ネロ皇帝が、燃えるローマを見ながら竪琴を弾いた話は本当か
歴史のウソ・ホントNo.151

ネロ皇帝が、燃えるローマを見ながら竪琴を弾いた話は本当か

歴史家3人の話は、歌った場所からしてばらばら。

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この判定の対象「ネロ皇帝は、燃えるローマを見ながら竪琴を弾いた」

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もくじ
  1. タキトゥスは、ネロが歌った話を「うわさ」として書いた
  2. スエトニウスは、ネロが塔から火を眺めて歌ったと書いた
  3. ディオは、ネロが宮殿の屋根で、竪琴弾きの衣装を着て歌ったと書いた
  4. 深掘り講義
  5. まとめ
  6. 英語で読む(A2・4択5問)
  7. 出典・ウラ取り

西暦64年の夏、ローマで大火事が起きました。火は何日も燃え続け、町の多くが焼けてしまいます。

そのとき、皇帝ネロは何をしていたのか。「ネロは燃えるローマを見ながら、竪琴を弾いていた」という話があります。英語では、楽器が fiddle(バイオリン)になって「Nero fiddled while Rome burned」と語られることもあります。

でも、ネロの時代にバイオリンはありません。では、古代の記録には、ネロが何をしていたと書かれているのでしょう。古代ローマの歴史家3人の本を読み比べると、ネロがどこで何をしていたかは、本によってばらばらでした。

この記事では、タキトゥス、スエトニウス、ディオの3人の記録を、1人ずつ見ていきます。最後に、楽器が英語で「バイオリン」になった理由を、言葉の歴史から考えます。

01タキトゥスは、ネロが歌った話を「うわさ」として書いた

1人目は、タキトゥス(Tacitus)です。歴史書『年代記』の中で、大火事を詳しく書いています。

タキトゥスはまず、こう書きます。この火事が、たまたま起きたのか、皇帝がたくらんで起こさせたのかは、分からない。書き手によって、どちらの説もあるからだ。

火が出たのは、大きな競技場の周りにあった、燃えやすい品物を扱う店でした。強い風にあおられ、火はあっという間に広がります。古いローマは細い道がくねくねと続く町だったので、止めようがありませんでした。

では、ネロはそのとき、どこにいたのでしょう。タキトゥスによると、火が出たとき、ネロはローマから離れたアンティウムという町にいました。ローマに戻ったのは、火がネロの館の近くまで迫ってからです。

ネロは、火事で家を失った人たちのために、広場や公共の建物、自分の庭まで開きました。仮の建物を作り、近くの町から食べ物を運ばせ、穀物の値段も下げました。

それでも、ネロは人々の支持を得られませんでした。あるうわさが広まっていたからです。町が燃えているちょうどそのとき、皇帝は自分の家の舞台に上がり、トロイア(昔の物語に出てくる都)が滅びる歌を歌っていた、というのです。

タキトゥスは、ネロが歌っていたという話を、「うわさ」として書いています。そしてラテン語の原文には、楽器の名前は出てきません。

02スエトニウスは、ネロが塔から火を眺めて歌ったと書いた

2人目は、スエトニウス(Suetonius)です。ローマ皇帝たちの伝記を書いた人で、ネロにはとても厳しい書き方をしています。

スエトニウスは、ネロが自分で町に火をつけさせたと書きます。火事は6日7晩続きました。そしてネロは、マエケナスという人の屋敷にある塔から火を眺めていた。「炎の美しさ」に喜び、舞台の衣装を着て、トロイアの都が落ちる歌を歌った、というのです。

ここでは、場所が「自分の家の舞台」から「塔」に変わっています。そしてこちらも、ラテン語の原文に楽器の名前はありません。「歌った」だけです。

歌った場所は、本によって「舞台」「塔」「屋根」と違う
歌った場所は、本によって「舞台」「塔」「屋根」と違う

03ディオは、ネロが宮殿の屋根で、竪琴弾きの衣装を着て歌ったと書いた

3人目は、カッシウス・ディオ(Cassius Dio)です。ギリシャ語で『ローマ史』を書きました。

ディオによると、ネロは宮殿の屋根に上りました。そこからは、燃える町のほとんどが見えました。そしてネロは、竪琴弾き(キタラという竪琴を弾きながら歌う人)の衣装を着て、自分で「トロイアの陥落」と名づけた歌を歌いました。ディオは、パラティヌスの丘(ローマの中心にある丘)がすべて焼け、残りの町もおよそ3分の2が焼けたと書いています。

3人の中で、楽器に関わることを書いているのは、このディオだけです。それも「竪琴弾きの衣装を着て」という書き方でした。

LECTURE

深掘り講義

ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。

3人の歴史家の話を並べると、歌った場所も話の確かさも違う

同じ出来事について、3人の記録を並べてみましょう。

  • タキトゥス:出火の原因は分からない。ネロは町の外のアンティウムにいた。歌ったのは「うわさ」で、場所は自分の家の舞台。
  • スエトニウス:ネロが火をつけさせた。マエケナスの塔から眺め、舞台衣装で歌った。
  • ディオ:宮殿の屋根に上り、竪琴弾きの衣装で歌った。

