音読の効果は、なぜ本当なのか
はらだコラム 第3回
音読でつまずく場所は、だいたい決まっています。しかもそこは、黙読ではまず気づけない場所です。声に出すことが本当は何を鍛えているのか、口ではなく耳の話として書きました。
監修:原田高志(原田英語.com)
音読でつまずく場所は、だいたい決まっています。
関係代名詞のあたりです。文法の問題としては正しく解けているのに、声に出した瞬間、どこで区切ればいいのか分からなくなる。紙の上では分かっていたはずのことが、声にした途端に足元から崩れます。
止まる場所は、読む前から分かっている
例えば The man who lives next door is a doctor. という一文を音読させます。
構文が分かっている生徒は、The man who lives next door、を一息で読みます。主語のかたまりを、かたまりのまま扱っているからです。
分かっていない生徒は、たいてい違う場所で息を継ぎます。The man who lives、で一度切ってしまう。who lives が next door にかかることに気づかないまま、単語を左から順に声にしているだけだからです。
ところが黙読で「意味は分かった?」と聞けば、たいてい「分かりました」という答えが返ってきます。ただ日本語に訳せるだけで、英語の語順のまま理解できているかどうかは、黙読では確かめようがありません。
黙読は、分かったつもりのまま通り過ぎられる
黙読には先に進む自由があります。分からない一文があっても、次の行に目を移せば、そこで止まらずに済みます。分かったつもりのまま、ページだけが進んでいく。
音読には、その自由がありません。声に出す前に、区切る場所を決めなければならない。決められなければ、声が止まります。区切りを間違えれば、それも声に出てしまいます。
つっかえた場所は、そのまま「構文が取れていない場所」の地図になります。生徒に指摘する必要すらありません。本人の声が、もう一度そこで止まるからです。
音読は、耳を鍛えている
ここでよく誤解されることがあります。音読は口の訓練だ、という理解です。
実際はおそらく逆です。自分の声は骨を伝って、いちばん近く、いちばん大きく自分の耳に届きます。耳に入ってくる音のなかで、自分の声だけが特別な経路を通っているのです。
そして、自分で出せない音は、たいてい聞き取れません。LとRの区別に苦労する生徒は、聞き分けにも苦労します。発音できる音の数だけ聞き取れる音が増える、という順番のほうが、実際には近いのだと思います。
音読で口を鍛えているつもりのとき、実は骨を伝って自分の耳を鍛えています。声を出す訓練ではなく、聞く訓練を、声を使ってやっているのです。
黙読していても、喉はわずかに動いている
余談ですが、黙読をしている最中も、喉の筋肉はわずかに動いていると言われています。文字を読みながら、頭のなかで小さく発音しているのです。
音読は、それをただ外に出しているだけです。特別なことをしているわけではありません。もともとやっていたことを、確かめられる形にしているだけです。
だから音読で止まったとき、「自分は音読が苦手だ」と考える必要はありません。黙読していても、頭のなかでは同じところで止まっていたはずです。声に出したから、それが見えただけです。
今日の英語のひとかけら
The eye forgives what the voice cannot hide.
目は見逃しても、声は隠せない。
forgive はここでは「大目に見る、見逃す」という意味です。黙読(the eye)は読み飛ばしても気づきませんが、音読(the voice)は詰まった瞬間にそれが声として出てしまいます。今日の話をそのまま一文にしました。
音読の効き目は、「発音が良くなる」よりも、別の言い方のほうが近いと思います。「どこが分かっていないかが、本人に分かるようになる」
これはテストの点数のように、はっきり数字で出るものではありません。ただ、声が止まった場所をあとから確かめるだけで、黙読では何日も気づかないままだった読み違いに、その場で気づけます。
今日、教科書を一文でいいので、声に出して読んでみてください。止まった場所があれば、そこがきっと、いちばん見直す価値のある場所です。
原田高志
よくある質問
音読は一人でやっても効果がありますか?
はい。むしろ音読の効き目は、一人のときのほうがはっきり出ます。誰かに聞かれているかどうかは関係なく、自分の声がいちばん大きく自分の耳に届くという仕組みだからです。ひとりごとのように読んでかまいません。
何回くらい音読すればいいですか?
回数より、止まった場所を覚えているかどうかのほうが大事です。3回読んで毎回同じところで止まるなら、そこを辞書か先生に確認してから、もう一度読んでみてください。止まらなくなった時点で、その文はもう終わりです。