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「文法をやるから話せない」は本当か:日本の英語教育100年の論争と研究の答え
「中高6年も英語をやったのに話せない。文法ばかりやらせたせいだ」——おなじみの犯人説です。100年前の文部省から最新のメタ分析まで、容疑者・文法の取り調べを始めます。
容疑者は「文法」
「中学から6年も英語をやったのに、ひと言も出てこない」
この嘆きを聞くと、多くの人が同じ犯人を指さします。文法です。 三人称単数のs、関係代名詞、仮定法。ルールばかり覚えさせられたから、話せなくなった——。
実際、日本の英語教育は伝統的に文法訳読法(英文を文法にそって分析し、日本語に訳していく方法)を中心にしてきた、とよく言われます。だから「文法をやめて、会話をやれば話せるようになる」。とてもわかりやすい筋書きです。
でも、わかりやすい筋書きほど、取り調べが必要です。今回は、日本の英語教育が実はこの100年、同じ問いの周りをぐるぐる回ってきたこと。そして、研究がこの容疑者にどんな判決を出したのかを見ていきます。
100年ゆれ続ける「話せる英語」への振り子
100年前、文部省はイギリスから言語学者を招いた
「話せる英語を」という声は、最近始まったものではありません。
1922年、イギリスの言語学者ハロルド・E・パーマーが来日し、文部省の英語教育顧問になりました。翌1923年には英語教授研究所を設立して初代所長となり、耳と口から英語を教える「オーラル・メソッド」を広めました。パーマーは1936年に帰国しますが、研究所は名前を変えて今も続いています(現在の語学教育研究所)。
50年後、論争は国会議員と大学教授の対決という形で再燃します。1974年、参議院議員の平泉渉が、英語教育の改革試案を示しました(自民党の政務調査会の試案として)。学校英語の成果はほとんど上がっていない、という内容です。これに英語学者の渡部昇一が雑誌『諸君!』で反論。英語教育は「実用」か「教養」か——二人のやりとりは翌1975年、『英語教育大論争』(文藝春秋)として一冊の本になりました。
「コミュニケーション」へ舵を切った30年
その後、国の方針ははっきり「使える英語」へ動いていきます。
- 1987年:外国人の若者を学校などに招く JET プログラムが始まる(初年度は4か国から848人)
- 1989年告示の
学習指導要領 :高校に「オーラル・コミュニケーション」の科目が登場 - 2009年改訂の
高校学習指導要領 :「授業は英語で行うことを基本とする」と明記 - 2011年度:小学校5・6年で外国語活動が必修に。2020年度からは5・6年で「外国語」が正式な教科に
- 2018年告示の
高校学習指導要領 :「英語コミュニケーション」「論理・表現」が新設
ここで、あまり知られていない一文を紹介させてください。「英語で授業を」と打ち出した2009年の改訂について、文部科学省の解説はこう説明しています。文法事項に
研究の答え①:ルールをはっきり教えると、伸びる
では研究は、容疑者・文法をどう裁いたのでしょうか。
最も有名なのは、1980〜1998年に発表された49の研究をまとめた Norris & Ortega(2000)のたくさんの研究の結果を集めて、全体として効果があるか、どれくらい効くかを数字でまとめる分析。1本の研究より信頼しやすい。です。狙いをしぼって外国語を教えると、大きな学習効果がありました。しかも、ルールを
ただし著者たちは、慎重な注意も添えています。効果の大きさは、研究で使われたテストの種類に左右されている可能性がある、と。たとえば文法問題のようなテストなら、ルールを習ったグループが有利になりやすいかもしれません。
そこで気になるのが、「テストでは解けても、話すときには使えないのでは?」という疑問です。41の研究を分析した Spada & Tomita(2010)でも、簡単な文法でも複雑な文法でも、明示的な指導のほうが効果が大きいと確かめられました。しかもその効果は、落ち着いて
研究の答え②:直されると、伸びる
「文法は会話の邪魔」という説には、もう一つの反証があります。話している最中に誤りを直してもらう、訂正フィードバックの研究です。
教室で行われた15の研究(のべ827人)をまとめたのが Lyster & Saito(2010)です。口で直してもらうことには、偶然とは言えないはっきりした効果があり、しかも長続きしていました。正しい形を言い直してあげる「学習者の間違いを、先生がさりげなく正しい形で言い直す訂正のしかた。会話は止まらないが、直されたことに気づかれにくい。」より、本人に言い直させる「プロンプト」のほうが効果は大きくなっていました。効果がいちばんはっきり表れたのは、自由に話したり書いたりするタイプのテストです。年齢の低い学習者ほど、直してもらうことで多くを得ていたことも報告されています(→口頭訂正フィードバック)。
33の研究を分析した Li(2010)でも、訂正フィードバックには中くらいの、はっきりした効果がありました。その効果は、時間がたっても消えずに残っていました(→リキャスト vs プロンプト)。
つまり、話す場面で文法に目を向けることは、会話の邪魔どころか、上達の燃料になっていたのです。
研究の答え③:話すことで、文法に気づく
最後の証人は、言語学者メリル・スウェインです。
スウェインが注目したのは、カナダのフランス語イマージョン教育でした。フランス語で授業を受け、何年も大量のフランス語にふれてきた生徒たち。それなのに、文法の誤りは何年たっても消えずに残っていました。教室をのぞいてみると、生徒が節(clause:主語と動詞をふくむ、ひとかたまり)より長く話す場面は、ごくまれだったのです。
そこから生まれたのが、Swain(1985)の英語を
英語を聞いたり読んだりして、取り込むこと。だけでは足りない。そして、話すことは文法から逃げることではなく、文法と出会い直すことでもある。
