「脳は寝ている間にゴミを片づける」という説に、反対の研究も出た
体と食べ物No.141

「脳は寝ている間にゴミを片づける」という説に、反対の研究も出た

決着は、まだついていない。

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この判定の対象「脳は、寝ている間にゴミを片づけている」

うなり度 読む時間8分 出典6件 確認した事実21件
もくじ
  1. 脳の中には、ゴミを運び出すリンパ管が通っていない
  2. 2013年、眠ったマウスの脳ではゴミの除去が速くなると報告された
  3. ヒトの脳でも、深く眠ると脳脊髄液が大きく波打っていた
  4. 2024年、「眠るとマウスの脳からのゴミの除去が減る」という正反対の結果が出た
  5. 深掘り講義
  6. まとめ
  7. 英語で読む(A2・4択5問)
  8. 出典・ウラ取り

2024年5月、科学誌『ネイチャー・ニューロサイエンス』に、短い論文がのりました。題は「脳からの除去は、睡眠中と麻酔中に減る」。眠っている間や麻酔がかかっている間は、脳から物質が取り除かれにくくなる、という意味です。

論文の書き出しによると、「睡眠の大事な役目は、脳から老廃物や毒を積極的に取り除くことだ」と広く信じられてきました。いわゆる「脳は寝ている間にゴミ出しをする」という話です。2024年の論文は、それとは正反対の結果を出したのです。

書いたのは、英国インペリアル・カレッジ・ロンドンのチームです。そして2025年、今度は「眠るとゴミ出しが進む」と考える側から、この論文への反論が出ました。脳のゴミ出しの話は、まだ決着していないのです。

この記事では、まず「眠ると脳のゴミ出しが進む」という説がどう生まれたかを見ます。次に、ヒトで分かったことと、2024年の反対の結果を紹介します。最後に、研究者たちが何を争っているのかを説明します。

01脳の中には、ゴミを運び出すリンパ管が通っていない

体の多くの場所には、リンパ管という管が通っています。細胞のまわりにたまった余分な水分やたんぱく質を、回収して運び出す管です。

ところが、脳の中には、このリンパ管が通っていません。2012年の論文も、まずこの点から話を始めています。では脳は、たまったゴミをどうやって外に出しているのでしょうか。

2012年、米国ロチェスター大学のチームが、脳のゴミが出ていく通り道を報告しました。チームを率いたのは、マイケン・ネーデルガード(Maiken Nedergaard)です。脳と脊髄をひたしている水を、脳脊髄液といいます。チームによると、脳脊髄液は、脳の動脈のまわりのすき間から入ります。そして細胞のあいだを流れ、静脈のまわりから出ていくというのです。

この通り道には、アクアポリン4という、水を通す入り口が関わっていました。アクアポリン4を持たないマウスでは、脳から物質を取り除く働きが、約7割も落ちました。論文は、リンパ管に似た働きをするこの通り道を、「グリンパティック」と呼ぼうと提案しました。

脳脊髄液は、血管のまわりのすき間を通って、脳の中をめぐると考えられている。
脳脊髄液は、血管のまわりのすき間を通って、脳の中をめぐると考えられている。

022013年、眠ったマウスの脳ではゴミの除去が速くなると報告された

2013年10月、同じチームのルル・シエ(Lulu Xie)らが、科学誌『サイエンス』に論文を出しました。題は「睡眠は、大人の脳から代謝物の除去を進める」。代謝物とは、細胞が働いたあとに出る物質のことです。

実験に使ったのは、マウスです。眠っているマウスと起きているマウスで、脳脊髄液の流れを比べました。

マウスが眠ると、脳の細胞と細胞のすき間が、起きているときより60%広がりました。すき間が広いほど、水は流れやすくなります。眠っているマウスを起こすと、脳に流れこむ脳脊髄液の量は約95%減りました。

チームは、アミロイドβという物質も調べました。アルツハイマー病に関わると考えられている、たんぱく質のかけらです。眠っているマウスの脳では、アミロイドβが、起きているマウスの2倍の速さで取り除かれました。

論文は、こう結んでいます。眠ると元気が回復するのは、起きている間に脳にたまったゴミ(体に害があるかもしれない物)が、眠っている間によく取り除かれるからかもしれない。「なぜ眠るのか」という大きな謎に、すっきりした答えが出たように見えました。

