🚿 読みもの
なぜ私たちは「聞き流すだけ」に惹かれるのか:英語の“シャワー”の科学
赤ちゃんは聞いているだけで話せるようになった。だから大人も、英語を浴びていればいつか——。その夢に、赤ちゃん研究そのものが意外な答えを出しています。
通勤電車の「英語シャワー」
朝の電車。イヤホンから英語が流れています。スマホではニュースを読み、頭の中では今日の会議のことを考えている。英語は、BGMのように耳の上を流れていく。
それでも、なんとなく安心します。「浴びている」感じがするからです。
「聞き流すだけ」という学び方には、抗いがたい魅力があります。努力がいらない。時間もとらない。そして何より、もっともらしい理屈がついてきます。「赤ちゃんだって、
この理屈は、半分は正しく、半分は大きな誤解をふくんでいます。今回は、その「半分」を、赤ちゃんの研究から順に解きほぐしていきます。
赤ちゃんは、DVDからは学ばなかった
最初に紹介するのは、大人ではなく
生後9か月のアメリカの赤ちゃんに、中国語(標準中国語)を聞かせた Kuhl, Tsao & Liu(2003)の実験です。赤ちゃんは生後6〜12か月のあいだに、母語にない音の区別が急にできなくなっていきます。その衰えを、外国語との短い出会いで食い止められるか、を調べたのです。
実験1では、中国語を母語とする4人の話し手が、赤ちゃんに絵本を読んだり、おもちゃで遊んだりしました。1回25分を4週間で12回、合計およそ5時間。すると、中国語に触れた赤ちゃんは、比べるために英語だけを聞かせたグループより、中国語の音をよく聞き分けられるようになりました。その成績は、台湾で中国語を聞いて育った赤ちゃんと、はっきりした差がない水準でした。
本題は実験2です。同じ
結果は、学習の効果なし。映像グループも音声グループも、英語だけを聞いたグループと区別がつきませんでした。論文は、人とのやりとりのない録画・録音で触れても「効果がなかった」とまとめています。
赤ちゃんでさえ、ただ音を浴びるだけでは学ばなかった。少なくともこの実験では、量よりも「人が目の前にいること」が決め手でした。
もちろん、これは9か月の赤ちゃんの「音の聞き分け」の研究です。大人の英語学習にそのまま当てはめることはできません。ただ、「赤ちゃんは聞き流しで学んだ」という前提そのものが、実はかなり怪しいのです。
「聞こえている」と「気づいている」は違う
では大人はどうか。ここで登場するのが、言語学者リチャード・シュミットの英語の
シュミットはブラジルでポルトガル語を学んだ自分の体験を、日記と録音で記録しました。そこで見えてきたのは、何度も耳にしていたはずの表現が、誰かに指摘されるまで「見えていなかった」こと。そして、気づいたあとで初めて使えるようになったことでした。
こうした考えを理論にまとめたのが、Schmidt(1990)です。耳や目から入ってきた言葉が、学習の材料(インテイク)として取りこまれるには「気づき」が必要だ、という主張です。同じ論文で彼は、本人が意識しないところで言葉を学ぶことはできない、とまで結論しています。
ただし、この仮説には批判もあります。「説明があいまいだ」という指摘や、「はっきり意識して気づく必要があるのは、主に新しくて難しい形のときだ」という指摘などです。「どこまで意識が必要か」は、今も議論が続いています。それでも、「注意を向けた英語のほうが残りやすい」という方向性には、多くの研究者がうなずいています。
耳に入った英語ではなく、頭に届いた英語だけが、あなたを変えていきます。
クラッシェンも「わかる入力」と言っていた
「いや、英語を聞いたり読んだりして、取り込むこと。さえ大量にあればいいはずだ」と思った方へ。その考えの源流であるスティーブン・クラッシェンのインプット仮説を、もう一度見てみましょう。
クラッシェンの主張の中心はこうです。人は「今の力より少しだけ上の、理解できるインプット」を受け取ることで、言葉を身につける。有名な「今の力(i)より少しだけ難しい(+1)英語を理解することで身につく、というクラッシェンの考えを表す記号。」です(→Comprehensible Input の判定)。
大事なのは「理解できる」という部分です。会議のことを考えながら聞き流している、ほとんど意味のとれない英語は、クラッシェンの言う「理解できるインプット」にはあたりません。「聞き流し」はインプット仮説の応用のように見えて、実はいちばん大事な条件を落としているのです。
そのインプット仮説にも、批判は数多くあります。たとえば White(1987)は、3つの点を指摘しました。文法の発達には、意味や文脈と関係なく進む面があること。学習者向けにやさしくしたインプットの効果が、大きく見積もられすぎていること。そして、インプットだけでは、
では、どう聞けば効くのか
ここまで読んで「聞くのはムダなのか」とがっかりした方、ご安心ください。聞き方を変えれば、リスニングはちゃんと力になります。
① 文字と
