5700年前の「ガム」から、かんだ人の目の色が分かった
思わず唸るNo.084

5700年前の「ガム」から、かんだ人の目の色が分かった

骨がなくても、かんだ跡から人が分かる。

うなり度 読む時間8分 出典3件 確認した事実24件
もくじ
  1. 石器時代の人がかんだ「やに」は、カバノキの皮を熱して作った接着剤
  2. 人の骨がない遺跡でも、かんだやにから、かんだ人の遺伝情報をすべて読めた
  3. やにをかんだのは青い目の女性で、農業が始まったころの人なのに、祖先は狩りと採集で暮らす人々だった
  4. やにには、ヘーゼルナッツやマガモのDNAと、口の中の細菌のDNAも残っていた
  5. 深掘り講義
  6. まとめ
  7. 英語で読む(A2・4択5問)
  8. 出典・ウラ取り

デンマーク南部の島で、黒茶色の小さなかたまりが土の中から見つかりました。人がかんだあとの、かたまりでした。

このかたまりは、カバノキという木の皮から作った「やに」でした。今から約5700年前、だれかがこのやにを口に入れてかみました。かんだあとのやにが、そのまま土の中に残っていたのです。

2019年、デンマークのコペンハーゲン大学などの研究チームが、このやにからDNA(体の設計図になる物質)を取り出しました。その結果、かんだ人は女性だったことが分かりました。肌は濃い色、髪は濃い茶色で、目は青かった可能性が高いことも分かりました。さらに、ヘーゼルナッツとマガモのDNAまで見つかりました。女性が、やにをかむ少し前に食べた物かもしれません。

この遺跡からは、人の骨が1本も見つかっていません。それでも、やにだけから、1人の人間の全ゲノム(その人がもつ遺伝情報のすべて)が読めたのです。

この記事では、まず、カバノキのやにが何なのかを説明します。次に、DNAから分かった女性のすがたと、やにに残っていた食べ物や細菌の話を紹介します。最後に、かんだやにが、古い時代の人を調べる新しい手がかりになっていることを見ていきます。

01石器時代の人がかんだ「やに」は、カバノキの皮を熱して作った接着剤

まず、カバノキのやにが何なのかを見ていきましょう。

カバノキのやには、カバノキの皮を熱して作る、黒茶色のねばねばした物質です。論文によると、人類は大むかしから、カバノキのやにを接着剤(ものをくっつけるのり)として使ってきました。たとえば、石の刃を木の柄にくっつけるのに使いました。

カバノキのやには、遺跡からかたまりで見つかることがよくあります。そして、その多くに、歯のかみ跡がついています。ヨーロッパで最も古い「かんだやに」は、中石器時代(氷河時代のあと、農耕が始まる前の時代)のものです。

人がなぜやにをかんだのかは、まだはっきりしていません。論文は、いくつかの考えを紹介しています。

  • やには冷えると固まる。そこで、かんでやわらかくしてから、接着剤として使った。
  • やにの成分のベツリンには、菌をおさえる働きがある。そこで、歯の病気などの薬として使った。

今のチューインガムとは、かむ目的が違ったかもしれません。それでも、人が口に入れてかんだ物であることは確かです。

02人の骨がない遺跡でも、かんだやにから、かんだ人の遺伝情報をすべて読めた

やにが見つかったのは、デンマーク南部のロラン島にあるシルトホルム遺跡です。やにの年代を測ると、約5858〜5661年前でした。

古い時代の人のDNAは、普通は骨や歯から取り出します。ところが、研究チームが調べると、やにの中のDNAの30%以上が、人のDNAでした。30%以上という割合は、保存のよい歯や頭の骨から取れるDNAと同じくらい高い数字です。かんだやには、骨に負けないほど、人のDNAをよく残していたのです。

チームは、このDNAから、かんだ人の全ゲノムを読みました。

03やにをかんだのは青い目の女性で、農業が始まったころの人なのに、祖先は狩りと採集で暮らす人々だった

ゲノムからは、かんだ人がどんな人だったかが、分かってきました。

まず、かんだのは女性でした。肌は濃い色、髪は濃い茶色で、目は青かった可能性が高いとされます。論文によると、この「濃い肌・濃い髪・青い目」という組み合わせは、ヨーロッパのほかの狩猟採集民(狩りや採集で暮らす人々)でも見つかっています。明るい肌の色がヨーロッパに広がったのは、もっとあとの時代だと考えられています。

