
「脳は10%しか使っていない」は、言ったとされる学者の本に書かれていない
脳の10%説は、元の本のどこにもない。
この判定の対象「人は脳の10%しか使っていない」
もくじ
1930年7月、アメリカの雑誌『クレジット・ワールド』に、ある一文が載りました。この雑誌は、「クレジット業界」で働く人に向けたものです。クレジット業界とは、代金をあとで払う約束で、客に商品を売る商売のことです。載った一文の中身は、こうです。「今は亡きハーバード大学の心理学の教授ウィリアム・ジェームズは、こう言った。ふつうの人は、自分にひそむ知的な力の10%しか伸ばしていない」。
記事を書いた人は、この一文を使って、業界の人たちを励ましています。「もっと積極的に動こう」というのです。この一文は、「人は脳の10%しか使っていない」という有名な話の、古い形の1つです。今見つかっている資料の中では、早い時期のものです。
ところが、ジェームズ本人が書いた文章を開いてみると、「10%」という数字はどこにも出てきません。しかも、ジェームズが話していたのは「脳」のことではなく、「人の力」のことでした。
この記事では、2つのことを記録と研究でたどります。1つめは、ジェームズの言葉に「10%」という数字があとから付け足されていった道すじです。2つめは、脳が実は休まずに働き続けていることです。
01ジェームズの本には「力のほんの一部しか使っていない」とあるだけで、10%という数字はない
まず、ジェームズ本人の文章を見てみましょう。ウィリアム・ジェームズ(William James、1842〜1910)は、アメリカの心理学者で、哲学者でもあります。1907年ごろ、彼は『人間のエネルギー(The Energies of Men)』という小さな本を出しました。
この本でジェームズは、人はふだん、本来の力を出しきれていない、と書いています。本来あるべき姿に比べれば、私たちは半分しか目覚めていないようなものだ、とも書きました。そして続けて、こう述べています。
「We are making use of only a small part of our possible mental and physical resources.(私たちは、心と体の持てる力の、ほんの小さな一部しか使っていない)」
この文にあるのは、「小さな一部」という言葉だけです。本の全文を調べても、「10%」にあたる数字は出てきません。それに、ジェームズが話しているのは「心と体の力」、つまりやる気や能力のことです。脳のどれだけの部分が働いているか、という話ではありません。
02ジェームズの言葉に「10%」という数字が付いたのは、本人が亡くなったあとだった
ジェームズは1910年に亡くなりました。その20年後の1930年に、はじめに紹介した業界誌が、「ジェームズはこう言った」として「10%」という数字を出しています。
そして1936年、「ジェームズが10%と言った」という話を、一気に広める本が出ます。デール・カーネギー(Dale Carnegie)の『人を動かす(How to Win Friends and Influence People)』です。この本の最初には、ローウェル・トーマス(Lowell Thomas)が書いた「名声への近道」という紹介文が載っています。その紹介文にも、こんな一文があります。「ハーバードのウィリアム・ジェームズ教授は、よくこう言っていた。ふつうの人は、自分にひそむ知的な能力の10%しか伸ばしていない、と」。
この一文は、1930年の業界誌の文とそっくりです。1907年にジェームズが書いた「小さな一部」は、1930年までのどこかで「10%」に変わりました。そして「ジェームズの言葉」として、「やればできる」と読者を励ます本の中で広がっていきました。さらにその後、どこかで「能力の10%」が「脳の10%」に変わっていきます。最初に「10%」という数字を付けたのはだれか。「能力」を「脳」に変えたのはだれか。この2つは、まだ分かっていません。
03脳は体重の2%しかないのに、体のエネルギーの20%を使っている
では、脳は本当に一部しか使われていないのでしょうか。いちばん分かりやすい証拠は、脳がどれだけエネルギーを使っているか、です。
2002年、マーカス・ライクル(Marcus E. Raichle)らが、脳のエネルギーについての研究をまとめました。ライクルらは、アメリカのセントルイスにあるワシントン大学医学部の研究者です。まとめによると、大人の脳の重さは、体重の約2%しかありません。それなのに脳は、体が使う酸素の約20%を使っています。酸素は、体が食べ物からエネルギー(カロリー)を取り出すときに使うものです。つまり脳は、体のエネルギーの約20%を使っているのです。たとえば体重50kgの人なら、脳は約1kgです。その1kgの脳が、体全体のエネルギーの5分の1を使っている計算です。
しかも、脳が使うエネルギーの量は、考えごとをしても、体を動かしても、ほとんど変わりません。脳は、何かをするときだけ働くのではありません。いつも、たくさんのエネルギーを使って働き続けているのです。もし脳の90%が使われていないなら、体が、使わない90%のためにこれだけのエネルギーを使い続けるとは考えにくいでしょう。
