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「文法をやるから話せない」は本当か:日本の英語教育100年の論争と研究の答え

「中高6年も英語をやったのに話せない。文法ばかりやらせたせいだ」——おなじみの犯人説です。100年前の文部省から最新のメタ分析まで、容疑者・文法の取り調べを始めます。

文:原田高志(現役高校英語教師)・読了 約9分

容疑者は「文法」

「中学から6年も英語をやったのに、ひと言も出てこない」

この嘆きを聞くと、多くの人が同じ犯人を指さします。文法です。 三人称単数のs、関係代名詞、仮定法。ルールばかり覚えさせられたから、話せなくなった——。

実際、日本の英語教育は伝統的に文法訳読法(英文を文法にそって分析し、日本語に訳していく方法)を中心にしてきた、とよく言われます。だから「文法をやめて、会話をやれば話せるようになる」。とてもわかりやすい筋書きです。

でも、わかりやすい筋書きほど、取り調べが必要です。今回は、日本の英語教育が実はこの100年、同じ問いの周りをぐるぐる回ってきたこと。そして、研究がこの容疑者にどんな判決を出したのかを見ていきます。

100年ゆれ続ける「話せる英語」への振り子

100年前、文部省はイギリスから言語学者を招いた

「話せる英語を」という声は、最近始まったものではありません。

1922年、イギリスの言語学者ハロルド・E・パーマーが来日し、文部省の英語教育顧問になりました。翌1923年には英語教授研究所を設立して初代所長となり、耳と口から英語を教える「オーラル・メソッド」を広めました。パーマーは1936年に帰国しますが、研究所は名前を変えて今も続いています(現在の語学教育研究所)。

50年後、論争は国会議員と大学教授の対決という形で再燃します。1974年、参議院議員の平泉渉が、英語教育の改革試案を示しました(自民党の政務調査会の試案として)。学校英語の成果はほとんど上がっていない、という内容です。これに英語学者の渡部昇一が雑誌『諸君!』で反論。英語教育は「実用」か「教養」か——二人のやりとりは翌1975年、『英語教育大論争』(文藝春秋)として一冊の本になりました。

「コミュニケーション」へ舵を切った30年

その後、国の方針ははっきり「使える英語」へ動いていきます。

  • 1987年:外国人の若者を学校などに招く JET プログラムが始まる(初年度は4か国から848人)
  • 1989年告示の学習指導要領:高校に「オーラル・コミュニケーション」の科目が登場
  • 2009年改訂の高校学習指導要領:「授業は英語で行うことを基本とする」と明記
  • 2011年度:小学校5・6年で外国語活動が必修に。2020年度からは5・6年で「外国語」が正式な教科に
  • 2018年告示の高校学習指導要領:「英語コミュニケーション」「論理・表現」が新設

ここで、あまり知られていない一文を紹介させてください。「英語で授業を」と打ち出した2009年の改訂について、文部科学省の解説はこう説明しています。文法事項については、言語活動と効果的に関連付けて指導することを明確化した。 少なくともこの改訂で、国は「文法をやめろ」とは言っていないのです。求めていたのは「文法を、使う場面とつなげること」でした。

研究の答え①:ルールをはっきり教えると、伸びる

では研究は、容疑者・文法をどう裁いたのでしょうか。

最も有名なのは、1980〜1998年に発表された49の研究をまとめた Norris & Ortega(2000)のです。狙いをしぼって外国語を教えると、大きな学習効果がありました。しかも、ルールをはっきり説明する教え方(な指導)は、例文にふれさせて自分で気づかせる教え方(な指導)より効果が大きいこともわかりました。効果は、時間がたっても続いていました(→明示的文法指導)。

ただし著者たちは、慎重な注意も添えています。効果の大きさは、研究で使われたテストの種類に左右されている可能性がある、と。たとえば文法問題のようなテストなら、ルールを習ったグループが有利になりやすいかもしれません。

そこで気になるのが、「テストでは解けても、話すときには使えないのでは?」という疑問です。41の研究を分析した Spada & Tomita(2010)でも、簡単な文法でも複雑な文法でも、明示的な指導のほうが効果が大きいと確かめられました。しかもその効果は、落ち着いて考えれば使える知識だけでなく、その場で自由に話したり書いたりするときにも表れていた、と報告しています。さらに、Norris & Ortega 以降の研究も加えて34の研究で分析し直した Goo ほか(2015)でも、やはり明示的な指導が暗示的な指導を上回りました。

研究の答え②:直されると、伸びる

「文法は会話の邪魔」という説には、もう一つの反証があります。話している最中に誤りを直してもらう、訂正フィードバックの研究です。

教室で行われた15の研究(のべ827人)をまとめたのが Lyster & Saito(2010)です。口で直してもらうことには、偶然とは言えないはっきりした効果があり、しかも長続きしていました。正しい形を言い直してあげる「」より、本人に言い直させる「プロンプト」のほうが効果は大きくなっていました。効果がいちばんはっきり表れたのは、自由に話したり書いたりするタイプのテストです。年齢の低い学習者ほど、直してもらうことで多くを得ていたことも報告されています(→口頭訂正フィードバック)。

