「ボイコット」は、1880年にアイルランドで仲間外れにされた男の名前
言葉と語源No.225

「ボイコット」は、1880年にアイルランドで仲間外れにされた男の名前

「ボイコット」は、人の名前だった。

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もくじ
  1. ボイコットは、アイルランドで地主の土地を管理していたイギリス人だった
  2. 1880年9月、運動の指導者パーネルは、撃つより相手にしないほうがいいと演説した
  3. 使用人も、店も、手紙を運ぶ少年も、ボイコットの相手をしなくなった
  4. 作物を取り入れる50人を、約900人の兵士が守った
  5. パーネルは、政府がジャガイモ1ポンドを守るのに1シリング使ったと自慢した
  6. 深掘り講義
  7. まとめ
  8. 英語で読む(A2・4択5問)
  9. 出典・ウラ取り

1880年11月、アイルランド西部の畑で、ひどい天気の中、ジャガイモやカブの取り入れが行われていました。働いていたのは、北のアルスター地方から来た50人の志願者です。そして、その近くの町には、約900人の兵士が置かれていました。

兵士たちが守っていたのは、1つの農場の作物でした。その農場を借りていたのは、チャールズ・ボイコット(Charles Boycott)でした。地元の人たちが、誰も彼のために働かなくなったので、遠くから来た人たちに頼ることになったのです。

この人の名前が、「ボイコット」という言葉になりました。今の日本語では、みんなで買わない、参加しない、相手にしない、という意味で使われています。

この記事では、まずボイコットがどんな人で、なぜ相手にされなくなったのかを見ます。次に、作物の取り入れに兵士が出た事件を、当時の記録でたどります。最後に、名前が言葉になって世界に広まるまでと、「誰が名付けたか」をめぐる話を紹介します。

01ボイコットは、アイルランドで地主の土地を管理していたイギリス人だった

アメリカの辞書『American Heritage 英語辞典』で、ボイコットを調べてみます。1832年生まれのイギリス人で、もとは軍人でした。アイルランド西部のメイヨー県で、アーン伯爵という貴族の領地を管理していました。

『American Heritage 英語辞典』によると、当時のアイルランドの土地の多くは、そこに住んでいない地主たちが持っていました。アーン伯爵も、その一人です。土地を耕していたのは小作人でした。小作人とは、地主から土地を借りて畑を耕し、小作料(土地を借りる料金)を払う人です。ボイコットは、伯爵の代わりに、その領地を管理する仕事をしていました。こうした仕事をする人を、日本語では「土地差配人」と呼びます。

ボイコット自身も、ラフ・マスク(Lough Mask)という湖の近くで、大きな農場を借りていました。

1880年、小作人たちは小作料を25%下げるよう求めました。ただ、伯爵はそれまでの2年間に、頼まれずに小作料を下げていました。アメリカの年鑑『Appletons' Annual Cyclopaedia』の1880年版が、そう書いています。それでも小作人たちは、さらなる引き下げを求めたのです。求めが断られると、小作人たちは何も払わなくなりました。ボイコットは、小作人たちを土地から追い出すための書類を出しました。

021880年9月、運動の指導者パーネルは、撃つより相手にしないほうがいいと演説した

そのころアイルランドでは、小作人の運動が広がっていました。中心になったのは、1879年にできた「土地同盟」という団体です。指導者は、アイルランドの政治家チャールズ・パーネル(Charles Parnell)でした。

1880年9月19日、パーネルはアイルランドの町エニス(Ennis)で演説しました。イギリスで年ごとに出ていた記録集『The Annual Register』の1880年版が、そのときの様子を書いています。

パーネルは聞きました。ほかの人が追い出された農場を借りようとする者がいたら、どうするか。聴衆の中から「撃て!」という声が上がりました。するとパーネルは、もっとキリスト教徒らしい、思いやりのあるやり方がある、と答えました。その人を、通りでも、店でも、市場でも、教会でさえも、相手にしないことだ、と。

『The Annual Register』は、こうも書いています。この勧めは、それまでの1年ほど、パーネルたちがよく口にしていた。でも、アイルランドの外ではほとんど注目されなかった、と。

03使用人も、店も、手紙を運ぶ少年も、ボイコットの相手をしなくなった

パーネルの勧めを最初に大きく実行した相手が、ボイコットでした。ボイコットは10月14日付で、イギリスの新聞『タイムズ』に手紙を送り、何が起きたかを訴えています。『The Annual Register』は、その手紙をもとに、次のように書いています。

