
ミントで涼しく感じても、体の中の温度が下がるとは確かめられていない
ミントは、冷たさのセンサーを直接オンにする。
この判定の対象「ミントを使うと、涼しく感じるだけでなく体も冷える」
もくじ
ミントのガムをかむと、口の中がすっとひんやりします。このひんやり感のもとが、メントールという物質です。メントールは、ペパーミントやハッカなどの植物からとれます。歯みがき粉のような口の手入れの品から、肌に使う痛み止めまで、多くの商品に使われています。
では、ミントでひんやりするとき、口や肌の温度は本当に下がっているのでしょうか。ひんやりのしくみを明らかにしたのは、2002年の二つの研究でした。メントールを手がかりにして、冷たさを感じる体のセンサーが見つかったのです。この発見は、2021年のノーベル生理学・医学賞につながりました。
この記事では、まず、冷たさのセンサーがどうやって見つかったかを紹介します。次に、そのセンサーをなくしたネズミで何が起きたかを見ます。最後に、暑い中でメントールを使ったとき、体の温度がどうなったかを調べた研究を紹介します。
01冷たさを感じるセンサーは、2002年にメントールを手がかりに見つかった
2021年のノーベル生理学・医学賞は、二人の研究者に贈られました。一人は、カリフォルニア大学サンフランシスコ校のデビッド・ジュリアス(David Julius)です。もう一人は、スクリプス研究所のアーデム・パタプティアン(Ardem Patapoutian)です。受賞の理由は、温度と、さわった感じを伝えるセンサーの発見でした。
二人は、それぞれ別々に、メントールを使って冷たさのセンサーを探しました。ノーベル委員会の解説によると、探し方の出発点は、こんな考えでした。メントールは、人に「痛くない冷たさ」を感じさせる。それなら、メントールが結びつく相手は、低い温度で働くセンサーだろう、というものです。
2002年、二つの研究室は、同じセンサーを見つけました。名前はTRPM8(トリップ・エム・エイト)です。TRPM8は、神経の細胞の膜にある、小さな門のようなたんぱく質です。冷たさやメントールでこの門が開くと、神経に電気の信号が生まれます。
ジュリアスらは、顔の感覚を伝える神経の細胞から、このセンサーを取り出しました。そして、冷たさとメントールの受容体という意味の名前をつけました。受容体とは、決まった刺激を受けとるたんぱく質のことです。パタプティアンらは、TRPM8を作るようにした細胞が、冷たい温度でもメントールでも反応することを示しました。
02メントールは、温度が下がらなくても冷たさのセンサーを働かせる
ミントでひんやりするしくみは、こうです。TRPM8は、まわりの温度が約26℃より下がると働きます。そして、メントールが結びついたときにも働きます。スポーツ科学の専門家たちが2020年にまとめた文書もあります。それによると、メントールは主にTRPM8を刺激して、温度が8〜28℃の間で変わったときと同じような感じを起こします。
ノーベル委員会の解説によると、人やネズミが痛くない冷たさを感じ始めるのは、皮ふの温度が約28℃のときです。しかも、皮ふの温度の0.5℃の変化も感じとれます。冷たさを感じるしくみは、これほど敏感です。メントールは、そのしくみの中心にあるTRPM8を、温度の変化なしに働かせてしまうのです。
同じ文書によると、メントールは、口の中のような粘膜にも、皮ふにも効きます。そして、つける場所の膜が薄いほど、効き目が強くなります。
03TRPM8をなくしたネズミは、冷たい床と温かい床を見分けにくくなった
TRPM8が本当に冷たさの主役なのかは、2007年に確かめられました。ジュリアスらの研究チームが、TRPM8を作れないようにしたネズミを調べたのです。
このネズミの神経は、冷たさにとても弱くしか反応しなくなっていました。冷たい床と温かい床を選ばせると、見分ける力がはっきり落ちていました。水が蒸発するときの冷たさにも、反応しにくくなりました。
ただし、まったく冷たさを感じないわけではありませんでした。10℃より冷たい床には、うまくはないものの、ふれるのを避けたのです。研究チームは、TRPM8は広い範囲の冷たさを感じるのに欠かせない主役だ、と結論しました。
04暑い中の研究では、メントールで涼しく感じても、体の内部の温度に差は出なかった
メントールは、暑い中で戦うスポーツ選手の間でも注目されてきました。2020年、暑い東京オリンピックに向けて、14人の専門家がメントールの使い方を話し合い、合意文書をまとめました。大会は約31℃・湿度70%になると予想されていたからです。
専門家たちは、暑い中の運動でメントールを肌につけると、次のことが起きると合意しました。気持ちよく感じる。涼しく感じる。同じ運動をきつく感じにくくなる。