文法は「話す前に済ませる宿題」ではなく、「話しながら開く地図」です。
原田先生の結論
取り調べの結果、容疑者・文法は無罪です。ルールをはっきり教えることにも、話す中で直すことにも、研究はくり返し効果を認めています。
ただし、共犯者はいました。それは「使わない
100年続いた「文法か、会話か」の論争に、研究が出した答えはシンプルでした。「文法も、
今日からできること
- 新しい文法を学んだら、その日のうちに自分の
ことを 言ってみる1文 - 言えなかった表現はメモして、あとで文法書で調べる(アウトプットで見つけた穴を埋める)
- 英会話では「間違えたら
直してください 」と先に頼んでおく - 直されたら、自分の
口で もう 一度 言い直す - 文法問題は、解いた
あと 例文を使ってみる声に 出して
参考文献
- Goo, J., Granena, G., Yilmaz, Y., & Novella, M. (2015). Implicit and explicit instruction in L2 learning: Norris & Ortega (2000) revisited and updated. In P. Rebuschat (Ed.), *Implicit and explicit learning of languages* (pp. 443–482). John Benjamins. https://doi.org/10.1075/sibil.48.18goo
- Li, S. (2010). The effectiveness of corrective feedback in SLA: A meta-analysis. *Language Learning, 60*(2), 309–365. https://doi.org/10.1111/j.1467-9922.2010.00561.x
- Lyster, R., & Saito, K. (2010). Oral feedback in classroom SLA: A meta-analysis. *Studies in Second Language Acquisition, 32*(2), 265–302. https://doi.org/10.1017/S0272263109990520
- Norris, J. M., & Ortega, L. (2000). Effectiveness of L2 instruction: A research synthesis and quantitative meta-analysis. *Language Learning, 50*(3), 417–528. https://doi.org/10.1111/0023-8333.00136
- Spada, N., & Tomita, Y. (2010). Interactions between type of instruction and type of language feature: A meta-analysis. *Language Learning, 60*(2), 263–308. https://doi.org/10.1111/j.1467-9922.2010.00562.x
- Swain, M. (1985). Communicative competence: Some roles of comprehensible input and comprehensible output in its development. In S. Gass & C. Madden (Eds.), *Input in second language acquisition*. Newbury House.
- Swain, M., & Lapkin, S. (1995). Problems in output and the cognitive processes they generate: A step towards second language learning. *Applied Linguistics, 16*(3), 371–391. https://doi.org/10.1093/applin/16.3.371
- 文部科学省(2009)『高等学校学習指導要領解説 外国語編・英語編』(平成21年12月) https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2010/01/29/1282000_9.pdf
- 平泉渉・渡部昇一(1975)『英語教育大論争』文藝春秋
- JET Programme「History」 https://jetprogramme.org/en/history/
- 語学教育研究所 https://www.irlt.or.jp/
- Wikipedia「ハロルド・E・パーマー」 https://ja.wikipedia.org/wiki/ハロルド・E・パーマー
- Wikipedia「渡部昇一」(英語教育大論争の経緯) https://ja.wikipedia.org/wiki/渡部昇一
- Wikipedia「学習指導要領」(外国語の改訂の変遷) https://ja.wikipedia.org/wiki/学習指導要領
- Wikipedia「Merrill Swain」(アウトプット仮説とフランス語イマージョン) https://en.wikipedia.org/wiki/Merrill_Swain
🔎この記事に出てきた学習法の判定
部分的に支持日本の定番
文法訳読法
「正確な理解力」
実証済み
明示的
実証済み
口頭訂正フィードバック
「会話中の誤りを訂正」
実証済み
リキャストvsプロンプト
「言い直し/気づかせる訂正」
部分的に支持
アウトプット仮説
「理解できる入力だけでは足りない」
研究で支持
タスク中心の