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なぜ私たちは「聞き流すだけ」に惹かれるのか:英語の“シャワー”の科学

赤ちゃんは聞いているだけで話せるようになった。だから大人も、英語を浴びていればいつか——。その夢に、赤ちゃん研究そのものが意外な答えを出しています。

文:原田高志(現役高校英語教師)・読了 約8分

通勤電車の「英語シャワー」

朝の電車。イヤホンから英語が流れています。スマホではニュースを読み、頭の中では今日の会議のことを考えている。英語は、BGMのように耳の上を流れていく。

それでも、なんとなく安心します。「浴びている」感じがするからです。

「聞き流すだけ」という学び方には、抗いがたい魅力があります。努力がいらない。時間もとらない。そして何より、もっともらしい理屈がついてきます。「赤ちゃんだって、聞いているだけで話せるようになったじゃないか」。

この理屈は、半分は正しく、半分は大きな誤解をふくんでいます。今回は、その「半分」を、赤ちゃんの研究から順に解きほぐしていきます。

赤ちゃんは、DVDからは学ばなかった

最初に紹介するのは、大人ではなく赤ちゃんを対象にした研究です。このことは、最後まで頭の片隅に置いておいてください。

生後9か月のアメリカの赤ちゃんに、中国語(標準中国語)を聞かせた Kuhl, Tsao & Liu(2003)の実験です。赤ちゃんは生後6〜12か月のあいだに、母語にない音の区別が急にできなくなっていきます。その衰えを、外国語との短い出会いで食い止められるか、を調べたのです。

実験1では、中国語を母語とする4人の話し手が、赤ちゃんに絵本を読んだり、おもちゃで遊んだりしました。1回25分を4週間で12回、合計およそ5時間。すると、中国語に触れた赤ちゃんは、比べるために英語だけを聞かせたグループより、中国語の音をよく聞き分けられるようになりました。その成績は、台湾で中国語を聞いて育った赤ちゃんと、はっきりした差がない水準でした。

本題は実験2です。同じ話し手、同じ内容を、DVD(映像つき)と音声だけで別の赤ちゃんたちに見せ、聞かせました。回数も時間も同じ。しかも、録画を見た赤ちゃんが耳にした中国語の音節は平均約5万。生身の話し手のグループ(平均約3万3千)より多かったのです。

結果は、学習の効果なし。映像グループも音声グループも、英語だけを聞いたグループと区別がつきませんでした。論文は、人とのやりとりのない録画・録音で触れても「効果がなかった」とまとめています。

赤ちゃんでさえ、ただ音を浴びるだけでは学ばなかった。少なくともこの実験では、量よりも「人が目の前にいること」が決め手でした。

もちろん、これは9か月の赤ちゃんの「音の聞き分け」の研究です。大人の英語学習にそのまま当てはめることはできません。ただ、「赤ちゃんは聞き流しで学んだ」という前提そのものが、実はかなり怪しいのです。

「聞こえている」と「気づいている」は違う

では大人はどうか。ここで登場するのが、言語学者リチャード・シュミットの(noticing hypothesis)です。

シュミットはブラジルでポルトガル語を学んだ自分の体験を、日記と録音で記録しました。そこで見えてきたのは、何度も耳にしていたはずの表現が、誰かに指摘されるまで「見えていなかった」こと。そして、気づいたあとで初めて使えるようになったことでした。

こうした考えを理論にまとめたのが、Schmidt(1990)です。耳や目から入ってきた言葉が、学習の材料(インテイク)として取りこまれるには「気づき」が必要だ、という主張です。同じ論文で彼は、本人が意識しないところで言葉を学ぶことはできない、とまで結論しています。

ただし、この仮説には批判もあります。「説明があいまいだ」という指摘や、「はっきり意識して気づく必要があるのは、主に新しくて難しい形のときだ」という指摘などです。「どこまで意識が必要か」は、今も議論が続いています。それでも、「注意を向けた英語のほうが残りやすい」という方向性には、多くの研究者がうなずいています。

耳に入った英語ではなく、頭に届いた英語だけが、あなたを変えていきます。

クラッシェンも「わかる入力」と言っていた

「いや、さえ大量にあればいいはずだ」と思った方へ。その考えの源流であるスティーブン・クラッシェンのインプット仮説を、もう一度見てみましょう。

クラッシェンの主張の中心はこうです。人は「今の力より少しだけ上の、理解できるインプット」を受け取ることで、言葉を身につける。有名な「」です(→Comprehensible Input の判定)。

大事なのは「理解できる」という部分です。会議のことを考えながら聞き流している、ほとんど意味のとれない英語は、クラッシェンの言う「理解できるインプット」にはあたりません。「聞き流し」はインプット仮説の応用のように見えて、実はいちばん大事な条件を落としているのです。