② 語彙を
③ 「どう
同じ量を聞いても、注意の向け方ひとつで結果が変わる。気づき仮説の話と、きれいにつながります。
原田先生の結論
「聞き流し」に惹かれるのは、人として自然なことです。楽で、続けやすくて、赤ちゃんという魅力的なお手本までついている。でも研究を順にたどると、浮かび上がるのは逆の姿でした。赤ちゃんはDVDからは学ばず、大人は気づいたものから学び、クラッシェンでさえ「理解できる」ことを条件にしていた。
だから僕のおすすめは、「シャワー」を「湯船」に変えることです。流しっぱなしにするのではなく、自分が
今日からできること
- 教材はほとんど
理解できる くらいのやさしいものを選ぶ - 1回目はスクリプトを
見ながら 聞く(読みながら聞く) - 聞く前に「何の話か」を予想してから再生する
- わからなかった所に印を
つけて 、そこだけもう一度聞く - 「ながら聞き」は復習用に。新しい英語は、集中できる時間に
参考文献
- Chang, A. C.-S., & Millett, S. (2014). The effect of extensive listening on developing L2 listening fluency: Some hard evidence. *ELT Journal, 68*(1), 31–40. https://doi.org/10.1093/elt/cct052 (オンライン先行公開は2013年)
- Krashen, S. D. (1982). *Principles and practice in second language acquisition*. Pergamon.
- Kuhl, P. K., Tsao, F.-M., & Liu, H.-M. (2003). Foreign-language experience in infancy: Effects of short-term exposure and social interaction on phonetic learning. *Proceedings of the National Academy of Sciences, 100*(15), 9096–9101. https://doi.org/10.1073/pnas.1532872100
- Schmidt, R. W. (1990). The role of consciousness in second language learning. *Applied Linguistics, 11*(2), 129–158. https://doi.org/10.1093/applin/11.2.129
- Vandergrift, L., & Tafaghodtari, M. H. (2010). Teaching L2 learners how to listen does make a difference: An empirical study. *Language Learning, 60*(2), 470–497. https://doi.org/10.1111/j.1467-9922.2009.00559.x
- Vidal, K. (2011). A comparison of the effects of reading and listening on incidental vocabulary acquisition. *Language Learning, 61*(1), 219–258. https://doi.org/10.1111/j.1467-9922.2010.00593.x
- White, L. (1987). Against comprehensible input: The input hypothesis and the development of second-language competence. *Applied Linguistics, 8*(2), 95–110. https://doi.org/10.1093/applin/8.2.95
- Wikipedia「Noticing hypothesis」(シュミットのポルトガル語学習体験と、仮説への批判の整理) https://en.wikipedia.org/wiki/Noticing_hypothesis
- Wikipedia「Input hypothesis」(クラッシェンの仮説と主な著作) https://en.wikipedia.org/wiki/Input_hypothesis
🔎この記事に出てきた学習法の判定
部分的に支持日本の定番
多聴
「リスニング流暢性」
部分的に支持
理解可能な
実証済み日本の定番
多聴
「やさしい音声を大量に聞く」
研究で支持確認中
聞き読み
実証済み
リスニング方略指導
「聴解方略指導」
部分的に支持
アウトプット仮説
「理解できる入力だけでは足りない」