
指をポキポキ鳴らしても、関節炎にはならない
ポキッという音の正体は、まだ決着していない。
この判定の対象「指をポキポキ鳴らすと、関節炎になる」
もくじ
2009年10月1日、アメリカのハーバード大学の劇場で、イグノーベル賞の授賞式が開かれました。「人を笑わせ、そして考えさせる研究」に贈られる賞です。
この年の医学賞を受けたのは、カリフォルニア州のドナルド・アンガー(Donald L. Unger)です。受賞の理由は、次の実験です。アンガーは、左手の指の関節だけを毎日鳴らし、右手は一度も鳴らしませんでした。それを60年以上続けて、指を鳴らすことが関節炎の原因になるかを調べたのです。
彼が医学の専門誌に報告した結果は、「どちらの手にも関節炎はない」というものでした。
「指を鳴らすと関節炎になるよ」と注意された人は多いでしょう。この記事では、まずアンガーが自分の体だけで行った実験を紹介します。次に、何百人もの人を比べた調査で、指を鳴らすと関節炎になるのかを確かめます。最後に、MRI(体の中を写す装置)の動画などを使って、あの「ポキッ」が何の音なのかを調べた研究を紹介します。実は、あの音の正体は、最初の研究から70年以上たっても、まだ決着していないのです。
01左手だけを50年鳴らしても、アンガーの両手に関節炎はなかった(1998年の報告)
アンガーの報告は1998年、関節の病気をあつかうリウマチの専門誌に、短い手紙として載りました。題名は「指の関節を鳴らすと、関節炎になるのか?」です。
報告の時点で、彼は50年にわたって左手を鳴らしていました。左手を鳴らした回数は、約3万6500回です。1日2回鳴らすと、50年でちょうどこの回数になります。それでも、左手にも右手にも関節炎はありませんでした。
アンガーの右手は、左手と比べるための「鳴らさない手」です。同じ人の両手なら、年齢も体のつくりも食べ物も同じです。違うのは、指を鳴らしたかどうかだけです。比べ方としては、よくできたやり方です。
ただし、調べたのは一人だけです。一人に関節炎が起きなかったからといって、だれにも起きないとは言えません。そこで大事になるのが、たくさんの人を比べた研究です。
02指を鳴らす人と鳴らさない人を何百人も比べても、関節炎の多さは変わらなかった
1990年、アメリカのデトロイトの病院の研究者が、45歳以上の300人を調べました。指を鳴らすくせのある人は74人、ない人は226人です。
手の関節炎がある人の割合は、鳴らす人のグループと鳴らさない人のグループで変わりませんでした。
2011年には、別のグループが50〜89歳の215人を調べました。関節炎があった割合は、鳴らす人で18.1%、鳴らさない人で21.5%。2つの割合の違いは小さく、はっきりした差とは言えませんでした。鳴らした年数や1日の回数から、これまでに鳴らした合計を出しても、関節炎との関係は見つかりませんでした。
もっと昔、老人ホームの28人を調べた小さな研究もあります。その研究では逆に、指のつけ根に関節炎がある人の中には、指を鳴らしていた人が少なかったのです。人数が少ないので、「鳴らすと関節炎をふせげる」とまでは言えません。
03「指を鳴らすと手がはれる」という1990年の報告は、2017年の研究では確かめられなかった
ただ、1990年の研究には続きがあります。指を鳴らす人のほうが、手のはれや、にぎる力の低下が多かったのです。研究者は、指を鳴らすくせが手の働きを悪くする、と結論しました。
けれども、同じ研究では、指を鳴らすくせが、ほかの習慣とも結びついていました。手を使う力仕事、つめをかむくせ、たばこ、お酒です。手がはれる原因が、指を鳴らすことなのか、ほかの習慣なのかは、この調査だけでは分けられません。
2017年、カリフォルニア大学デービス校のグループが、40人の手をくわしく調べました。そのうち30人は、毎日指を鳴らす人です。診察した2人の整形外科医(骨や関節を診る医者)は、だれが鳴らす人なのかを知らされていませんでした。
調べた結果、鳴らす人と鳴らさない人で、にぎる力に差はありませんでした。手のはれも、だれにも見られませんでした。それどころか、鳴らした直後の関節は、動く範囲が少し広がっていました。

04「ポキッ」が泡のできる音か、泡がつぶれる音かは、まだ決着していない
では、あの音は何なのでしょうか。指の関節は、骨と骨の間を「関節液」という液体で満たした袋のようなつくりです。指を引っぱると、袋の中の圧力が下がります。すると、液にとけていたガスが出てきて、すき間ができます。
ここまでは、多くの研究者の考えが同じです。考えが分かれるのは、「音が出るのは、すき間ができる瞬間か。それとも、できた泡がつぶれる瞬間か」という点です。
2015年、カナダのアルバータ大学のグレゴリー・カウチャク(Gregory N. Kawchuk)らが、体の中を写すMRIを使って、この問いを調べました。指を鳴らせる男性1人に手伝ってもらい、その指を筒に入れて、ゆっくり引っぱりました。そして、1秒に3.2コマの速さで関節の中を写しました。
