
ハトは、モネとピカソの絵を見分けられた
絵をさかさまにすると、モネだけ分からなくなった。
もくじ
ハトの前の画面に、絵が映ります。水面に浮かぶ花や、光にかすむ景色を描いた、モネの絵です。次に映ったのは、角ばった形が組み合わさった、ピカソの絵です。片方の画家の絵が出たときに画面をつつくと、えさが出ます。もう片方の画家の絵のときは、つついても出ません。
これを繰り返すうちに、ハトは決まった画家の絵のときだけ、画面をつつくようになりました。そして、一度も見せたことのない絵でも、モネの絵かピカソの絵かを見分けたのです。
この実験をしたのは、慶應義塾大学の渡辺茂さんたちです。渡辺さんたちは1995年に論文を発表し、同じ年に「イグノーベル賞」の心理学賞を受けました。
この論文には、もう一つ、大事な発見があります。絵を上下さかさまにすると、ハトはモネの絵だけ見分けられなくなったのです。
この記事では、まずハトがどうやって絵を見分けたかを紹介します。次に、さかさまにするとモネの絵だけ見分けられなくなった理由を考えます。最後に、ハトが子どもの絵の上手・下手も見分けた実験と、鳥が絵を「好き」かどうかを調べた実験を見ていきます。
01ハトは、一度も見せていない絵でも、モネかピカソかを見分けた
実験のやり方は、とても単純です。一方の画家の絵が画面に出たときにつつくと、えさがもらえます。もう一方の画家の絵のときは、つついても何も出ません。
ただし、これだけでは「ハトが画風(その画家らしい描き方)を見分けた」とは言えません。ハトは、見せた絵を一枚ずつ、「当たりの絵」「はずれの絵」と丸暗記しただけかもしれないからです。
そこで渡辺さんたちは、訓練で一度も見せていない絵を、テストに使いました。するとハトは、初めて見る絵でも、モネの絵かピカソの絵かを正しく見分けました。
さらに、モネの絵で訓練したハトは、セザンヌやルノワールの絵にも、モネの絵と同じように反応しました。ピカソの絵で訓練したハトは、ブラックやマティスの絵にも、ピカソの絵と同じように反応しました。セザンヌとルノワールはモネと、ブラックとマティスはピカソと、画風の近い画家たちです。
02絵をさかさまにすると、ハトはモネの絵だけ見分けられなくなった
次に、渡辺さんたちは、絵を上下さかさまにしてハトに見せました。すると、モネとピカソで、はっきりした違いが出ました。
ピカソの絵は、さかさまにしても、ハトは見分けられました。ところがモネの絵は、さかさまにすると、ハトはうまく見分けられなくなったのです。
論文は、この結果を次のように説明しています。
- モネのような印象派(光や色の感じをそのまま描こうとした画家たち)の絵には、花や橋や水辺など、描かれた「物」があります。ハトはその物を手がかりにしていたので、さかさまになると分からなくなったのかもしれません。
- 一方、ピカソのようなキュビスム(物をいくつもの角度から見た形に分けて組み立てる画風)の絵では、ハトは、描かれた物を手がかりにしていなかったらしい、というのです。

渡辺さんは、もう一つ確かめています。モネとピカソの絵を混ぜて、でたらめに2つのグループに分けたのです。もしハトにとって「モネの絵はみんな同じに見える」のなら、このでたらめな区別は覚えられないはずです。
でもハトは、この区別も覚えました。つまりハトは、一枚ずつの絵を区別することも、画風というまとまりで区別することも、どちらもできたのです。
03ハトは、子どもの絵の上手・下手も見分けた
画風を見分けることと、「美しさ」を見分けることは、違います。そこで渡辺さんは、子どもの絵で実験しました。
まず大人たちに、子どもの絵を「上手」と「下手」に分けてもらいました。上手とされた絵は、図画の成績もよい絵です。ハトは、上手な絵をつつくと、えさがもらえるように訓練されました。
ハトはこの区別を覚え、初めて見る子どもの絵でも、上手か下手かを見分け続けました。絵を小さくしても、見分けられました。でも、絵を白黒にしたり、モザイクをかけたりすると、成績は下がりました。ハトは、絵の色と模様の両方を、手がかりに使っていたのです。
深掘り講義
ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。
ハトは、違う絵を「同じ画家の絵」としてまとめられた
一枚ずつは違うものを、共通の特徴でひとまとめにする力を、概念と呼びます。例えば、犬の写真は一枚も同じものがありません。それでも人は、どれも「犬」とまとめられます。モネとピカソの実験は、写真よりずっと抽象的な「画風」でも、ハトがまとまりを作れることを示しました。
ただし、ハトが覚えたのが、「モネらしさ」そのものとは限りません。絵の色の傾向や、筆のあとの細かさといった特徴をまとめていたのかもしれません。
