1932年オーストラリアの「エミュー戦争」で、送られた兵士は3人だった
歴史のウソ・ホントNo.248

1932年オーストラリアの「エミュー戦争」で、送られた兵士は3人だった

エミュー退治の機関銃の弾代は、農家が払う約束だった

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この判定の対象「1932年のエミュー戦争で、オーストラリア軍はエミューに負けた」

うなり度 読む時間10分 出典7件 確認した事実39件
もくじ
  1. 議会の記録では、送られた兵士は将校1人と兵士2人の3人だった
  2. 頼んだのは、戦争から帰った元兵士の農家たちだった
  3. 最初の作戦で撃てたのは12羽、2日後は50羽だったと研究者は書く
  4. 「何百羽も撃った」という抗議で、兵士たちは畑に戻された
  5. 議会では「茶番だ」「もっと人道的な方法はないのか」という質問も出た
  6. 1年後、「農家に弾の代金の請求書が届いた」と議会で質問が出た
  7. 深掘り講義
  8. まとめ
  9. 英語で読む(A2・4択5問)
  10. 出典・ウラ取り

1932年11月、オーストラリア西部の小麦畑に、機関銃を持った兵士たちがやって来ました。相手は外国の軍隊ではありません。ダチョウの仲間の、飛べない鳥、エミューです。

この出来事は「エミュー戦争」と呼ばれ、今では「軍が鳥に負けた」という笑い話として知られています。けれど、当時のオーストラリアの議会の記録を読むと、あまり知られていない姿が見えてきます。

送られた兵士は、わずか3人でした。機関銃の弾の代金は、国ではなく農家が払う約束でした。そして1年後の議会では、「ある農家に弾の代金の請求書が届いたのは本当か」という質問が出ます。

この記事では、まず議会の記録から、兵士の数とお金の約束を確かめます。次に、作戦がどう進み、なぜいったん中止されたのかを見ます。最後に、1年後の議会で取り上げられた請求書の話と、農家の「反撃」を紹介します。

01議会の記録では、送られた兵士は将校1人と兵士2人の3人だった

1932年11月22日のオーストラリア連邦議会の下院の記録に、ある議員が書面で出した質問と、その答えが載っています。質問は、「いわゆる『エミュー戦争』の費用は、だれが払っているのか」「作戦は、お金のかかった失敗ではないのか」というものでした。

国防副大臣の答えは、次のようなものでした。銃を扱う班は、将校1人と兵士2人、それに機関銃2丁。弾の代金は入植者(その土地を開いて住みついた農家)が払う。兵士が乗る列車の運賃は、州の政府が払う。兵士に特別な手当は出さず、国にはお金がかからない。そして、作戦は失敗ではない、と答えました。

国防大臣のジョージ・ピアース(George Pearce)は、上院でさらに詳しく説明しています。農家たちは最初、機関銃を貸してほしいと頼みました。けれどピアースは、国の管理の外にいる人に機関銃は渡せない、と断りました。その代わりに、銃の扱いに慣れた兵士3人を、銃と一緒に送ることにしたのです。

研究者リビー・ロビン(Libby Robin)の本によると、銃はルイス機関銃という種類でした。持っていった弾は1万発です。オーストラリアの報道機関ABCによると、兵士たちは11月2日に、列車でキャンピオンという町に着きました。

02頼んだのは、戦争から帰った元兵士の農家たちだった

国に助けを求めたのは、小麦地帯の外れに住む「兵士入植者」の代表でした。ロビンの本によると、このあたりの小麦や羊の農地は、第一次世界大戦から帰った元兵士たちが切り開いたものでした。州の政府も、農家の頼みを後押ししました。

農家が困っていた理由を、国の首相ライオンズ(Lyons)は議会でこう説明しています。内陸で雨の少ない日が続いたため、何千羽ものエミューが農地にやって来た。エミューはウサギよけの柵を壊し、実った小麦の上を転がって、だめにしてしまう。