撮れた映像では、音が出た瞬間に、関節の中に黒いすき間が一気に現れました。しかも、そのすき間は音のあとも消えずに残っていました。もし音が泡のつぶれる音なら、音のあと泡は消えるはずです。チームは、音は「すき間ができる瞬間」に出ると結論しました。
ところが2018年、スタンフォード大学などの研究者が、この結論に反論しました。研究者たちは、泡がつぶれるときに出る音を、数式で計算しました。計算した音は、大きさが約83デシベル、高さが約129ヘルツでした。この値が、実際に録音した指の音とよく合ったのです。しかも計算では、泡の一部がつぶれるだけで音が出ました。それなら、音のあとに泡が残っていてもおかしくありません。
2018年の論文は、こう書いています。「60年以上調べてきたのに、指の関節の音の正体については、まだ議論が続いている」。
深掘り講義
ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。
指の関節が鳴るしくみの説明は、70年のあいだに2つの説の間を行ったり来たりした
関節の音の科学は、意見が行ったり来たりしてきました。
最初の科学的な研究は1947年です。ロンドンのセント・トーマス病院医学校の2人が、指を引っぱりながらX線写真を何枚も撮りました。写真から分かったことは、こうです。指を引っぱっても、関節はしばらく開かない。ある力をこえると、関節は一気に開いて音が出る。音のあとには、関節の中に透明な空間が見える。2人は、この空間ができるときに音が出る、と考えました。
1971年、アンズワースらの研究チームは違う答えを出します。音は、できた泡が「つぶれる」ときに出るというのです。2015年の論文によれば、アンズワースらの考えは、当時の船の研究の影響を受けたらしいといいます。1960年代の終わりには、船のスクリューのまわりで泡がつぶれ、スクリューの表面をいためることが大きな問題になっていました。この「泡がつぶれる」説は、その後長いあいだ主流になります。
「すき間ができるときに音が出る」という1947年の考えは、1971年までの24年間、ふつうの説明でした。2015年のMRIの結果は、この1947年の考えに近いものでした。2018年の計算は、「泡がつぶれるときに音が出る」という1971年の考えを、一部を変えて支えています。「何の音か」という1つの問いに対して、70年のあいだ、2つの答えが行ったり来たりしているのです。
液体の中に泡やすき間ができるしくみには、2つの呼び名がある
キャビテーションは、液体の圧力が下がって、中に泡やすき間ができる現象です。速く回る船のスクリューのまわりでも起こります。
トライボニュークリエーションは、液体をはさんでくっついた2つの面を引きはなすときの現象です。2つの面は、ある力までは離れません。その力をこえると、一気に離れます。そのとき、すき間にガスの空間ができます。カウチャクらは、指の関節の音はこれだと考えました。
一人の実験にも、何百人の調査にも、それぞれ弱点がある
アンガーの実験は、右手と左手を比べる、うまい工夫がありました。けれども、人数は一人です。関節炎になりやすさには、人によって大きな違いがあります。一人の結果から、みんなにあてはまるとは言えません。
一方、何百人を比べる調査にも弱点があります。指を鳴らす人は、力仕事をする人が多いかもしれません。すると、関節炎の差が出ても出なくても、指を鳴らすことの影響なのか、仕事の影響なのかが混ざってしまいます。1990年の研究で、指を鳴らすくせが力仕事やたばことも結びついていたのは、まさにこの問題にあたります。2017年の研究で、診察する医師にだれが鳴らす人かを知らせなかったのも、見る側の思い込みを防ぐためです。
アンガーの話は、間違った思い込みを正す方法の実験にも使われた
2020年、心理学者のウルリッヒ・エッカー(Ullrich K. H. Ecker)らは、アンガーの話を実験の材料の1つにしました。実験で調べたのは、間違った思い込みを正すとき、物語の形で伝えたほうが効くかどうか、です。
3つの実験に、合わせて2279人が参加しました。結果は、物語の形で正しても、ふつうの説明文で正すより効果が高くはなりませんでした。「片手だけ60年」という話はおもしろいので、つい物語で伝えたくなります。でも、思い込みを正す力では、物語でないふつうの説明と変わらなかったのです。
05まとめ
指を鳴らす習慣と手の関節炎の多さには、何百人を比べた調査でも関係が見つかっていません。左手だけを60年以上鳴らした人の手も、両方とも関節炎にはなりませんでした。
謎が残っているのは、関節炎ではなく、「ポキッ」という音の正体のほうです。指を一度鳴らすと、同じ関節はおよそ20分は鳴りません。次に試すときは、時計を見ながら、何分で「ポキッ」が戻ってくるか確かめてみてください。
人に話すなら、こう言おう
指をポキポキ鳴らしても関節炎にはならないらしいよ。片手だけ60年以上鳴らした人がいて、どっちの手も平気だったんだって。しかもあの音の正体、まだ専門家の間で決着してないらしい。
英語で読む