一方で、肌につけたメントールは、体の温度を調節するしくみも変えることがあります。たとえば、皮ふの血管が縮んだと考えられる報告があります。ただし、濃いメントールで逆に血管が広がったという報告もあり、はっきりしていません。スプレーをくり返すと、汗の量が減ったという報告もあります。ジェルやクリームは、肌に残ると汗の蒸発をじゃまするおそれがあります。専門家たちは、少ない濃度でも、熱が体にたまる危険を高めるおそれがあると書いています。一方、メントールで口をすすぐ方法では、こうした直接の変化は見られないとしています。
2026年には、ある研究チームが、暑い環境で行われた15件の実験をまとめて分析しました。メントールを飲む、口をすすぐ、肌につける、の3通りです。どの方法でも、体の内部の温度と心拍数への影響は小さく、何もしない場合とはっきりした差はありませんでした。肌につける方法は、熱が逃げるのをじゃまして、温度が少し上がる傾向があるかもしれない、とされています。

深掘り講義
ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。
温度のセンサーは、細胞の膜にある「イオンを通す門」
神経の細胞は、膜で包まれています。この膜には、イオン(電気を帯びた小さなつぶ)を通す門のようなたんぱく質があります。これをイオンチャネルと呼びます。門が開いてイオンが流れこむと、神経に電気の信号が生まれ、脳へ伝わります。
TRPM8は、このイオンチャネルの一つです。冷たくなったときや、メントールが結びついたときに働きます。メントールがTRPM8を働かせると、温度が下がったときと同じような感じが起きます。ですから、温度が変わらなくても「冷たい」と感じるのです。
唐辛子の「熱い」とミントの「冷たい」は、同じ仲間のセンサーで感じている
ジュリアスは、TRPM8より前の1997年に、唐辛子の辛さの成分カプサイシンを使って、TRPV1というセンサーを見つけていました。TRPV1は、痛いほどの熱さで開くイオンチャネルです。唐辛子を食べて「熱い」と感じるのは、カプサイシンがこのセンサーを開くからです。
TRPV1とTRPM8は、どちらもTRPという同じ仲間のイオンチャネルです。ノーベル財団の発表によると、これらの発見のあと、いろいろな温度で働く仲間のセンサーが次々に見つかりました。こうして、温度の違いが、どうやって神経の電気信号に変わるのかが分かってきました。
「涼しく感じる」と「体が冷える」は、別々に測る必要がある
暑さの研究では、二つのものを分けて測ります。一つは、本人がどれくらい暑い、涼しいと感じるかです。もう一つは、体の内部の温度や心拍数のような、機械で測れる体の状態です。
メントールは、一つめの「感じ方」をはっきり変えます。しかし、二つめの「体の状態」については、2026年の分析で、何もしない場合とはっきりした差は見られませんでした。2026年の分析を行った研究チームは、メントールは体の熱の負担を減らさないまま、暑さの感じ方だけをかくしてしまうおそれがある、と書いています。そして、スポーツで使うときは、体の状態を測りながら使うよう求めています。
専門家の合意文書には、もう一つの考えも書かれています。体の内部の温度が高くなりすぎると、皮ふを冷やしたり、メントールをつけたりしても、全体としては涼しく感じにくくなる、というものです。体の中心の熱さを伝える信号のほうが、強くなるからだと考えられています。
「冷たい」という感覚と、本当の温度は、ずれることがある
私たちは、「冷たい」と感じたら、そこが冷たいのだと思いがちです。しかし、「冷たい」という感覚は、冷たさのセンサーが働いたかどうかをもとに生まれます。メントールの研究は、感覚と、実際の温度が、ずれることがあるのを示しています。ジュリアスやパタプティアンは、メントールやカプサイシンのような身近な物質を道具にして、そのしくみを解き明かしました。
05まとめ
ミントのひんやりは、メントールが、冷たさを感じるセンサーTRPM8を直接働かせることで起きます。このセンサーは2002年に、メントールを手がかりにして見つかりました。そして、2021年のノーベル生理学・医学賞につながりました。
ただし、涼しく感じても、体の中の温度が下がるとは確かめられていません。暑い中の研究では、メントールで体の内部の温度に意味のある差は出ませんでした。次にミントのガムをかんだら、温度が下がらなくても、センサーが「冷たい」と伝えることがあるのだと思い出してみてください。
人に話すなら、こう言おう
ミントがひんやりするのは、冷たさのセンサーをメントールが直接オンにするからだって。このセンサーの発見は、2021年のノーベル賞につながったらしい。でも、体の中の温度が下がるとは確かめられていないんだって。
英語で読む
Why Mint Feels Cold
英文をタップすると、その文の訳が出ます。
When you chew mint gum, your mouth feels cool.ミントのガムをかむと、口の中がひんやりします。 The cool feeling comes from menthol, a chemical in mint plants.このひんやり感は、ミントの植物にふくまれるメントールという物質から来ています。 But is your mouth really getting colder?でも、口の中は本当に冷たくなっているのでしょうか。