03ヒトの脳でも、深く眠ると脳脊髄液が大きく波打っていた

その後、ヒトでの研究も進みます。

2019年、米国ボストン大学などのチームは、13人の眠りを、体の中を写す大きな装置(MRI)で調べました。夢をあまり見ない深い眠り(ノンレム睡眠)に入ると、脳の下のほうで、脳脊髄液が大きく波打っていました。波は、約20秒ごとにやってきます。

変化が起きる順番も分かりました。まず、脳波(脳が出す弱い電気の波)に、ゆっくりした波が出ます。続いて、脳の血液の量が増えたり減ったりします。そして、脳脊髄液が動きます。眠りと脳脊髄液の動きは、確かにつながっていました。

2021年には、ノルウェーのオスロ大学のチームが、別の方法で調べました。背中から脳脊髄液に造影剤(MRIに写る薬)を入れ、脳から抜けていく速さを測ったのです。一晩眠らなかった7人は、眠った17人より、造影剤が脳から抜けるのが遅れました。次の夜に眠っても、その遅れは取り戻せませんでした。

042024年、「眠るとマウスの脳からのゴミの除去が減る」という正反対の結果が出た

ここで登場したのが、最初に紹介した2024年の論文です。書いたのは、インペリアル・カレッジ・ロンドンのチームです。中心になったのは、ニコラス・フランクス(Nicholas Franks)とウィリアム・ウィスデン(William Wisden)でした。

チームは、オスのマウスの脳の奥に、光る色素を入れました。そして、少し離れた前頭葉(脳の前のほう)で、光の強さを測り続けました。脳から色素が取り除かれるほど、光は弱くなるはずです。

結果は、2013年とは逆でした。眠っているマウスの脳には、起きているマウスより、色素が多く残りました。3種類の麻酔薬で眠らせたマウスでも、すべて色素の除去が減りました。また、色素が脳の中を広がる速さは、眠っても起きても変わりませんでした。

チームは、論文の最後にこう書いています。この結果は、「睡眠のいちばん大事な役目は脳から毒を除くことだ」という考えに、疑問を投げかけるものだ、と。

LECTURE

深掘り講義

ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。

争点1:脳の中のゴミは、水の流れで運ばれるのか、自然に広がるだけなのか

論争の中心は、脳の中で物がどう動くかです。グリンパティック説では、脳脊髄液が「流れ」となって、細胞のすき間の物を押し流します。川がゴミを運ぶイメージです。

もう1つの見方は「拡散」です。インクを水に落とすと、かき混ぜなくても少しずつ広がります。これが拡散です。脳の中の物も、主にこのしみ出すような広がり方で動いているのではないか、という考えです。

2024年の論文は、物の広がりやすさ(拡散係数)を測りました。そして、広がりやすさは、眠っても起きても変わらないとしました。もし眠ると強い流れが起きるなら、眠っているときのほうが、物はもっと速く広がるはずです。そうならなかったので、眠っても強い流れは起きていない、という理屈です。

争点2:2024年の実験も2013年の実験も、測り方に弱点がある

2025年、ネーデルガードらのチームは、科学誌『セル』に論文を出し、2024年の結果に反論しました。2024年の実験は、脳の1か所から別の場所へ色素が広がる様子を測っただけだ。脳の外へ本当に取り除かれた量は、測っていない。これが反論の中身です。

2025年の論文は、新しいしくみも示しました。ノンレム睡眠の間、脳の中では、ノルアドレナリンという物質が、ゆっくり増えたり減ったりします。それに合わせて血管が太くなったり細くなったりして、ポンプのように脳脊髄液を送りこむ、というのです。

逆に、2013年の実験にも弱点があります。2013年の実験のマウスは、頭を固定され、顕微鏡の下で眠っていました。頭を固定されると、マウスは緊張するかもしれません。2013年の論文の著者たちも、その緊張でノルアドレナリンが増えていないかを確かめています。それでも、顕微鏡の下での眠りが、ふつうの眠りとどこまで同じかは、今も議論されています。つまり、どちらの側も、相手の測り方に問題があると考えているのです。