それでもハトは、初めて見る絵に正しく反応しました。また、画風の似た画家の絵にも、同じように反応しました。訓練で覚えた反応が、似たものにも広がることを、般化と呼びます。この2つの結果は、ハトが一枚ずつの丸暗記を超えていたことを示しています。
ハトは、人の顔の写真なら、さかさまにしても覚える速さが変わらなかった
人は、さかさまにした顔の写真を覚えるのが苦手です。1994年、フェルプス(Phelps)とロバーツ(Roberts)は、このことを、人とリスザルとハトで比べました。
人とリスザルは、さかさまの人の顔より、正しい向きの顔のほうをよく覚えていました。ところがハトでは、顔の写真をさかさまにしても、覚える速さは変わりませんでした。
顔の写真では向きを気にしなかったハトが、モネの絵では、さかさまにすると迷いました。つまりハトは、何でも向きを気にするわけではありません。モネの絵では、描かれた景色や物を、上下のある「場面」として見ていた可能性があります。
ハトが絵のどこを見て見分けるかは、何を見分けるかによって違った
2001年、渡辺さんは、ゴッホとシャガールの絵で、同じような実験をしました。ハトは、白黒にした絵や、一部を隠した絵でも、ゴッホかシャガールかを見分けました。でも、モザイクをかけると、成績が下がりました。同じ絵を人に見せると、人も、モザイクが強いほど正しく答えられなくなりました。
ただし、ハトが絵のどこを手がかりにするかは、課題によって違います。2011年の研究では、絵を細かく切って、ばらばらに並べかえた画像を使いました。
- 日本画か印象派かを見分ける課題:ハトは、ばらばらにした絵でも見分けました。絵の細かい部分の特徴を使っていたのです。
- 上手か下手かを見分ける課題:ばらばらにすると、見分けがうまくいきませんでした。こちらでは、絵全体の配置を使っていたのです。
絵を見分けられることと、絵を好きなことは、別の話
絵を見分けられても、その絵を好きかどうかは、別の問題です。2011年、渡辺さんたちは、ブンチョウという小鳥で、絵の「好み」を調べました。
実験では、美術館のギャラリーのような長いかごに、止まり木を3本、モニターを3台置きました。モニターには、日本画、印象派、キュビスムの絵を、7秒ごとに切りかえて映します。そして、ブンチョウがどの絵の前に長くいるかを、光のセンサーで測りました。
結果は、個体によってばらばらでした。ただ、多くのブンチョウは、印象派の絵より、キュビスムの絵の前に長くとどまりました。論文は、絵を見ることが、人以外の動物にとってごほうびのような効果をもつと示した、初めての報告だとしています。
渡辺さんは、「美」に関わる行動を、次の4つに分けています。
- 美しいものを見分けること
- 美しいものを楽しむこと
- 美しいものを作る技能
- 作ること自体を目的にして、美しいものを作り出すこと
渡辺さんによると、初めの2つは、動物にも見られます。しかし、絵を描く類人猿(人に近いサルの仲間)は、できた作品に興味を示さず、引きさいてしまうことが多いといいます。人の場合は、作った作品が、仲間にとって意味を持ちます。その点で、美しいものに関わる人の行動は、ほかの動物にはない独特なものだ、というのが渡辺さんのまとめです。
04まとめ
ハトは、モネの絵とピカソの絵を見分け、初めて見る絵でも区別できました。ところが、絵をさかさまにすると、モネの絵だけ見分けられなくなりました。ハトは、モネの絵の中に描かれた「物」を、手がかりにしていたらしいのです。人の顔の写真なら、さかさまでも覚える速さが変わらなかったハトが、モネの絵では、さかさまにすると迷ったことになります。
また、渡辺さんたちが調べたブンチョウでは、印象派の絵より、キュビスムの絵の前に長くとどまる個体が多くいました。ただし、絵を見分けられることや、絵の前に長くいることが、絵を「美しい」と感じていることを意味するかどうかは、この実験だけでは分かりません。
人に話すなら、こう言おう
ハトにモネとピカソの絵を見分けさせる実験があって、イグノーベル賞をとったんだって。しかも絵をさかさまにすると、モネだけ分からなくなるらしいよ。
英語で読む
The Pigeons Who Knew Monet from Picasso
英文をタップすると、その文の訳が出ます。
Can a bird tell the difference between two famous painters?鳥は、二人の有名な画家のちがいが分かるでしょうか。 In 1995, scientists at Keio University in Japan tried to find out.1995年、日本の慶應義塾大学の科学者たちが、それを確かめようとしました。 They showed pigeons pictures of paintings by Monet and Picasso.彼らはハトに、モネとピカソの絵の写真を見せました。
