
空気のない月に「さび」があり、その酸素は地球から届いたらしい
月のさびの酸素は、地球から届いたらしい
もくじ
火星が赤く見えるのは、表面の鉄がさびているからです。NASAによると、大昔の火星にあった水と酸素が、鉄をさびさせました。さびとは、鉄が酸素と結びついてできる物です。
では、月はどうでしょうか。月には空気がなく、水もほとんどありません。さびができるはずのない場所です。ところが2020年、月の北極と南極のまわりで、さびの一種の「赤鉄鉱」が見つかったと発表されました。
さらに、研究チームは、さびのもとになった酸素は地球から来たと考えました。地球の大気の上のほうの酸素が、約38万km離れた月まで運ばれているというのです。その手がかりは、日本の月探査機「かぐや」の観測でした。
この記事では、まず月のさびがどうやって見つかったかを紹介します。次に、月がさびにくい場所である理由と、地球の酸素が月へ届くしくみを説明します。最後に、その後の実験や、月から持ち帰った砂の分析で分かったことを見ます。
01インドの探査機のデータから、月の北極と南極のまわりでさびが見つかった
さびを見つけたのは、アメリカのハワイ大学のシュアイ・リー(Shuai Li)たちです。使ったのは、インドの月探査機「チャンドラヤーン1号」が2008年に集めたデータでした。この探査機には、NASAのジェット推進研究所が作った観測装置が積まれていました。月の表面で反射した光を、細かい色に分けて記録する装置です。
岩や鉱物は、種類によって、どの色の光をよく吸収するかが違います。そのため、反射した光の色の割合を調べると、何があるかが分かります。リーたちは、月の北極と南極のまわりの光を調べました。すると、赤鉄鉱という鉱物の特徴とよく合ったのです。赤鉄鉱は、鉄と酸素が結びついた、さびの一種です。
リーたちによると、赤鉄鉱は、月の緯度の高い所に広く見つかりました。とくに、丘やクレーターのふちの、東向きや赤道向きの斜面に多くありました。また、地球に面している月の表側のほうが、裏側より多く見つかりました。
02月は、太陽から水素がふりそそぐので、さびができにくいはずだった
NASAの記事によると、見つけたリー自身もとまどいました。「月は、赤鉄鉱ができるにはひどい環境だ」と話しています。データを確かめたNASAの研究者も、はじめは信じられなかったそうです。
月がさびにくい理由は、太陽にあります。太陽からは、電気をおびた粒が、風のようにいつも吹き出しています。これを太陽風といいます。太陽風の粒のほとんどは水素です。
水素は、さびを作るのとは逆の働きをします。さびができるとき、鉄は酸素に電子(電気のもとになる小さな粒)をうばわれます。水素は反対に、相手に電子をあたえて、さびをもとの鉄に戻そうとします。地球は磁場に守られていますが、月には地球のような磁場がないので、太陽風の水素がそのまま表面に当たります。
実際、アポロ宇宙船が持ち帰った月の岩を調べると、鉄のほとんどは、赤鉄鉱のような強くさびた形ではありませんでした。論文によると、強くさびた形の鉄をふくむ物は、多くても1%に届きません。
03さびのもとの酸素は、地球の大気から月まで運ばれているらしい
月に酸素はどこから来たのでしょうか。手がかりは、日本の月探査機「かぐや」の観測でした。
大阪大学の寺田健太郎教授たちは、「かぐや」が月の上空100kmで集めたデータを調べました。すると、月が、地球の磁場のしっぽのまん中にある熱いガスの層を通るときだけ、酸素の粒が現れることが分かりました。酸素の粒は、電気をおびた酸素(酸素イオン)です。地球の大気の上のほうからもれ出して、約38万km離れた月まで運ばれていたのです。2017年に発表されたこの結果は、地球の酸素が月に届くことを、観測で初めて示したものでした。
地球の磁場は、太陽と反対の側へ、彗星の尾のように長くのびています。大阪大学は、その形を「吹き流しのよう」と説明しています。月は、満月のころ、太陽から見て地球の向こう側にいます。そのため、この磁場のしっぽの中に入ります。

リーたちは、さびができるしくみを、次のように考えました。NASAの記事によると、満月のころ、地球の磁場のしっぽは、月に届く太陽風の99%以上をさえぎります。さびを戻そうとする水素が、ほとんど来なくなるのです。そのすきに、地球から来た酸素が、月の砂の中の鉄と結びつきます。
さびには、水も関わっていると考えられています。月の砂には、わずかな水の分子がふくまれています。月には、宇宙を飛ぶ小さなちりの粒が、猛スピードでぶつかってきます。そのぶつかる勢いで、砂の中の水が出てきたり、熱が生まれたりして、鉄がさびやすくなる、というのです。
このしくみなら、さびが地球に面した表側に多いことも説明できます。地球の酸素は、主に表側に届くからです。論文によると、「かぐや」が観測した量の酸素があれば、見つかった量の赤鉄鉱を作るのに十分だそうです。
042025年には、実験と月の裏側の砂から、さびのでき方がさらに調べられた
2025年、ゼン(Xiandi Zeng)たちの研究チームは、地球から来る酸素が本当に鉄をさびさせるかを実験で確かめました。鉄をふくむ鉱物に、地球から来る酸素の粒と同じくらいの勢いの酸素イオンを当てたのです。すると、金属の鉄や、鉄と硫黄の鉱物などが、赤鉄鉱に変わりました。