33の研究を分析した Li(2010)でも、訂正フィードバックには中くらいの、はっきりした効果がありました。その効果は、時間がたっても消えずに残っていました(→リキャスト vs プロンプト)。

つまり、話す場面で文法に目を向けることは、会話の邪魔どころか、上達の燃料になっていたのです。

研究の答え③:話すことで、文法に気づく

最後の証人は、言語学者メリル・スウェインです。

スウェインが注目したのは、カナダのフランス語イマージョン教育でした。フランス語で授業を受け、何年も大量のフランス語にふれてきた生徒たち。それなのに、文法の誤りは何年たっても消えずに残っていました。教室をのぞいてみると、生徒が節(clause:主語と動詞をふくむ、ひとかたまり)より長く話す場面は、ごくまれだったのです。

そこから生まれたのが、Swain(1985)の仮説です。人は話そう・書こうとしたときに初めて「言いたいことが言えない」という穴に気づき、言い直す中で文法に注意を向ける。さらに Swain & Lapkin(1995)は、実際のデータをもとに論じました。アウトプットはこの「気づき」を引き起こし、聞いたり読んだりして理解するときよりも、文法に頭を使わせることがある、と(→アウトプット仮説)。

だけでは足りない。そして、話すことは文法から逃げることではなく、文法と出会い直すことでもある。

文法は「話す前に済ませる宿題」ではなく、「話しながら開く地図」です。

原田先生の結論

取り調べの結果、容疑者・文法は無罪です。ルールをはっきり教えることにも、話す中で直すことにも、研究はくり返し効果を認めています。

ただし、共犯者はいました。それは「使わない文法」です。ルールを覚えて、問題を解いて、それで終わり。使う場面とつながらない文法は、地図をしまい込んだまま一度も旅に出ないようなものです。逆に、文法をまったく持たずに話し続けるのは、地図なしで知らない町を歩くようなもの。どちらの極端も、遠回りになります。

100年続いた「文法か、会話か」の論争に、研究が出した答えはシンプルでした。「文法も、会話も」。そして、その二つをつなげること。 文部科学省の解説が求めていたのも、まさにそこでした(→文法訳読法の判定、タスク中心の学習)。

今日からできること

  • 新しい文法を学んだら、その日のうちに自分のことを1文言ってみる
  • 言えなかった表現はメモして、あとで文法書で調べる(アウトプットで見つけた穴を埋める)
  • 英会話では「間違えたら直してください」と先に頼んでおく
  • 直されたら、自分の口でもう一度言い直す
  • 文法問題は、解いたあと声に出して例文を使ってみる

参考文献

  • Goo, J., Granena, G., Yilmaz, Y., & Novella, M. (2015). Implicit and explicit instruction in L2 learning: Norris & Ortega (2000) revisited and updated. In P. Rebuschat (Ed.), *Implicit and explicit learning of languages* (pp. 443–482). John Benjamins. https://doi.org/10.1075/sibil.48.18goo
  • Li, S. (2010). The effectiveness of corrective feedback in SLA: A meta-analysis. *Language Learning, 60*(2), 309–365. https://doi.org/10.1111/j.1467-9922.2010.00561.x
  • Lyster, R., & Saito, K. (2010). Oral feedback in classroom SLA: A meta-analysis. *Studies in Second Language Acquisition, 32*(2), 265–302. https://doi.org/10.1017/S0272263109990520
  • Norris, J. M., & Ortega, L. (2000). Effectiveness of L2 instruction: A research synthesis and quantitative meta-analysis. *Language Learning, 50*(3), 417–528. https://doi.org/10.1111/0023-8333.00136
  • Spada, N., & Tomita, Y. (2010). Interactions between type of instruction and type of language feature: A meta-analysis. *Language Learning, 60*(2), 263–308. https://doi.org/10.1111/j.1467-9922.2010.00562.x
  • Swain, M. (1985). Communicative competence: Some roles of comprehensible input and comprehensible output in its development. In S. Gass & C. Madden (Eds.), *Input in second language acquisition*. Newbury House.
  • Swain, M., & Lapkin, S. (1995). Problems in output and the cognitive processes they generate: A step towards second language learning. *Applied Linguistics, 16*(3), 371–391. https://doi.org/10.1093/applin/16.3.371
  • 文部科学省(2009)『高等学校学習指導要領解説 外国語編・英語編』(平成21年12月) https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2010/01/29/1282000_9.pdf
  • 平泉渉・渡部昇一(1975)『英語教育大論争』文藝春秋
  • JET Programme「History」 https://jetprogramme.org/en/history/
  • 語学教育研究所 https://www.irlt.or.jp/
  • Wikipedia「ハロルド・E・パーマー」 https://ja.wikipedia.org/wiki/ハロルド・E・パーマー
  • Wikipedia「渡部昇一」(英語教育大論争の経緯) https://ja.wikipedia.org/wiki/渡部昇一
  • Wikipedia「学習指導要領」(外国語の改訂の変遷) https://ja.wikipedia.org/wiki/学習指導要領
  • Wikipedia「Merrill Swain」(アウトプット仮説とフランス語イマージョン) https://en.wikipedia.org/wiki/Merrill_Swain