One Hand, Sixty Years
英文をタップすると、その文の訳が出ます。
Donald Unger had a strange plan.ドナルド・アンガーには、変わった計画がありました。 Every day, he cracked the knuckles of his left hand.彼は毎日、左手の指の関節を鳴らしました。 But he never cracked the knuckles of his right hand.でも、右手の指は一度も鳴らしませんでした。 He wanted to know if cracking causes arthritis, a disease that makes joints stiff and painful.指を鳴らすと関節炎になるのかを知りたかったのです。関節炎とは、関節がこわばって痛む病気です。
In 1998, he wrote about his test in a medical journal.1998年、彼は医学の専門誌に自分の実験について書きました。 By then, he had cracked his left hand about 36,500 times over 50 years.その時までに、彼は50年かけて、左手を約3万6500回鳴らしていました。 Neither hand had arthritis.どちらの手にも、関節炎はありませんでした。 In 2009, he won an Ig Nobel Prize for this work.2009年、彼はこの研究でイグノーベル賞を受けました。
One person is not enough for science, so other teams studied large groups.科学では一人だけでは足りないので、ほかのチームが大勢の人を調べました。 In 1990, doctors checked 300 people.1990年、医師たちが300人を調べました。 In 2011, another team checked 215 people.2011年には、別のチームが215人を調べました。 Both studies found that knuckle crackers did not have more arthritis in their hands than other people.どちらの研究でも、指を鳴らす人の手に、ほかの人より関節炎が多いことはありませんでした。
But what is the popping sound?では、あのポキッという音は何なのでしょうか。 Each joint has a liquid inside.関節の中には液体が入っています。 When you pull a finger, a gas space suddenly opens in this liquid.指を引っぱると、この液体の中に、ガスのすき間が急にできます。 In 2015, scientists watched this with an MRI machine.2015年、科学者たちはこれをMRIの機械で観察しました。 They said the sound comes when the space opens.彼らは、すき間ができるときに音が出ると言いました。 In 2018, other scientists used math and said the sound comes when a bubble partly collapses.2018年、別の科学者たちは数学を使い、泡が一部つぶれるときに音が出ると言いました。
So the experts still do not agree.つまり、専門家たちはまだ意見が一致していません。 After you crack a knuckle, that joint usually cannot pop again for about 20 minutes.指を鳴らしたあと、その関節はふつう20分ほど鳴りません。 Try it, and check the clock.試してみて、時計を見てみましょう。
4択問題 Reading Quiz
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Q1What is this story mainly about?
この話は主に何についてのものですか。
正解:C Whether knuckle cracking causes arthritis and what the sound is
第1〜3段落で関節炎との関係を、第4〜5段落で音の正体を述べているので正解はC。Dのイグノーベル賞は第2段落4文目に出てくるだけで、話の中心ではない。
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Q2About how many times did Unger crack his left hand by 1998?
