
ファックスの特許は、電話の特許より33年も古い
1843年、時計職人が考えた。
この判定の対象「ファックスの特許は、電話の特許より33年も古い」
もくじ
ファックスは、紙に書いたものを電話回線で遠くへ送る機械です。いまではあまり見かけなくなりましたね。電話より後に生まれた機械だと思う人も多いでしょう。
ところが、遠くの場所に「写し」を作る方法の特許は、1843年にイギリスで出されています。ベルの電話の特許は1876年です。ファックスのもとになるアイデアの特許のほうが、電話の特許より33年も早いのです。
その特許を出したのは、スコットランドから出てきた若い時計職人でした。そして彼が遠くへ送ろうとしたのは、写真でも手紙でもありません。印刷に使う活字(文字をうき彫りにした金属のハンコ)の形でした。
この記事では、1859年に英国特許庁が出した特許の要約集と、1843年の小冊子を使います。まず、特許を出したベインがどんな人かを紹介します。次に、特許に何が書かれていて、どんな仕組みだったかを説明します。最後に、手書きの字を送る1848年の特許と、発明者をめぐる争いを紹介します。
01特許を出したのは、スコットランドの北の果て生まれの時計職人ベイン
特許を出したのは、アレクサンダー・ベイン(Alexander Bain)です。1843年にロンドンで出た小冊子は、彼をこう紹介しています。時計と腕時計の職人で、独学の天才。スコットランドの北の果ての生まれで、助けてくれる有力な人もいない若者。
ベイン本人の手紙によると、彼は1837年、時計職人の仕事を探してロンドンに来ました。電気のことを少し知っていて、もっと学びたいと強く思っていたそうです。
1841年1月、ベインは仲間と一緒に、電気で動く時計の特許を取りました。ぜんまいを巻かなくても動く時計です。あとで説明するファックスのアイデアは、この電気時計の研究と深くつながっています。
021843年の特許の中心は電気時計などで、ファックスにあたる部分は一項目だけだった
1843年5月27日、ベインは英国特許 第9745号を出しました。題名は「電流の発生と調整、電気時計、電気の印字・信号電信の改良」です。ずいぶん長い題名ですが、「ファックス」にあたる言葉はどこにもありません。
特許の中身の多くは、ファックスとは別の発明です。たとえば、次のようなものが入っています。
- 地面や水の中に金属を埋めて、電流を取り出す方法
- 電気時計の振り子の仕組み
- 電気で字を打ち出す電信
- 警察署や消防署に知らせを届ける仕掛け
その中に、こんな一項目がありました。「遠くの場所で、表面の写しをとる方法。たとえば、印刷用の活字の表面」。これが、ファックスのもとになるアイデアです。
03ベインの装置は、2つの振り子の揺れをそろえて、活字の形を点で写した
仕組みは、こうです。送る側と受ける側に、よく似た仕掛けを1台ずつ置きます。それぞれに振り子があります。2つの振り子は、電気で互いの調子を合わせて揺れます。
送る側では、枠に細い針金を何本も並べ、その先を活字に触れさせます。針金が活字に触れると、電気の通り道がつながります。
受ける側では、薬をしみこませた紙に、同じように並べた針金が触れています。電気が流れると、紙に小さな点が残ります。
活字と紙は、時計じかけで、少しずつ同じだけ下がっていきます。こうして、点のならびで活字の形が写し取られるのです。
活字の形を、小さな点に分けます。その点を、1つずつ順番に送ります。受ける側では、同じ順番で点を並べ直します。この考え方は、のちのファックスとまったく同じです。ベインは、送る側と受ける側の順番をそろえるのに、得意の振り子時計を使ったのでした。

04手で書いた字を送る仕組みの特許は、5年後の1848年にベイクウェルが取った
ベインのやり方は、でっぱりのある活字を写すためのものでした。ベインの特許には、手で書いた字を送るやり方は、とくに書かれていません。
1848年12月2日、フレデリック・ベイクウェル(Frederick Bakewell)が「写し電信」を含む特許を取りました。送る側と受ける側に、筒を1本ずつ置きます。2本の筒は、同じ速さでくるくる回ります。送る側の筒には、スズ箔(スズという金属を紙のようにうすくのばしたもの)を巻きます。そのスズ箔には、電気を通さないニス(塗料)で字を書いておきます。
筒の上には細い針が当たっていて、ねじの仕掛けで、少しずつ横へ動きます。受ける側では、薬でしめらせた紙に、針がまっすぐな線を引いていきます。ところが、送る側の針がニスの字の上に来ると、電気が止まるのです。そこだけ線がとぎれて、字の形が浮かび上がります。
