
世界一短い戦争は、イギリスとザンジバルの約40分の戦い
1905年の本では「37分」と書かれている。
この判定の対象「世界一短い戦争は、38分で終わったザンジバル戦争だ」
もくじ
1896年8月27日の朝、東アフリカの島ザンジバルの港。岸には大勢の人が並んでいました。まるで花火でも見物するような様子だった、と記録にあります。
宮殿の中には、新しいスルタン(王)を名乗る青年ハーリド(Khalid bin Barghash)と、その支持者たちがいました。海には、イギリスの軍艦5隻。宮殿の時計が9時を打つと、砲撃が始まりました。
これが「世界一短い戦争」として知られる、イギリスとザンジバルの戦争です。長さはよく「38分」と言われます。けれど、1905年にイギリスの公文書を使って書かれた本には、別の数字が出てきます。37分です。
この記事では、まず「37分」と書いた本を紹介します。次に、イギリスがザンジバルの宮殿を撃ったわけを、王を名乗ったハーリドと条約から説明します。最後に、9時に始まった砲撃と、その後のハーリドのゆくえをたどります。
011905年の本には、「砲撃が始まって37分後に旗が下ろされた」とある
その本は、ロバート・ナネス・ライン(Robert Nunez Lyne)の『現代のザンジバル』です。ラインは序文で、イギリスの外務省・インド省・海軍省の文書を見せてもらったと書いています。
ラインによると、砲撃開始から30分で、宮殿と時計塔は炎に包まれました。そして「砲撃が始まってから37分後」に、宮殿の赤い旗が下ろされ、「撃ち方やめ」の合図が鳴りました。
「38分」と「37分」の差は、たった1分です。でも、この1分のずれから、戦争の長さを決めるのが難しいことが分かります。「始まり」は、攻撃の命令か、最初の1発か。「終わり」は、旗が下りたときか、最後の銃声か。数え方しだいで、数字は少しずつ変わるのです。
02王を名乗ったハーリドは、3年前の1893年にも宮殿を乗っ取っていた
実はハーリドは、1896年より前にも、同じことをしていました。
1893年3月、スルタンのアリが亡くなりました。このときも、ハーリドはすぐに宮殿を占拠しています。けれど、イギリスの代表が水兵160人と海兵(軍艦に乗り、陸でも戦う兵士)を連れて現れ、扉に機関銃を向けて降伏を求めました。ハーリドは扉を開けて投降します。
ラインの本によると、ハーリドは2日間閉じ込められたあと、宮廷での地位に戻されました。そして3年後、ハーリドは宮殿の乗っ取りを、もう一度試みるのです。
1896年8月25日、スルタンのハミドが急死しました。ハーリドは武装した50人を連れて宮殿前の広場に入り、数分のうちに、集まった500人とともに宮殿を押さえました。
ザンジバル政府に仕えていたイギリス人、ロイド・マシューズ(Lloyd Mathews)は、ハーリドを子どものころから知っていました。その場でハーリドを撃とうかとも考えましたが、思いとどまったと本にあります。
03戦争の原因は、「次の王はイギリスが認める」という条約の1行
なぜイギリスは、よその国の王位争いに大砲を持ち出したのでしょうか。
理由は、1890年6月14日の取り決めにあります。ザンジバルのスルタンは、このときイギリスの「保護」を受け入れました。外国とのつきあいは、すべてイギリス政府を通すことになりました。
そして第5条にはこう書かれていました。スルタンには後継ぎを選ぶ権利がある。ただし「イギリス政府の承認を条件とする」。
ハーリドは、この承認を受けずに王を名乗りました。だからイギリスから見れば、ハーリドが王を名乗ったことは条約やぶりでした。各国の領事(外国で自分の国のために働く役人)も、イギリスが認めるまではハーリドを王と認めず、旗を半分の高さに下げたままにしました。

04イギリスが「出てこい」と言った期限の朝9時に、イギリスの軍艦が宮殿を撃ち始めた
宮殿側も、ただ待っていたわけではありません。ハーリドは約2,000人を集め、武器を配りました。スルタンの側には大砲や機関銃もありました。その中には、ヴィクトリア女王から贈られた機関銃2丁も含まれていました。
26日の昼、イギリスのローソン少将(Harry Rawson)が乗る巡洋艦セント・ジョージ号が、予定より2日早く着きました。この船は事情を知らず、スルタンの旗に礼砲(あいさつのために撃つ大砲)を撃つ準備をしていました。寸前で事情を知らされて、取りやめたそうです。
