2004年の、イタリアの研究者ゲンシーニ(Gian Franco Gensini)らの論文を見てみます。それによると、隔離の命令を出したのはラグーザの長官でした。期間は、船は30日、陸路で来た旅人は40日だった、としています。隔離を決めたのが「評議会」か「長官」か。40日の隔離が、いつどこで始まったのか。こうした細かいところは、資料によって書き方が分かれます。
確かなことは2つです。ラグーザの最初の隔離の期間が30日だったこと。そして、言葉として世界に残ったのは、40日を表す quarantine のほうだった、ということです。
03隔離がなぜ40日になったのかは、今も分かっていない
ではなぜ40日だったのか。トニョッティの論文は、はっきり「分かっていない」と書いています。そのうえで、昔から次のような説があることを紹介しています。
- 古代ギリシャの医者ヒポクラテスの流れをくむ人々の、急な病気についての考え。
- 数に特別な意味があると考えた、ピタゴラス(古代ギリシャの数学者)の流れをくむ人々の考え。
- イエスが荒野で過ごした40日間。
- 40日あれば、人や荷物から病気のもとになる「悪い空気(ミアズマ)」が消えるという考え。
CDC の語源コラムも、2つの可能性を並べています。1つは、40日のほうが効果があったからかもしれない、というもの。もう1つは、聖書の40日にならったのかもしれない、というものです。ノアの大洪水や、イエスの断食の40日です。

04ヴェネツィアは1423年、町の沖の島にペスト病院を作った
40日の隔離を、施設をそなえた大きな仕組みにしたのは、ヴェネツィアでした。ヴェネツィアは、アドリア海で大きな力をもつ国でした。1423年8月28日、ヴェネツィアの元老院が、ある施設を作ることを決めました。ペストの患者を受け入れて、隔離する施設です。場所は、町の沖のサンタ・マリア・ディ・ナザレト島。常設の(期間を限らずに置かれた)ペスト病院としては、最も早いものの一つです。
この施設は lazaretto(ラザレット)と呼ばれました。名前の由来には、こんな説があります。島の名のナザレト(Nazareth)と、聖書のラザロ(Lazarus)が重なったというものです。ラザロは、病人の守り手とされた人物です。
トニョッティによると、ヴェネツィアでは、病気をのせているかもしれない船に旗を掲げさせました。船長は、役人と距離をとって話しました。船は煙でいぶされ、40日留め置かれました。ジェノヴァは1467年に、このヴェネツィアの方式を取り入れました。フランスのマルセイユでも1476年に、ハンセン病の病院が、ラザレット(隔離の施設)に作りかえられました。
深掘り講義
ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。
quarantine の始まりの話は、論文によって細かい点が違う
quarantine の起源は、教科書にも出てくる有名な話です。それでも、論文を3本並べると、細かい点がずれています。米国の医学誌の語源コラムは「評議会が30日→のちに40日」。ゲンシーニらは「長官の命令で、船は30日・陸路は40日」。2023年の論文は「無人の3島で30日」。どれが元の記録に忠実なのでしょうか。それを決めるには、ドゥブロヴニクに残る中世の文書そのものを、読み比べる必要があります。
こういうとき大事なのは、共通している部分と、ずれている部分を分けて書くことです。「1377年に、ラグーザで、ペストの流行地から来た人を30日隔離した」という点は、複数の資料で一致します。40日に延ばした時期や、隔離を決めたのが評議会か長官かは、資料によって違います。雑学として語るなら「最初は30日、のちに40日」が、一番確かな言い方です。
待たせるだけで病気を防げるのは、症状が出るまでに時間がかかるから
感染してから症状が出るまでには時間があります。これを潜伏期間といいます。外から来た人をしばらく待たせれば、その間に、病気の人は症状が出て見分けがつきます。中世の人々は、病気を起こす細菌やウイルス(病原体)を知りませんでした。でも、しばらく待たせることに意味があると、経験から気づいていました。
ポーランドの医学史家パリガ(Paliga)は、2020年の総説(研究をまとめた論文)で、次のように書いています。病原体や潜伏期間、感染しやすさについての知識が増えた。そのおかげで、隔離の期間や範囲を、理屈に基づいて決められるようになった。今、病気ごとに隔離の期間を変えられるのも、こうした知識があるからです。
isolation は病気の人を、quarantine は病気かもしれない人を離すこと
CDC の語源コラムは、2つの言葉を区別しています。isolation(隔離)は、すでに病気の人を健康な人から離すこと。語源はラテン語の insula(島)で、文字どおり「島にする」ことです。quarantine(検疫)は、見た目は元気でも、病気にさらされたかもしれない人を離すことです。ラグーザやヴェネツィアは、本当に沖の島を隔離の場所に使いました。isolation の語源の「島」は、昔の検疫のようすとそのまま重なるのです。
隔離の施設を表す言葉も、ヴェネツィアから世界に広まった
2023年の論文によると、lazaretto という言葉は、ヴェネツィアで14世紀に生まれました。そして世界中へ広まりました。今も、意味を少し変えながら使われています。「病院一般」や「伝染病の患者を受け入れる施設」を指す言葉です。
quarantine は隔離して待つ「期間」、lazaretto は待つ「場所」の呼び名です。どちらの言葉も、地中海の港町から世界に広まったことになります。2つの言葉は、14〜15世紀のアドリア海で、ペストの流行と海の貿易が重なったことから生まれました。
quarantine という言葉が英語に入ったのは1617年
メリアム・ウェブスターによると、英語の quarantine は、2つの言葉から入りました。フランス語の quarantaine と、イタリア語の quarantena です。元をたどるとラテン語の quadraginta(40)。名詞として英語に現れた最初の記録は1617年、動詞(「隔離する」)は1801年です。
05英語で使ってみよう