地球から届く風には、酸素だけでなく水素もまざっています。同じ実験で、地球からの風と同じくらいの勢いの強い水素イオンを当てると、赤鉄鉱はもとの鉄に戻りました。一方、太陽風と同じくらいの、勢いの弱い水素イオンでは、ほとんど戻りませんでした。チームは、月にさびが残るかどうかは、地球から届く酸素と水素の、勢いと量の割合で決まる、と考えています。
同じ2025年には、別の発見もありました。中国の山東大学などのチームが、探査機「嫦娥(じょうが)6号」が月の裏側から持ち帰った砂を調べました。すると、1000分の1mmほどの大きさの、赤鉄鉱などの結晶が見つかったのです。月の砂から、この大きさの赤鉄鉱の結晶が見つかったのは初めてだそうです。チームは、大きな天体が月にぶつかったときの、とても高い温度の中で、この赤鉄鉱ができたと考えています。
深掘り講義
ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。
さびは、鉄と酸素のあいだの「電子のやりとり」でできる
さびができるとき、鉄は酸素に電子をうばわれます。電子をうばわれる変化を「酸化」、電子をもらう変化を「還元」といいます。酸化させる物は酸化剤、還元させる物は還元剤と呼ばれます。
NASAの記事によると、太陽風の水素は還元剤です。相手に電子をあたえて、さびを鉄に戻す働きをします。月の表面は、ずっとこの還元剤をあびています。論文によると、月の表面も内部も、もともとさびにくい状態です。2020年の発見の驚きは、そんな場所で酸化が起きていたことにあります。
なぜ、北極と南極のまわりや、東向きの斜面に多いのか
論文は、さびが緯度の高い所に多い理由を、2つ挙げています。1つ目は、太陽風の水素が少ないことです。緯度が高い所では、太陽風がななめに当たるので、そのぶん弱くなります。論文の計算では、緯度75度では赤道の約26%、85度では約9%です。2つ目は、緯度の高い所のほうが、砂にふくまれる水が多いことです。
東向きや赤道向きの斜面に多い理由は、まだはっきりしていません。論文は、ちりの粒がぶつかる向きと関係しているかもしれない、と考えています。地球の酸素をあびている面にちりがぶつかると、さびができやすくなる、というのです。
月のさびは、地球の大気の昔の記録かもしれない
大阪大学によると、「かぐや」が見つけた酸素イオンは、勢いが強く、月の砂の表面の数十ナノメートル(1ナノメートルは100万分の1mm)の深さまで入りこめます。この酸素は、地球の大気の高い所から来ます。大阪大学によると、地球の大気の酸素は、20〜30億年にわたる光合成で作られてきました。寺田さんたちの論文の題名にも、「生物が作った酸素」という意味の言葉が入っています。
酸素には、重さの少しずつ違う仲間があります。大阪大学によると、地球の大気の高い所の酸素は、そのうちいちばん軽い仲間(酸素16)が少ないという特徴があります。もし月のさびが地球の酸素でできたなら、その特徴が、さびにも残っているはずです。
リーたちは、月の表側の、年代の違うクレーターのさびを調べる案を出しています。うまくいけば、過去約24億年の地球の大気が、どう変わってきたかが分かるかもしれません。月のさびは、地球の大気の昔の様子を残した「記録」になっている可能性があるのです。
まだ説明できていないこともある
このしくみには、残った謎もあります。NASAの記事によると、地球の酸素が届かないはずの月の裏側にも、少しだけ赤鉄鉱が見つかっています。リーたちの論文は、2つの可能性を挙げています。1つは、砂の中の水と、ちりがぶつかるときの熱で、少しだけさびができたという考えです。もう1つは、地球の酸素が、裏側でも表側に近い所までは少し届いているという考えです。けれど、どちらもまだ確かめられていません。
2025年の嫦娥6号の砂の分析は、天体がぶつかるときの高い温度でも赤鉄鉱ができる、という別の道すじを示しました。地球から来た酸素と、天体の衝突。月のさびには、いくつかのでき方があるのかもしれません。また、2025年のゼンたちの実験では、太陽風くらいの勢いの水素では、さびはほとんど鉄に戻りませんでした。太陽風の水素が、実際にどれくらいさびを戻すのかも、これから確かめる点です。リーたちの考えを確かめるには、さびの中の酸素の仲間の割合を、実際に測ることが必要だとされています。
05まとめ
空気も水もほとんどない月の北極と南極のまわりで、さびの一種の赤鉄鉱が見つかりました。2020年の論文は、さびのもとの酸素は、地球の大気から月へ運ばれてきたと考えています。満月のころ、月は地球の磁場のしっぽに入り、太陽からの水素がさえぎられます。そのすきに、地球の酸素が月の鉄をさびさせるらしいのです。
その地球の酸素は、光合成をする生き物が作ってきたものです。満月を見上げたら、その表面のさびには、地球の生き物が作った酸素が使われているかもしれません。
人に話すなら、こう言おう
月って空気がないのに、さびがあるんだって。しかも、そのさびを作った酸素は、地球の大気から月まで飛んでいったらしいよ。満月のころに、地球の磁場のしっぽに入ると届くんだって。