27日の朝7時、ローソンは最後通告(したがわなければ攻撃するという、最後の要求)を出します。中身は、「旗を下ろし、武器を置いて、9時までに出てこい」というものでした。8時に宮殿から使者が来て話し合いを求めましたが、断られました。
8時55分、戦闘準備の信号が上がりました。宮殿の時計が9時を打つと、砲艦スラッシュ号が最初に撃ち、ほかの2隻が続きました。
ザンジバル側でただ1隻の武装船グラスゴー号は、すぐに撃ち返しました。そしてセント・ジョージ号の砲弾で沈められ、乗員9人が亡くなりました。
ドイツ領事館の階段は、そのまま浜に面していました。ハーリドは逮捕されずにドイツの軍艦に乗りこみ、対岸のダルエスサラームへ運ばれました。1905年に本が出た時点でも、ハーリドはまだダルエスサラームにいたそうです。
深掘り講義
ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。
「37分」という数字は、どんな記録にもとづいているか
この戦争の長さを分単位で語るには、時計を見ていた人の記録が必要です。ラインの本は出来事から9年後の出版ですが、序文で政府の公文書を使ったと明かしています。宮殿の時計が9時を打ったこと、8時55分の信号など、時刻の書き方も細かい本です。
それでも「37分」は、ラインが選んだ1つの区切り方です。始まりは「砲撃開始」で、終わりは「赤い旗が下りて撃ち方やめが鳴ったとき」です。命令の時刻から数えれば長くなり、最後の小さな撃ち合いまで数えればさらに長くなります。
もう1つ気をつけたいのは、記録を書いたのが、どちらの側の人かです。ラインは序文でイギリス人を「わが国の人々」と呼んでおり、使った文書もイギリス政府のものでした。本の中でハーリドは「王位を奪った者」と呼ばれ、イギリス側の動きは詳しく書かれています。一方、宮殿の中で何が話されていたかは、ほとんど出てきません。宮殿の中にいた人たちが残した記録があれば、同じ朝は別の姿に見えるかもしれません。
「38分」のように数字が1つだけ有名になると、「何から何までを数えたか」は忘れられがちです。歴史の数字を読むときは、それを確かめることが大切です。
ザンジバルは、外国とのつきあいをイギリスにまかせる「保護国」だった
1890年の取り決めで、ザンジバルは「保護国」になりました。保護国とは、国としての形や王は残したまま、外交などを強い国にまかせる関係です。
ザンジバルの場合、王位の継承にもイギリスの承認が必要でした。王は国の中では王ですが、外から見ればイギリスの許可が必要な王です。1896年の戦争は、「イギリス政府の承認を条件とする」という1行をめぐる争いでした。ハーリドから見れば、自分こそ正しい跡継ぎでした。ラインも、アラブの人々の多くがハーリドを正しい跡継ぎと見ていた、と書いています。
軍艦で相手を脅す「砲艦外交」と、戦争のあとの奴隷制の廃止
軍艦を港に並べて相手に要求をのませるやり方を、砲艦外交といいます。19世紀の強い国々(列強)が、よく使ったやり方です。ザンジバルでも、小さな砲艦が宮殿の目の前に並びました。1隻は岸から150ヤード(約140m)の位置まで近づいています。
ラインはこの砲撃を、1897年の改革の「前ぶれ」だったと書いています。1897年4月7日、新しいスルタンのハムードは布告を出し、奴隷という身分を法律上なくしました。同じ年の1月、イギリスの下院では、ザンジバルの奴隷制をすぐ廃止すべきだと議員たちが政府を追及していました。38分ほどのこの戦争は、ザンジバルで奴隷制がなくなっていく流れの中で起きたのです。
この戦争の長さが「分」で数えられるわけ
戦争の長さは、宣戦布告から講和条約(戦争をやめる約束)までで数えることもあります。けれどラインの本で戦いの始まりと終わりを決めているのは、9時を期限とする最後通告と、宮殿の旗が下ろされたことです。
だからこそ、この戦争は「分」で語られます。年や月で語る普通の戦争とは、長さを数える単位そのものが違うのです。
05まとめ
「世界一短い戦争は38分」は、1896年8月27日のイギリスとザンジバルの戦争のことです。1905年に公文書をもとに書かれた本では、砲撃開始から37分後に宮殿の旗が下ろされました。
戦争の原因は、「次の王はイギリスが認める」という1890年の条約の1行でした。王を名乗ったハーリドは、3年前にも同じように宮殿を乗っ取り、2日で許されていました。燃える宮殿から逃げたハーリドを、見張りの海兵は通してしまいました。海兵たちが、ハーリドの顔を知らなかったからでした。
人に話すなら、こう言おう
