
「アルコール」のもとは、目のふちを黒くする化粧の粉の名前だった
アルコールは、もとは「粉」の名前だった。
もくじ
1626年、イギリスの哲学者フランシス・ベーコン(Francis Bacon)の本に、こんな文があります。「トルコの人たちは、Alcohole という鉱物から作った黒い粉を持っている。それを細長い筆で、まぶたの下に塗る」。
Alcohole は、今の英語の alcohol(アルコール)の古いつづりです。でもここでは、お酒の話はまったく出てきません。アルコールは、もともと目のふちを黒くする化粧の粉の名前でした。
この記事では、まずアルコールという言葉のもとになったアラビア語を紹介します。次に、英語でアルコールが「とても細かい粉」の名前として使われていたころを見ます。最後に、粉の名前がどうやって、お酒の成分の名前に変わったのかを、古い辞書の用例でたどります。
01アルコールのもとは、アラビア語の al-kuḥl(目のふちを黒くする粉)
まず、アメリカの辞書の説明を見ます。『アメリカン・ヘリテージ英語辞典』は、alcohol の語源をくわしく書いています。前半の al- は、アラビア語で英語の the にあたる言葉です。algebra(代数)や alkali(アルカリ)の al- も同じです。
後半の -cohol は、アラビア語の kuḥl から来ています。kuḥl は、まぶたを黒くする化粧に使う、とても細かい粉のことです。多くはアンチモンという金属の元素から作られました。英語には、この kuḥl から来た kohl(コール)という言葉もあり、今もこの化粧品を指します。
イギリスの『オックスフォード英語辞典』(OED)の最初の版は、『A New English Dictionary』(NED)という名前でした。アルコールの項目がある第1巻は、1888年に出ています。NED によると、アラビア語の動詞 kahala は「染める、塗る」という意味です。
粉の材料について、NED はもう少しくわしく書いています。NED によると、それは輝安鉱(きあんこう)というアンチモンの鉱石の粉で、ときには鉛の鉱石の粉のこともありました。
アラビア語の「al-kuḥl(その粉)」は、中世のヨーロッパで使われたラテン語に、alcohol という1語として入りました。英語に入ったのは1500年代です。
021500年代の英語では、とても細かい粉なら何でも「アルコール」と呼んだ
英語では、アルコールはもっと広い意味で使われました。NED によると、初期の化学では、とても細かい粉なら何でもアルコールと呼びました。すりつぶして作った粉も、「昇華」で作った粉もです。昇華とは、固体が液体にならずに、いきなり気体になることです。その気体を冷やすと、とても細かい粉が取れます。
NED が引く1543年の例では、トラヘロン(Traheron)という人が外科の本を英語に訳しています。その本には、「野蛮な(barbarous)著者たちは、いちばん細かい粉のことを alcohol と言う」という意味の文があります。
1661年の本には、「ロバの脾臓のアルコール」という言い方まで出てきます。脾臓は、おなかの中にある内臓の一つです。ここでのアルコールは、ロバの脾臓を細かい粉にしたもののことです。
1657年の辞書には、alcolismus という言葉ものっています。物を「いちばん細かい粉である alcool」にする作業のことです。今の英語の alcoholism は「アルコール依存症」の意味です。でも1657年には、粉を作る作業の名前だったのです。

03「いちばん細かい粉」の意味が、「ワインから取り出したエッセンス」に広がった
アルコールの意味は、粉から液体へも広がりました。NED は、この変化を「昇華の考えを、液体にも広げたもの」と説明しています。
蒸留とは、液体を温めて蒸気にし、それを冷やして液体にもどして集めることです。蒸留すると、もとの液体からまじりものが減った液体が取れます。この取り出した液体を「エッセンス」や「スピリット」と呼びました。そして、そのエッセンスもアルコールと呼ばれるようになりました。中でも有名だったのが、ワインを蒸留して取れる「alcohol of wine(ワインのアルコール)」です。
1657年の化学の辞書は、ワインのアルコールを次のように説明しています。ワインから余分なものを全部取りのぞいたもの。火をつけると全部燃えつきて、底にかすも水分も残らないもの。
1672年には、科学の雑誌の記事に「Alcool of Wine」という言葉が出てきます。1706年の辞書には、いちばん強く精製したワインのスピリットを「Alcohol Vini(ワインのアルコール)」と呼ぶ、と書かれています。
04「ワインのアルコール」が縮んで、お酒の成分の名前になった
NED によると、alcohol of wine は、やがてただの alcohol と呼ばれるようになりました。ワインのアルコールが、精製したスピリットの中で一番よく知られていたからです。