  • 9月22日、立ちのきの書類を届けに来た役人が、やじを飛ばす群衆に追われて、ボイコットの家に逃げこんだ。
  • 次の日、人々が農場に来て、使用人たちに出ていくよう告げた。使用人は全員いなくなった。
  • 畑の働き手も、馬の世話係もいなくなった。作物は畑に残されたままになった。
  • 地元の店は、ボイコットと取り引きしないよう言われた。鍛冶屋も、洗濯をする人も、彼のために働くことを止められた。
  • 手紙を運ぶ少年もおどされた。

誰も相手にしないことで、相手を追いつめるやり方です。ボイコットは、自分の農場の作物を取り入れることさえ、できなくなりました。

1880年の秋、ボイコットの屋敷からは使用人がいなくなった(イメージ)。
1880年の秋、ボイコットの屋敷からは使用人がいなくなった(イメージ)。

04作物を取り入れる50人を、約900人の兵士が守った

ボイコットの苦しみは、新聞で知られるようになりました。すると、北のアルスター地方の人たちが助けに動きました。『The Annual Register』によると、ある人が、500ポンド集まれば志願者を連れて作物を取り入れに行く、と申し出ました。すると、数日で800ポンド近くが集まりました。

計画した人たちは、行く人数を100人にしぼりました。でも政府は、そんなに多くは要らないとして、出発を止めました。最後は、ボイコットが「50人で足りる」と言い、その人数で行くことになりました。

一方、政府は、北から大勢の人がメイヨー県に来ると、争いになることを心配しました。そこで兵士を送りました。ダブリンから500人、カラという基地から400人です。ボイコットの屋敷にいちばん近い町バリンローブには、約900人の兵士が置かれました。警察も合わせると、メイヨー県で7000人が治安を守っていた、と同じ本は計算しています。

志願者たちは11月11日、汽車で近くの駅に着きました。馬車を借りられず、風と雨の中を歩いて進みました。12日に屋敷に着き、作物の取り入れを無事に終えました。26日、志願者たちは帰りの旅に出ました。ボイコット一家も一緒に土地を離れ、ロンドンへ向かいました。

05パーネルは、政府がジャガイモ1ポンドを守るのに1シリング使ったと自慢した

この事件は、運動を進める側にとって大きな宣伝になりました。パーネルは、アメリカの支持者に手紙を書いています。1つの農場の作物を救うのに、7000人が必要だった。ジャガイモ1ポンド、カブ1個を救うごとに、政府は1シリングを使った、というのです。シリングは、当時のイギリスのお金の単位です。これはパーネルの自慢で、正確な計算かどうかは分かりません。

『The Annual Register』は、アルスターからの救援隊が、ボイコットの苦しい立場をイギリス中に知らせた、と書いています。そして、それがこのやり方の巨大な宣伝になった、と。このやり方は、それ以後「ボイコッティング(Boycotting)」と呼ばれるようになりました。

アメリカの年鑑『Appletons' Annual Cyclopaedia』の1880年版も書いています。この出来事から、to boycott という新しい動詞が生まれた。そして、新聞で広く使われるようになった、と。人との付き合いや取り引きをさせないようにして、相手を苦しめるという意味です。この年鑑は、事件の翌年の1881年に、ニューヨークで出ています。

LECTURE

深掘り講義

ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。

「言葉を考えたのは神父だった」というのは、記者レッドパス本人の話

誰が「ボイコット」という言葉を考えたのか。これについては、アメリカの新聞に記事を送っていた記者、ジェームズ・レッドパス(James Redpath)の話が残っています。1881年に出たレッドパスの本『Talks about Ireland』に、インタビューが入っています。

レッドパスによると、ボイコットを仲間外れにするという決定が出てから3日ほどあと、彼はジョン・オマリー(John O'Malley)という神父と食事をしていました。レッドパスは、地主や差配人を仲間外れにすることを表す言葉がなくて困っていました。昔からある ostracism(追放)という言葉では、農民には意味が通じないからです。すると神父が、「彼をボイコットする、と呼んだらどうだろう」と言ったというのです。

レッドパスは、神父が初めてこの言葉を口にし、自分が初めて書いた、と話しています。さらに、この言葉を、アメリカの「リンチ」と同じくらい有名にしよう、と言ったそうです。リンチ(lynching)も、人の名前から来た言葉だとレッドパスは説明しています。

ただし、これはレッドパス本人の話です。ほかの記録で確かめられたわけではありません。言葉を「自分が作った」という話は、本人にとって自慢になります。そのため、話す人が得をする証言は、ほかの記録と照らし合わせて読む必要があります。