回る筒の上を、針が少しずつずれながらなぞっていきます。紙を細い線に分けて、はしから順に読んでいくわけです。このなぞり方は、のちのファックスのやり方とよく似ています。
深掘り講義
ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。
ベインのファックスで一番大事だったのは、遠く離れた2台の機械の動きを、ぴったりそろえること
ベインのアイデアで一番大事なのは、形の写し方より、2台の機械のタイミングをそろえることでした。送る側が活字のある場所を読んでいるその瞬間に、受ける側も、紙の同じ場所に点を打たなければなりません。そうでないと、点の並びがずれて、形がくずれてしまいます。
だから1843年の特許では、ファックスの部分が、電気時計の部分と同じ書類に入っていました。2つの振り子が互いに調子を合わせる仕組みは、特許の中で、もともと電気時計のために説明されたものです。ベインは、それをそのまま「写し」の装置にも使いました。
振り子は、いつも決まったリズムで揺れるので、時間を正確にきざめます。時計職人のベインは、その振り子を使って、離れた2つの場所の時間をそろえようとしました。つまりベインは、「遠くへ形を送る」という問題を、「2台の時計をそろえる」という問題として解こうとした、と言えます。
送る側と受ける側の動きをぴったりそろえることを、工学では同期と言います。ベイクウェルの1848年の特許でも、2本の筒の回る速さをそろえる工夫が書かれています。筒を少し速めに回しておきます。そして、電磁石で定期的にブレーキをかけて、2本の調子を合わせるのです。ファックスの歴史の前半は、この同期をどう工夫するかの歴史だった、とも言えます。
ベルの電話の特許も、題名は「電信の改良」だった
ベルの電話の特許は、米国特許 第174,465号です。その題名は「電信の改良(Improvement in telegraphy)」です。ベインの特許の題名にも、「電信」という言葉が入っていました。
19世紀の中ごろ、電気で遠くへ何かを送る技術は、まとめて「電信」と呼ばれていました。電気で送る中身には、文字も、形も、声もあります。そのどれを送るかで、別々の発明として特許になっていったのです。「ファックスが電話より古い」というのは、電信の中で、形を送る技術の特許が、声を送る技術の特許より先に出た、という話だと言えます。
ベインとホイートストン教授は、どちらが発明者かで争った
1843年の小冊子は、ベインの味方が書いたものです。書き手のジョン・フィンレイソン(John Finlaison)は、イギリス政府で計算の仕事をする役人でした。冊子の目的は、「電気時計と印字電信を発明したのはベインだ」と訴えることでした。
冊子によると、ベインは1840年8月1日、ロンドンの大学の教授チャールズ・ホイートストン(Charles Wheatstone)をたずね、自分の発明を説明しました。8月18日には、模型を見せました。ホイートストンは、印字の部分を5ポンドで買い、あとで50ポンドを払うと約束したといいます。
ところが、のちにホイートストンは、電気時計を自分の発明であるかのように扱いました。さらに、ホイートストンはベインの特許に本人が出向いて反対し、裁判などに訴えるかもしれないとほのめかした、と冊子は書いています。ただし、これはベイン側の説明です。ホイートストン側の言い分も同じだけ確かめないと、どちらが正しいかは決められません。
発明の歴史では、次の3つがしばしば食い違います。だれが最初に思いついたか。だれが特許を取ったか。だれの名前が後の世に残ったか。ファックスが電話より古いという話には、名前があまり残らなかった時計職人ベインがかかわっているのです。
05まとめ
ファックスのもとになるベインの特許は、1843年5月27日に出されました。ベルの電話の特許より33年早いのです。ファックスのアイデアが電話より先だったのは、ホントです。
ただし、その特許の中心は電気時計でした。時計職人ベインは、2つの振り子の調子を合わせて、活字の形を小さな点にして遠くで写す方法を考えました。それを、特許の一項目として書いたのです。
手書きの文字を送る方法が特許になったのは、5年後の1848年です。形を点に分けて順番に送るという今のファックスの仕組みは、2つの振り子時計の動きをそろえるアイデアから始まったのです。
人に話すなら、こう言おう
ファックスの特許って、電話の特許より33年も古いんだって。1843年にスコットランドの時計職人が出したもので、振り子時計を2つそろえて、遠くで活字の形を点で写すしくみだったらしいよ。
英語で読む
The Fax Came Before the Phone