04脳の小さな部分が傷ついただけで、新しいことを覚えられなくなった人たちがいる
もう1つの証拠は、脳が傷ついたときに何が起こるかです。もし脳の90%が使われていないなら、脳の一部が傷ついても、たいていは何も困らないはずです。
実際は、そうではありません。1957年、2人の研究者が、ある報告をしました。ウィリアム・スコヴィル(William B. Scoville)とブレンダ・ミルナー(Brenda Milner)です。報告されたのは、脳の左右両方の「海馬(かいば)」という部分に傷がある患者たちです。この患者たちは、最近の出来事の記憶を失っていました。海馬は、脳の中のほんの一部です。それでも、海馬をふくむ部分が傷ついただけで、新しい出来事を覚えておくという大きな働きが失われたのです。
もし脳の90%が、使われていない予備なら、どうでしょう。海馬のような一部分が傷ついたくらいで、これほど大きな働きが失われることはないはずです。脳のそれぞれの部分は、ほかの部分では代わりができない役目を持っている。そう考えるほうが、この報告の結果とよく合います。

深掘り講義
ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。
資料を古い順に並べると、「小さな一部」が「10%」に、「力」が「脳」に変わっていた
10%の話が、資料の中でどう変わってきたかを、古い順に並べてみます。
- 1907年ごろ(ジェームズ本人):「心と体の持てる力」の「小さな一部」しか使っていない
- 1930年(業界誌):ジェームズいわく、ふつうの人は「知的な力」の「10%」しか伸ばしていない
- 1936年(カーネギーの本の紹介文):ほぼ同じ文で「知的な能力」の「10%」
- その後:「脳」の「10%」
変わったのは2か所です。1つめは、「小さな一部」が「10%」という数字になったことです。2つめは、「力」や「能力」の話が、「脳」の話に変わったことです。数字が付くと、話は具体的になり、科学の話のように聞こえます。話が「脳」についてのものになると、体の一部についての事実のように聞こえます。どちらの変化も、話を人に伝えやすくする方向に働いています。
もう1つ、気づくことがあります。「10%」が付いたとき、ジェームズはすでに亡くなっていました。1930年の時点で、ジェームズが亡くなってから20年がたっていたのです。だから、ジェームズ本人が「そんなことは言っていない」と直す機会は、ありませんでした。
脳のエネルギーの大半は、神経細胞が信号を送るために使われている
ライクルらのまとめによると、脳のエネルギーの大部分は、2つのことに使われています。1つは、神経細胞が信号を送ることです。もう1つは、信号を送ったあとで、イオン(電気を帯びた小さな粒)の流れを元にもどすことです。何もしないで細胞の状態をたもつだけに使う分は、15%に満たないと見積もられています。ラットの脳を調べた研究では、脳が使うエネルギーの約80%が、グルタミン酸という物質のやりとりと結びついていました。グルタミン酸は、神経細胞どうしの間で信号を伝える物質です。
つまり脳は、エネルギーの大半を、信号をやりとりするという「仕事」そのものに使っています。課題をすると、脳の一部で血流が数%増えます。でもそれは、ふだんからたくさん使っているエネルギーに、少しだけ上乗せされた分です。脳の画像研究が色で示しているのは、この上乗せの部分です。
「同時に強く働ける神経細胞は1%未満」という見積もりは、「脳の一部しか使っていない」という意味ではない
ここで、10%説を支えているように見える研究を1つ紹介します。2003年、ニューヨーク大学のピーター・レニー(Peter Lennie)が、ある見積もりを出しました。大脳皮質(脳の表面のしわしわの部分)の神経細胞が、1回信号を出すのに、どれだけのエネルギーがかかるかという見積もりです。そのエネルギーは大きなものでした。そのため、脳全体が使えるエネルギーの量から考えると、同時に強く活動できる神経細胞は、全体の1%未満かもしれない、というのです。
これは、「脳の99%は使っていない」という意味ではありません。レニーの結論は、次の2つです。1つめは、脳は、ごく少数の細胞の組み合わせで情報を表している、ということです。この方法は「スパース・コーディング」と呼ばれます。2つめは、脳はそのときの課題に合わせて、エネルギーを場所ごとに配り直している、ということです。ピアノにたとえると、88の鍵盤を一度に全部たたく曲はありません。でも、曲全体を通せば、すべての鍵盤が使われます。
脳の画像をとる装置の1つに、fMRIがあります。fMRIは、血流の変化から脳の働きを調べる装置です。レニーによると、fMRIが利用しているのは、脳が場所ごとに血流を調節するこのしくみです。
「一度に全部の細胞が全力で動いてはいない」ことと、「脳の一部しか使っていない」ことは、別のことです。10%説は、この2つを取り違えたときに、もっともらしく聞こえます。
05まとめ
「人は脳の10%しか使っていない」はウソです。脳は体重の約2%しかないのに、体のエネルギーの約20%を使い続けています。脳の小さな部分が傷つくだけでも、記憶などの大事な働きが失われます。
