
オックスフォード大学は、アステカ帝国より古い
アステカの歴史を描いた本は、今オックスフォードにある。
この判定の対象「オックスフォード大学は、アステカ帝国より古い」
もくじ
ページの真ん中に、サボテンの上にとまった鷲がいます。青い水の帯が、四角い湖を×の字に区切っています。その周りに、10人の男たちがすわっています。湖の島に都テノチティトランを建てた、アステカの人びとの建国の場面です。
ページの上の余白には、絵を描いた人とは別の人の字で、フランス語の書きこみがあります。「A. Thevet cosmographe du Roy」。「王の宇宙誌学者(世界の地理を書く学者)、アンドレ・テヴェ」という署名です。
この絵が描かれた本は、「コデックス・メンドーサ」と呼ばれる絵文書です。そして今、この本はイギリスのオックスフォード大学のボドリアン図書館に保管されています。
「オックスフォード大学はアステカ帝国より古い」という雑学は、ネットでときどき見かけます。この雑学は本当です。けれども、アステカの歴史を描いた絵文書が、アステカより古いその大学の図書館にあることは、あまり知られていません。
この記事では、まず、オックスフォード大学とアステカ帝国の「始まりの年」の候補を、それぞれ並べます。そして、どの年どうしを比べても大学のほうが古いかを確かめます。そのあと、絵文書がメキシコからオックスフォードへ渡ってきた道すじをたどります。
01オックスフォード大学には、はっきりした創立年がない
大学の年齢を比べようとすると、最初に困ることがあります。オックスフォード大学の公式の歴史ページは、はっきりした創立年はないと書いているのです。
記録に残る段階は、こうです。
1167年の禁止は、ヘンリー2世と、教会の指導者トマス・ベケットの争いがきっかけでした。オックスフォードの公式ページは、この禁止から大学が急速に発展したと書いています。
どの段階を「大学の始まり」と見るかで、始まりの年は1096年から1249年ごろまで、100年以上も変わります。
02アステカの始まりの年にも、都ができた年と、3つの都市が同盟を結んだ年の2つの候補がある
アステカの側にも、いくつかの「始まり」があります。
都テノチティトランは、1325年ごろ、テスココ湖の島に建てられたとされます。ブリタニカによると、アステカの人びとは、ある場所を探して長い旅をしたと伝えられています。それは、「鷲がサボテンにとまり、ヘビをくわえている場所」です。その旅は、1325年に終わったといいます。この鷲とサボテンの図柄は、今のメキシコの国旗にも描かれています。
ただ、都ができただけでは、「帝国」ではありません。アステカが広い地域を支配するようになったのは、イツコアトル王(在位1428〜40年)の時代です。テスココ、トラコパンという2つの都市と、同盟を結んでからでした。これが「三国同盟」で、イツコアトルが王になった1428年ごろの出来事とされます。
ところが、メキシコ国立自治大学(UNAM)のサイトに載った解説によると、研究者ロバート・バーロウは、三国同盟ができたのは1つの年ではなく、1427〜1433年の間だと考えました。同盟の力が固まったのは、1433年だといいます。つまり、三国同盟は何年かかけてできあがったものです。「1428年」は、その何年かを1つの年で代表させた数字なのです。
いちばん差が小さくなる組み合わせは、大学が団体になった1231年と、都ができた1325年です。それでも、オックスフォードのほうが94年早いのです。大学の始まりと、都や帝国の始まりをどう組み合わせても、大学のほうが古いという答えは変わりません。
03アステカの歴史を描いた絵文書は、持ち主が何度も変わってオックスフォードに入った
では、記事の初めに紹介した絵文書の話に戻ります。ボドリアン図書館の目録によると、コデックス・メンドーサには、3つの内容が描かれています。
- 1325年から1521年までの、アステカ帝国の絵による歴史。
- 町々が、最後の皇帝モクテスマ2世に毎年納めた貢ぎ物の一覧。
- アステカの男女の、誕生から死までの暮らし。
目録には、この本を持っていた人の名前も並んでいます。アンドレ・テヴェ(1516〜1592年)、リチャード・ハクルート、サミュエル・パーチャス、そしてジョン・セルデン(1584〜1654年)です。建国のページに署名していたテヴェは、この中でいちばん古い時代の人です。
セルデンが亡くなったあと、本はボドリアン図書館に入りました。渡したのは、セルデンの遺言執行人(遺言のとおりに財産を手配する人)です。1655〜1659年の間のことです。