英文をタップすると、その文の訳が出ます。
Most people think the fax machine came after the telephone.ほとんどの人は、ファックスは電話の後に生まれたと思っています。 But a patent for sending copies far away came as early as 1843.でも、遠くへ写しを送るための特許は、早くも1843年に出ていました。 Alexander Graham Bell got his telephone patent in 1876, 33 years later.アレクサンダー・グラハム・ベルが電話の特許を取ったのは1876年、その33年後です。
The 1843 patent came from Alexander Bain, a young clockmaker.1843年の特許は、若い時計職人アレクサンダー・ベインが出したものでした。 He grew up in the far north of Scotland and taught himself science.彼はスコットランドの北の果てで育ち、独学で科学を学びました。 In 1837, he moved to London to look for work.1837年、彼は仕事を探してロンドンに移りました。 Soon he was making clocks that ran on electricity.まもなく彼は、電気で動く時計を作るようになりました。
His 1843 patent was mostly about clocks and electric power.彼の1843年の特許は、ほとんどが時計と電気の力についてのものでした。 But one small part described a way to copy the shape of metal printing letters at a distant place.でもその小さな一部分に、金属の印刷用の文字の形を遠くの場所で写す方法が書かれていました。 Each station had a pendulum, and the two pendulums swung together.それぞれの局には振り子があり、2つの振り子は一緒にゆれました。 Thin wires touched the letters, and electricity made tiny dots on special wet paper far away.細い線が文字にふれ、電気が遠くの特別な湿った紙に小さな点を作りました。
Bain's machine was made to copy raised metal letters, not handwriting.ベインの機械は、出っぱった金属の文字を写すためのもので、手書きのためのものではありませんでした。 In 1848, Frederick Bakewell patented a better idea.1848年、フレデリック・ベイクウェルがもっとよいアイデアで特許を取りました。 Two cylinders turned at the same speed, and a needle drew lines across the paper.2つの円筒が同じ速さで回り、針が紙の上に線を引いていきました。 Where the writing was, the lines stopped, so the words appeared.文字があるところでは線がとぎれたので、言葉が浮かび上がりました。
Bain also had to fight for credit.ベインは、手柄をめぐって争わなければなりませんでした。 His friends said a famous professor tried to take credit for his clock.彼の味方は、ある有名な教授が彼の時計の手柄を横取りしようとしたと言いました。 Today, few people know his name.今日、彼の名前を知っている人はほとんどいません。 But the next time you see a fax machine, remember the clockmaker who started it.でも次にファックスを見たら、それを始めた時計職人のことを思い出してください。
4択問題 Reading Quiz
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Q1What is this story mainly about?