ピアースの説明では、普通の柵はエミューを止められません。エミューは柵を軽くまたいでこえるか、倒してしまいます。柵が倒れると、そこから畑にウサギが入ります。小銃(1人で持つ普通の銃)で撃っても、1〜2羽を撃ったところで、残りはちりぢりに逃げてしまう。だから機関銃を使いたい、と農家たちは考えたのです。

03最初の作戦で撃てたのは12羽、2日後は50羽だったと研究者は書く

ロビンの本によると、最初の作戦はうまくいきませんでした。50人の農家が、35kmにわたってエミューを追い立て、柵のそばの待ちぶせ場所へ向かわせようとしました。けれどエミューは小さな群れに分かれ、ジグザグに走って逃げました。

11月4日の夜明け前には、水飲み場に集まった約1000羽を狙いました。ところが12羽を撃ったところで、銃が詰まって撃てなくなりました。2日後には50羽を撃ちましたが、それまでに使った弾は合計で2500発をこえていました。

最初の作戦の様子が新聞に載ると、ピアースは銃と兵士を引き上げるよう命じました。ピアース自身は上院で、理由をこう話しています。東部の州の新聞に、「機関銃は効いていない。撃てたのは少しだけだ」という記事が出たからだ、と。11月9日の下院では、ライオンズ首相が「機関銃はもうパースに戻った」と答えています。

エミューは小さな群れに分かれてジグザグに逃げ、待ちぶせはうまくいかなかったとされる。
エミューは小さな群れに分かれてジグザグに逃げ、待ちぶせはうまくいかなかったとされる。

04「何百羽も撃った」という抗議で、兵士たちは畑に戻された

ところが、引き上げを命じると、小麦地帯の人々から「抗議の嵐」が起きました。西オーストラリア州の首相(州の政府のトップ)も抗議しました。ピアースのもとには、こんな知らせが届きます。「機関銃は効いていた。何百羽も撃った。撃つのをやめたら、エミューが何千羽も戻ってきた」。

そこでピアースは、銃と兵士を畑に戻すことにしました。11月22日の書面の答えでも、国防副大臣は「数百羽を退治していると報告を受けている」と書きました。州の政府が作戦を続けるよう強く求めている、とも伝えています。ABCによると、2回目の作戦から兵士たちが最終的に引き上げたのは、12月10日でした。

つまり、同じ作戦について、違う数字が残っています。1つは、研究者ロビンが書く「12羽」「50羽」という最初の数日の数字です。もう1つは、作戦を続けてほしい州と農家が伝えた「何百羽」という数字です。

2022年のABCの記事は、また別の数字を書いています。11月8日に引き上げるまでの6日間で、2500発の弾を使い、300〜500羽を倒したというのです。ロビンの本とは数字が大きく違い、どちらが正しいかは、今回読んだ資料では決められませんでした。

05議会では「茶番だ」「もっと人道的な方法はないのか」という質問も出た

11月8日、下院のソービー(Thorby)議員は、こう質問しました。「中央オーストラリアで、トラックに積んだ機関銃でエミューを狩っていると報道されている。この茶番の責任者はだれで、だれがお金を払っているのか」。ライオンズ首相は「国防省は費用を払っていない」と答えました。翌日の答えでは、場所は西オーストラリアの小麦地帯だと説明されています。

11月18日の上院では、ガスリー(Guthrie)議員が質問しました。「機関銃は本当に必要なのか。もっと人道的で、派手でない方法はないのか」。

ピアースの答えはこうです。機関銃で撃つのも、小銃で撃つのも、残酷さは変わらない。動物虐待防止協会(動物をむやみに苦しめることに反対する団体)が職員を現地に送り、無駄な残酷さがないことを見届けた。傷ついた鳥には、兵士がすぐにとどめを刺している。

061年後、「農家に弾の代金の請求書が届いた」と議会で質問が出た

話には続きがあります。1933年12月6日、上院でジョンストン(Johnston)議員が、前もって出しておいた書面の質問をしました。最初の質問は、こうです。ウォルグーランという土地の農家オリアリー(D. J. O'Leary)さんに、州の農業銀行の支店から、最近、請求書が送られたのは本当か。請求の中身は、1932年に兵士たちが使った弾の代金の全額、24ポンドだというのです。ポンドは、当時のオーストラリアのお金の単位です。