ヒトの脳の中の細い流れは、今のMRIでは見分けられない

マウスなら、頭の骨に小さな窓を開け、顕微鏡で血管のまわりを直接のぞけます。ヒトでは、そうはいきません。

2019年のボストンの研究は、MRIを使いました。とらえたのは、脳の下のほうにある脳室(脳脊髄液で満たされた空間)に流れこむ脳脊髄液の動きです。ただ、2025年の論文が書くとおり、今のMRIでは、血管のまわりの細いすき間の流れまでは見分けられません。

2021年のオスロの研究は、造影剤の抜け方を48時間にわたって追いかけました。ただし、背中から薬を入れる検査なので、何百人も調べることはできません。比べた人数は、7人と17人でした。ヒトでの証拠は、少しずつ積み上がっている途中なのです。

分かりやすい説ほど広まりやすいが、確かめるには時間がかかる

「眠ると脳のゴミが流される」という説明は、とても分かりやすい話です。「なぜ眠るのか」という謎と、アルツハイマー病と、毎日よく眠ることの大切さが、1つの話でまとめて説明できてしまいます。だからこそ、2013年の論文は広く紹介されました。

けれど、1つの研究室の発見を、ほかの研究者が別の方法で確かめるまでには、時間がかかります。発見がほかの研究でも同じように確かめられるかどうかを、科学では再現性といいます。今回のように、同じ問いでも、測り方を変えると答えが変わることは珍しくありません。

確かなことは2つあります。ヒトでも、深い眠りの間に脳脊髄液が大きく動くこと。そして、一晩の徹夜で、造影剤が脳から抜けるのが遅れたことです。脳脊髄液の動きが「掃除」なのか、別の役目なのか。答えは、これからの研究しだいです。

05まとめ

「脳は寝ている間にゴミ出しをする」という話は、2013年のマウスの実験から世界に広まりました。眠ったマウスの脳では、細胞のすき間が60%広がり、アミロイドβが2倍速く取り除かれたという報告です。

ところが2024年、英国のチームが「眠ると除去はむしろ減る」と発表しました。2025年には、その結果への反論が出ました。ヒトの深い眠りでは、脳脊髄液が約20秒ごとに大きく波打っています。その波が脳のゴミを運び出しているのかどうかは、まだ研究者たちが争っているところです。

人に話すなら、こう言おう

「寝てる間に脳のゴミ出しをしてる」って有名な話、2024年にイギリスの研究チームが「むしろ寝ると減る」って正反対の結果を出したんだって。2025年には反論も出て、まだ決着がついてないらしいよ。
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英語で読む

Does Your Brain Clean Itself While You Sleep?

CEFR A2212 words4択 5問全訳つき
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英文をタップすると、その文の訳が出ます。

You may have heard that your brain takes out the trash while you sleep.眠っている間に脳がゴミ出しをする、と聞いたことがあるかもしれません。 This idea became famous in 2013.この考えは2013年に有名になりました。 But scientists are still arguing about it.でも、科学者たちは今もそれについて議論しています。

Inside the brain, there are no lymph vessels, the tubes that carry waste away in other parts of the body.脳の中には、体のほかの場所でゴミを運び出す管であるリンパ管がありません。 So in 2012, a team in the United States studied cerebrospinal fluid, the clear liquid around the brain.そこで2012年、アメリカのチームは、脳のまわりにある透明な液体、脳脊髄液を調べました。 They found that it flows into the brain along blood vessels.彼らは、それが血管にそって脳の中に流れこむことを発見しました。

In 2013, the same team tested mice.2013年、同じチームはマウスで実験をしました。 When the mice slept, the spaces between brain cells grew by 60 percent.マウスが眠ると、脳の細胞と細胞のすき間が60パーセント広がりました。 A protein linked to Alzheimer's disease was removed two times faster.アルツハイマー病に関わるたんぱく質は、2倍の速さで取り除かれました。 Many people loved this simple story.多くの人が、このわかりやすい話を気に入りました。

Then, in 2024, a team in London did a different test.ところが2024年、ロンドンのチームが別の実験をしました。 They put a glowing dye deep inside the brains of mice.彼らはマウスの脳の奥に光る色素を入れました。 Then they watched how much of it stayed in another part of the brain.そして、脳の別の場所にどれだけ残るかを観察しました。 In sleeping mice, more dye stayed, not less.眠っているマウスでは、色素は少なくではなく、多く残りました。 So they said that sleep may actually slow the cleaning.そこで彼らは、睡眠はむしろ掃除を遅くするのかもしれないと言いました。

