
「ユウレイグモは猛毒だが牙が短くてかめない」はウソで、人をかむが害はほとんどない
ユウレイグモの毒を調べるため、500匹以上から毒を集めた。
この判定の対象「ユウレイグモは猛毒だが、牙が短くて人をかめない」
もくじ
アメリカには、こんな話があります。「ダディ・ロングレッグズは、いちばん毒の強いクモの一つだ。でも牙が短すぎて、人をかめない」。ダディ・ロングレッグズは、直訳すると「足の長いお父さん」で、足の長い虫の英語の呼び名です。
アメリカのカリフォルニア大学リバーサイド校(UCR)には、昆虫学科のクモ研究のページがあります。そのページによると、この話はアメリカでくり返し語られてきました。ページの筆者は、オーストラリアの博物館で、学校の先生が生徒にこの話を教えている場面にも出会ったそうです。
ところが、この話には大きな問題があります。「ダディ・ロングレッグズ」と呼ばれる生き物は、1種類ではないのです。
この記事では、まず、この呼び名が指す生き物を整理します。次に、それぞれに毒があるのかを見ます。最後に、2019年の研究で分かったユウレイグモの毒の強さと、人がかまれた記録を紹介します。
01「ダディ・ロングレッグズ」と呼ばれる生き物は、少なくとも2種類いる
この話をする人の多くは、まったく別の2つの仲間を混ぜています。UCRのページは、そう指摘しています。
1つ目は、ザトウムシの仲間です。見た目はクモに似ていますが、クモではありません。クモやサソリ、ダニは、生き物の分け方では、それぞれ別のグループ(目)に入ります。ザトウムシは、そのどれとも違う、独自のグループです。体は丸い1つのかたまりで、目は多くても2つです。8本の足は、すべてその体についています。糸を出さないので、巣は張りません。ふだんは丸太や石の下にいることが多く、人が出会うことはあまりありません。
2つ目は、ユウレイグモの仲間です。こちらは本物のクモです。体は、頭と胸が一つになった部分と、おなかの2つに分かれています。目は8つあり、糸で巣を張ります。英語では「地下室のクモ」とも呼ばれ、家の中でよく見かけます。UCRのページは、この話をする人が思いうかべているのは、たぶんユウレイグモのほうだろうと書いています。
さらにイギリスでは、ガガンボ(足の長いハエの仲間)も「ダディ・ロングレッグズ」と呼ばれます。英国王立園芸協会の解説にも、ガガンボの別名として、この呼び名が出てきます。

02ザトウムシには、毒をつくる腺も牙もない
ザトウムシについては、答えははっきりしています。UCRのページによると、ザトウムシには毒をつくる腺も、毒を注射する牙もありません。獲物を毒で弱らせるしくみが、そもそもないのです。
ザトウムシの食べ方は、クモとは違います。2017年の論文によると、多くの種は主に小さな動物を捕らえて食べますが、死んだ動物や腐った植物も食べます。クモやサソリなどの仲間(クモガタ類)の多くは、獲物を口の外で溶かしてから吸います。ところがザトウムシは、そうした食べ方をしません。クモガタ類の中では、めずらしい食べ方です。
ザトウムシの仲間は、世界に6500種以上います。身を守るための液を出す種もいます。UCRのページは、その液を小さな動物が飲みこめば毒になるかもしれない、と書いています。けれども、人をかんで毒を入れることはできません。
ザトウムシは、とても古い生き物でもあります。いちばん古い化石は、スコットランドの約4億1000万年前の岩から見つかりました。体の長さは6mmまでで、細長い足を持っていました。体の中に残っていた空気の通り道の枝分かれ方は、今のザトウムシとよく似ていました。
03ユウレイグモの毒の中身は、2019年まで調べられていなかった
では、ユウレイグモはどうでしょう。ユウレイグモには、本当に毒があります。けれども、その毒が「最強」だという証拠はありません。
UCRのページには、ユウレイグモにかまれて人の体に害が出たという記録はない、と書かれています。しかもこのページは、ネズミなどを使って毒の強さを調べた研究もない、と書いています。
2019年、アメリカのルイス・アンド・クラーク大学などの研究チームが、ユウレイグモの一種の毒を調べた論文を出しました。論文によると、ユウレイグモの毒の成分を調べた研究は、それまでありませんでした。
調べるのは、簡単ではありませんでした。ユウレイグモは小さく、1匹から取れる毒はごくわずかです。オス約100匹から集めた毒は、全部で約80マイクログラムでした。1マイクログラムは、1グラムの100万分の1です。研究チームは、十分な量のきれいな毒を集めるため、500〜600匹のおとなのオスから毒を集めました。
その毒を、コオロギに注射して強さを調べました。すると、コオロギの体重1グラムあたり3.9マイクログラムの毒で、注射から1時間後に、半分のコオロギがまひしました。この強さは、近い仲間のクモの毒と同じくらいでした。