請求書が本当に届いたかどうかは、議会の記録だけでは確かめられません。記録に残っているのは、議員の質問と大臣の答えだけだからです。

議員は続けて、ウェスト・オーストラリアン紙の記事を引き、オリアリーさんが国防省に「反対請求」を出したのは本当か、とも尋ねました。質問の中では、オリアリーさんの手紙や言葉として、次のような文が紹介されています。

  • 軍隊は胃袋で進んだのではなく、オリアリーさんの自動車で進んだ。よく食べた兵士たちの重みで、その車の車台が壊れた。
  • 損害を求めている900ポンド分の小麦は、兵士が食べたのではない。「敵」がだめにしたのだ。
  • 小麦がやられたのは、銀行と大臣が「弾代はだれが払うか」の作戦会議をしていて、作戦の始まりが遅れた間だ。

「軍隊は胃袋で進む」は、ナポレオンの言葉として知られる言い回しです。手紙はナポレオンの名前を出して、それをもじっていました。議員は最後に、「エミュー戦争の借金」を帳消しにする考えはないか、と尋ねました。

ピアースの答えは、こうです。もし請求書が送られたのだとしても、それは国防省の代わりに出したものではない。州の政府が弾の代金の支払いを保証する約束だった。そして、軍の基地の司令官が受けた知らせによると、作戦は成功で、農家たちはとても満足していた、と答えたのです。

LECTURE

深掘り講義

ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。

「エミュー戦争」という呼び名は、1932年の議会で、すでに大臣を批判する言葉として使われていた

「エミュー戦争」は、後の時代にネットで付いたあだ名ではありません。1932年11月18日の上院で、ダン(Dunn)議員はピアースを「『エミュー戦争』の大臣」と呼びました。11月22日の下院の質問にも、「いわゆる『エミュー戦争』」という言い方が出てきます。ダン議員は、大臣を強く批判する演説の中でこの呼び名を使いました。どちらの記録でも、呼び名にはかぎかっこが付いています。

研究者ロビンの本は、「ピアースが『エミュー戦争』を宣言した」と書いています。けれど、今回読んだ1932〜1933年の5日分の議会の記録には、ピアース自身がこの呼び名を使った発言はありませんでした。記録の中でこの呼び名を使っているのは、質問や演説をした議員たちです。当時の新聞がいつからこの呼び名を使ったかは、今回は確かめられませんでした。

議会の記録を読むと、この出来事が当時から「お金」と「残酷さ」の問題として議論されていたことも分かります。だれが弾代を払うのか。機関銃を使うのはやりすぎではないか。この2つが、議員たちの質問の中心でした。

同じ作戦の成果が、立場によって「12羽」にも「何百羽」にもなる

史料(歴史を調べる手がかりになる記録)を読むときは、その数字を「だれが、何のために」伝えたかを考える必要があります。

「何百羽も撃った」は、作戦を続けてほしい州と農家の抗議と一緒に、大臣に伝えられた数字です。国防副大臣も「報告では数百羽」と答えましたが、だれの報告かは書かれていません。1933年の「作戦は成功で、農家は満足していた」も、基地の司令官が集めた情報です。

一方、研究者ロビンは、作戦のこの部分の参考文献として、セルベンティ(Serventy)らが1962年に出した本『西オーストラリアの鳥』と、2006年の論文を挙げています。「12羽」「50羽」は、最初の数日だけの数字です。どちらか一方だけを見ると、話が大きく変わってしまいます。

軍の作戦より、1羽ごとに賞金を払うやり方のほうが効いた、と研究者は書く

ロビンの本によると、西オーストラリア州は、その後も賞金のしくみを使い続けました。賞金とは、エミューを1羽しとめるごとにお金を払うやり方です。1羽あたり1シリングと安くても、不景気の時代には働く人の大事な収入になりました。