10%の話の元とされるウィリアム・ジェームズは、「心と体の力の、小さな一部しか使っていない」と書いただけです。その文には、10%という数字も、「脳」という言葉もありません。「10%」という数字は、ジェームズが亡くなって20年後の1930年には、業界誌の中でジェームズの言葉に付けられていました。次にこの話を聞いたら、「その10%、ジェームズの本には書いてないよ」と言ってみてください。
人に話すなら、こう言おう
「脳は10%しか使ってない」って、言い出したとされる学者の本には「10%」なんて書いてないんだって。しかも脳は体重の2%なのに、体のエネルギーの20%も使って、ずっと働いてるらしいよ。
英語で読む
Where Did the 10 Percent Come From?
英文をタップすると、その文の訳が出ます。
You may have heard that people use only 10 percent of their brains.人は脳の10%しか使っていない、と聞いたことがあるかもしれません。 Many people say a famous scientist said it.有名な学者がそう言った、と多くの人が言います。 But that is not true.でも、それは本当ではありません。
Around 1907, an American psychologist named William James wrote a short book.1907年ごろ、ウィリアム・ジェームズというアメリカの心理学者が短い本を書きました。 He wrote that people use only a small part of their mental and physical power.人は心と体の力の、ほんの小さな一部しか使っていない、と彼は書きました。 He did not give any number.彼は数字を何も書きませんでした。 He was not talking about the brain itself.脳そのものの話をしていたわけでもありません。
James died in 1910.ジェームズは1910年に亡くなりました。 In 1930, a business magazine said that James talked about "ten per cent."1930年、ある業界誌が、ジェームズは「10%」と言った、と書きました。 In 1936, the introduction to a very popular book by Dale Carnegie said the same thing.1936年には、デール・カーネギーのとても人気のある本の紹介文も、同じことを書きました。 Over time, "10 percent of our power" became "10 percent of our brain."時がたつにつれて、「力の10%」は「脳の10%」に変わりました。
Science shows that the whole brain works hard all the time.科学は、脳全体がいつも一生けんめい働いていることを示しています。 The brain is only about 2 percent of an adult's body weight.脳は大人の体重のわずか約2%です。 But it uses about 20 percent of the body's energy.それなのに、体のエネルギーの約20%を使います。 A body would not waste so much energy on a part it does not use.体が、使わない部分にそんなに多くのエネルギーをむだに使うことはないでしょう。
Brain damage also tells us a lot.脳の損傷からも、多くのことが分かります。 In 1957, two scientists studied patients with damage to the hippocampus, a small part of the brain.1957年、2人の科学者が、脳の小さな一部である海馬が傷ついた患者たちを調べました。 These patients lost their memory of recent events.その患者たちは、最近の出来事の記憶を失っていました。 If 90 percent of the brain did nothing, small damage would not cause such big problems.もし脳の90%が何もしていないなら、小さな損傷がそんな大きな問題を起こすことはないはずです。 So the next time someone says "10 percent," ask them where the number came from.だから次にだれかが「10%」と言ったら、その数字はどこから来たのか聞いてみてください。
4択問題 Reading Quiz
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Q1What is this story mainly about?