When a painting by one artist appeared, a pigeon could peck the screen and get food.片方の画家の絵が出たときは、ハトが画面をつつくと、えさがもらえました。 When a painting by the other artist appeared, pecking brought nothing.もう片方の画家の絵のときは、つついても何も出ませんでした。 Soon the pigeons learned the rule.やがてハトたちは、このルールを覚えました。 Then the scientists showed them new paintings that they had never seen.そこで科学者たちは、ハトが一度も見たことのない新しい絵を見せました。 The birds still knew which was Monet and which was Picasso.それでもハトたちは、どれがモネでどれがピカソか分かりました。
Next, the team turned the paintings upside down.次に研究チームは、絵を上下さかさまにしました。 The pigeons could still find the Picasso paintings.ハトたちは、ピカソの絵はそれでも見分けられました。 But they made many mistakes with Monet.でも、モネの絵ではたくさんまちがえました。 Monet painted real things, like flowers and water.モネは花や水のような、実際にある物をえがきました。 So the pigeons were probably looking at those things in his pictures.だからハトたちは、たぶん彼の絵の中にあるそうした物を見ていたのです。
Later, pigeons also learned to tell good children's paintings from bad ones.その後、ハトは子どもの絵の上手なものと下手なものを見分けることも覚えました。 Adults had chosen which paintings were good.どの絵が上手かは、大人たちが選んでいました。 In another study, Java sparrows, small birds, could choose where to sit.別の研究では、小さな鳥のブンチョウが、どこにとまるか自分で選べるようにしました。 Many of them stayed longer in front of cubist paintings than impressionist ones.多くのブンチョウは、印象派の絵よりキュビスムの絵の前に長くとどまりました。
The study won a funny science prize called the Ig Nobel Prize in 1995.この研究は1995年、イグノーベル賞というおもしろい科学の賞を受けました。 But it asked a serious question.でも、この研究はまじめな問いを投げかけていました。 What do birds see when they look at art?鳥は、絵を見るとき何を見ているのでしょうか。 The answer is that pigeons can tell painters apart, but we still do not know if they enjoy the pictures.答えはこうです。ハトは画家を見分けられますが、絵を楽しんでいるかどうかは、まだ分かっていないのです。
4択問題 Reading Quiz
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Q1What is this story mainly about?
この話は主に何についてのものですか。
正解:B How birds learned to tell paintings apart
第2・3段落でハトがモネとピカソを見分け、第4段落で子どもの絵やブンチョウの話が続くので正解はB。Aのモネの花は、第3段落で理由を説明するために出てくるだけ。
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Q2What happened when the paintings were turned upside down?
絵をさかさまにしたとき、何が起きましたか。
正解:C The pigeons made many mistakes with Monet.