「ネロが歌った」という大筋は、3人とも同じです。でも、歌った場所と、本当にあった話として書いているかどうかが、まったく違います。いちばん慎重なのはタキトゥスです。原因については「書き手によって両方の説がある」と書き、歌については「うわさ」と書きました。タキトゥスが、自分より前に書かれた記録を読み比べていたことが分かります。

ディオの話は、火事から約1000年後に作られた要約で伝わっている

さらに注意したいのが、ディオの本の伝わり方です。ディオの本を英語に訳したE・ケアリーの解説によると、ディオは155〜164年ごろに生まれました。火事からおよそ100年後の人です。

しかも、ネロの時代をふくむ巻の多くは、ディオが書いた文そのものは残っていません。今読めるのは、11世紀に、ビザンツ帝国(東ローマ帝国)の修道士(キリスト教の修行をする人)クシフィリヌスが、皇帝ミカエル7世(在位1071〜78年)の求めで作った要約です。ケアリーは、こうした要約は原文の文をそのまま写すこともあるが、基本的には「言いかえ」と見るべきだ、と書いています。つまり「竪琴弾きの衣装」という言葉も、火事から約1000年後の要約を通して私たちに届いているのです。

英語の fiddle は、古い英語の時代からある弦楽器の名前

では、英語の「fiddle」はどこから来たのでしょう。スキートという学者が作った、言葉の由来の辞典(語源辞典)によると、fiddle は古い英語の時代からある弦楽器の名前です。一方、violin は、イタリア語の violino から入った、ずっと新しい言葉です。violino は、viola(ヴィオールという弦楽器)に「小さい」の意味をつけた形です。

ネロが本当に何かを持っていたとしても、それは古代の竪琴だったはずです。それが、のちの英語の言い回しでは、身近な楽器である fiddle に置きかえられました。昔の話を、自分たちの時代の道具に置きかえて語りなおすことを、時代錯誤(アナクロニズム)といいます。時代錯誤は、伝説が広まるときによく起こります。

火事のあとネロが人々を助けても、うわさのせいで人々の支持は得られなかった

タキトゥスの書き方には、見のがせない点があります。ネロが火事で家を失った人たちを助けたやり方は、人気を得るには悪くないものでした。それなのに、うわさのせいで人々の支持につながらなかった、と書いていることです。ネロにとっては、事実かどうかより、「そう信じられている」ことのほうが問題でした。タキトゥスは、ネロがこのうわさを消すために、別の人々に罪を着せたと続けています。うわさは、本当かどうかに関係なく、政治を動かす大きな力になっていたのです。

04まとめ

「ネロは燃えるローマを見ながら竪琴を弾いた」。この話を古代の3人の歴史家で読み比べると、歌った場所は「自分の家の舞台」「塔」「宮殿の屋根」とばらばらです。タキトゥスはそれを「うわさ」と書き、ネロは出火のとき町の外にいたとしました。

楽器に関わる言葉があるのは、ディオの「竪琴弾きの衣装」だけ。そのディオの話も、火事から約1000年後に作られた要約で伝わっています。そして英語でおなじみの「バイオリン」は、ネロの時代から1500年近くあとの楽器でした。

人に話すなら、こう言おう

「ネロは燃えるローマを見ながら楽器を弾いた」って話、古代の歴史家3人で書いてることがばらばらなんだって。歌った場所が舞台だったり塔だったり屋根だったり。しかも1人は「ただのうわさ」って書いてるらしいよ。
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英語で読む

Did Nero Play While Rome Burned?

CEFR A2229 words4択 5問全訳つき
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英文をタップすると、その文の訳が出ます。

In the summer of the year 64, a huge fire broke out in Rome.西暦64年の夏、ローマで大きな火事が起きました。 It burned for days, and much of the city was destroyed.火は何日も燃えつづけ、町の多くがこわれてしまいました。 There is a famous story about the emperor, Nero.皇帝ネロについて、有名な話があります。 People say he played music while he watched the city burn.ネロは町が燃えるのをながめながら、音楽を演奏していたというのです。

Three Roman historians wrote about the fire.3人のローマの歴史家が、この火事について書きました。 But their stories do not match.でも、彼らの話は一致しません。 Tacitus wrote that Nero was in another town when the fire started.タキトゥスは、火事が始まったときネロは別の町にいたと書きました。 He said that people spread a rumor about Nero singing on a stage at home.人々は、ネロが自分の家の舞台で歌っていたといううわさを広めた、と彼は書いています。 He called it a rumor, not a fact.彼はそれを事実ではなく、うわさと呼んだのです。