ネズミでの試験は、2004年にアメリカのテレビ番組の中で行われていました。同じ量の毒で比べると、クロゴケグモの仲間の毒のほうが、ユウレイグモの毒より強く効きました。論文は、人やほかの哺乳類がかまれても、影響は取るに足らないとまとめています。このユウレイグモ1匹分の毒で、人やほかの哺乳類が死ぬことはないとも書いています。
04ユウレイグモは、牙が短くても人の皮膚をかめる
「牙が短い」のは本当です。UCRのページによると、ユウレイグモの牙は短く、もう1本の歯と向かい合っています。トングのように、獲物をはさむ形です。けれども、人をかむことで知られるドクイトグモの仲間も、同じ形の牙を持っています。牙が短いというだけでは、人をかめないとは言えないのです。
2019年の論文は、ユウレイグモが人をかんだ記録を集めています。研究に使ったクモが飼われていた施設では、住みかを動かしたり掃除したりすると、クモがよく人をかみました。スタッフは、たびたびかまれていたそうです。おとなのオスの牙は、たこ(皮膚が厚く固くなった所)のない人の皮膚なら、突き通せるといいます。
かまれた人の多くは、軽いチクッとした痛みを短く感じただけでした。首の後ろをかまれた人は、小さなはれが黒っぽくなり、直径1mmの傷になりました。クモのかみ傷にくわしい皮膚科の医師は、体に入った、よそのタンパク質へのふつうの反応だと判断しています。3匹にいっぺんに小指のつけ根をかまれた人は、その関節が数日間、少し痛んで赤くはれました。
深掘り講義
ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。
「毒がある」と「人に害がある」は、別の言葉で区別する
英語には、毒について話すときの言葉がいくつかあります。UCRのページは、それらを次のように区別しています。
「ヴェノマス(venomous)」は、毒をつくる腺と、毒を相手の体に入れる牙や針を持つ、という体のつくりの話です。「ポイズナス(poisonous)」は、体の腺で物質をつくり、その物質がふつうは、触ったり食べたりしたときに相手に移る、という意味です。そして、相手の体に実際に悪い影響が出ることを「トキシック(toxic)」といいます。
ユウレイグモは「ヴェノマス」ですが、人に対して強く「トキシック」だという証拠はありません。「毒グモ」という一つの言葉では、この違いが見えなくなります。
毒の強さは、「半分がまひする量」で比べる
毒の強さを比べるには、決まったやり方があります。2019年の研究では、量を変えた毒をコオロギに注射しました。そして、半分のコオロギがまひする量を計算しました。
体の大きな相手ほど、多くの毒が必要です。そこで、相手の体重1グラムあたりの量で比べます。ユウレイグモの毒では、その量が3.9マイクログラムでした。数字が小さいほど、少しの毒で効く、つまり強い毒です。
ネズミのような動物で同じように調べるには、もっとたくさんの毒が必要です。論文によると、テレビ番組のネズミの試験に使った毒は1マイクロリットルで、それを集めるのに50〜100匹のオスが必要でした。論文は、ネズミの半分が死ぬ量を求めるには、それよりずっと多くの毒が必要だろうと書いています。
ユウレイグモの毒には、新しい成分が見つかった
2019年の研究で分かった毒の中身も、紹介しておきます。毒に含まれるタンパク質などの約半分は、ほかの生き物の毒の成分と似ていました。とくに多かったのは、ほかのタンパク質を切る酵素です。さらに、小さなタンパク質の新しいグループが、17見つかりました。
ただし、ユウレイグモの仲間は世界に1714種(2019年2月の時点)います。論文は、調べた1種のオスの毒が、ユウレイグモ全体の代表だとは考えていない、と書いています。
ユウレイグモは、ほかのクモも食べる
ユウレイグモの仲間は、2億年以上前から種類を増やしてきたクモです。南極以外のすべての大陸にいます。おとなでも体の長さは約1cmまでです。
小さなクモですが、ほかのクモを襲うこともあります。ほかのクモの巣に入りこみ、そのクモを捕らえる種もいます。獲物は、まず糸でぐるぐる巻きにしてから、かみます。論文の著者たちは、よく見かけるユウレイグモが、強い毒を持つクロゴケグモの仲間を食べるのも見ています。
また、ユウレイグモの細い足は、敵に襲われるとすぐに取れます。取れた足はピクピク動いて、敵を寄せつけないようにします。
05まとめ
「ユウレイグモは猛毒だが、牙が短くてかめない」はウソです。そもそもこの話は、ザトウムシとユウレイグモという別の生き物を混ぜています。ザトウムシには、毒をつくる腺も牙もありません。ユウレイグモには毒がありますが、コオロギへの効き方は近い仲間のクモと同じくらいで、「最強」だという証拠はありません。
そしてユウレイグモは、短い牙でも人をかむことがあります。かまれた人の多くは、チクッとした軽い痛みを短く感じただけでした。2019年の研究では、その毒の中身を調べるために、500匹以上のオスから毒を集めています。
人に話すなら、こう言おう
足の長いクモは最強の毒を持つけど、牙が短くて人をかめないって話、ウソなんだって。ユウレイグモは人をかむことがあるけど、チクッとする程度。ザトウムシには毒そのものがないらしいよ。