- The ship was kept in quarantine for 40 days.(その船は40日間検疫のために留め置かれた。名詞)
- They had to quarantine at home.(彼らは自宅で隔離しなければならなかった。動詞)
- The patient was moved to an isolation room.(その患者は隔離病室に移された)
数字の仲間も覚えておきましょう。40 は英語で forty、フランス語で quarante、イタリア語で quaranta。どれもラテン語の quadraginta から来ています。
06まとめ
quarantine の語源はイタリア語の「40」です。でも、1377年にラグーザが初めて法律で決めた隔離は、30日でした。名前は trentino です。40日に延びた時期や理由は、はっきりしません。論文によって、細部が違います。ちなみに isolation(隔離)の語源は「島」。最初の検疫は、本当に沖の島で行われていました。
人に話すなら、こう言おう
検疫って英語で quarantine で、語源はイタリア語の「40日」なんだけど、1377年に世界で最初に始めた町では30日だったんだって。なぜ40日に増えたのかは、今もはっきりしないらしいよ。
英語で読む
Thirty Days Before Forty
英文をタップすると、その文の訳が出ます。
In 2020, many people around the world learned the word "quarantine."2020年、世界中の多くの人が「quarantine(検疫・隔離)」という言葉を覚えました。 It means keeping people who may be sick away from others for a while.それは、病気かもしれない人を、しばらくの間ほかの人から離しておくことを意味します。 The word has a number inside it.この言葉の中には、数字が入っています。 It comes from quaranta, the Italian word for forty.40を意味するイタリア語の quaranta から来ているのです。
The story starts in 1377 in Ragusa, a port town on the Adriatic Sea.話は1377年、アドリア海に面した港町ラグーザから始まります。 Today, the town is called Dubrovnik, and it is in Croatia.今、その町はドゥブロヴニクと呼ばれ、クロアチアにあります。 A terrible disease called the plague was spreading.ペストと呼ばれるおそろしい病気が広がっていました。 The town made a law for people from places with the plague.町は、ペストが流行している場所から来た人たちのための法律を作りました。 They had to wait on small islands near the town before they could enter.その人たちは、町に入る前に、町の近くの小さな島で待たなければなりませんでした。
But the first wait was not forty days.しかし、最初の待ち時間は40日ではありませんでした。 It was thirty days, and people called it trentino.それは30日で、人々はそれを trentino と呼びました。 Later, the time grew to forty days, and the new name was quarantino.のちに期間は40日に延び、新しい名前は quarantino になりました。 Nobody knows for sure why it changed.なぜ変わったのか、確かなことは誰にもわかりません。 Some people think it came from the Bible, where forty days appears many times.40日が何度も出てくる聖書から来たと考える人もいます。
In 1423, Venice built a hospital for plague patients on an island.1423年、ヴェネツィアは島にペスト患者のための病院を建てました。 Ships from sick places had to wait near Venice for forty days.病気がはやっている場所から来た船は、ヴェネツィアの近くで40日間待たなければなりませんでした。 Other cities, like Genoa and Marseille, copied the idea.ジェノヴァやマルセイユのようなほかの町も、その考えをまねしました。
English took the word from French and Italian.英語はこの言葉を、フランス語とイタリア語から取り入れました。 Its first known use in English is from 1617.英語で知られている最初の使用例は1617年のものです。 Another word, "isolation," comes from insula, the Latin word for island.もう一つの言葉「isolation(隔離)」は、島を意味するラテン語の insula から来ています。 So both words show the same picture: a ship waiting near a quiet island.つまり、どちらの言葉も同じ風景を表しています。静かな島のそばで待つ一隻の船です。
4択問題 Reading Quiz
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Q1What is this story mainly about?