こうしてアルコールは、お酒の中にある、人を酔わせる成分の名前になりました。今の化学で言うエタノールです。NED が引く例では、1753年の事典と1760年の科学の雑誌に、この意味のアルコールが出てきます。さらに、その成分を含むお酒そのものも、アルコールと呼ばれるようになりました。
最後の変化は、化学の世界で起きました。1834〜35年、フランスの化学者デュマ(Dumas)とペリゴー(Péligot)は、2つの液体が似ていることを指摘しました。木から取れる「木精」と、ワインのスピリットです。木精は、今で言うメチルアルコール(メタノール)です。そこから、アルコールは、似たつくりを持つ化合物の仲間全体の名前にもなりました。
日本語の「アルコール」は、オランダ語や英語の alcohol から入った言葉です。『デジタル大辞泉』は、アルコールを、メチルアルコールやエチルアルコールなどの化合物の仲間をまとめた呼び名で、特にエチルアルコールを指す、と説明しています。もう一つの意味は「酒類」です。
深掘り講義
ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。
「アラビア語の意味」の書き方は、辞書によって違う
アメリカン・ヘリテージ英語辞典と NED は、アラビア語の al-kuḥl を「まぶたを黒くする粉」の意味だけで説明しています。「蒸留したエッセンス」の意味は、ヨーロッパに入ってから生まれた、という書き方です。
ところが、Dictionary.com は、アラビア語の al-kuḥl の意味として「粉にしたアンチモン」と「蒸留したもの」の2つを並べています。この書き方だと、アラビア語の段階で、すでに「蒸留したもの」の意味があったように読めます。
どちらが正しいかは、今回調べた辞書だけでは決められません。Dictionary.com は、その根拠を書いていないからです。なお、英語での最初の記録は、Dictionary.com が「1535〜45年」と幅で書き、NED は1543年の例を挙げています。この2つは食い違ってはいません。
粉の「昇華」と液体の「蒸留」は、どちらも「温めて気体にし、冷やして集める」
昇華と蒸留は、どこが似ているのでしょうか。アメリカン・ヘリテージ英語辞典は、粉を作る方法の例として「物を熱して気体にし、それを冷やす」やり方を挙げています。蒸留も、液体を温めて蒸気にし、冷やして集めるやり方です。
1706年のフィリップス(Phillips)の辞書を見ると、当時の人がアルコールをどう考えていたかが分かります。この辞書は、アルコールを「どんな物でも、粗い部分から分けた純粋な部分」と説明しています。そのうえで、「とても細かい粉」の意味と、「とても純粋なスピリット」の意味の両方を挙げています。粉も液体も、「粗い部分から分けた純粋な部分」という点では同じだったのです。
1594年の本の「ワインのアルコール」は誤植かもしれない、と NED は注をつけた
NED は、リバヴィウス(Libavius)という人が1594年に出した『Alchymia(錬金術)』という本を取り上げています。この本には「vini alcohol(ワインのアルコール)」という言葉が出てきます。ところが NED は、これは alcolizatum という別の言葉の誤植か、思い違いかもしれない、と注をつけています。alcolizatum は「アルコール化したもの」、つまり精製したものという意味の言葉です。
『日本大百科全書』も、意味の変化をこう説明しています。まず、酒を蒸留して燃えるものを取り出す作業を「アルコール化」と言うようになった。次に、そこから取れた液体をアルコールと呼ぶようになった。作業の名前から、取れたものの名前へ、という順番です。NED の注は、意味が液体へ広がり始めたころの本の1語について、誤植かどうかまで確かめようとしたものです。
alcoholism は「粉を作る作業」から「病気の名前」になった
1657年の alcolismus は、物を細かい粉にする作業の名前でした。それから約200年後、1852年に、ストックホルムのマグヌス・フス(Magnus Huss)という人が本を出しました。NED によると、フスはその本で、ある病気に「Alcoholismus chronicus」という新しい名前をつけた、と書いています。これが、今の英語の alcoholism(アルコール依存症)につながる使い方です。よく似た形の言葉が、まったく別の意味で生まれ直したことになります。
05まとめ
アルコールのもとは、アラビア語の al-kuḥl です。目のふちを黒くする化粧の、とても細かい粉の名前でした。1500年代に英語に入ると、細かい粉なら何でもアルコールと呼ぶようになり、1661年には「ロバの脾臓のアルコール」という言い方まで生まれました。やがて意味は、蒸留して取り出す「ワインのアルコール」に広がり、それが縮んでお酒の成分の名前になりました。1834〜35年には、メタノールなどの仲間をふくむ化合物全体の名前にもなりました。消毒用のアルコールを手につけるとき、その名前のもとが目の化粧の粉だったことを思い出してみてください。