また、この女性は、大人になると、牛乳にふくまれる糖(乳糖)を分解しにくくなる遺伝子の型でした。大人でも乳糖を分解できる型は、乳製品を使う農業が始まったあとに広まった、という考えがあります。女性の型は、この考えと合っています。

女性が生きていた時代も、大切です。デンマークでは、約5900年前ごろ、人々の暮らしが変わっていきました。狩りと採集の暮らしから、土器や家畜をもつ農耕の暮らしへと、移っていったのです。この女性は、その移り変わりのすぐあとに生きていた人です。

ところが、女性のゲノムには、農耕をする人々(農耕民)の祖先から受けついだ特徴が、見当たりませんでした。女性は、ヨーロッパ大陸の西の狩猟採集民に近い人だったのです。論文は、こう書いています。農耕民の遺伝子がこの地域の人々に広がっていったのは、考えられていたほど急ではなく、全体に一度に広がったわけでもなかったかもしれない。

約5700年前、デンマーク南部で、だれかがカバノキのやにをかんだ。
約5700年前、デンマーク南部で、だれかがカバノキのやにをかんだ。

04やにには、ヘーゼルナッツやマガモのDNAと、口の中の細菌のDNAも残っていた

やにには、人以外のDNAも残っていました。

植物では、カバノキとハシバミ(ヘーゼルナッツの木)のDNAが見つかりました。動物では、マガモのDNAのかけらが、5万以上も見つかりました。研究チームは、ハシバミとマガモのDNAは、女性がやにをかむ少し前に食べた物から来たのかもしれない、と考えています。

口の中にいた細菌のDNAも、たくさん見つかりました。その中には、重い歯周病(歯ぐきの病気)と関係が深い3種類の細菌がふくまれていました。肺炎の原因になる肺炎球菌も見つかりました。

さらに、エプスタイン・バー・ウイルスのDNAも出てきました。今では、世界の大人の90%以上が感染しているウイルスです。多くの人は子どものころに感染し、ほとんど症状が出ません。

LECTURE

深掘り講義

ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。

かんだやにの中に、DNAがよく残るわけ

古い時代のDNAの研究では、普通は骨や歯を使います。中でも、耳の奥にある頭の骨(錐体骨)や歯は、DNAがよく残ることで知られています。

デンマークのやにでは、DNAの30%以上が人のものでした。論文は、この割合を、保存のよい歯や錐体骨と同じくらい高いと書いています。やにをかむときに、だ液や口の中の細胞が入ります。それが固まったやにの中に閉じこめられ、守られていたと考えられます。

スカンジナビアでいちばん古い人のDNAも、かんだやにから読まれた

2019年、スウェーデンの研究チームは、フセビー・クレーヴ遺跡のかんだやに3つから、3人分のDNAを読みました。やにの年代は、約9880〜9540年前です。

チームが、骨ではなくかんだやにを調べたのには、理由があります。古代の人の骨は、お墓や儀式の場所から見つかることが多いものです。そのため、その人が使った道具と一緒に見つかるとはかぎりません。

一方、フセビー・クレーヴのかんだやには、人が住んでいた跡から、石器を作ったときのくずと一緒に見つかっています。だから、やにのDNAから分かる人と、その人たちの道具づくりを、直接結びつけて考えられるのです。

2024年に出た論文は、スカンジナビア半島で見つかっている最も古い人のDNAは、1万年前より少し新しいくらいの物だと書いています。その根拠として挙げているのが、フセビー・クレーヴのやにを調べた2019年の研究です。つまり、この地域に最初に住んだ人々の遺伝情報は、骨ではなく、かんだやにから分かったのです。