英語で読む
The Truth About Daddy Longlegs
英文をタップすると、その文の訳が出ます。
In the United States, many people tell a story about "daddy longlegs."アメリカでは、多くの人が「ダディ・ロングレッグズ」についてある話をします。 They say these animals have very strong venom, but their fangs are too short to bite people.この生き物はとても強い毒を持つが、牙が短すぎて人をかめない、というのです。 But the name daddy longlegs is used for two different animals.でも、ダディ・ロングレッグズという名前は、2種類の別の生き物に使われています。
One is the harvestman.1つは、ザトウムシです。 It looks like a spider, but it is not a spider.クモに似ていますが、クモではありません。 Scientists know more than 6,500 kinds of harvestmen.科学者は、6500種以上のザトウムシを知っています。 A harvestman has no venom and no fangs, and it cannot make silk.ザトウムシには毒も牙もなく、糸も出せません。 So this part of the story is simply false.ですから、ザトウムシについては、この話はまったくの間違いです。
The other is the cellar spider.もう1つは、ユウレイグモです。 This is a real spider, and it does have venom.こちらは本物のクモで、毒も持っています。 In 2019, scientists studied its venom for the first time.2019年、科学者たちが初めてその毒の中身を調べました。 Each spider makes only a tiny amount.1匹がつくる毒は、ほんの少しです。 So the team took venom from 500 to 600 male spiders.そこで研究チームは、500〜600匹のオスから毒を集めました。 They tested it on crickets, and its power was about the same as the venom of related spiders.コオロギで試すと、その強さは近い仲間のクモの毒と同じくらいでした。
What about the short fangs?では、短い牙はどうでしょう。 The fangs are short, but they can still go through soft human skin.牙は短いのですが、やわらかい人の皮膚なら通すことができます。 At one place where these spiders lived, workers were often bitten when they cleaned.このクモがすんでいたある施設では、掃除をするときに、働く人がよくかまれました。 Most bites felt like a small, quick sting.ほとんどのかみ傷は、小さく短いチクッとした痛みのようでした。 One person got a tiny wound only one millimeter wide.ある人には、直径わずか1ミリの小さな傷ができました。
So the story is wrong in two ways.つまり、この話は2つの点で間違っています。 Cellar spiders can bite people, but their bites are not dangerous.ユウレイグモは人をかむことができますが、そのかみ傷は危険なものではないのです。
4択問題 Reading Quiz
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Q1What is this story mainly about?
この話は主に何についてのものですか。
正解:B Why a popular story about daddy longlegs is wrong
第1段落でよく知られた話を紹介し、第2〜5段落でザトウムシとユウレイグモのそれぞれについて、その話が間違っている理由を説明しているので、正解はB。C・Dは本文に書かれていない。
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Q2How many male spiders gave venom for the 2019 study?