Our nerves have sensors that tell the brain about temperature.私たちの神経には、温度を脳に伝えるセンサーがあります。 In 2002, two teams in the United States used menthol to look for the sensor for cold.2002年、アメリカの二つのチームが、メントールを使って冷たさのセンサーを探しました。 Both teams found the same one, called TRPM8.二つのチームは、TRPM8という同じセンサーを見つけました。 It works when the temperature drops below about 26 degrees.このセンサーは、温度が約26度より下がると働きます。 It also works when menthol touches it.メントールがふれたときにも働きます。 So menthol can make you feel cold without any change in temperature.だから、メントールは、温度が少しも変わらなくても冷たく感じさせることができるのです。
In 2007, scientists studied mice without TRPM8.2007年、科学者たちはTRPM8のないネズミを調べました。 These mice had trouble telling a cold floor from a warm floor.このネズミたちは、冷たい床と温かい床を見分けるのに苦労しました。 In 2021, David Julius and Ardem Patapoutian won the Nobel Prize for finding sensors for temperature and touch.2021年、デビッド・ジュリアスとアーデム・パタプティアンは、温度とさわった感じのセンサーを見つけたことでノーベル賞を受けました。
Some athletes use menthol in hot weather.暑い天気の中でメントールを使うスポーツ選手もいます。 Many studies found that it makes people feel cooler and more comfortable.多くの研究で、メントールを使うと人は涼しく、気持ちよく感じることが分かりました。 But a 2026 study looked at 15 experiments in the heat.でも、2026年のある研究は、暑い中で行われた15の実験をまとめて調べました。 Menthol did not clearly change the temperature inside the body.メントールは、体の内部の温度をはっきりとは変えませんでした。 Experts also warn that putting menthol on the whole body during exercise in the heat may raise body temperature faster.専門家たちは、暑い中の運動で全身にメントールをつけると、体温が速く上がるおそれがあるとも注意しています。
So mint can trick your cold sensor, but it has not been shown to cool your body.つまり、ミントは冷たさのセンサーをだますことはできますが、体を冷やすとは示されていません。 Next time you chew mint gum, remember that a chemical is turning on your cold sensor.次にミントのガムをかむときは、物質が冷たさのセンサーをオンにしていることを思い出してください。
4択問題 Reading Quiz
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Q1What is this story mainly about?
この話は主に何についてのものですか。
正解:B Why mint feels cold and whether it cools the body
第1段落の最後で「口は本当に冷たくなっているのか」と問い、第2段落でしくみ、第4段落で体の温度を説明しているので正解はB。Cのネズミは研究の例として出てくるだけ。
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Q2Below about what temperature does TRPM8 start to work?