本の綴じ方からも、この本がたどってきた道が分かります。この本には、別の表が一緒に綴じこまれているのです。トマス・スミス(1513〜1577年)が作った、「ローマ、ギリシャ、イングランド、フランスのお金の価値の比較表」です。目録によると、2つはセルデンが亡くなったあとも、まだ別々の品として記録されていました。そして、1655〜1665年ごろに、ロンドンかオックスフォードで1冊に製本されました。アステカの貢ぎ物の一覧と、ヨーロッパのお金の表が、今は同じ表紙の中に収まっています。

この絵文書は、ネットで全ページ公開されています。だれでも見ることができます。
深掘り講義
ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。
大学とアステカの「始まりの年」には、少なくとも4種類の年がある
年代を比べるときに大事なのは、同じ種類の出来事どうしを比べることです。オックスフォードとアステカの話では、少なくとも次の4種類の年が混ざりがちです。
- 活動が始まった年:オックスフォードの教育(1096年)/アステカの人びとがメソアメリカに現れた時期
- 組織として認められた年:オックスフォードの団体化(1231年)/三国同盟(1428年前後)
- 拠点ができた年:最古のコレッジ(1249〜1264年)/テノチティトラン(1325年ごろ)
- 終わった年:オックスフォードは続いている/アステカ帝国は1521年に滅亡
ここで1つ、どちらが古いかの答えが逆になる組み合わせがあります。ブリタニカによれば、アステカの人びとがメソアメリカ(今のメキシコや中央アメリカのあたり)に現れたのは、「おそらく12世紀」です。これを「大学が団体になった1231年」と比べると、アステカの人びとのほうが早い可能性があります。「人びとが現れた年」と「大学が組織になった年」という、違う種類の年を比べると、答えが変わるのです。ただ、雑学の「アステカ帝国」は、ふつう国としての成立を指します。そのため、判定はホントのままです。
オックスフォードについて1096年に分かっているのは、教育があったことだけ
オックスフォードの公式ページの書き方は、慎重です。1096年については、「何らかの形で教育があった」としか言っていません。建物も規則も、この年には確認されていないのです。
記録が具体的になるのは、12世紀の終わりからです。1188年には、歴史家ギラルドゥスが、教師たちの前で公開の朗読を行いました。1190年ごろには、記録に残る最初の外国人学生がやって来ました。
大学の年齢は、どちらの証拠を取るかで変わります。「人が集まって学んでいた証拠」か、「組織としてできていた証拠」かです。アステカの1325年も同じで、その年がどんな証拠にもとづいているかを見る必要があります。
アステカの人びとは自分たちを「メシカ」と名のり、国は3つの都市の同盟だった
「アステカ」という名前は、祖先の地とされるアストランから来ています。けれども、彼ら自身は「クルワ・メシカ」と名のりました。今のメキシコという国名は、「メシカ」から来ています。
また、「帝国」といっても、1つの都市だけが治める形ではありませんでした。三国同盟は、エシュカン・トラトロヤンと呼ばれました。3つの都市が、それぞれの地域の経済を管理しました。そして、従えた町々の産物を取りまとめました。
UNAMの解説によれば、3つの都市が組む同盟の形は、アステカより前のトルテカの時代にまでさかのぼります。そのときの3都市は、トゥーラ、クルワカン、オトンパンでした。1428年の三国同盟は、古い仕組みに新しいメンバーが入った形だったのです。
「1325年」も「1428年」も、スペインの征服よりあとに書かれた記録が伝える年
1325年という年は、コデックス・メンドーサなどが伝える年です。これらの記録は、スペインによる征服(1521年)よりあとに描かれました。ボドリアン図書館の目録は、この本(あとで綴じ足された部分を含む)が作られた年代を、1541〜1650年としています。つまり、建国から200年以上たってから描かれた記録です。
三国同盟についても、UNAMの解説は、こう指摘します。三国同盟の情報の多くは、2人の著作から来ています。植民地時代の修道士フアン・デ・トルケマダと、年代記作者フェルナンド・デ・アルバ・イシュトリルショチトルです。どちらの著作も、書かれた当時の事情に左右されているので、書いてあるとおりには受け取れないといいます。
だから、「1325年」や「1428年」は、確かめられた事実というより、記録に残された言い伝えとして扱うのが正確です。
04まとめ
オックスフォード大学は、アステカ帝国より古いです。大学の「始まり」をどの年に置いても、帝国の「始まり」をどの年に置いても、大学のほうが早くなります。
そして、1325年から1521年までのアステカの歴史を絵で描いたコデックス・メンドーサは、今その大学の図書館にあります。ボドリアン図書館のサイトでは、サボテンにとまる鷲の1枚目から、だれでもページをめくることができます。