1935年には、半年で5万7034羽分の賞金が払われました。小さな班で動き回るやり方や、追い込みのほうが、動かない待ちぶせの軍よりずっと効果があった、とロビンは書いています。アボリジニ(オーストラリアの先住民)の人々や入植者は、もっと前から、よりよいエミューの捕まえ方を持っていました。

人が開いた農地と、エミューのぶつかり合いは「戦争」の前から続いていた

1923年には、南緯30度より北のエミューが、正式に「害獣」とされていました。ウサギよけに作られた長い柵の1本は、エミューが多く集まるので「エミュー柵」と呼ばれるようになりました。1932年の作戦は、州の農業省に相談しないまま行われた、とロビンは書いています。

その後、1944年には、州の農業大臣がエミューを州全体の害獣としました。けれど1947年には、博物学者たちの訴えで、エミューが害になるのは一部の地域だけだと認められました。エミューの少ない南西部では、やがて、また保護される鳥に戻りました。1932年の機関銃の作戦は、人とエミューの長い付き合いの中の、ほんの一場面だったのです。

07まとめ

1932年の「エミュー戦争」で、オーストラリアの国が送ったのは、将校1人と兵士2人、機関銃2丁でした。弾の代金は農家、列車の運賃は州が払う約束でした。最初の数日の成果は小さく、銃はいったん引き上げられましたが、州と農家の抗議で畑に戻りました。

成果の数字は、伝えた人や資料によって大きく違います。そして作戦の1年後、議会では「農家のオリアリーさんに、弾の代金24ポンドの請求書が届いたのは本当か」という質問まで出ました。

人に話すなら、こう言おう

オーストラリアの「エミュー戦争」って、軍が鳥に負けた話で有名だけど、議会の記録だと送られた兵士は3人だけなんだって。しかも弾の代金は、国じゃなくて農家が払う約束だったらしいよ。
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英語で読む

Three Soldiers and Thousands of Emus

CEFR A2233 words4択 5問全訳つき
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英文をタップすると、その文の訳が出ます。

In November 1932, soldiers with machine guns went to a wheat area in Western Australia.1932年11月、機関銃を持った兵士たちが、西オーストラリアの小麦地帯へ向かいました。 Their enemy was not another army.相手は、よその国の軍隊ではありませんでした。 It was the emu, a large bird that cannot fly.飛べない大きな鳥、エミューだったのです。

Farmers there had a big problem.その土地の農家は、大きな問題をかかえていました。 Thousands of emus were breaking their fences and rolling on their wheat.何千羽ものエミューが柵を壊し、小麦の上を転がっていたのです。 Many of these farmers had been soldiers in World War I.この農家の多くは、第一次世界大戦で兵士だった人たちでした。 They asked the government for help.彼らは国に助けを求めました。

People often call this event the "Emu War."この出来事は、よく「エミュー戦争」と呼ばれます。 But records from the Australian parliament show that only three soldiers went.しかし、オーストラリアの議会の記録を見ると、送られた兵士は3人だけでした。 They took two machine guns.兵士たちは機関銃を2丁持っていきました。 The farmers agreed to pay for the bullets, and the state paid for the train tickets.弾の代金は農家が払うことになり、列車の切符代は州が払いました。

The first days did not go well.最初の数日は、うまくいきませんでした。 The emus ran away in small groups.エミューは小さな群れに分かれて逃げました。 A researcher writes that the soldiers shot only 12 birds before a gun stopped working.ある研究者は、銃が動かなくなるまでに兵士が撃てたのは12羽だけだったと書いています。 The guns were sent back to the city, but the farmers protested.銃は町へ戻されましたが、農家たちは抗議しました。 They said that hundreds of birds had been shot, so the soldiers returned.農家たちが「何百羽も撃った」と言ったので、兵士たちは畑に戻りました。