この話は主に何についてのものですか。
正解:B Where the 10 percent idea came from and why it is wrong
第2〜3段落で10%という数字の出どころ、第4〜5段落でまちがいである理由を述べているので正解はB。Cのカーネギーは第3段落に一度出てくるだけ。
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Q2What did William James write in his book?
ウィリアム・ジェームズは本に何を書きましたか。
正解:C People use only a small part of their mental and physical power.
第2段落2文目に "people use only a small part of their mental and physical power" とあるので正解はC。第2段落3文目で数字は書かなかったとあるので、Aは誤り。
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Q3How much of the body's energy does the brain use?
脳は体のエネルギーをどれくらい使いますか。
正解:A About 20 percent
第4段落3文目に "it uses about 20 percent of the body's energy" とあるので正解はA。2%は脳が体重に占める割合。
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Q4In paragraph 4, the word "waste" is closest in meaning to
第4段落の "waste" に最も意味が近いのはどれですか。
正解:B use for nothing
第4段落4文目は「使わない部分にエネルギーを waste しない」という意味で、waste は「むだに使う」なので正解はB。Aは反対の意味。
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Q5Which is true about the story?
この話について正しいのはどれですか。
正解:D The number 10 appeared in a magazine after James died.
第3段落1〜2文目で、ジェームズは1910年に亡くなり、1930年に雑誌が「10%」と書いたとあるので正解はD。第5段落2文目より海馬は脳の小さな一部なので、Bは誤り。
重要語 Key Words(タップで裏返る)
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brain名詞脳
Sleep is good for your brain.
睡眠は脳に良い。
💡 brainstorm(アイデアを出し合う)もこの語から。
-
psychologist名詞心理学者
The psychologist studies how children learn.
その心理学者は子どもの学び方を研究している。
💡 最初の p は発音しない(サイコロジスト)。
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physical形容詞体の、身体的な
Swimming is good physical exercise.
水泳は良い運動だ。
💡 mental(心の)と対で使われることが多い。
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energy名詞エネルギー、活力
I have no energy after a long day.
長い一日のあとで、元気が残っていない。
💡 英語の発音は「エナジー」。
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waste動詞・名詞むだに使う/むだ、ごみ
Don't waste water.
水をむだに使わないで。
💡 a waste of time で「時間のむだ」。
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damage名詞・動詞損傷、被害/傷つける
Loud music can cause damage to your ears.
大きな音楽は耳を傷めることがある。
💡 cause damage to 〜 で「〜に損傷を与える」。
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patient名詞患者
The doctor saw ten patients this morning.
医者は今朝10人の患者を診た。
💡 形容詞では「がまん強い」の意味になる。
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recent形容詞最近の
Here are some recent photos of my dog.
これは最近撮ったうちの犬の写真です。
💡 副詞は recently(最近)。
SOURCES出典・ウラ取り
この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 14件)。
- James, W. (c1907) The Energies of Men, Moffat, Yard and Company(Internet Archive)archive.org
- The Credit World, Vol. 18, No. 11(1930年7月, National Retail Credit Association の機関誌, Internet Archive)archive.org
- Carnegie, D. (1936) How to Win Friends and Influence People, Simon and Schuster(Internet Archive)archive.org
- Raichle, M. E. & Gusnard, D. A. (2002) Appraising the brain's energy budget, PNASdoi.org
- Lennie, P. (2003) The cost of cortical computation, Current Biologydoi.org
- Scoville, W. B. & Milner, B. (1957) Loss of recent memory after bilateral hippocampal lesions, Journal of Neurology, Neurosurgery & Psychiatrydoi.org
文章はすべて資料をもとに独自の言葉で書いています。画像はオリジナルのイメージです。誤りにお気づきの方は訂正窓口へ。
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