2019年の研究で、何匹のオスのクモから毒を集めましたか。
正解:C 500 to 600
第3段落の5文目に from 500 to 600 male spiders とあるので、正解はC。6,500は第2段落に出てくるザトウムシの種の数で、クモの数ではない。
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Q3Why did the team need so many spiders?
研究チームは、なぜそんなに多くのクモが必要だったのですか。
正解:A Each spider makes only a tiny amount of venom.
第3段落の4〜5文目に、1匹がつくる毒はほんの少しなので(So)、500〜600匹から毒を集めたとあるので、正解はA。B・C・Dは本文に書かれていない。
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Q4In paragraph 4, the word "sting" is closest in meaning to
第4段落の "sting" に最も意味が近いのはどれですか。
正解:D a short, sharp pain
第4段落の4文目で、かまれたときの感じを a small, quick sting と言っているので、sting は「チクッとした痛み」の意味。正解はD。
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Q5Which is true about harvestmen?
ザトウムシについて、正しいものはどれですか。
正解:C They have no venom and cannot make silk.
第2段落の4文目に、ザトウムシには毒も牙もなく、糸も出せないとあるので、正解はC。Bは第2段落の「クモではない」と合わず、Dは第4段落のユウレイグモの話。
重要語 Key Words(タップで裏返る)
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venom名詞(かんだり刺したりして入れる)毒
Some snakes use venom to catch food.
食べ物をとらえるのに毒を使うヘビもいる。
💡 形容詞は venomous(毒を持つ)。食べると害がある毒は poison。
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fang名詞(ヘビやクモの)牙
The snake showed its long fangs.
そのヘビは長い牙を見せた。
💡 ふつう複数形 fangs で使う。ゾウの牙は tusk。
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silk名詞(クモ・カイコの)糸、絹
Spiders use silk to make their webs.
クモは糸を使って巣を作る。
💡 シルク(絹)と同じ語。spider silk で「クモの糸」。
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harvestman名詞ザトウムシ
A harvestman was walking slowly on the rock.
ザトウムシが岩の上をゆっくり歩いていた。
💡 複数形は harvestmen。-man がつくが人の意味ではない。
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cellar名詞地下室、地下の物置
We keep old boxes in the cellar.
私たちは古い箱を地下室に置いている。
💡 cellar spider(地下室のクモ)がユウレイグモの英語名。
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cricket名詞コオロギ
I heard a cricket singing in the garden.
庭でコオロギが鳴いているのが聞こえた。
💡 スポーツのクリケットと同じつづり。
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sting名詞・動詞(名)チクッとした痛み、刺し傷 (動)刺す
A bee stung me on the arm.
ハチに腕を刺された。
💡 過去形・過去分詞は stung。
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wound名詞傷、けが
The doctor cleaned the wound on his leg.
医者は彼の足の傷をきれいにした。
💡 発音は「ウーンド」。wind(巻く)の過去形 wound(ワウンド)と区別する。
SOURCES出典・ウラ取り
この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 31件)。
- Daddy Long Legs(カリフォルニア大学リバーサイド校 昆虫学科 Spider Research)spiders.ucr.edu
- Zobel-Thropp, P. A. et al. (2019) Not so Dangerous After All? Venom Composition and Potency of the Pholcid (Daddy Long-Leg) Spider Physocyclus mexicanus, Frontiers in Ecology and Evolutiondoi.org
- Dunlop, J. A. & Garwood, R. J. (2017) Terrestrial invertebrates in the Rhynie chert ecosystem, Philosophical Transactions of the Royal Society Bdoi.org
- Giribet, G. & Sharma, P. P. (2015) Evolutionary Biology of Harvestmen (Arachnida, Opiliones), Annual Review of Entomologydoi.org
- 熊田憲一 (2021) 日本未記録のユウレイグモ科の1種 Holocnemus pluchei の報告, Acta Arachnologicadoi.org
- Leatherjackets(英国王立園芸協会 RHS)rhs.org.uk
公式ページで見てみよう
- Not so Dangerous After All?(論文の全文。PubMed Central)pmc.ncbi.nlm.nih.gov
文章はすべて資料をもとに独自の言葉で書いています。画像はオリジナルのイメージです。誤りにお気づきの方は訂正窓口へ。
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