TRPM8は、約何度より下がると働き始めますか。
正解:C 26 degrees
第2段落の4文目に、温度が約26度より下がると働くとあるので正解はC。ほかの温度は本文に出てこない。
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Q3Why can menthol make you feel cold without a change in temperature?
なぜメントールは、温度が変わらなくても冷たく感じさせることができるのですか。
正解:A Because it turns on the sensor for cold.
第2段落の5文目と6文目に、メントールがふれるとセンサーが働くので、温度が変わらなくても冷たく感じるとあるので正解はA。Bは「温度が変わらなくても」という本文と合わない。
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Q4In paragraph 3, the word "trouble" is closest in meaning to ...
第3段落の trouble という語に最も意味が近いのはどれですか。
正解:D difficulty
第3段落の2文目は、冷たい床と温かい床を見分けるのに苦労した、という意味なので正解はD。have trouble ~ing で「~するのに苦労する」。
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Q5Which is true according to the story?
この話の内容に合うのはどれですか。
正解:B In the heat, menthol did not clearly change the temperature inside the body.
第4段落の3文目と4文目に、暑い中の実験でメントールは体の内部の温度をはっきりとは変えなかったとあるので正解はB。Cは第2段落の「二つのチームが同じセンサーを見つけた」と合わない。
重要語 Key Words(タップで裏返る)
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menthol名詞メントール
This candy has menthol in it.
このあめにはメントールが入っている。
💡 ミントにふくまれる、ひんやり感を起こす物質。
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chemical名詞化学物質
Do not mix these chemicals.
これらの化学物質を混ぜてはいけない。
💡 形容詞では「化学の」。chemistry(化学)の仲間の語。
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nerve名詞神経
Nerves send messages to the brain.
神経は脳に信号を送る。
💡 get on one's nerves で「いらいらさせる」。
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sensor名詞センサー、感知するもの
The light has a sensor, so it turns on by itself.
その明かりにはセンサーがあるので、ひとりでにつく。
💡 sense(感じる)+-or(~するもの)。
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temperature名詞温度、体温
The temperature dropped at night.
夜に気温が下がった。
💡 take one's temperature で「体温を測る」。
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athlete名詞スポーツ選手
The athlete ran very fast.
その選手はとても速く走った。
💡 アクセントは前(ア)。発音は「アスリート」。
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comfortable形容詞心地よい、快適な
This chair is very comfortable.
このいすはとても座り心地がよい。
💡 反対は uncomfortable。名詞は comfort。
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warn動詞注意する、警告する
The teacher warned us about the ice.
先生は氷に気をつけるよう注意した。
💡 warn A about B で「AにBについて注意する」。名詞は warning。
SOURCES出典・ウラ取り
この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 29件)。
- Press release: The Nobel Prize in Physiology or Medicine 2021(ノーベル財団)nobelprize.org
- Scientific Background: Discoveries of receptors for temperature and touch(ノーベル委員会, 2021)nobelprize.org
- McKemy, D. D., Neuhausser, W. M. & Julius, D. (2002) Identification of a cold receptor reveals a general role for TRP channels in thermosensation, Nature 416:52-58doi.org
- Peier, A. M. ほか (2002) A TRP channel that senses cold stimuli and menthol, Cell 108:705-715doi.org
- Bautista, D. M. ほか (2007) The menthol receptor TRPM8 is the principal detector of environmental cold, Nature 448:204-208doi.org
- Barwood, M. J. ほか (2020) Menthol as an Ergogenic Aid for the Tokyo 2021 Olympic Games: An Expert-Led Consensus Statement Using the Modified Delphi Method, Sports Medicine 50:1709-1727doi.org
- Zhu, Y. ほか (2026) Effects of different menthol administration routes on endurance performance and physiological responses in the heat: a network meta-analysis, Frontiers in Nutrition 13doi.org
公式ページで見てみよう
- The Nobel Prize in Physiology or Medicine 2021(ノーベル財団)nobelprize.org
文章はすべて資料をもとに独自の言葉で書いています。画像はオリジナルのイメージです。誤りにお気づきの方は訂正窓口へ。
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