In 2025, the first team answered back.2025年、最初のチームが反論しました。 They said the London team did not measure the real cleaning.彼らは、ロンドンのチームは本当の掃除を測っていないと言いました。 In people, we know that the fluid moves in big waves during deep sleep, about every 20 seconds.人では、深い眠りの間に脳脊髄液が約20秒ごとに大きな波で動くことがわかっています。 What those waves carry is still an open question.その波が何を運んでいるのかは、まだ答えの出ていない問題です。

4択問題 Reading Quiz

  1. Q1What is this story mainly about?

    この話は主に何についてのものですか。

  2. Q2By how much did the spaces between brain cells grow in sleeping mice in 2013?

    2013年の実験で、眠っているマウスの脳の細胞のすき間はどれだけ広がりましたか。

  3. Q3Why did the London team say sleep may slow the cleaning?

    ロンドンのチームは、なぜ睡眠が掃除を遅くするかもしれないと言ったのですか。

  4. Q4In paragraph 5, the phrase "answered back" is closest in meaning to ...

    第5段落の answered back という語句に最も意味が近いのは…

  5. Q5Which is true about the story?

    この話について正しいものはどれですか。

重要語 Key Words(タップで裏返る)

  • trash名詞
    ゴミ

    Please take out the trash on Monday morning.

    月曜の朝にゴミを出してください。

    💡 take out the trash で「ゴミを出す」。イギリスでは rubbish ともいう。

  • argue動詞
    議論する、言い争う

    The two players argued about the rules.

    2人の選手はルールについて言い争った。

    💡 名詞は argument。argue about ~ で「~について議論する」。

  • fluid名詞
    液体、体液

    Drink plenty of fluids when you have a fever.

    熱があるときは水分をたくさんとりなさい。

    💡 liquid より「流れるもの」の感じが強い。cerebrospinal fluid で「脳脊髄液」。

  • blood vessel名詞
    血管

    Blood vessels carry blood around the body.

    血管は体中に血液を運ぶ。

    💡 vessel はもともと「入れ物、船」。artery(動脈)、vein(静脈)も一緒に。

  • protein名詞
    たんぱく質

    Eggs and fish are good sources of protein.

    卵と魚はたんぱく質のよい供給源だ。

    💡 発音は「プロウティーン」。ギリシャ語の「いちばん大事なもの」が語源。

  • remove動詞
    取り除く

    She removed the dirt from her shoes.

    彼女は靴から泥を取り除いた。

    💡 名詞は removal。remove A from B で「BからAを取り除く」。

  • dye名詞
    染料、色素

    He used blue dye to color the shirt.

    彼はシャツを染めるのに青い染料を使った。

    💡 die(死ぬ)と同じ発音なので注意。動詞で「染める」。

  • measure動詞
    測る

    We measured the length of the room.

    私たちは部屋の長さを測った。

    💡 名詞は measurement。tape measure で「巻き尺」。

SOURCES出典・ウラ取り

この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 21件)。

  1. Iliff, J. J. ほか (2012) A paravascular pathway facilitates CSF flow through the brain parenchyma and the clearance of interstitial solutes, including amyloid β, Science Translational Medicine 4:147ra111doi.org
  2. Xie, L. ほか (2013) Sleep drives metabolite clearance from the adult brain, Science 342:373-377doi.org
  3. Fultz, N. E. ほか (2019) Coupled electrophysiological, hemodynamic, and cerebrospinal fluid oscillations in human sleep, Science 366:628-631doi.org
  4. Eide, P. K. ほか (2021) Sleep deprivation impairs molecular clearance from the human brain, Brain 144:863-874(PubMed)pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
  5. Miao, A. ほか (2024) Brain clearance is reduced during sleep and anesthesia, Nature Neuroscience 27:1046-1050doi.org
  6. Hauglund, N. L. ほか (2025) Norepinephrine-mediated slow vasomotion drives glymphatic clearance during sleep, Cell 188:606-622doi.org

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