
綿あめの機械を発明した2人のうち1人は、ナッシュビルの歯医者だった
綿あめの機械の発明者の1人は、歯医者だった。
この判定の対象「綿あめの機械を発明した1人は、歯医者だった」
もくじ
お祭りの屋台で、ふわふわの綿あめが機械から生まれてくる。あの機械を最初に考えたのは、誰でしょうか。
答えの1人は、アメリカのテネシー州ナッシュビルの歯医者です。名前はウィリアム・J・モリソン(William J. Morrison)。1897年、モリソンは、同じ町の菓子職人と一緒に、綿あめを作る機械の特許を出願しました。菓子職人の名前は、ジョン・C・ウォートン(John C. Wharton)です。
その特許の書類を読むと、今の機械とはずいぶん違います。機械は足でペダルを踏んで回し、砂糖はガソリンの炎で溶かすしくみでした。
この記事では、まず特許の書類から、最初の綿あめ機械のしくみを読み解きます。次に、歯医者のモリソンがどんな人だったのかを紹介します。そして、1904年の博覧会で綿あめがどれほど売れたかを見ます。最後に、同じナッシュビルの大学で、綿あめの機械のしくみが、人工の血管を作る研究に使われた話をします。
011897年、ナッシュビルの歯医者と菓子職人が、綿あめの機械の特許を出願した
アメリカの特許第618,428号。題名は「キャンディー機械」です。発明者の欄には、ナッシュビルに住むモリソンとウォートンの名前があります。特許の出願は1897年12月23日で、特許が認められたのは1899年1月31日でした。
特許の書類は、機械の目的を説明しています。回る入れ物の中で砂糖を溶かし、回る勢いで外へ飛ばす。すると砂糖は、糸のような、絹のような細い線のかたまりになる。この「糸にした砂糖」を、食べられるお菓子にするのが目的だと書いています。
回る物の中から外へ飛び出そうとする力を、遠心力と言います。洗たく機が回ると、服の水が外へ飛ぶのと同じ力です。溶けた砂糖は、遠心力で入れ物のふちの、ぎざぎざの部分や小さな穴から飛び出していきます。

02特許の機械は、足で踏んで回し、ガソリンの炎で砂糖を溶かした
特許の書類をくわしく読むと、機械の動かし方が分かります。
機械を回すのは、足で踏むペダルです。書類は、木などを削る旋盤のように、足の力で回すと書いています。ペダルを踏むと、歯車を通して、砂糖の入れ物が回ります。
砂糖を溶かす熱は、ガソリンを使った炎です。ペダルの動きで空気ポンプも動き、ガソリンのタンクに空気を送りこみます。ガソリンの蒸気と空気が混ざった気体が、入れ物の下の口から出て、燃えます。火は、火をつけるためのランプでつけます。
書類には、熱の加減を変えると、細い糸だけでなく、粒や帯のような形のキャンディーにもできる、とも書かれています。また、足の力はほかの動力に、温め方はほかの燃料の火に変えてもよい、と書いています。
03歯医者のモリソンは、弁護士で、子どもの本の作家でもあった
モリソンは、どんな人だったのでしょうか。2005年、歯科の歴史の専門誌に、モリソンについての論文がのりました。
論文の要旨によると、モリソンは1860年に生まれ、1926年に亡くなりました。1890年にテネシー大学の歯科大学を卒業し、1894年には、テネシー州の歯科医師会の会長になりました。
モリソンは、歯医者であるだけではありませんでした。弁護士でもあり、作家でもありました。子ども向けの本の人気作家で、子どもたちに読書を広めることにも力を入れました。
発明も、綿あめの機械だけではありません。綿の種から油をとって、ラード(料理に使うブタの脂)の代わりにする方法も考えました。ナッシュビルの水道の水を、薬品を使ってきれいにする方法も考えています。
041904年の博覧会で、綿あめは入場料の半分の値段でも6万5000箱以上売れた
綿あめが多くの人に知られたのは、1904年です。この年、アメリカのセントルイスで、184日間の大きな博覧会が開かれました。
モリソンとウォートンは、この博覧会で綿あめを売りました。当時の名前は「フェアリー・フロス」。英語で「妖精の糸」というような意味です。スミソニアン誌によると、1箱の値段は25セント。これは、博覧会の入場料の半分にあたる値段でした。つまり、入場料は50セントだったことになります。
それでも、綿あめは6万5000箱以上売れました。ギネス世界記録は、約6万8000箱としています。6万5000箱で計算しても、売り上げは1万6250ドル以上です。
- 25セント × 6万5000箱 = 1万6250ドル
スミソニアン誌によると、「フェアリー・フロス」という呼び名は、今もオーストラリアで使われています。イギリスやインドでは「キャンディー・フロス」と呼ばれます。アメリカで使う「コットン・キャンディー」という名前については、スミソニアン誌はこう紹介しています。この名前は、のちの1920年代の、別の歯医者のジョセフ・ラスコー(Josef Lascaux)から来たというのです。