Suetonius wrote that Nero watched the fire from a tower and sang a song about the fall of Troy.スエトニウスは、ネロが塔から火をながめ、トロイアの陥落の歌をうたったと書きました。 Cassius Dio wrote that Nero went up to the roof of his palace.カッシウス・ディオは、ネロが宮殿の屋根に上ったと書きました。 He wore the clothes of a lyre player and sang there.ネロは竪琴弾きの衣装を着て、そこで歌ったというのです。 So the place is different in each book: a stage, a tower, or a roof.つまり場所は本ごとにちがいます。舞台、塔、そして屋根です。

In English, people sometimes say that Nero "fiddled," or played the violin.英語では、ネロが「fiddle を弾いた」、つまりバイオリンを弾いたと言われることがあります。 But that cannot be true.でも、それは本当のはずがありません。 A violin in a big museum in New York was made in Italy around 1560, almost 1,500 years after the fire.ニューヨークの大きな美術館にあるバイオリンは、イタリアで1560年ごろ、火事から1500年近くもあとに作られたものです。

Also, much of Dio's book is lost.また、ディオの本の多くは失われています。 His story about Nero comes to us through a short version that a monk wrote about 1,000 years after the fire.ネロについての彼の話は、火事から約1000年後に修道士が書いた短い要約を通して伝わっています。 Old stories can change a lot on their long trip to us.古い話は、私たちに届くまでの長い旅のあいだに、大きく変わることがあるのです。

4択問題 Reading Quiz

  1. Q1What is this story mainly about?

    この話は主に何についてのものですか。

  2. Q2Where was Nero when the fire started, according to Tacitus?

    タキトゥスによると、火事が始まったときネロはどこにいましたか。

  3. Q3Why can't the story about the violin be true?

    バイオリンの話はなぜ本当のはずがないのですか。

  4. Q4In paragraph 2, the word "rumor" is closest in meaning to ...

    第2段落の "rumor" に最も意味が近いのは…

  5. Q5Which is true about Cassius Dio's story?

    カッシウス・ディオの話について正しいのはどれですか。

重要語 Key Words(タップで裏返る)

  • emperor名詞
    皇帝

    The emperor lived in a large palace.

    皇帝は大きな宮殿に住んでいた。

    💡 女性の皇帝は empress。empire は「帝国」。

  • historian名詞
    歴史家

    The historian read many old letters.

    その歴史家はたくさんの古い手紙を読んだ。

    💡 history(歴史)+ -ian(人)。

  • rumor名詞
    うわさ

    There is a rumor that our teacher is leaving.

    先生がやめるといううわさがある。

    💡 イギリスつづりは rumour。spread a rumor で「うわさを広める」。

  • palace名詞
    宮殿

    The king opened his palace to visitors.

    王は宮殿を訪問者に開放した。

    💡 royal palace で「王宮」。

  • lyre名詞
    竪琴(たてごと)

    In the old picture, a man is playing a lyre.

    その古い絵では、男性が竪琴を弾いている。

    💡 古代ギリシャ・ローマの弦楽器。lyre player で「竪琴弾き」。

  • violin名詞
    バイオリン

    My sister practices the violin every day.

    姉は毎日バイオリンを練習する。

    💡 くだけた言い方は fiddle。play the violin と the をつける。

  • destroy動詞
    破壊する、こわす

    The storm destroyed many houses.

    あらしは多くの家をこわした。

    💡 名詞は destruction(破壊)。

  • monk名詞
    修道士、僧

    The monk copied books by hand.

    その修道士は手で本を書き写した。

    💡 女性の修道者は nun。

SOURCES出典・ウラ取り

この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 11件)。

  1. Tacitus, Annals 15.38(Church & Brodribb 英訳, Perseus Digital Library, タフツ大学)perseus.tufts.edu
  2. Tacitus, Annals 15.39(Church & Brodribb 英訳, Perseus)perseus.tufts.edu
  3. Tacitus, Annales 15.39(ラテン語原文, Perseus)perseus.tufts.edu
  4. Suetonius, The Life of Nero 38(英訳, Perseus)perseus.tufts.edu
  5. Suetonius, Nero 38(ラテン語原文, Perseus)perseus.tufts.edu
  6. Cassius Dio, Roman History, Epitome of Book 62(Loeb 1925, E. Cary 英訳, LacusCurtius/シカゴ大学)penelope.uchicago.edu
  7. Cary, E. (1914) Dio's Roman History, Vol. 1, Introduction(Loeb Classical Library)archive.org
  8. Andrea Amati, ex "Kurtz" Violin, ca. 1560(メトロポリタン美術館 公式コレクションAPI)collectionapi.metmuseum.org
  9. Skeat, W. W. (1910) An Etymological Dictionary of the English Language, FIDDLE・VIOL の項(Oxford, Clarendon Press)archive.org

文章はすべて資料をもとに独自の言葉で書いています。画像はオリジナルのイメージです。誤りにお気づきの方は訂正窓口へ。

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