人に話すなら、こう言おう
アルコールって、もとはアラビア語で、目のふちを黒くするお化粧の粉のことなんだって。昔の英語では細かい粉なら何でもそう呼んで、「ロバの脾臓のアルコール」なんて言い方まであったらしいよ。
英語で読む
From Eye Powder to Alcohol
英文をタップすると、その文の訳が出ます。
In 1626, an English writer named Francis Bacon wrote about a black powder.1626年、フランシス・ベーコンというイギリスの書き手が、ある黒い粉について書きました。 He said that Turkish people put it under their eyelids with a long, thin brush.トルコの人たちがそれを細長い筆でまぶたの下に塗る、と彼は書きました。 The powder came from a mineral called "Alcohole."その粉は「Alcohole」という鉱物から作られていました。 There was no drink in this story at all.この話には、飲み物はまったく出てきません。
The word alcohol comes from Arabic, al-kuhl.alcohol という言葉は、アラビア語の al-kuhl から来ています。 Al means "the," and kuhl was a very fine powder for making the eyes look dark.al は「その」という意味で、kuhl は目のまわりを黒く見せるための、とても細かい粉でした。 It was often made from a metal called antimony.それはよく、アンチモンという金属から作られました。 English also has the word kohl for this kind of makeup.英語には、この種の化粧品を指す kohl という言葉もあります。
The word came into English in the 1500s.この言葉は1500年代に英語に入りました。 At first, English speakers used it for any very fine powder.はじめ、英語を話す人たちは、とても細かい粉なら何にでもこの言葉を使いました。 A book from 1661 even talks about "the alcohol of an ass's spleen."1661年の本には「ロバの脾臓のアルコール」という言い方まであります。 This was a powder made from a part of a donkey's body.これは、ロバの体の一部から作った粉のことです。
Later, the meaning moved from powders to liquids.その後、意味は粉から液体へと移りました。 Early chemists heated wine, collected the steam, and cooled it again.初期の化学者たちは、ワインを温めて蒸気を集め、それをまた冷やしました。 This is called distillation.これを蒸留といいます。 The pure liquid from wine was called "alcohol of wine."ワインから取れた純粋な液体は「ワインのアルコール」と呼ばれました。 Then people dropped "of wine" and just said alcohol.それから人々は「ワインの」を省いて、ただアルコールと言うようになりました。
In 1834 and 1835, two French chemists, Dumas and Peligot, used the name for a whole family of similar chemicals.1834年から1835年にかけて、デュマとペリゴーという2人のフランスの化学者が、この名前を似た化学物質の仲間全体に使いました。 Today the word can mean the chemical in drinks, the drinks themselves, or the whole family.今ではこの言葉は、飲み物の中の化学物質、飲み物そのもの、またはその仲間全体を指すことができます。 So the next time you clean your hands with alcohol, think of that black eye powder.だから今度アルコールで手をきれいにするときは、あの黒い目の粉のことを思い出してください。
4択問題 Reading Quiz
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Q1What is this story mainly about?