人に話すなら、こう言おう
オックスフォード大学ってアステカ帝国より古いんだけど、そのアステカの建国の様子を描いた絵の本が、今オックスフォードの図書館にあるんだって。ネットで全ページ見られるらしいよ。
英語で読む
An Aztec Book in an Older School
英文をタップすると、その文の訳が出ます。
In the middle of an old painted page, an eagle stands on a cactus.古い絵のページの真ん中で、一羽の鷲がサボテンの上に立っています。 Ten men sit around it.そのまわりに10人の男たちがすわっています。 The picture shows the start of Tenochtitlan, the great city of the Aztecs.この絵は、アステカの大きな都テノチティトランの始まりを描いています。 Today this book is in a library at the University of Oxford in England.今、この本はイギリスのオックスフォード大学の図書館にあります。
People often say that Oxford is older than the Aztec Empire.オックスフォードはアステカ帝国より古い、とよく言われます。 It is true, but Oxford has no clear birthday.それは本当ですが、オックスフォードにははっきりした誕生日がありません。 There was teaching there in 1096.1096年には、そこで教育が行われていました。 In 1231, the teachers became an official group.1231年には、教師たちが正式な団体になりました。
The Aztec story also has more than one start.アステカの物語にも、始まりが一つ以上あります。 The city was built around 1325 on an island in a lake.都は1325年ごろ、湖の島に建てられました。 Then, around 1428, three cities joined together and became very strong.その後、1428年ごろに3つの都市が手を組み、とても強くなりました。 Some experts say this alliance took shape between 1427 and 1433.この同盟は1427年から1433年のあいだに形になった、と考える専門家もいます。 Even if we choose 1231 and 1325, Oxford is still 94 years older.1231年と1325年を選んでも、オックスフォードのほうが94年古いのです。
So how did the Aztec book get to Oxford?では、アステカの本はどうやってオックスフォードに来たのでしょうか。 It passed through the hands of several owners in Europe.それはヨーロッパの何人かの持ち主の手を経てきました。 One of them, a man named André Thevet, wrote his name in French at the top of the eagle page.そのうちの一人、アンドレ・テヴェという人は、鷲のページの上にフランス語で自分の名前を書きました。 Between 1655 and 1659, it came to the Oxford library.1655年から1659年のあいだに、それはオックスフォードの図書館に入りました。
It tells the Aztec story in pictures, from 1325 to 1521.それは1325年から1521年までのアステカの歴史を、絵で伝えています。 The book also has lists of goods that towns had to pay to the last Aztec emperor.この本には、町々が最後のアステカ皇帝に納めなければならなかった貢ぎ物の一覧もあります。 Now anyone can see every page of it online.今では、だれでもネットで全ページを見ることができます。
4択問題 Reading Quiz
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Q1What is this story mainly about?