世界一短い戦争って「38分」で有名だけど、1905年にイギリスの公文書を使って書かれた本だと「37分」なんだって。しかも宮殿を乗っ取った王子、3年前にも同じことをして2日で許されてたらしいよ。
英語で読む
The War That Lasted 37 Minutes
英文をタップすると、その文の訳が出ます。
On the morning of August 27, 1896, many people stood by the harbor in Zanzibar.1896年8月27日の朝、ザンジバルの港のそばにたくさんの人が立っていました。 They looked as if they were waiting for fireworks.人々は、まるで花火を待っているように見えました。 But five British warships were waiting in the harbor.でも、港ではイギリスの軍艦が5隻待ちかまえていました。
Two days before, the ruler of Zanzibar had died suddenly.その2日前、ザンジバルの支配者が急に亡くなっていました。 A young man named Khalid took the palace and called himself the new ruler.ハーリドという若い男が宮殿を占拠し、自分が新しい支配者だと名乗りました。 But a treaty from 1890 said that Britain had to approve the next ruler.しかし、1890年の条約には、次の支配者はイギリスが認めなければならないと書かれていました。 Khalid did not have that approval.ハーリドはその承認を得ていませんでした。
This was not his first try.これは彼の最初の挑戦ではありませんでした。 In 1893, he took the palace too.1893年にも、彼は宮殿を占拠していました。 That time, he gave up when the British pointed a machine gun at the door.そのときは、イギリス側が扉に機関銃を向けると、彼は降参しました。 After two days, he was allowed to return to his place at court.2日後、彼は宮廷での地位に戻ることを許されました。
In 1896, the British gave him until nine o'clock to leave.1896年、イギリスは彼に9時までに出ていくよう命じました。 He did not leave.彼は出ていきませんでした。 When the palace clock hit nine, the ships began to fire.宮殿の時計が9時を打つと、軍艦が砲撃を始めました。 A book from 1905 says the palace flag came down 37 minutes later.1905年の本によると、宮殿の旗はその37分後に下ろされました。 Many people today say the war lasted 38 minutes.今では多くの人が、この戦争は38分続いたと言います。 The number changes a little, depending on when you start and stop the clock.いつ時計を動かし始め、いつ止めるかによって、数字は少し変わります。
Khalid ran from the burning palace.ハーリドは燃える宮殿から逃げ出しました。 British guards stopped him on the street, but they did not know his face.イギリスの見張りが通りで彼を止めましたが、彼らは彼の顔を知りませんでした。 They took his weapons and let him go, and he escaped into the German consulate nearby.見張りは武器を取り上げて彼を行かせ、彼は近くのドイツ領事館に逃げこみました。
4択問題 Reading Quiz
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Q1What is this story mainly about?