そのインプット仮説にも、批判は数多くあります。たとえば White(1987)は、3つの点を指摘しました。文法の発達には、意味や文脈と関係なく進む面があること。学習者向けにやさしくしたインプットの効果が、大きく見積もられすぎていること。そして、インプットだけでは、学習者が誤った形を捨てるきっかけを示せない場合があること。話すことで自分の穴に気づくという、スウェインのアウトプット仮説も、この流れの中で生まれています。

では、どう聞けば効くのか

ここまで読んで「聞くのはムダなのか」とがっかりした方、ご安心ください。聞き方を変えれば、リスニングはちゃんと力になります。

① 文字といっしょに聞く。 Chang & Millett(2014)は、学習者を「読むだけ」「読みながら聞く」「聞くだけ」の3グループに分け、やさしい段階別読み物10冊を13週間かけて学ばせました。最後のリスニングテストで、もっとも安定して大きく伸びたのは「読みながら聞く」グループでした(→多聴の研究、Reading-while-listening)。

② 語彙を増やしたいなら、読むことも忘れずに。 Vidal(2011)は230人の学習者で、学術的な文章を読む場合と、講義を視聴する場合を比べました。調べたのは、内容を追ううちに単語が「ついでに」身につく量(偶発的な習得)です。どのレベルの学習者でも、読んだグループのほうが多くの単語を覚えていました。ただし、その差は英語の力が上がるほど小さくなっていました。

③ 「どう聞くか」を意識する。 Vandergrift & Tafaghodtari(2010)の実験では、フランス語をとして学ぶ106人が2つのグループに分かれ、同じ音声を、同じ回数聞きました。違いは、一方のグループだけが「予測する→聞きながら確かめる→振り返る→つまずきを解決する」という聞き方の手順を、教師に導かれて練習したこと。学期末の聞き取りテストでは、手順を練習したグループのほうが成績が上でした。もともと聞き取りが苦手だった学習者ほど、大きく伸びていました(→リスニング方略指導)。

同じ量を聞いても、注意の向け方ひとつで結果が変わる。気づき仮説の話と、きれいにつながります。

原田先生の結論

「聞き流し」に惹かれるのは、人として自然なことです。楽で、続けやすくて、赤ちゃんという魅力的なお手本までついている。でも研究を順にたどると、浮かび上がるのは逆の姿でした。赤ちゃんはDVDからは学ばず、大人は気づいたものから学び、クラッシェンでさえ「理解できる」ことを条件にしていた。

だから僕のおすすめは、「シャワー」を「湯船」に変えることです。流しっぱなしにするのではなく、自分がほぼ理解できる英語を選んで、つかる。スクリプトを見ながら聞く。わからなかった所に気づいて、もう一度聞く。BGMのような聞き流しがまったくのゼロだ、とまでは言いません。ただ、同じ30分を使うなら、研究が後押しする聞き方は確かにあります(→多聴の判定)。

今日からできること

  • 教材はほとんど理解できるくらいのやさしいものを選ぶ
  • 1回目はスクリプトを見ながら聞く(読みながら聞く)
  • 聞く前に「何の話か」を予想してから再生する
  • わからなかった所に印をつけて、そこだけもう一度聞く
  • 「ながら聞き」は復習用に。新しい英語は、集中できる時間に

参考文献

  • Chang, A. C.-S., & Millett, S. (2014). The effect of extensive listening on developing L2 listening fluency: Some hard evidence. *ELT Journal, 68*(1), 31–40. https://doi.org/10.1093/elt/cct052 (オンライン先行公開は2013年)
  • Krashen, S. D. (1982). *Principles and practice in second language acquisition*. Pergamon.
  • Kuhl, P. K., Tsao, F.-M., & Liu, H.-M. (2003). Foreign-language experience in infancy: Effects of short-term exposure and social interaction on phonetic learning. *Proceedings of the National Academy of Sciences, 100*(15), 9096–9101. https://doi.org/10.1073/pnas.1532872100
  • Schmidt, R. W. (1990). The role of consciousness in second language learning. *Applied Linguistics, 11*(2), 129–158. https://doi.org/10.1093/applin/11.2.129
  • Vandergrift, L., & Tafaghodtari, M. H. (2010). Teaching L2 learners how to listen does make a difference: An empirical study. *Language Learning, 60*(2), 470–497. https://doi.org/10.1111/j.1467-9922.2009.00559.x
  • Vidal, K. (2011). A comparison of the effects of reading and listening on incidental vocabulary acquisition. *Language Learning, 61*(1), 219–258. https://doi.org/10.1111/j.1467-9922.2010.00593.x
  • White, L. (1987). Against comprehensible input: The input hypothesis and the development of second-language competence. *Applied Linguistics, 8*(2), 95–110. https://doi.org/10.1093/applin/8.2.95
  • Wikipedia「Noticing hypothesis」(シュミットのポルトガル語学習体験と、仮説への批判の整理) https://en.wikipedia.org/wiki/Noticing_hypothesis
  • Wikipedia「Input hypothesis」(クラッシェンの仮説と主な著作) https://en.wikipedia.org/wiki/Input_hypothesis