ボイコットは世界の言葉に入ったが、ロシア語の語源辞典は名前を間違えた

『American Heritage 英語辞典』によると、ボイコットの名前は、英語だけでなく、フランス語、オランダ語、ドイツ語、ロシア語などにも、すぐに取り入れられました。

ところが、ファスマー(Max Vasmer)の『ロシア語語源辞典』を見ると、ちょっとした間違いがあります。ロシア語の бойкот は英語の to boycott から来た、と正しく書いています。でも、もとになった人を「ジェームズ・ボイコット大尉」と書いているのです。ほかの辞書が書くとおり、本当の名前はチャールズです。

日本語には、少し遅れて入りました。日本国語大辞典が挙げる最も古い例は、1897年7月20日の新聞『時事新報』です。風紀を乱す芝居は、見に行くのを控えて「ボイコット」する、という使い方でした。ブリタニカ国際大百科事典によると、ボイコット本人は、その1か月ほど前の1897年6月19日に亡くなっています。

年や人数は、資料によって違う

同じ事件でも、資料によって書き方が違う所があります。

  • 事件の年:デジタル大辞泉は「1880年ごろ」、日本国語大辞典は「1880年」と書きます。一方、ニッポニカは「1870年代末」としています。当時の記録集『The Annual Register』では、出来事は1880年の9月から11月です。
  • 兵士の数:『The Annual Register』は、近くの町に約900人と書きます。一方、パーネルは「7000人が必要だった」と言いました。7000人は、メイヨー県全体の警察と軍を合わせた数です。比べている範囲が違うのです。

数字を見るときは、「どこの、誰を数えた数か」を確かめることが大切です。

「ボイコット」には、いくつもの意味が重なっている

日本国語大辞典は、ボイコットの意味を3つに分けています。①ある人をみんなで退けること。②労働組合などが、商品を買わないよう呼びかけること。③会合などに、みんなで参加しないこと。

1880年のアイルランドで起きたのは、①の意味に近い出来事でした。地域の人みんなが、1人の人との付き合いも取り引きもやめたのです。日本語の最も古い例(1897年)は、③の意味の例として挙げられています。風紀を乱す芝居を見に行かない、という使い方でした。

06まとめ

「ボイコット」は、1880年にアイルランドで仲間外れにされた、土地の管理人チャールズ・ボイコットの名前です。小作料をめぐる争いの中で、彼は使用人にも店にも相手にされなくなりました。作物を取り入れに来た50人の志願者を、約900人の兵士が守ったこの事件は、イギリス中に知られ、彼の名前は新しい動詞になりました。言葉はすぐにヨーロッパの言葉にも入り、日本語では1897年の新聞に使われた例があります。その1897年は、ボイコット本人が亡くなった年でもありました。

人に話すなら、こう言おう

ボイコットって、人の名前なんだって。1880年のアイルランドで、使用人にも店にも相手にされなくなった土地の管理人がいて、作物の取り入れに来た50人を、約900人の兵士が守ったらしいよ。
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英語で読む

The Man Who Became a Word

CEFR A2218 words4択 5問全訳つき
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英文をタップすると、その文の訳が出ます。

In November 1880, 50 men picked potatoes and turnips on a farm in the west of Ireland.1880年11月、アイルランド西部のある農場で、50人の男たちがジャガイモやカブを取り入れました。 In a town nearby, about 900 soldiers were waiting.近くの町では、約900人の兵士が待機していました。 Why did one farm need so much help?なぜ1つの農場に、これほど多くの助けが必要だったのでしょうか。

Charles Boycott rented the farm.その農場を借りていたのは、チャールズ・ボイコットでした。 He was an Englishman who managed land for an earl in Ireland.彼は、アイルランドで伯爵の土地を管理していたイギリス人でした。 The farmers on the land wanted lower rents, but he said no.その土地の農民たちは小作料を下げてほしいと求めましたが、彼は断りました。 Then he tried to make some of them leave their homes.そして、そのうちの何人かを家から追い出そうとしました。

A leader named Charles Parnell had a different idea.チャールズ・パーネルという指導者は、別の考えを持っていました。 He told people not to hurt such men, but to ignore them everywhere.彼は人々に、そういう人を傷つけるのではなく、どこでも相手にしないようにと言いました。 So everyone stopped working for Boycott.そこで、だれもボイコットのために働かなくなりました。 His servants left, shops would not sell to him, and even the boy who carried his letters was threatened.使用人は去り、店は彼に物を売らず、手紙を運ぶ少年までもおどされました。 His crops stayed in the fields.作物は畑に残されたままでした。