2019年の研究では、3つのやにのかけらは、それぞれ別の1人がかんだものでした。その中には、男性も女性もいました。研究チームは、やにをかむことは、石器づくりや道具の手入れと関係していた可能性が高いと考えました。そして、男性も女性もかんでいたことから、2つの可能性を論じています。1つは、道具づくりが、男女どちらかだけの仕事ではなかった可能性。もう1つは、子どものうちは、まだ男女で役割が分かれていなかった可能性です。

歯石には何年分もの口の細菌が、かんだやににはかんだときの口の細菌が残る

古代人の口の細菌は、これまで主に歯石から調べられてきました。歯石は、何年もかけて少しずつ積み重なります。そのため、歯石には、長い期間にわたる口の細菌の記録が残ります。

一方、デンマークの論文によると、かんだやにに残るのは、かんだそのときに口の中にいた細菌です。論文は、これを「スナップ写真」に近いと説明しています。歯石とかんだやにを組み合わせれば、口の細菌の歴史を、長い期間の流れと、ある時点の様子の両方から見ることができます。

2024年には、フセビー・クレーヴの3つのやにのかけらで、口の細菌がくわしく調べられました。すると、歯周病と関係する細菌が多く見つかりました。研究者は、データを学ばせたコンピューターに予測させる方法(機械学習)も使いました。その予測では、70〜80%の確率で、かんだ人の口の中の細菌のバランスがくずれていたとされました。やにからは、アカシカ、ヘーゼルナッツ、リンゴ、ブラウントラウト(マスのなかま)、キツネのなかまのDNAも見つかっています。

やにの中の動物や植物のDNAは、食べた物のものとは限らない

ただし、注意しなければならないことがあります。やにの中の動物や植物のDNAは、食べた物だけから来るとは限りません。やにを作るときや、道具の手入れのときに、口に入った物かもしれないからです。

2024年の論文も、かんだ人たちが、口を使っていろいろな材料を扱っていたと書いています。デンマークの論文も、マガモとヘーゼルナッツのDNAについて、「最近の食事に由来するかもしれない」と、言い切らない書き方をしています。

05まとめ

デンマークで見つかった5700年前のかんだやにから、骨なしで、1人の女性の全ゲノムが読めました。肌は濃い色、髪は濃い茶色で、目は青かった可能性が高い人です。この女性は、デンマークで農耕が広まり始めたころに生きていました。それでも、祖先は狩猟採集民でした。

やにには、ヘーゼルナッツとマガモのDNA、口の細菌、ウイルスまで残っていました。5700年前にかまれた小さなやにのかたまりから、骨の残っていない1人の人のことが、ここまで分かったのです。

人に話すなら、こう言おう

5700年前の人がかんだ「ガム」みたいなやにから、その人のDNAが全部読めたんだって。女の人で、目は青かったらしい。直前に食べたかもしれないヘーゼルナッツとカモのDNAも出たんだって。
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英語で読む

What an Old Piece of "Gum" Can Tell Us

CEFR A2217 words4択 5問全訳つき
0:00

英文をタップすると、その文の訳が出ます。

About 5,700 years ago, someone in what is now Denmark chewed a small, dark lump.約5700年前、今のデンマークにあたる場所で、だれかが小さな黒っぽいかたまりをかみました。 It was birch pitch, a sticky material made by heating the bark of birch trees.それはカバノキのやにで、カバノキの皮を熱して作るねばねばした物質でした。 People used it as glue for their stone tools.人々はそれを、石の道具の接着剤として使っていました。

In 2019, scientists took DNA from this ancient "gum."2019年、科学者たちはこの古代の「ガム」からDNAを取り出しました。 No human bones have been found at the site.その遺跡からは、人の骨は見つかっていません。 But the DNA in the gum was so well kept that they could read the full genome of one person.でも、ガムの中のDNAはとてもよく残っていたので、1人の全ゲノムを読むことができました。

The person was a woman.その人は女性でした。 She probably had dark skin, dark brown hair, and blue eyes.おそらく肌は濃い色で、髪は濃い茶色、目は青色でした。 Her genes also show that she could not easily digest milk as an adult.遺伝子からは、大人になって牛乳をうまく消化できなかったこともわかります。 Farming was starting in Denmark at that time, but her family line came from hunters and gatherers.当時デンマークでは農業が始まりつつありましたが、彼女の家系は狩猟採集民から来ていました。