この話は主に何についてのものですか。
正解:B An early idea for sending copies far away
第1段落で1843年の特許を紹介し、第3・4段落でそのしくみと後の改良を説明しているので正解はB。Aのベルは比べる相手として出てくるだけ。
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Q2When did Bain move to London?
ベインはいつロンドンに移りましたか。
正解:C In 1837
第2段落3文目に「1837年、仕事を探してロンドンに移った」とあるので正解はC。Aの1843年は特許の年、Dの1848年はベイクウェルの特許の年。
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Q3How did the two machines in Bain's idea stay together?
ベインのアイデアでは、2台の機械はどうやって動きをそろえましたか。
正解:A Two pendulums swung together.
第3段落3文目に「それぞれの局に振り子があり、2つの振り子は一緒にゆれた」とあるので正解はA。Cの円筒は1848年のベイクウェルのアイデアで、手で回したとは書かれていない。
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Q4In paragraph 4, the word "raised" is closest in meaning to
第4段落の "raised" に最も意味が近いのはどれですか。
正解:D standing up from the surface
第4段落1文目で、ベインの機械が写すためのものは raised metal letters で、手書きではないとある。第3段落の金属の印刷用の文字のように表面から出っぱった文字のことなので正解はD。Aの「手で書かれた」は同じ文で否定されている。
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Q5Which is true about the story?
この話について正しいのはどれですか。
正解:B Bakewell's idea could copy handwriting.
第4段落で、ベインの機械は手書きのためのものではなかったが、ベイクウェルのアイデアでは書いた文字のところで線がとぎれて言葉が浮かび上がったとあるので正解はB。Aは第3段落でほとんどが時計と電気の話とあり、Dは第2段落で独学とあるので誤り。
重要語 Key Words(タップで裏返る)
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patent名詞特許
The company has a patent for this design.
その会社はこのデザインの特許を持っている。
💡 patent for 〜 で「〜の特許」。動詞で「特許を取る」の意味もある。
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copy名詞・動詞写し、コピー/写す
Can you copy this page for me?
このページをコピーしてくれる?
💡 fax は facsimile(そっくりの写し)を短くした語。
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distant形容詞遠い、離れた
We heard a distant train.
遠くの電車の音が聞こえた。
💡 名詞は distance(距離)。
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pendulum名詞振り子
The pendulum of the old clock swings slowly.
古い時計の振り子がゆっくりゆれている。
💡 ラテン語の「ぶら下がる」から。pending(未決の)も同じ仲間。
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swing動詞ゆれる、ふる
The children are swinging in the park.
子どもたちが公園でぶらんこに乗っている。
💡 swing-swung-swung と変化する。名詞で「ぶらんこ」。
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cylinder名詞円筒
The can is shaped like a cylinder.
その缶は円筒の形をしている。
💡 エンジンの「シリンダー」も同じ語。
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handwriting名詞手書きの文字、筆跡
Her handwriting is very neat.
彼女の字はとてもきれいだ。
💡 hand+writing。「字がうまい」は have good handwriting。
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credit名詞手柄、功績
She got the credit for the idea.
そのアイデアの手柄は彼女のものになった。
💡 take credit for 〜 で「〜の手柄を自分のものにする」。
SOURCES出典・ウラ取り
この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 13件)。
- Patents for Inventions. Abridgments of Specifications relating to Electricity and Magnetism(英国特許庁, 1859)archive.org
- Finlaison, J. (1843) An account of some remarkable applications of the electric fluid to the useful arts, by Mr. Alexander Bain(Smithsonian Libraries)doi.org
- Bell, A. G. US Patent 174,465 "Improvement in telegraphy"(1876)patents.google.com
- Casèlli, Giovanni(Treccani, Enciclopedia on line)treccani.it
公式ページで見てみよう
- フィンレイソンの1843年の冊子の全文(Internet Archive)archive.org
文章はすべて資料をもとに独自の言葉で書いています。画像はオリジナルのイメージです。誤りにお気づきの方は訂正窓口へ。
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