第3段落3文目に they made many mistakes with Monet とあるので正解はC。Dは逆で、第3段落2文目にピカソはさかさまでも見分けられたとある。
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Q3In what year did the study win the Ig Nobel Prize?
この研究がイグノーベル賞を受けたのは何年ですか。
正解:A 1995
第5段落1文目に won … the Ig Nobel Prize in 1995 とあるので正解はA。ほかの年は本文に出てこない。
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Q4In paragraph 2, the word "peck" means to
第2段落の peck の意味はどれですか。
正解:C hit quickly with the beak
第2段落1文目で、ハトが画面に peck するとえさがもらえるとあり、鳥が画面にする動作なので「くちばしでつつく」のCが正解。Bの飛び去る動作では画面にふれられない。
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Q5Which is true about the story?
この話の内容と合っているのはどれですか。
正解:D Scientists do not know yet if pigeons enjoy art.
第5段落4文目に we still do not know if they enjoy the pictures とあるので正解はD。Aは第2段落5文目「見たことのない絵でも分かった」と合わない。Cは誤りで、第4段落2文目のとおり大人が選んだ。
重要語 Key Words(タップで裏返る)
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painting名詞絵、絵画
There is a beautiful painting on the wall.
壁に美しい絵がかかっている。
💡 絵の具でかいた絵。鉛筆やペンの絵は drawing。
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painter名詞画家
My aunt is a painter in Kyoto.
私のおばは京都の画家だ。
💡 家のペンキぬりの職人の意味もある。artist は芸術家全般。
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peck動詞(くちばしで)つつく
The chickens pecked at the corn.
ニワトリたちがトウモロコシをつついた。
💡 peck at ~(~をつつく)。軽いキスの意味もある。
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screen名詞画面、スクリーン
Do not look at the screen for too long.
画面を長く見すぎてはいけない。
💡 テレビやスマホの画面にも、映画のスクリーンにも使う。
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upside down副詞さかさまに
The picture on the wall is upside down.
壁の絵がさかさまになっている。
💡 inside out は「裏返しに」。セットで覚えるとよい。
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mistake名詞まちがい
Everyone makes mistakes.
だれでもまちがいをする。
💡 make a mistake(まちがえる)。do ではなく make を使う。
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prize名詞賞
She won first prize in the speech contest.
彼女はスピーチコンテストで1等賞をとった。
💡 win a prize(賞をとる)。price(値段)とつづりが似ているので注意。
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tell apart動詞句見分ける
I cannot tell the twins apart.
私はその双子を見分けられない。
💡 tell A apart / tell A from B(AとBを見分ける)の形で使う。
SOURCES出典・ウラ取り
この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 18件)。
- Watanabe, S., Sakamoto, J., Wakita, M. (1995) Pigeons' discrimination of paintings by Monet and Picasso, Journal of the Experimental Analysis of Behavior 63:165-174doi.org
- Ig Nobel Prize Winners(Improbable Research)improbable.com
- 渡辺茂 (2011) 美の比較認知科学─動物にとって美とは何か─, 学術の動向 16(4):64-67doi.org
- Watanabe, S. (2001) Van Gogh, Chagall and pigeons: picture discrimination in pigeons and humans, Animal Cognition 4:147-151doi.org
- Watanabe, S. (2010) Pigeons can discriminate "good" and "bad" paintings by children, Animal Cognition 13:75-85doi.org
- Watanabe, S. (2011) Discrimination of painting style and quality: pigeons use different strategies for different tasks, Animal Cognition 14:797-808doi.org
- Ikkatai, Y., Watanabe, S. (2011) Discriminative and reinforcing properties of paintings in Java sparrows, Animal Cognition 14:227-234doi.org
- Phelps, M. T., Roberts, W. A. (1994) Memory for pictures of upright and inverted primate faces in humans, squirrel monkeys, and pigeons, Journal of Comparative Psychology 108:114-125doi.org
公式ページで見てみよう
- 美の比較認知科学(渡辺茂・学術の動向、J-STAGE)doi.org
文章はすべて資料をもとに独自の言葉で書いています。画像はオリジナルのイメージです。誤りにお気づきの方は訂正窓口へ。
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