深掘り講義
ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。
「電気式の機械」と「足踏みとガソリンの機械」、記録によって書き方が違う
綿あめの機械の始まりを調べると、記録によって書き方が違う点があります。機械を何で動かしたか、です。
2005年の歯科の歴史の論文の要旨は、モリソンとウォートンが1897年に「電気式のキャンディー機械」を考えて、共同で特許を取ったと書いています。ギネス世界記録も、「電気式のキャンディー機械」としています。
ところが、1897年に出願された特許の書類そのものには、電気を使うしくみは書かれていません。書かれているのは、足で踏むペダルと、ガソリンの炎です。
ただし、特許の書類は、足の力はほかの動力に変えてもよい、とも書いています。博覧会で実際に使われた機械が、何で動いていたのか。それは、今回調べた資料だけでは確かめられませんでした。
このような食い違いを見つけたら、まず一番古い元の記録、ここでは特許の書類にもどって読むことが大切です。後の時代の紹介文は、元の記録を短くまとめたり、別の資料と混ぜたりしていることがあるからです。
特許の書類を読めば、130年近く前の発明を自分の目で確かめられる
特許とは、新しい発明をした人に、一定の間、その発明を使う権利を国が認めるしくみです。その代わりに、発明の中身は書類として公開されます。
だから、130年近く前の綿あめの機械でも、今、誰でも特許の書類を読めます。モリソンとウォートンの特許の書類は、本文が2ページ、図面が2ページの合わせて4ページです。最後には、2人の署名と、立ち会った2人の証人の名前があります。
特許の書類から分かるのは、発明者が何を新しいと考えたかです。この特許で2人が権利を求めたのは、主に次の組み合わせでした。
- 回る、穴のあいた入れ物と、温める装置の組み合わせ
- 温める装置と、熱をさえぎる囲いなどの組み合わせ
書類によると、熱をさえぎる囲いは、バーナーの熱が、できあがったキャンディーに届くのをさえぎるためのものです。
ナッシュビルの大学では、綿あめの機械が人工の血管作りに使われた
綿あめの機械は、思わぬ所でも使われています。舞台は、モリソンが住んでいたのと同じナッシュビルにある、ヴァンダービルト大学です。
ヴァンダービルト大学のレオン・ベラン(Leon Bellan)准教授は、大学院生のころ、店で約40ドルの綿あめ機械を買って試しました。すると、人の髪の毛の約10分の1の太さの糸ができました。これは、体の中のとても細い血管、毛細血管と同じくらいの太さです。
人工の臓器を作るには、その中に、細胞に栄養と酸素を届ける細い管の網が必要です。ベランは、綿あめの機械で作った細い糸の網を「型」にして、管の網を作ろうと考えました。
ただし、砂糖の糸では困ることがありました。細胞を入れたゼリー状の材料は、ほとんどが水なので、流しこむと砂糖が溶けてしまうのです。そこでチームは、32℃より温かいときは水に溶けず、それより冷たいと溶ける、PNIPAMという素材を選びました。そして、綿あめの機械によく似た機械で、この素材の糸の網を作りました。
まず、温かい状態で、糸の網に細胞入りのゼラチンを流しこんで固めます。その後、室温まで冷やすと、中の糸だけが溶けて、細い管の網が残ります。ヴァンダービルト大学の発表によると、できた管の太さは3〜55マイクロメートル、平均は35マイクロメートルでした(1マイクロメートルは1000分の1ミリ)。管に栄養をふくむ液を流し続けると、7日後も細胞の90%が生きていました。管がないか、液を流さない場合は、60〜70%でした。
1897年に歯医者と菓子職人が考えた機械のしくみが、約120年後、同じ町で、人工の臓器を作る研究に使われたのです。
05まとめ
綿あめの機械の特許は、1897年12月23日に、アメリカのナッシュビルの歯医者モリソンと、菓子職人ウォートンが出願しました。特許の書類にある機械は、足でペダルを踏んで回し、ガソリンの炎で砂糖を溶かすしくみでした。
モリソンは、テネシー州の歯科医師会の会長を務めた歯医者で、弁護士や子どもの本の作家でもありました。1904年の博覧会では、2人の「フェアリー・フロス」が、入場料の半分の値段でも6万5000箱以上売れました。
そして約120年後、同じナッシュビルの大学で、綿あめの機械のしくみが、人工の毛細血管を作る研究に使われました。お祭りで綿あめを買ったら、その機械が歯医者の発明から始まったことを話してみてください。
人に話すなら、こう言おう