The gum also kept DNA from plants and animals.ガムには、植物や動物のDNAも残っていました。 The scientists found hazelnut and mallard duck.科学者たちは、ヘーゼルナッツとマガモを見つけました。 These may come from a meal she ate before chewing.これらは、かむ前に彼女が食べた食事から来たのかもしれません。 They also found bacteria from her mouth and a virus that most adults carry today.口の中の細菌や、今では大人の多くがもっているウイルスも見つかりました。

Children chewed this pitch, too.子どもたちも、このやにをかんでいました。 At a site in Sweden that is about 10,000 years old, scientists found about 90 chewed pieces.約1万年前のスウェーデンの遺跡で、科学者たちはかまれたかけらを約90個見つけました。 They studied the tooth marks on six of them.そのうち6個について、歯のかみ跡を調べました。 All six chewers were younger than 20.かんだ6人は全員、20歳より若い人たちでした。 A small piece of old gum can tell us more than we ever imagined.古いガムの小さなかけらは、私たちが思っていた以上のことを教えてくれるのです。

4択問題 Reading Quiz

  1. Q1What is this story mainly about?

    この話は主に何についてのものですか。

  2. Q2How old is the piece of pitch from Denmark?

    デンマークのやにのかけらは、何年前のものですか。

  3. Q3Why was it special that scientists read the woman's genome?

    科学者が女性のゲノムを読めたことが特別だったのはなぜですか。

  4. Q4In paragraph 3, the word "digest" is closest in meaning to ...

    第3段落の "digest" に最も近い意味はどれですか。

  5. Q5Which is true about the site in Sweden?

    スウェーデンの遺跡について、正しいのはどれですか。

重要語 Key Words(タップで裏返る)

  • chew動詞
    かむ

    Chew your food well before you swallow it.

    飲みこむ前に、食べ物をよくかみなさい。

    💡 chewing gum は「チューインガム」。

  • sticky形容詞
    ねばねばした

    My hands are sticky after eating the candy.

    あめを食べたあと、手がべとべとだ。

    💡 stick(くっつく)+ -y。

  • bark名詞
    木の皮

    This tree has white bark.

    この木は皮が白い。

    💡 動詞では犬が「ほえる」。同じつづりで意味がちがう。

  • ancient形容詞
    古代の、大むかしの

    We visited an ancient temple in Kyoto.

    私たちは京都の古い寺を訪れた。

    💡 old よりずっと古い時代に使う。ancient history は「古代史」。

  • genome名詞
    ゲノム(遺伝情報のすべて)

    Scientists read the genome of the plant.

    科学者たちはその植物のゲノムを読んだ。

    💡 gene(遺伝子)とまぎらわしいので注意。

  • digest動詞
    消化する

    Some people cannot digest milk well.

    牛乳をうまく消化できない人もいる。

    💡 名詞は digestion(消化)。

  • bacteria名詞
    細菌

    Wash your hands to remove bacteria.

    細菌を落とすために手を洗いなさい。

    💡 複数形。単数は bacterium だが、あまり使わない。

  • imagine動詞
    想像する

    I cannot imagine life without my phone.

    スマホのない生活は想像できない。

    💡 名詞は imagination(想像力)。

SOURCES出典・ウラ取り

この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 24件)。

  1. Jensen, T. Z. T. et al. (2019) A 5700 year-old human genome and oral microbiome from chewed birch pitch, Nature Communications 10: 5520doi.org
  2. Kashuba, N. et al. (2019) Ancient DNA from mastics solidifies connection between material culture and genetics of mesolithic hunter–gatherers in Scandinavia, Communications Biology 2: 185doi.org
  3. Kırdök, E. et al. (2024) Metagenomic analysis of Mesolithic chewed pitch reveals poor oral health among stone age individuals, Scientific Reportsdoi.org

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文章はすべて資料をもとに独自の言葉で書いています。画像はオリジナルのイメージです。誤りにお気づきの方は訂正窓口へ。

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