この話は主に何についてのものですか。
正解:B How the meaning of the word alcohol changed
第2段落で語源の al-kuhl(目の粉)、第3段落で「細かい粉」の意味、第4段落で「ワインのアルコール」への変化を説明しているので、話全体は言葉の意味の変化についてです。ベーコンは第1段落に出てくるだけです。
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Q2When did the word come into English?
この言葉が英語に入ったのはいつですか。
正解:A In the 1500s
第3段落1文目に The word came into English in the 1500s. とあります。1626年はベーコンが粉について書いた年、1661年はロバの脾臓の例の年です。
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Q3What did early chemists do to wine?
初期の化学者たちはワインに何をしましたか。
正解:D They heated it and cooled the steam.
第4段落2文目に、ワインを温めて蒸気を集め、また冷やしたとあります。黒い粉とまぜた、目に塗ったという話は本文にありません。
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Q4In paragraph 4, the word "dropped" is closest in meaning to
第4段落の dropped という語に最も意味が近いのはどれですか。
正解:B stopped using
第4段落最後の文で、人々は of wine を省いて just said alcohol(ただ alcohol と言った)とあるので、dropped は「(言葉を)使うのをやめた、省いた」という意味です。「落ちた」は物が落ちるときの意味で、ここには合いません。
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Q5Which is true about the story?
この話について正しいものはどれですか。
正解:C Alcohol was once a name for fine powder.
第3段落2文目に、英語を話す人たちは細かい粉なら何にでもこの言葉を使ったとあります。kuhl は目の粉で(第2段落)、ベーコンの話に飲み物は出てきません(第1段落)。
重要語 Key Words(タップで裏返る)
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powder名詞粉
She put some baking powder in the cake.
彼女はケーキにベーキングパウダーを入れた。
💡 powder room(化粧室)も同じ語から。
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mineral名詞鉱物
Gold is a valuable mineral.
金は価値のある鉱物だ。
💡 mineral water は「ミネラルを含む水」。
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eyelid名詞まぶた
My eyelids feel heavy at night.
夜になると、まぶたが重く感じる。
💡 eye(目)+ lid(ふた)。lid は「なべのふた」の lid。
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makeup名詞化粧品、化粧
She does not wear makeup to school.
彼女は学校に化粧をしていかない。
💡 wear makeup で「化粧をしている」。
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liquid名詞液体
Water is a liquid, and ice is a solid.
水は液体で、氷は固体だ。
💡 solid(固体)、gas(気体)とセットで覚える。
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chemist名詞化学者
The chemist mixed two liquids in a glass.
化学者はグラスの中で2つの液体をまぜた。
💡 chemistry(化学)をする人。イギリスでは「薬剤師」の意味もある。
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distillation名詞蒸留
Distillation can make salty water clean.
蒸留で塩水をきれいな水にすることができる。
💡 動詞は distill(蒸留する)。
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steam名詞蒸気、湯気
Steam came out of the hot pot.
熱いなべから湯気が出てきた。
💡 steam train で「蒸気機関車」。
SOURCES出典・ウラ取り
この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 35件)。
- alcohol(The American Heritage Dictionary of the English Language、Word History つき)ahdictionary.com
- alcohol(Dictionary.com)dictionary.com
- Murray, J. A. H. 編 (1888) A New English Dictionary on Historical Principles, Vol. I(A・B)「Alcohol」「Alcoholism」(OED 初版、archive.org)archive.org
- kohl(The American Heritage Dictionary of the English Language)ahdictionary.com
- Bacon, F. (1626) Sylva Sylvarum: or a Naturall Historie(初版、archive.org)archive.org
- Kohl, Kajal, Al-Kahal, Surma, Tiro, Tozali, or Kwalli: By Any Name, Beware of Lead Poisoning(U.S. Food and Drug Administration)fda.gov
- アルコール(デジタル大辞泉/日本大百科全書(ニッポニカ)、コトバンク)kotobank.jp
文章はすべて資料をもとに独自の言葉で書いています。画像はオリジナルのイメージです。誤りにお気づきの方は訂正窓口へ。
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No.033英語で「検疫」を表す quarantine は、「40日」という意味の言葉
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