この話は主に何についてのものですか。
正解:C An old Aztec book and the ages of Oxford and the Aztecs
第1段落でオックスフォードにあるアステカの本を紹介し、第2〜3段落で両者の年代を比べ、第4〜5段落で本の来歴を述べているのでC。Aは都の建設に一言ふれているだけで、Dは本文にありません。
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Q2When was there teaching at Oxford?
オックスフォードで教育が行われていたのはいつですか。
正解:A In 1096
第2段落3文目に「1096年にはそこで教育が行われていた」とあるのでA。Bは都の建設、Cは3都市の同盟、Dは本が図書館に入った時期の終わりの年です。
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Q3Why does the story say "Oxford is still 94 years older"?
本文が「それでもオックスフォードが94年古い」と言うのはなぜですか。
正解:B Because it compares 1231 and 1325
第3段落最後の文で「1231年と1325年を選んでも94年古い」と述べており、1325−1231=94なのでB。Aは都の建設年が誤り(1325年ごろ)。Cの1096年で比べると差は229年になります。
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Q4In paragraph 3, the word "alliance" is closest in meaning to ...
第3段落の "alliance" に最も意味が近いのはどれですか。
正解:D a group that works together
直前の文に「3つの都市が手を組んだ(joined together)」とあり、this alliance はそれを指すのでD。alliance は「同盟」。Aの戦争は反対の意味です。
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Q5Which is true about the Aztec book?
アステカの本について正しいのはどれですか。
正解:C It shows goods that towns had to pay to the emperor.
第5段落2文目に、町々が最後のアステカ皇帝に納めなければならなかった品物(貢ぎ物)の一覧があるとあるのでC。Aのテヴェは名前を書いただけ(第4段落)、Bは1655〜1659年、Dはだれでもネットで見られる(第5段落)ので誤りです。
重要語 Key Words(タップで裏返る)
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eagle名詞鷲(わし)
An eagle flew high above the mountain.
一羽の鷲が山の上を高く飛んだ。
💡 アメリカの国鳥 bald eagle(ハクトウワシ)も有名。
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empire名詞帝国
The empire ruled many small countries.
その帝国は多くの小国を支配した。
💡 emperor は「皇帝」。empire と emperor をセットで覚える。
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library名詞図書館
I borrowed two books from the library.
私は図書館から本を2冊借りた。
💡 book store(本屋)とまちがえない。librarian は「図書館員」。
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official形容詞公式の、正式な
This is the official website of the city.
これは市の公式ウェブサイトです。
💡 office(役所、事務所)と同じ仲間の語。
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island名詞島
Japan has many small islands.
日本には小さな島がたくさんある。
💡 s は発音しない(アイランド)。
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alliance名詞同盟
The two countries made an alliance.
その2国は同盟を結んだ。
💡 動詞 ally(同盟する)から。make an alliance で「同盟を結ぶ」。
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owner名詞持ち主
Who is the owner of this bike?
この自転車の持ち主はだれですか。
💡 own(所有する)+ -er(〜する人)。
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online副詞ネットで、オンラインで
You can buy tickets online.
チケットはネットで買えます。
💡 形容詞としても使う:an online class(オンライン授業)。
SOURCES出典・ウラ取り
この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 23件)。
- Our history(University of Oxford)ox.ac.uk
- Bodleian Library MS. Arch. Selden. A. 1(Codex Mendoza, Digital Bodleian)digital.bodleian.ox.ac.uk
- Encyclopaedia Britannica「Aztec」britannica.com
- Encyclopaedia Britannica「Tenochtitlan」britannica.com
- Battcock, C. La Triple Alianza: el juego de la política entre los nahuas del Altiplano Central(Noticonquista, UNAM)noticonquista.unam.mx
公式ページで見てみよう
- コデックス・メンドーサの全ページ画像(Digital Bodleian)digital.bodleian.ox.ac.uk
文章はすべて資料をもとに独自の言葉で書いています。画像はオリジナルのイメージです。誤りにお気づきの方は訂正窓口へ。
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