英語に敬語はないって本当?thou が消えた理由
はらだコラム
「英語には敬語がない」とよく言われます。でも英語も昔は、相手によって thou と you を使い分けていました。消えたのは、親しいほうの thou です。いまの英語は、代名詞のかわりに過去形で丁寧さを作ります。Can you が Could you になるしくみを、400年前の話からたどりました。
監修:原田高志(原田英語.com)
「英語には敬語がない」。一度は聞いたことがあると思います。
半分は当たっています。日本語の「言う→おっしゃる」のように、語の形そのものが変わるしくみは、いまの英語にはありません。ただ、英語も昔は代名詞を使い分けていました。しかも、消えたのは丁寧なほうではありません。
you と thou は、もともと別の相手に使う語でした
古い英語では、相手が1人なら thou、2人以上なら ye でした。数の違いだけです。
1300年代から、この区別が崩れます。Wikipedia|Thou によると、thou と thee は親しさ・くだけた調子・侮りを表すようになりました。いっぽうで複数形の ye と you が、1人の相手にも使われはじめます。
始まりは、王や貴族への呼びかけでした。相手は1人なのに、複数形で呼ぶ。フランス語が目上の相手に複数形の vous を使うのと同じしくみで、これが英語にも広がりました。目上の人や初対面の人には、複数形のほうが丁寧だと感じられるようになったのです。
日本語でも「先生方」と複数にすると、少し改まって聞こえます。あの感覚に近いものです。
消えたのは、親しいほうの thou でした
17世紀、thou は標準的な英語から急に姿を消します。ロンドンとその周辺です。理由として書かれているのは、失礼に聞こえる、あるいは丁寧なのかどうかがはっきりしない語だと受け取られるようになったこと。1650年ごろには、イングランド南部では親しい相手との会話でも使われなくなっていました。
ただし、使い続けた人たちがいます。クエーカーです。thee をふつうの代名詞として使い続けました。なぜ使い続けたのか。thou に残っていた「相手と対等」という感じを、手放したくなかったからです。クエーカーの創始者ジョージ・フォックスは、相手が金持ちでも貧しくても、身分が高くても低くても、誰にでも thee と thou で呼びかけるのだと書き残しています。相手が誰でも thee。身分で言葉を変えない、という主張でした。この習慣はのちに「plain speaking(飾らない話し方)」と呼ばれます。
いまは向きが逆になりました。thou は祈りの言葉、結婚式、古い言葉づかいを再現する文学に残っています。イングランド北部など、いまも日常で thou を使う地域はあります。それを別にすれば、くだけた親しさの感じは消え、むしろ厳粛な場面で使われます。
いちばん近しい相手に使っていた語が、いちばん改まった場所に残りました。
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いまの英語は、時間を離して丁寧にします
では、いまの英語は何で丁寧さを作っているのか。過去形です。
- ▼ Can you help me? → Could you help me?
- ▼ Will you send it? → Would you send it?
- ▼ I wonder if I could leave early. → I was wondering if I could leave early.
右へ行くほど丁寧になります。頼んでいる中身は同じです。動詞の形だけが過去に動いています。
ニューヨーク市立大学バルーク校の説明では、過去形にすると話し手と、頼んでいる内容とのあいだに距離ができます(Making Requests|Tools for Clear Speech)。距離ができるぶん直接的でなくなり、相手に迫る感じが弱まります。
断りやすさを残すのが、英語の丁寧さです。日本語が語の形を変えて上下を示すのとは、作り方が違います。
明日、1文だけ過去形にしてみてください
やることは3つです。
- ①can を could に変える … Can you〜? を Could you〜? に。これだけで印象が変わります
- ②wonder を was wondering に変える … I was wondering if you could〜。メールの頼みごとにそのまま使えます
- ③2つ並べて言ってみる … Can you〜? と Could you〜? を続けて声に出し、どちらが押しつけがましく聞こえるか比べます
- ③をやると、丁寧さは単語の難しさではないと分かります。同じ頼みごとが、形を1つ変えるだけで柔らかくなります。
thou と you の使い分けは消えましたが、距離の作り方だけが残りました。英語の丁寧さは、難しい単語を覚える話ではありません。相手との距離をどれだけ取るか、の話です。
今日の英語のひとかけら
I was wondering if you could help me with this.
これを手伝っていただけないかと思っていたのですが。
Could you help me? を、もう一段やわらかくした形です。wonder(〜かなと思う)を過去進行形にして、頼みごとを自分から少し離しています。メールの書き出しにそのまま置けます。
「英語には敬語がない」と言われると、英語は気楽な言葉に聞こえます。実際はそうでもありません。上下のかわりに、距離で測っているだけです。
今日から、頼みごとを1つだけ過去形にしてみてください。Can を Could に変える。それだけで、相手には断る余地が残ります。17世紀に thou を手放した英語が、いまも丁寧さを作っている。その道具が、この過去形です。
原田高志
よくある質問
英語には本当に敬語がないのですか。
日本語の「言う→おっしゃる」のように、語の形そのものが変わるしくみは、いまの英語にはありません。かわりに言い方の距離で丁寧さを作ります。Can you を Could you にする、I wonder を I was wondering にする、といった形です。
thou はいつ使われなくなったのですか。
17世紀に、ロンドンとその周辺の標準的な英語から急に減りました。1650年ごろには、イングランド南部では親しい相手との会話でも日常の語ではなくなっていました(Wikipedia|Thou)。いまは祈りの言葉や結婚式、古い文学に残っています。