英語で読む
Rust on the Moon
英文をタップすると、その文の訳が出ます。
Mars looks red because its iron has rust.火星が赤く見えるのは、鉄がさびているからです。 But the Moon has no air and almost no water.でも月には空気がなく、水もほとんどありません。 So scientists did not expect rust there.だから科学者たちは、月にさびがあるとは思っていませんでした。
In 2020, a team led by Shuai Li studied data from an Indian spacecraft.2020年、シュアイ・リーが率いるチームが、インドの探査機のデータを調べました。 It looked at the Moon in 2008.その探査機は、2008年に月を観測していました。 The team found hematite, a kind of rust, near the Moon's north and south poles.チームは、月の北極と南極の近くで、さびの一種である赤鉄鉱を見つけました。 There was more of it on the side that faces Earth.それは、地球に面した側のほうに多くありました。
Why is this strange?なぜ、これが不思議なのでしょうか。 The Sun sends out a wind of tiny pieces, and most of them are hydrogen.太陽は小さな粒の風を出していて、そのほとんどは水素です。 Hydrogen works against rust.水素は、さびとは逆の働きをします。 It can turn rust back into iron.水素は、さびを鉄に戻すことができるのです。 The Moon has no magnetic field like Earth's to stop it.月には、それを止める地球のような磁場がありません。
The team thinks the oxygen for the rust comes from Earth.チームは、さびのもとの酸素は地球から来ていると考えています。 A Japanese spacecraft called Kaguya found oxygen from Earth's air near the Moon.「かぐや」という日本の探査機が、月の近くで、地球の大気から来た酸素を見つけました。 Earth's magnetic field has a long tail, like a windsock.地球の磁場には、吹き流しのような長いしっぽがあります。 Around the full moon, the Moon moves into this tail.満月のころ、月はこのしっぽの中に入ります。 The tail blocks most of the hydrogen from the Sun, and oxygen from Earth can reach the Moon.しっぽは太陽からの水素のほとんどをさえぎり、地球からの酸素が月に届くことができます。
The oxygen in Earth's air was made by living things over billions of years.地球の大気の酸素は、何十億年もかけて生き物が作ってきたものです。 Scientists still need more tests to check this idea.科学者たちは、この考えを確かめるために、まだ多くの調査を必要としています。 But when you look at the full moon, think about this.でも、満月を見上げたら、このことを考えてみてください。 Some of its rust may be made with oxygen from our planet.月のさびの一部は、私たちの星から来た酸素でできているのかもしれません。
4択問題 Reading Quiz
-
Q1What is this story mainly about?
この話は主に何についてのものですか。
正解:B Rust on the Moon and where its oxygen may come from
第2段落で月にさびが見つかったこと、第4段落でその酸素が地球から来ていると考えられることが書かれているので、正解はB。Cの火星の話は第1段落の導入にすぎない。
-
Q2When did the Indian spacecraft look at the Moon?
インドの探査機は、いつ月を観測しましたか。
正解:A In 2008
第2段落2文目に "It looked at the Moon in 2008." とあるので、正解はA。Cの2020年は、チームがデータを調べて発表した年。
-
Q3Why is rust on the Moon strange?