綿あめの機械って、アメリカの歯医者さんがお菓子職人と一緒に発明したんだって。最初の特許の機械は、足でペダルを踏んで回して、ガソリンの火で砂糖を溶かすしくみだったらしいよ。
英語で読む
The Dentist Who Helped Invent Cotton Candy
英文をタップすると、その文の訳が出ます。
Who made the first cotton candy machine?最初の綿あめの機械を作ったのは誰でしょうか。 One of the two inventors was a dentist.2人の発明者のうち1人は、歯医者でした。 His name was William Morrison, and he lived in Nashville, in the United States.彼の名前はウィリアム・モリソンで、アメリカのナッシュビルに住んでいました。
In 1897, Morrison and a candy maker named John Wharton asked for a patent.1897年、モリソンとジョン・ウォートンという菓子職人は、特許を出願しました。 A patent is a paper that protects a new invention.特許とは、新しい発明を守るための書類です。 Their machine was very different from the machines we see today.2人の機械は、今私たちが見る機械とはずいぶん違っていました。 You turned it with your foot, and a flame from gasoline melted the sugar.足で回し、ガソリンの炎で砂糖を溶かしたのです。 The melted sugar flew out through small holes and became thin threads.溶けた砂糖は小さな穴から飛び出し、細い糸になりました。
Morrison was not only a dentist.モリソンは、歯医者というだけではありませんでした。 He was also a lawyer and wrote books for children.弁護士でもあり、子ども向けの本も書きました。 In 1894, he became the leader of a group of dentists in Tennessee.1894年には、テネシー州の歯医者の団体のリーダーになりました。
In 1904, a big fair opened in St. Louis.1904年、セントルイスで大きな博覧会が開かれました。 The two men sold their candy there as "fairy floss."2人はそこで、自分たちのお菓子を「フェアリー・フロス」として売りました。 One box cost 25 cents, half the price of a ticket to the fair.1箱25セントで、これは博覧会の入場券の半分の値段でした。 Still, they sold more than 65,000 boxes.それでも、6万5000箱以上が売れました。
More than 100 years later, cotton candy machines found a new job.100年以上たって、綿あめの機械は新しい仕事を見つけました。 At a university in Nashville, a scientist used one to make very thin threads.ナッシュビルの大学で、ある科学者が綿あめの機械を使って、とても細い糸を作ったのです。 The threads were about one tenth as thick as a human hair.その糸の太さは、人の髪の毛の約10分の1でした。 Later, his team used threads like these to make tiny tubes like very small blood vessels.その後、彼のチームはこうした糸を使って、とても細い血管のような小さな管を作りました。 A machine from a dentist's idea is now helping medical science.歯医者のアイデアから生まれた機械が、今では医学の役に立っているのです。
4択問題 Reading Quiz
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Q1What is this story mainly about?