この話は主に何についてのものですか。
正解:C A very short war and the story behind it
第2〜3段落で戦争の原因とハーリドの過去を、第4〜5段落で戦いの短さとその後を説明しているので正解はC。Aの花火は第1段落のたとえにすぎない。
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Q2When did Khalid first take the palace?
ハーリドが最初に宮殿を占拠したのはいつですか。
正解:B In 1893
第3段落2文目に「In 1893, he took the palace too」とあるので正解はB。1890年は条約の年、1905年は本が出た年。1896年は2回目。
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Q3Why did the British not accept Khalid as the new ruler?
イギリスはなぜハーリドを新しい支配者と認めなかったのですか。
正解:A He did not get Britain's approval.
第2段落3〜4文目に、1890年の条約で次の支配者はイギリスの承認が必要で、ハーリドはそれを得ていなかったとあるので正解はA。Bは第2段落の「young man」と合わない。
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Q4In paragraph 2, the word "approve" is closest in meaning to ...
第2段落の approve という語に最も意味が近いのは…
正解:B say yes to
approve は「認める、賛成する」。次の文の approval(承認)とも合うので正解はB。Cの fight against は反対の意味に近い。
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Q5Which is true about Khalid's escape?
ハーリドの脱出について正しいものはどれですか。
正解:D The guards let him go without knowing him.
第5段落2〜3文目に、見張りは彼の顔を知らず、武器を取り上げて行かせたとあるので正解はD。Bはその逆。逃げこんだのはドイツ領事館なのでAも誤り。
重要語 Key Words(タップで裏返る)
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harbor名詞港
Many small boats were in the harbor.
港には小さな船がたくさんいた。
💡 イギリスつづりは harbour。port とほぼ同じ意味。
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warship名詞軍艦
The warship sailed into the bay.
その軍艦は湾に入ってきた。
💡 war(戦争)+ship(船)。
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palace名詞宮殿
The king lived in a large palace.
王は大きな宮殿に住んでいた。
💡 royal palace で「王宮」。
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ruler名詞支配者、統治者
The ruler made new laws for the country.
その支配者は国の新しい法律を作った。
💡 動詞 rule(支配する)から。「定規」の意味もある。
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treaty名詞条約
The two countries signed a peace treaty.
2つの国は平和条約に署名した。
💡 sign a treaty で「条約に署名する」。
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approve動詞認める、承認する
My parents approved my plan to study abroad.
両親は私の留学の計画を認めてくれた。
💡 名詞は approval。approve of ~ で「~をよいと思う」。
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escape動詞逃げる
The bird escaped from its cage.
鳥がかごから逃げた。
💡 escape from ~ で「~から逃げる」。名詞にもなる。
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consulate名詞領事館
She went to the consulate to get a visa.
彼女はビザを取るために領事館へ行った。
💡 consul(領事)が働く建物。embassy(大使館)とセットで覚える。
SOURCES出典・ウラ取り
この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 22件)。
- Lyne, R. N. (1905) Zanzibar in Contemporary Times, Hurst and Blackett, pp.196-205(Internet Archive)archive.org
- Hertslet, E. (1894) The Map of Africa by Treaty, vol.1, No.42「Provisional Agreement … Zanzibar, 14th June, 1890」(Internet Archive)archive.org
- Zanzibar. HC Deb 19 January 1897 vol 45(英国議会 Hansard)api.parliament.uk
公式ページで見てみよう
- Lyne (1905) の全文テキスト(Internet Archive)archive.org
文章はすべて資料をもとに独自の言葉で書いています。画像はオリジナルのイメージです。誤りにお気づきの方は訂正窓口へ。
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