Newspapers told the story, and volunteers came from the north to save the crops.新聞がこの話を伝え、北から志願者たちが作物を救いにやって来ました。 Soldiers were sent to protect them.彼らを守るために兵士が送られました。 Later, Parnell said that every pound of potatoes saved cost the government one shilling.のちにパーネルは、救われたジャガイモ1ポンドごとに、政府は1シリングを使ったと言いました。 After the harvest, Boycott and his family left Ireland for London.取り入れのあと、ボイコットと家族はアイルランドを離れ、ロンドンへ向かいました。

Very soon, people used his name as a new verb, "to boycott."まもなく、人々は彼の名前を「ボイコットする」という新しい動詞として使いました。 The word spread to French, German, Russian, and other languages.この言葉は、フランス語、ドイツ語、ロシア語などの言語に広まりました。 It reached Japanese newspapers by 1897, the year Boycott died.1897年までには日本の新聞にも出てきました。その年は、ボイコットが亡くなった年です。 Today, when we boycott something, we are using the name of a real man.今、私たちが何かをボイコットするとき、私たちは実在した一人の男の名前を使っているのです。

4択問題 Reading Quiz

  1. Q1What is this story mainly about?

    この話は主に何についてのものですか。

  2. Q2About how many soldiers were waiting in a town near the farm?

    農場の近くの町では、約何人の兵士が待機していましたか。

  3. Q3Why did everyone stop working for Boycott?

    なぜ、だれもボイコットのために働かなくなったのですか。

  4. Q4In paragraph 3, the word "ignore" is closest in meaning to

    第3段落の ignore という語に最も近い意味はどれですか。

  5. Q5Which is true about the story?

    この話について正しいものはどれですか。

重要語 Key Words(タップで裏返る)

  • earl名詞
    伯爵(イギリスの貴族の位の一つ)

    The earl lived in a large castle.

    その伯爵は大きな城に住んでいた。

    💡 発音は「アール」。女性形にあたる位は countess(伯爵夫人)。

  • rent名詞
    借りるための料金、家賃、小作料

    We pay the rent at the end of each month.

    私たちは毎月末に家賃を払う。

    💡 動詞では「借りる、貸す」。rent a car で「車を借りる」。

  • ignore動詞
    無視する、相手にしない

    Please do not ignore my messages.

    私のメッセージを無視しないでください。

    💡 名詞 ignorance は「知らないこと、無知」。

  • servant名詞
    使用人、召し使い

    The old house once had ten servants.

    その古い家にはかつて10人の使用人がいた。

    💡 serve(仕える)+ -ant(人)。

  • crop名詞
    作物、収穫物

    Rice is the main crop in this area.

    米はこの地域の主な作物だ。

    💡 複数形 crops で「畑の作物全体」を表すことが多い。

  • volunteer名詞
    志願者、ボランティア

    Many volunteers helped clean the beach.

    たくさんのボランティアが海岸の掃除を手伝った。

    💡 自分から進んで引き受ける人。動詞でも使う。

  • harvest名詞
    収穫、取り入れ

    The apple harvest starts in October.

    リンゴの収穫は10月に始まる。

    💡 動詞では「収穫する」。

  • verb名詞
    動詞

    "Run" and "eat" are verbs.

    run と eat は動詞だ。

    💡 noun(名詞)、adjective(形容詞)とセットで覚える。

SOURCES出典・ウラ取り

この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 27件)。

  1. The Annual Register: A Review of Public Events at Home and Abroad, for the Year 1880(ロンドン1881年刊、Internet Archive)archive.org
  2. Appletons' Annual Cyclopaedia and Register of Important Events of the Year 1880(ニューヨーク1881年刊、Internet Archive)archive.org
  3. Redpath, J. (1881) Talks about Ireland(Internet Archive)archive.org
  4. boycott(The American Heritage Dictionary of the English Language)ahdictionary.com
  5. бойкот(ファスマー『ロシア語語源辞典』、ΛΓΩ)lexicography.online
  6. ボイコット(デジタル大辞泉/精選版 日本国語大辞典/改訂新版 世界大百科事典/ブリタニカ国際大百科事典 ほか、コトバンク)kotobank.jp

文章はすべて資料をもとに独自の言葉で書いています。画像はオリジナルのイメージです。誤りにお気づきの方は訂正窓口へ。

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