One year later, a member of parliament asked a question.1年後、ある議員が議会で質問をしました。 Did a farmer named O'Leary really get a bill for 24 pounds for the bullets?オリアリーという農家に、弾の代金24ポンドの請求書が本当に届いたのか、という質問です。 The question said that O'Leary answered with a joke.質問によると、オリアリーさんは冗談で言い返したそうです。 He said that his wheat was destroyed by "the enemy" while the bank and the minister talked about who should pay.銀行と大臣が「だれが払うか」を話し合っている間に、自分の小麦は「敵」にだめにされた、と言ったのです。 The minister said that if there was a bill, it did not come from the Defence Department.大臣は、もし請求書が送られたとしても、それは国防省から出したものではないと答えました。

4択問題 Reading Quiz

  1. Q1What is this story mainly about?

    この話は主に何についてのものですか。

  2. Q2How many soldiers went to the farms?

    農地には何人の兵士が行きましたか。

  3. Q3Why did the soldiers go back to the farms?

    兵士たちはなぜ畑に戻ったのですか。

  4. Q4In paragraph 5, the word "bill" is closest in meaning to

    第5段落の bill という語に最も意味が近いのはどれですか。

  5. Q5Which is true about the story?

    この話について正しいのはどれですか。

重要語 Key Words(タップで裏返る)

  • enemy名詞
    敵

    In the game, the enemy hides behind the trees.

    そのゲームでは、敵が木の後ろにかくれている。

    💡 反対語は friend や ally(味方)。複数形は enemies。

  • wheat名詞
    小麦

    Bread is usually made from wheat.

    パンはふつう小麦から作られる。

    💡 white(白い)と発音が近いので注意。数えられない名詞。

  • fence名詞
    柵、へい

    Our dog jumped over the fence.

    うちの犬が柵を飛びこえた。

    💡 動詞で「柵で囲む」。fencing は「フェンシング」の意味もある。

  • parliament名詞
    議会、国会

    The new law was discussed in parliament.

    新しい法律は議会で話し合われた。

    💡 イギリスやオーストラリアの国会を指す。アメリカでは Congress。

  • record名詞
    記録

    The school keeps a record of every student.

    学校は生徒一人ひとりの記録を保管している。

    💡 名詞は前を強く「レコード」、動詞「記録する」は後ろを強く読む。

  • bullet名詞
    弾丸、弾

    The police found a bullet in the wall.

    警察は壁の中に弾丸を見つけた。

    💡 bullet train は「新幹線」。弾丸のように速い列車から。

  • protest動詞
    抗議する

    Many students protested against the new rule.

    多くの生徒が新しい規則に抗議した。

    💡 protest against ~ で「~に抗議する」。名詞も同じ形。

  • bill名詞
    請求書、勘定

    Can we have the bill, please?

    お会計をお願いします。

    💡 ほかに「紙幣」「法案」「鳥のくちばし」の意味もある。

SOURCES出典・ウラ取り

この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 39件)。

  1. Senate, Debates, 18 November 1932「Destruction of Emus」(オーストラリア連邦議会 上院議事録。Historic Hansard)historichansard.net
  2. House of Representatives, Debates, 8 November 1932(下院議事録。Historic Hansard)historichansard.net
  3. House of Representatives, Debates, 9 November 1932(下院議事録。Historic Hansard)historichansard.net
  4. House of Representatives, Debates, 22 November 1932「Destruction of Emus」(下院議事録。Historic Hansard)historichansard.net
  5. Senate, Debates, 6 December 1933「Destruction of Emus」(上院議事録。Historic Hansard)historichansard.net
  6. Robin, L. (2009) Emu: national symbols and ecological limits, Boom and Bust: Bird Stories for a Dry Country, CSIRO Publishing(オーストラリア国立大学 公開リポジトリ)openresearch-repository.anu.edu.au
  7. Australia's Emu War spawns feature film, jokes and memes 90 years on(ABC News, 2022年12月10日)abc.net.au

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文章はすべて資料をもとに独自の言葉で書いています。画像はオリジナルのイメージです。誤りにお気づきの方は訂正窓口へ。

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