1998年までに、アンガーは左手を約何回鳴らしましたか。
正解:D 36,500 times
第2段落2文目に "about 36,500 times over 50 years" とあるので正解はD。Aの300は、第3段落2文目で1990年に調べた人数。
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Q3Why did Unger never crack his right hand?
アンガーが右手を一度も鳴らさなかったのはなぜですか。
正解:A He wanted to compare it with his left hand.
第1段落4文目で、指を鳴らすと関節炎になるかを知りたかったとあり、鳴らす手と鳴らさない手をくらべる計画だったので正解はA。B・C・Dのような理由は本文に書かれていない。
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Q4In paragraph 4, the word "collapses" is closest in meaning to ...
第4段落の "collapses" という語に最も意味が近いものはどれですか。
正解:B falls in on itself
第4段落6文目の "a bubble partly collapses" は、泡が一部つぶれることを表すので正解はB。Aの「大きくなる」は反対の意味になる。
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Q5Which is true about the story?
本文の内容に合うものはどれですか。
正解:C Scientists used an MRI machine in 2015.
第4段落4文目に、2015年にMRIの機械で観察したとあるので正解はC。Aは第2段落3文目、Bは第3段落4文目、Dは第5段落1文目と反対の内容。
重要語 Key Words(タップで裏返る)
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knuckle名詞指の関節
He hurt his knuckle when he hit the door.
彼はドアをたたいて指の関節を痛めた。
💡 crack one's knuckles で「指の関節をポキポキ鳴らす」。
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arthritis名詞関節炎
My grandmother has arthritis in her knees.
祖母はひざに関節炎がある。
💡 arthr-(関節)+-itis(炎症)。tonsillitis(へんとう炎)も同じ -itis。
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joint名詞関節
Your knee is a large joint.
ひざは大きな関節だ。
💡 形容詞では「共同の」(a joint project 共同の計画)。
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stiff形容詞こわばった、かたい
My neck was stiff in the morning.
朝、首がこわばっていた。
💡 a stiff neck(首のこり)でよく使う。
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journal名詞(専門の)雑誌、学術誌
She read a new study in a science journal.
彼女は科学の学術誌で新しい研究を読んだ。
💡 「日記」の意味もある。journalist(記者)は同じ仲間の語。
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liquid名詞液体
Water is a liquid at room temperature.
水は室温では液体だ。
💡 solid(固体)、gas(気体)とセットで覚える。
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collapse動詞つぶれる、くずれる
The old bridge collapsed in the storm.
古い橋が嵐でくずれ落ちた。
💡 名詞も同じ形。col-(一緒に)+lapse(すべり落ちる)。
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agree動詞意見が一致する、賛成する
I agree with you about the plan.
その計画について、あなたに賛成です。
💡 agree with 人/agree to 提案。名詞は agreement。
SOURCES出典・ウラ取り
この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 19件)。
- Unger, D. L. (1998) Does knuckle cracking lead to arthritis of the fingers?, Arthritis & Rheumatismdoi.org
- The 2009 Ig Nobel Prize Winners(Improbable Research)improbable.com
- Castellanos, J. & Axelrod, D. (1990) Effect of habitual knuckle cracking on hand function, Annals of the Rheumatic Diseasesdoi.org
- deWeber, K., Olszewski, M. & Ortolano, R. (2011) Knuckle cracking and hand osteoarthritis, Journal of the American Board of Family Medicinedoi.org
- Boutin, R. D. et al. (2017) "Knuckle cracking": can blinded observers detect changes with physical examination and sonography?, Clinical Orthopaedics and Related Researchdoi.org
- Kawchuk, G. N. et al. (2015) Real-time visualization of joint cavitation, PLOS ONEdoi.org
- Chandran Suja, V. & Barakat, A. I. (2018) A mathematical model for the sounds produced by knuckle cracking, Scientific Reportsdoi.org
- Ecker, U. K. H., Butler, L. H. & Hamby, A. (2020) You don't have to tell a story! A registered report testing the effectiveness of narrative versus non-narrative misinformation corrections, Cognitive Research: Principles and Implicationsdoi.org
文章はすべて資料をもとに独自の言葉で書いています。画像はオリジナルのイメージです。誤りにお気づきの方は訂正窓口へ。
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