月のさびは、なぜ不思議なのですか。
正解:D Hydrogen from the Sun works against rust.
第3段落で、太陽の風のほとんどは水素で、水素はさびを鉄に戻す働きをすると説明しているので、正解はD。Bは第1段落(水はほとんどない)と合わない。
-
Q4In paragraph 4, the word "blocks" is closest in meaning to
第4段落の blocks という語にいちばん近い意味はどれですか。
正解:C stops
第4段落5文目は、しっぽが太陽からの水素のほとんどを blocks し、そのため地球の酸素が届く、という文で、「さえぎる、止める」の意味なので、正解はC。
-
Q5Which is true?
正しいものはどれですか。
正解:B More rust was found on the side that faces Earth.
第2段落4文目に、地球に面した側のほうに多かったとあるので、正解はB。Aは第1段落、Cは第4段落(かぐやは日本の探査機)、Dは第3段落(ほとんどは水素)と合わない。
重要語 Key Words(タップで裏返る)
-
rust名詞さび
My old bike is covered with rust.
私の古い自転車は、さびだらけだ。
💡 形容詞は rusty(さびた)。動詞として「さびる」にも使う。
-
iron名詞鉄
This pan is made of iron.
このフライパンは鉄でできている。
💡 発音は「アイアン」。服のアイロンも iron。
-
spacecraft名詞宇宙船、探査機
The spacecraft sent photos of the Moon.
その探査機は月の写真を送ってきた。
💡 複数形も spacecraft のまま。
-
pole名詞(地球や月の)極
It is very cold at the South Pole.
南極はとても寒い。
💡 the North Pole(北極)、the South Pole(南極)。「棒」の意味もある。
-
magnetic形容詞磁気の、磁石の
A compass works because of Earth's magnetic field.
方位磁針は、地球の磁場のおかげで働く。
💡 magnet(磁石)の形容詞。magnetic field で「磁場」。
-
tail名詞しっぽ、尾
The dog is shaking its tail.
その犬はしっぽをふっている。
💡 tale(お話)と発音が同じ。
-
block動詞さえぎる、ふさぐ
A big truck blocked the road.
大きなトラックが道をふさいだ。
💡 名詞では「(町の)区画」「かたまり」の意味もある。
-
oxygen名詞酸素
We need oxygen to live.
私たちは生きるために酸素が必要だ。
💡 記号は O。ギリシャ語で「酸を生むもの」の意味から。
SOURCES出典・ウラ取り
この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 33件)。
- Li, S. et al. (2020) Widespread hematite at high latitudes of the Moon, Science Advances 6: eaba1940doi.org
- The Moon Is Rusting, and Researchers Want to Know Why(NASA ジェット推進研究所, 2020年9月2日)nasa.gov
- 「満月」に吹く「地球からの風」(大阪大学, 2017年1月31日)resou.osaka-u.ac.jp
- Terada, K. et al. (2017) Biogenic oxygen from Earth transported to the Moon by a wind of magnetospheric ions, Nature Astronomy 1: 0026doi.org
- Zeng, X. et al. (2025) Earth Wind-Driven Formation of Hematite on the Lunar Surface, Geophysical Research Lettersdoi.org
- New Oxidation Process on the Moon Revealed(山東大学, 2025年11月18日。China Daily の記事を掲載)en.sdu.edu.cn
公式ページで見てみよう
- The Moon Is Rusting(NASA)nasa.gov
文章はすべて資料をもとに独自の言葉で書いています。画像はオリジナルのイメージです。誤りにお気づきの方は訂正窓口へ。
NEXT TRIVIAこの雑学にうなった人は、これにもうなる
No.024グレーGRAY金星は、1回自転するのにかかる時間が1年より長い
ただし日の出から次の日の出までは、1年より短い。
No.025ホントTRUE月は、毎年約3.8cmずつ地球から遠ざかっている
月に置いた鏡にレーザーを当てて測っている。
No.153グレーGRAY宇宙から帰った宇宙服には、宇宙のにおいが残っている
月の砂は、地球ではにおわなくなった。
No.142グレーGRAY世界一短い戦争は、イギリスとザンジバルの約40分の戦い
1905年の本では「37分」と書かれている。
No.192グレーGRAY18〜24歳の167人の実験で、スマホの夜間モードは眠りをよくしなかった
夜間モードをつけても、眠りはよくならなかった。
No.106ウソFALSE「ありがとう」はポルトガル語のオブリガードから来た、はウソ
日本語の「ありがたい」のほうが古い。