この話は主に何についてのものですか。
正解:C The cotton candy machine and the people who made it
第1段落で綿あめの機械の発明者を紹介し、第2〜5段落で機械のしくみ、モリソンの人物像、博覧会、その後の使われ方を説明しているので正解はC。Bの博覧会は第4段落の一部だけ。
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Q2When did Morrison and Wharton ask for a patent?
モリソンとウォートンは、いつ特許を出願しましたか。
正解:B In 1897
第2段落1文目に「1897年、特許を出願した」とあるので正解はB。1894年はモリソンが歯医者の団体のリーダーになった年、1904年は博覧会の年。
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Q3How was the machine in their patent turned?
2人の特許の機械は、何で回しましたか。
正解:D With a person's foot
第2段落4文目に「足で回し、ガソリンの炎で砂糖を溶かした」とあるので正解はD。Aの電気は本文に出てこない。
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Q4In paragraph 4, the word "Still" is closest in meaning to
第4段落の Still という語に最も意味が近いのはどれですか。
正解:A even so
直前の文で「1箱が入場券の半分の値段だった」と述べ、Still の後で「6万5000箱以上売れた」と続くので、「それでも」の意味。正解はA。C の「動かない」も still の意味の一つだが、この文では合わない。
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Q5Which is true about the story?
この話の内容と合っているのはどれですか。
正解:C A scientist used a cotton candy machine to make very thin threads.
第5段落2文目に「科学者が綿あめの機械を使ってとても細い糸を作った」とあるので正解はC。Aは第3段落(弁護士・作家)、Bは第4段落(25セントは入場券の半分)、Dは第1段落(ナッシュビル)と合わない。
重要語 Key Words(タップで裏返る)
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inventor名詞発明者
The inventor showed his new machine to the class.
その発明者は、クラスに新しい機械を見せた。
💡 動詞 invent(発明する)、名詞 invention(発明)とセットで覚える。
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dentist名詞歯医者
I go to the dentist twice a year.
私は年に2回歯医者に行く。
💡 dent- は「歯」を表す。go to the dentist で「歯医者に行く」。
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patent名詞特許
She got a patent for her new design.
彼女は新しいデザインの特許を取った。
💡 get a patent で「特許を取る」。発音は「パテント」。
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melt動詞溶ける、溶かす
The ice cream melted in the sun.
アイスクリームが日なたで溶けた。
💡 熱で溶けるのは melt、水に溶けるのは dissolve。
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thread名詞糸
My grandmother needs a needle and thread.
祖母は針と糸が必要だ。
💡 th の発音に注意(スレッド)。
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lawyer名詞弁護士
Her father works as a lawyer in Tokyo.
彼女の父は東京で弁護士として働いている。
💡 law(法律)+-yer。
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fair名詞博覧会、品評会
We saw many new machines at the fair.
私たちは博覧会でたくさんの新しい機械を見た。
💡 形容詞の fair(公平な)と同じつづり。world's fair で「万国博覧会」。
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blood vessel名詞血管
Blood vessels carry blood around the body.
血管は血液を体じゅうに運ぶ。
💡 vessel は「入れ物、管」。船の意味もある。
SOURCES出典・ウラ取り
この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 29件)。
- Morrison, W. J. & Wharton, J. C. US Patent 618,428 "Candy-Machine"(1899年。出願1897年)image-ppubs.uspto.gov
- Christen, A. G. & Christen, J. A. (2005) William J. Morrison (1860-1926): co-inventor of the cotton candy machine, Journal of the History of Dentistry 53europepmc.org
- Eschner, K. (2016) People at the 1904 World's Fair Paid Half the Price of Admission for a Box of Cotton Candy, Smithsonian Magazinesmithsonianmag.com
- First cotton candy / candy floss(Guinness World Records)guinnessworldrecords.com
- Cotton candy machines may hold key for making artificial organs(Vanderbilt University, 2016)news.vanderbilt.edu
- Lee, J. B. et al. (2016) Development of 3D Microvascular Networks Within Gelatin Hydrogels Using Thermoresponsive Sacrificial Microfibers, Advanced Healthcare Materials 5doi.org
文章はすべて資料をもとに独自の言葉で書いています。画像はオリジナルのイメージです。誤りにお気づきの方は訂正窓口へ。
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