この話は主に何についてのものですか。
正解:B The history of the word "quarantine"
第1段落で言葉の意味と語源を示し、第2〜5段落でその歴史をたどっているので正解はB。Dのように、ペストがどこで始まったかは書かれていない。
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Q2How long was the first wait in Ragusa?
ラグーザでの最初の待ち時間はどのくらいでしたか。
正解:C Thirty days
第3段落1〜2文目に、最初の待ち時間は40日ではなく30日だったとあるので正解はC。40日はあとから延びた期間なのでAは誤り。
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Q3Where did people from plague places wait in Ragusa?
ラグーザでは、ペスト流行地から来た人はどこで待ちましたか。
正解:A On small islands near the town
第2段落最後の文に、町に入る前に近くの小さな島で待ったとあるので正解はA。Bのヴェネツィアの病院は1423年の話で、ラグーザの話ではない。
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Q4In paragraph 4, the word "copied" is closest in meaning to
第4段落の「copied」に最も意味が近いのはどれですか。
正解:D did the same thing as
「Other cities ... copied the idea」は、ほかの町も同じやり方を取り入れたという意味なので正解はD。Aの「やめた」では、広まったという流れと合わない。
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Q5Which is true according to the story?
話の内容と合っているものはどれですか。
正解:B "Isolation" comes from a Latin word for island.
第5段落3文目に isolation は島を意味する insula から来たとあるので正解はB。第3段落で理由は確かにはわからないとあるのでAは誤り。英語の初出は1617年なのでCも誤り。ラグーザは今のクロアチアのドゥブロヴニクなのでDも誤り。
重要語 Key Words(タップで裏返る)
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quarantine名詞・動詞検疫、隔離(する)
The dog stayed in quarantine for two weeks.
その犬は2週間、検疫のために隔離された。
💡 in quarantine(隔離されて)。語源はイタリア語の quaranta(40)。
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plague名詞ペスト、疫病
The plague killed many people in old Europe.
ペストは昔のヨーロッパで多くの人の命をうばった。
💡 発音は「プレイグ」。the plague とすると特にペストを指すことが多い。
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port名詞港、港町
Kobe is a famous port in Japan.
神戸は日本の有名な港町だ。
💡 airport(空港)と同じ port が入っている。port town(港町)。
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island名詞島
We took a boat to the island.
私たちは船でその島へ行った。
💡 s は発音しない(アイランド)。
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isolation名詞隔離、孤立
The sick man was kept in isolation.
その病人は隔離された。
💡 動詞 isolate(隔離する、孤立させる)。語源はラテン語 insula(島)。
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law名詞法律
There is a law against smoking here.
ここでは喫煙を禁じる法律がある。
💡 make a law(法律を作る)、break the law(法律を破る)。
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patient名詞患者
The doctor has many patients today.
その医者は今日、たくさんの患者をみる。
💡 形容詞では「がまん強い」。be patient(がまんしなさい)。
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disease名詞病気
Washing your hands can stop some diseases.
手を洗うことで防げる病気もある。
💡 illness より、特定の病名がつく「病気」に使うことが多い。heart disease(心臓病)。
SOURCES出典・ウラ取り
この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 18件)。
- Tognotti, E. (2013) Lessons from the History of Quarantine, from Plague to Influenza A, Emerging Infectious Diseasesdoi.org
- Etymologia: Quarantine (2013), Emerging Infectious Diseases(CDC)doi.org
- History of Quarantine(CDC 米国疾病対策センター)cdc.gov
- Gensini, G. F., Yacoub, M. H. & Conti, A. A. (2004) The concept of quarantine in history: from plague to SARS, Journal of Infectiondoi.org
- Vicentini, C. B. et al. (2023) The Italian lazarets of the Adriatic Sea, Infezioni in Medicinadoi.org
- quarantine(Merriam-Webster Dictionary)merriam-webster.com
文章はすべて資料をもとに独自の言葉で書いています。画像はオリジナルのイメージです。誤りにお気づきの方は訂正窓口へ。
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